一月一日。新たな年の始まり。
 神社での待ち合わせ時間まで、あと少し。



姿




 木ノ葉隠れの里も新年となればどこもお正月色に染まっている。忍にはお正月も関係なく任務が入ってくるが、それでも任務のないことが多い。
 それは下忍である七班も同じだった。昨日の任務が終わった後、明日は任務がないから各々自由に過ごすようにと伝えられている。
 約束をしたのはそれからだ。明日、新たな年の始まりの日。任務が休みならと声を掛けた。その時にした約束の時間まではあと僅か。


「ごめん、待った?」


 約束の場所には既に約束の相手が来ていた。その彼に向って尋ねれば、寄りかかっていた木を離れてすぐそばまでやってくると「いや」と否定された。それからさっき来たところだと続けられた。
 その言葉にほっとして良かったと呟く。思ったより支度に時間が掛かり待ち合わせ時間ギリギリになってしまったのだ。時間的には間に合っているとしても待たせてしまったなら申し訳ないと思っていたのだ。


「ちょっと支度に戸惑っちゃって」

「オレもさっき来たところだと言っただろ。気にするな」


 同じ班で一緒に任務を行っている相手なのだからお互いのことはよく知っている。だが、今日はいつも以上に相手を見てしまう。理由は簡単、それが見慣れた忍装束ではないからだ。
 今日、二人がこうして神社の前で待ち合わせをしたのは初詣に行く約束をしたからである。サクラが誘って、サスケもそれに了承の返事をした。駄目元で誘っただけに了承を貰えて嬉しかったのだが、それならせっかくだから着物を着ないかという話になり、二人は着物を身に纏ってここへやってきた。着物の話になった時にサスケは少々渋っていたのだが、そこはサクラがお願いと説得したのだった。


「……どうした?」


 掛けられた声にはっとする。自分から着物を着て欲しいと頼んだもののその姿に見惚れてしまった、とは流石に言えなかった。
 サクラが着物を着ないかと提案したのは本当は初詣だからというだけではない。ただサスケの着物姿を見て見たかったというのが本音だ。サクラ自身は着物を着るのが嫌ではなかったこともあり、せっかくの新年に大好きな彼と初詣に行けるならとなんとか頼んだのだ。
 似合うだろうとは思っていたけれど、まさかこんなにも似合うとは思わなかったといえば良いのだろうか。想像以上に似合っているその姿にぼーっとしてしまった。


「ううん。サスケ君って着物も似合うんだなって思ったの」


 それでつい見惚れてしまったとまでは言えなかったが、思ったままにそう伝えた。
 サクラの言葉にサスケは少し驚いた表情を見せる。たかが着物を着ただけで当たり前だが他はいつもと何ら変わりはないのだ。似合うと言われても着物なんて家にあったものを適当に引っ張り出してきただけだ。特に選んだわけでもないからそんな風に言われるとは思いもしなかった。


「別に変わらないだろ。着物を着たくらいで」


 こちらも思ったままに口にするが、それに対してサクラは首を横に振った。次いで「変わるわよ」と理由を話した。


「服とかいつもとちょっと違うくらいだと変わらないように思うでしょ? けど、意外と違うものなのよ」


 たかがそれだけ、ではないのだ。世の中の女性達は服でおしゃれを楽しむくらいだ。忍である二人にはあまり関係のない話かもしれないが、服が違うというのは大して違いがないようでもかなり違う。だからこそ彼女達は出掛ける時の服選びにも時間が掛かるのだろう。女の子の支度は時間が掛かるものなのだ。


「女の子はアクセサリーの一つにも気を遣うんだから」


 サクラがそう話すのを聞いていると、不思議とそんな風にも思えてくる。
 いや、話を聞く前から本当は分かっていたのかもしれない。自分は別に変っていないと思うが、待ち合わせ場所にやってきたサクラを瞳に映した時。普段の忍装束ではなく着物姿というだけなのに、どこかいつもと違うように感じてしまった。それを言葉にはしなかったもののそう感じたのは紛れもない事実だ。


「……そうかもしれねぇな」


 言えばサクラは嬉しそうに笑う。サスケにも分かってもらえて良かったと思っているのだろう。サスケが否定をしなかったのはサクラの言葉が正しいからではなく、サスケもまたサクラと同じ気持ちを抱いていたおだから否定が出来なかったわけだが。
 その気持ちを言葉にするつもりはないが、仮にそれを声に出したなら彼女はどんな反応をするだろうか。自分のように驚くのか、それとも喜ぶだろうか。その姿を想像すると言ってみたいような気がしないわけでもないが、そもそもそんな言葉を言えるような性格でもない。


「行くか?」


 結局出てきたのは次の行動を示す言葉。それにサクラが頷くのを確認して、二人は並んで歩き出した。神社の階段を一つずつ。ゆっくりと上がって行く。
 途中ですれ違った人達は初詣を終えたのだろう。下りて行く人も多いが上って行く人もまた多い。それも今日が元旦という日だからだろう。


「ねぇ、サスケ君は何をお願いするの?」

「願い事は人に言うものでもないだろ」


 それでも気になるなんて話しながら初詣の順番待ち。着物姿をしている二人は大衆の中に自然と紛れ込んでいった。


 いつもとは違う姿。見慣れないそれは初詣に行くからこその着物姿。大して変わらないようで意外と違って見える。
 それを言葉にして伝える彼女と、まだ伝えることの出来ない彼。
 けれどいつか。二人の気持ちが通じ合った時には、お互いにこの言葉を伝えることが出来るのではないだろうか。


 いつの日か、きっと。










fin