ざわざわと大勢の人で賑わうこの会場。沢山の屋台が並ぶここはお祭り会場だ。
今までに一度もお祭りに行ったことのないナルト。昔に行ったきり何年も来ていないサスケ。そんな二人は現在ここ、お祭りの会場に一緒にやってきていた。
金魚すくい
「凄いってばよ!」
思わず声を上げたナルトに隣で何がだと呆れているのはサスケだ。会場を歩きながらナルトはさっきから周りをきょろきょろと見回している。
こんなに色んな屋台があるなんて凄いとはしゃいでいる様子を見ながらお祭りなんだから普通だろうとサスケは思う。けれど初めてくるナルトにしてみれば、目に飛び込んでくるどこもこれもが新鮮なのだ。普通と言われたところでそうなのかとしか返しようもない。それが分かっているからサスケも声には出さないでいる。
「お祭りってこんなにお店があるんだな!」
「少しは大人しくしろ、ウスラトンカチ」
んだと、と最後の言葉に反応したナルトに溜め息を吐きながら五月蝿いと呟く。もともとサスケは人混みは苦手なのだ。それなのにどうしてここにいるのかといえば、お祭りに行こうとナルトが誘ったからだ。本当はサクラやカカシも誘ったのだがサクラはいの達と既に約束をしたおり、カカシにも任務の報告があるからと断られてしまった。初めはサスケも断ったのだが、たまには良いだろと強引にナルトが誘った結果である。
「でもさ、せっかくのお祭りなんだし楽しまなきゃ損だってばよ」
「別にオレは祭りに行きたいとも言ってねぇだろ」
「それでも来たからには楽しむべきだろ」
ナルトの言うことも一理ある、のだろうか。ここまで来たのなら楽しんだ方が良いのかもしれないが、サスケからしてみれば何をどう楽しめというのかという心境だ。こんな人混みの中で何をするというのか。何、なんてここがお祭り会場である時点ではっきりしているけれど。
楽しむべきだと主張してもサスケは未だに乗り気ではない様子。殆ど強引に連れてきたのだからこの反応もおかしくないのだが、このままずっと嫌々お祭りを回ることになるのはナルトも嫌だ。しかし、どうやったら楽しんでもらえるのかなどお祭りに初めて来たナルトに分かるわけもなく。
「……お祭りとか行ったことねぇから、誰かと行ってみたかったんだってばよ」
ぽつり。零れた言葉は騒がしいこの場所でもサスケの耳にまで届いた。
今までもこの季節になればお祭りがあるという話は聞いたことがあった。それでもナルトがお祭りに行かなかったのは――いや、行かなかったのではなく行けなかったのだ。周りの自分を見るあの目が気がかりで。その理由も今となっては自分の中に九尾が封印されているからだと知っているが、あの頃はとてもじゃないがお祭りに行くなんて出来なかった。
九尾が封印されていることは今でも変わらない。けれど、今は一人ではなく仲間がいる。だからお祭りに行こうと誘った。誰かと一緒にお祭りというものを体験してみたかった。
「…………おい、何かやりたいもんはあるのかよ」
聞こえてきた声にナルトは俯いていた顔を上げる。青の双眸がサスケを見ると、ここまで来たのに何もしないで帰るのも馬鹿らしいだろうとぶっきらぼうに続けられた。
それがサスケなりの優しさであることはナルトも分かっている。小さく笑みを浮かべると、ナルトは辺りをぐるりと見回して「そうだな……あ、アレ!」と屋台の一つを指差した。だが、こうも屋台が並んでいるところではどの屋台のことをいっているのかいまいち分からない。
「アレじゃ分からねぇよ」
「ほら、金魚がいるヤツ!」
「ああ、金魚すくいか」
言えば「それだってばよ!」とナルトが頷く。金魚すくいといえばお祭りの定番の屋台だ。ベタだなとは思ったが、だからこそ金魚すくいなのかもしれない。
そんなことを考えながら「出来るのか」と尋ねれば、すぐに当たり前だと返ってきた。やったことがないというのに本当に出来るのだろうか。疑問は残るがやりたいものをやるべきだろう。二人は人の波を抜けて大きく『金魚すくい』と書かれた屋台の前まで移動する。
「おっしゃー! やってやるってばよ!!」
店主からポイと金魚を入れるお椀を受け取ったナルトはやる気満々だ。それとは逆にサスケは大丈夫なのかと不安なのだが、とりあえず今は大人しく見守ることにする。
ナルトはポイを構えると沢山の金魚の中から一匹に狙いを絞る。すいすいと優雅に泳いでいる金魚を目で追いかけながらタイミングを計り、すぐ傍まで来たところで救い上げる。
ピシャッ。
金魚が水を跳ねる音が響く。先程の金魚は今も他の仲間達と広い水の中を泳いでいた。
「あー! 破れちまった……」
一度はポイの上に乗ったかのようにも見えたが、そのポイも今や破れて悲惨な状態だ。加えて水を随分と吸ってしまったようでこれ以上は使い物にならないだろう。
完璧に捉えたつもりだったナルトは「何でだってばよ……」と項垂れている。金魚すくいは一見簡単そうに見えても実は難しいのだ。コツさえ掴めれば簡単なのだが、初めてのナルトが失敗するであろうことをサスケはなんとなく予想していた。そういうものだ、と言えば青の瞳がサスケを見る。
「そう言うサスケはとれんのかよ!」
「当たり前だ」
「ならやってみろってばよ!!」
どうしてそうなるんだと思ったが、そんなに言うのなら実際にやってみせろという話なのだろう。口だけではないと証明してみろと。
はあ、と溜め息を吐きながらサスケは店主に代金を支払う。ここでやらなかったらまた五月蝿いだろうし、一回やって納得するのならその方が早い。
ポイを受け取ったサスケは一匹の金魚に狙いを定め、金魚が近づいてきたところでスッと水の中にポイを入れた。そしてそのままサッと掬い上げれば、金魚は左手のお椀の中へと落ちる。
「うわ……すげぇ…………」
流れるような動作で自然に金魚をゲットしたサスケの姿に思わず感嘆が零れる。まさかこんなにあっさりと金魚をとってしまうとは思わなかったのだ。
「最初、自分はとれるって言ってたのはどこのどいつだろうな」
「う、うっせーな。別に良いだろ」
初めてだったんだから、と呟くナルトにサスケは小さく笑みを浮かべる。それからまた次の金魚を狙ってポイを掬い上げた。
それをポイが破れるまで続けること数回。全部で五匹とったところで終了した。ここの屋台では何匹とれたとしても三匹までしか持ち帰ることの出来ないルールらしく、その中から三匹の金魚を店主から受け取ると二人は屋台を離れた。
「まさか五匹もとれるなんて思わなかったってばよ」
「五匹なんて別に普通だろ」
「そんなことねぇだろ。あれって思ったより難しかったし」
サスケに言わせれば上手い人ならもっと沢山とれるという話だが、自分が零だったのに対して五匹もとったサスケは十分凄い。せめて一匹くらいはとりたかったところだが、それは今後の課題ということにしよう。
「それにしても、金魚って小さいよな」
袋の中を泳ぐ金魚を見ながらナルトが言う。金魚というのは魚の中でも小さい部類だろう。そう思うのは普通のことだが、その視線がさっきからずっと金魚に向けられたまま外れない。
そういえば、どうして金魚すくいがやりたいのかは結局聞かず仕舞いだった。お祭りに来たから定番のことをやりたいだけかと思ったが、もしかしたら金魚が欲しいという理由もあったのだろうか。
そう考えてサスケは手持ちの金魚をそのままナルトの前に差し出した。だが突然のサスケの行動にナルトは大きなクエッションマークを浮かべる。
「…………やる」
短くそれだけを言えば、ナルトは大きく目を見開いた。あのサスケが――というのは失礼かもしれないが、ナルトからしてみればあのサスケが自分に金魚をくれるなんてといた心境である。
「え、良いのかってばよ? サスケがとったのに」
「オレはお前に言われたからやっただけだ。だから欲しいならやるって言ってんだよ」
僅かに視線を逸らされて言われた言葉に、ナルトは嬉しそうに笑って「サンキュ!」と受け取った。手に持った金魚を眺めながら大切そうに持つナルトを見て、サスケはかすかに微笑む。
「次にやる時はお前がとれるになってれば良いんだがな」
何気なく言ったそれにナルトは一度きょとんとした表情を見せたもののすぐに笑って「その時は大丈夫だってばよ!」と言い切った。今日も同じような発言を聞いた気がするが、そういうところがナルトらしくもある。
「あ! サスケ、次はあれやりたいってばよ!!」
また何かの屋台を見つけたらしいナルトがはしゃぎだす。そんなナルトに「今度は何だ」と言いながら今日はサスケも付き合う。たまにはこうやって過ごすのも悪くはないかもしれない。せっかくお祭りに来たのなら、やはり楽しまなければ損だろう。
また来年もこんな風に二人でお祭りを回れたら。
……なんて言葉は、こっそりと胸の内にしまっておいた。
fin