一匹の狐が森の中に居た。その狐はいつも独りぼっち。まだ子供で、明るい黄色に空のように澄んでいる瞳を持っていた。他とは違うそれが、誰も近づけずに気付けば独りになっていた。
ある日。その狐の元に一匹の猫がやってきた。その猫は黒という色ばかりだったけれど、その黒の瞳はどこか綺麗な光を持っているようだった。
猫は、独りぼっちだった狐に話し掛けた。みんなは避けるのに、どうして一緒に居てくれるのかと聞けば、同じ動物の仲間だから。そして、綺麗な色を持っているからと話してくれた。
それから二匹は友達になった。
狐と猫とクリスマス
「サスケ、見てみろってばよ!」
一匹の狐が呼んでいる。目の前に広がっているのは人里だ。この場所からは、しっかりと人里を見下ろすことが出来る。どこか見えない場所があるわけでなく、全部を一望できる辺りは特等席と言ってもいいだろう。
尻尾を振りながら目を輝かせている狐。先に行ってしまったその姿を追うようにして、一匹の猫はゆっくりと歩いてくる。
「何はしゃいでるんだよ、ウスラトンカチ」
サスケと呼ばれた猫は、狐の隣までやってくると立ち止まる。その狐の視線の先にあるのが人里だと気付き、人里の方に目を向ける。目の前に広がっていた人里は、電気と呼ばれるものの光によって明るく照らされていた。
気のせいだろうか。いつもよりも明かりがたくさん点いているようだ。それだけではない。電気が点いているのと同じくらい騒がしいようだ。今日は何か行事がある日なのだろうか。そう考えてみれば、聞いたことのあったような名前を思い出す。
「凄い明かりだってばよ。何かやってるのかな?」
「祭みたいなものだろ。今日は、クリスマスっていうイベントがあるようだからな」
疑問を浮かべているナルトにサスケが答える。今日は、人里ではクリスマスというイベントの日なのだ。どうしてサスケが知っているのかといえば、前に聞いたことがあるらしい。詳しいことはナルトも分からないのだが、サスケが色々なことを知っているということだけは分かっている。
クリスマスというのは本来、キリストの誕生日を祝うものだ。そうはいっても、今となっては楽しむべきイベントの一つと考えた方がいいだろう。誰もが楽しいイベントとして毎年クリスマスを迎えているのだ。
「クリスマス?」
「キリストの誕生日を祝うものらしい。けど、それはあまり関係なしに楽しむものみたいだ」
「へぇ、そうなのか」
説明された言葉に納得の声を上げる。キリストの誕生日で楽しむお祭ということにナルトの中では纏められていそうだ。だが大して間違ってもいるわけでもないので訂正する必要もないだろう。それに、いくらどう思ったところでもこれは人里のイベントの一つだ。彼等動物達にとっては関係のないこと。
「楽しいお祭なんだな」
人里を見ながらどんなお祭なのだろうかと考える。こんなに明かりがあっていつも以上に騒がしいということは、それだけ楽しいということなのだろうか。分からないことばかりだけれど、それが想像力によって考えを膨らませてくれる。これがまた面白かったりする。
こんな光景を見ながら楽しいのだろうと考える。そうやって、考えるのがつまらないわけじゃない。だけど、こうしていると人里に降りて実際に自分の目で見てみたいと思ってしまう。
「……人里に降りたいのか?」
ナルトの表情を見ながらそっと尋ねる。サスケの言いたいことは分かっている。言葉から伝えられたものは疑問。そこに込められたものは、素直にそれを認められるようなものではないのだろう。人里は、今住んでいるこの場所とは違う。様々な危険を伴うことになるのだ。だから人里に降りることをいいとは思っていない。
それは全部ナルト自身のため。それは分かっているけれども、人里には降りてみたいと思う。こんな風に考えているものと実際のものとは違う。何事もやってみなければ分からないのだ。
「降りてみたいってばよ。お前は反対するだろうけど」
今までにも何度か話したことがあった。人里を一望できるここで、人里に降りてみたいと。
それを聞いたサスケは、いつも決まって反対をした。理由を聞けば、何が起こるか分からないからだと話された。普通に生活をしていたとしてもそこにどんな危険があるか分からない。姿を隠してももし己が狐であるとばれたならどうなってしまうか分からない。
ただ過ごすだけでもそんな危険があるというのに、ナルトは忍になりたいと話した。里の人のためになることをしたいと言うナルトは、人の役に立ちたいと思っている。偽りはなく、本当にそう思っているその目は、真剣だった。
「当たり前だ。人里に降りて、何の得があるっていうんだ?」
「得とかそういう問題じゃないってばよ。ただ人里に降りて、この目で色々と確かめて、人間と一緒に暮らしてみたいんだってばよ」
毎回同じような言葉のやり取りが行われる。人里に降りたいという意見と降りるなという意見。全く違う意見は、最終的に今はこのままということで纏まっている。
そんなやりとりも今まで何度行われたのだろうか。本当に降りたいのなら、サスケの意見など聞かずに降りてしまえばいいのだ。
けれど、ナルトはそうしようとは思わない。人里に降りたいのは紛れもない事実だ。でも、サスケはナルトにとって大切な存在だ。それはサスケにとっても変わらない。昔は喧嘩も多かったけれど、今となっては誰よりも信頼できる相手だ。だからサスケが反対しているのを納得もさせずにこのまま降りようとは思わないのだ。
「どうしてそこまで思うんだかな……」
溜息混じりに言われた言葉に含まれているのはなんだろうか。たまにナルトはサスケが何を言いたいのか分からないことがある。
「本当に降りたいなら、オレに構わずに降りればいいだろ」
告げられたことに、内心でドキンとする。本当に降りたいのなら降りればいいということなど最初から分かっている。分かっていながらそうしないようにしているのだ。それは今までもずっとナルトの中で決めているから。ちゃんとサスケに納得してもらうまでは降りないと。
でも、今までにサスケからこんなことを言われたことはなかった。そうすればいいことをナルトは知っていたし、サスケも知らなかったわけではないだろう。ただ、今までは言葉にしなかっただけ。こうしていざ言葉にされてみて、感じた気持ちは複雑なものだった。
分かっていたことなのだから変わらずにすればいい。それは分かっているのだけれど、そう出来ないなにかがある。もしかして、いつまでも人里に降りたいと話すから飽きられたりされたのだろうか。そんな考えが生まれてしまうと普通にはしていられなかった。
「サスケは、オレのこと。どう思うってばよ?」
急に何を言い出すんだと返そうとしたが言葉に詰まる。ナルトは、さっきまでと違って下を向いている。表情は見えないがなんとなく予想が出来た。
きっと、コイツは悩んでいる。
悩んでいるという言葉が合っているのかは分からない。けど、困っているのとは違う。どういう言葉で表せばいいかは明白ではない。だけど、ナルトの聞きたいと思っていることは分かった。だから、それに対する答えを必要だと思う言葉を選んで返す。間違っているだろう考えを訂正させるために。
「いつも五月蝿くてドベで人のことを連れまわす。迷惑とか考えない」
並べられたいいとはいえないような言葉達。どれもが心をズキンと痛めていく。
あー、やっぱりそう思ってたんだ。友達だと思ってたのも一方的だったのかな。と、ついそう思ってしまう。サスケがそんな風に思っていたといわれて絶対に嘘だとは言い切れない。だから、そのまま痛みを感じながら納得してしまった。
だけど、続けられた言葉に驚く。つい「え」と聞き返してしまいたいくらいに。
「単純だけど、いつでも前を見ている。自分の決めたことは絶対に曲げないでやり通す。お前のその色のように光となって周りを照らしてる」
最初の言葉とは違う。そのことにすぐ気付いた。さっきまでの言葉はいいというよりも悪いことが並べられていた。だけど、次に並べられているのはいいといえるようなものばかり。
「本当に迷惑だけど、その明るさはどんなに暗くても光へと変えるような力を持ってる。だから、オレはお前の傍に居るんだ。お前がどんな奴かってことくらい、十分すぎるほど知っていながらな」
笑みを浮かべながら話すのを見て、心が温まっていくのを感じた。同時に嬉しさが込み上げてくる。嬉しいと表現する以外にどう表現をすればいいのか分からない気持ちが身体中にある。
こんなにも嬉しいと思ったのは久し振りだ。いつもサスケと一緒に居る時間は楽しくて、嬉しいこともたくさんある。だけど、こんなに嬉しいと思ったのは以前。そう、サスケと初めて会った時だっただろうか。独りだったナルトに声をかけてくれた時は本当に嬉しかった。あの時と同じような嬉しさが、ナルトの中を占めている。
「大体、嫌いな奴だったらこんなに一緒にも居ないだろうし、人里に降りたいっていうのを止めたりしないだろ」
当たり前かのように話されて、なんだか聞いた自分が馬鹿らしくなってしまう。言われてみればそうかもしれないと今更ながらに納得した。
もし、嫌いであれば人里に勝手に降りればいいというだろう。それに何度も同じことを言って飽きられてしまうのではないだろうか。何にしてもこんなにずっと一緒に居てはくれない。
そう考えると、サスケがナルトのことを嫌いであるとは考えづらいものだ。人里に降りるのを危険だからと止める。何度も話しても毎回止められる。いつも一緒に居てくれるのだ。そんなサスケだから、ナルトも説得すまでは降りようとしないと考えている。サスケに言われて改めて気付かされた。
「そうだよな。有難う、サスケ」
「別に礼を言われるようなことはしてねぇよ」
そう話す二人はどちらも明るい表情をしている。相手の思うことを分かって、それを訂正するように話す。そして、その気持ちを知って元気になる。お互いを分かり合っているからこそ、それが成り立つのだろう。
一呼吸おくと、空を見上げながら言葉を投げかけられた。
「人里に降りたければ降りろよ」
突然の言葉に驚く。サスケの方を見れば、嘘を言っている感じはなく、真剣そのものだった。どうして急にそんな風に言い出すのかと疑問に思う。その疑問も本人によってすぐに消えることになった。
「お前がそこまで言うなら、危険は伴うが降りてみればいい。それで、自分で人里っていうモンを確かめて来い」
真っ直ぐ瞳を見て話され、少し動揺してしまう。
だけど、サスケは人里に降りることを認めてくれたのだ。ずっと言い続けてきて、やっと認めてもらえた。これで漸く人里に降りることが出来る。それが嬉しいようで、どこか寂しい気がした。やりたいと話していたことも出来るはずなのに、どうして寂しいと思ってしまうのだろうか。
その答えは簡単で、人里に降りれば知らないことを知ることが出来る。ナルトのやりたいと言っていた人間を助けることが出来る。だけど、この山から人里に降りてしまえばサスケと一緒にいることは出来なくなってしまうのだ。
一緒に居られないということがこんなにも寂しく感じるものなのか。嬉しいのにあまり嬉しそうな反応を見せないナルトにサスケは首を傾げる。
「どうした?」
「あーいや、サスケに認めてもらえて嬉しいんだけど、素直に喜べないっていうかさ…………」
曖昧な言い方に首を傾げてしまうばかり。人里に降りれるようになったことは嬉しいらしいと、それだけはハッキリしている。結局何が言いたいのかとナルトのことを見ていれば、戸惑いながらも言葉を続けた。
「サスケと離れるって思ったら、さ……」
ナルトの言ったことに今度はサスケが驚く。だけど、すぐに笑みを浮かべて言葉を返した。
「だったら一緒に降りてやるよ。お前だけだと心配だしな」
向けられた笑みと優しい言葉にまた嬉しくなる。そして、もう一度「有難う」と伝える。ナルトが嬉しそうにしているのを見てサスケもまた嬉しくなる。こうして嬉しさを分かち合うことが出来るのは、それこそ幸せなのだろう。
二匹は一緒に人里に降りることを決めた。だからといって今すぐ降りるわけではない。この森から見える人里を見ながらナルトに話し掛ける。
「今すぐ降りるわけでもねぇからな。クリスマス、やるか?」
尋ねればすぐに表情が明るくなった。答える前に答えが分かってしまって、分かりやすい奴だと思う。
「え、マジで!?やりたいってばよ!」
予想通りの答えが返ってきて小さく笑みを浮かべた。分かりやすい奴だけど、それはそれでいいだろうと思う。逆に言えば表情に出てくれるだけこっちが分かってやれることが出来る。ナルトがどうしても隠そうとすることは分かりづらいにしても、普段の生活では分かってやることが出来るのだからいいと思う。
「だったら、さっさと行くぞ」
何もせずにやっても仕方がないという感じに言えば「おう!」と元気良く返事が返ってきた。先に歩いて行くサスケを走って追い掛けて、すぐに隣を歩き出す。
楽しそうに話していく二匹は誰が見ても仲の良い友達。その表情はとても幸せそうだ。
ある日。独りだった狐は猫に出会った。そこで二人は友達になった。
人里に降りれば様々な危険を伴うことになる。けれど、それでも降りたいと一匹の狐は話した。その意見に反対だと一匹の猫は話した。
狐の強い意志に猫はそれを認めることにした。だけど、離れるのは寂しいと言う。その言葉に一緒に人里へ降りることを選んだ。一緒に降りて、これからも一緒に過ごす。そう決まるとどちらも嬉しそうだ。
とても嬉しそうな狐を見て、猫は自分達でクリスマスをするかと尋ねる。今日は人里ではクリスマスというイベントが行われているからだ。それに狐は喜び、早速クリスマスというものの準備に向かう。
狐と猫。
二匹が人里へ降りていくのは、また別の話。
fin
「壱」の郁美様に差し上げたものです。リクエストは「獣耳サスナルで森のクリスマス」でした。
狐のナルトと猫のサスケです。この二人が人里に降りたらどうなるのでしょうかね。