ミンミンとセミの鳴き声が聞こえる。太陽の光も強く、これでは日焼け止めをしっかり塗らないと外には出られないなんて幼馴染は愚痴を零す。
「それにしても本当、暑いわね。シカマル、どうにか出来ないの?」
「そんなの出来るわけねぇだろ」
日焼け止めのクリームを塗りながら、暑さへの苛立ちを幼馴染であるシカマルに向けた。だが、シカマルにだってそんなことは出来ない。シカマルでなくても、人間でそんなことが出来る者は居ないだろう。天気予報士だって天気を予測することは出来ても、天気をどうにかすることなど出来ないのだ。こればかりは人にどうにか出来るものではない。
「まぁそうよね。出来るのならさっさと何とかしろって話よ」
そんなことが出来る人など居ないからそれは無理なのだが、もしもそういう人が居たらという話である。自由自在に天気を操ることが出来るのなら、それは毎日快適に過ごすことが出来るだろう。
けれど、毎日過ごしやすい天気ばかりでもまた困ることはある。そんなことを言ったら雨など降らなくなってしまいそうだが、それでは水不足に悩まされる羽目になるだろう。やはり天気というのは自然のものであることが一番だ。
「ところでよ、人を呼んだってことは今日はどっかに付き合えって話か?」
「せっかくの夏休みなんだから、パーッと遊びたいじゃない」
「別にオレは家で寝てる方が有意義だと思うけど」
だからアンタは駄目なのよ、といのは溜め息を零す。それじゃあ夏休みなのに普段と変わらないじゃないと言うが、それは今から出掛けようとしているいのだって同じではないだろうか。言えば怒られると分かっていることをわざわざ口にしないけれども。
いきなりメールで『今日暇ならちょっと付き合ってくれない?』と来たのを読んで、暇ではあるが正直なところ面倒でもあった。けれど、行かなければそれで五月蝿いと思ったからこうしてシカマルはいのの家までやって来たのである。
「せっかくの夏休みなんだからどこか行こうとかないワケ?」
「お前だって暑いとか言ってただろ」
それとこれとは別だとはいのの意見だ。何がどう別なんだかとシカマルには疑問でしかない。女って分からないなと思いながら、今は彼女の支度が終わるのを待っている。
どこかで待ち合わせをするでもなく、家に来たところで玄関で待つこともなく。こうして部屋の中で待っているのは彼等が幼馴染であるからだ。昔からお互いの家や部屋も行き来していたので今更どうとも思わない。だからシカマルはいのの部屋で早く支度が終わらないかと考えているところだ。
「つーか、今日はどこ行くんだよ」
「隣町のショッピングモール。新しいお店が入ったらしいのよ」
へぇ、と相槌は返したものの興味がないのは明らかだ。いのも特に気に留めたりはしない。シカマルがそういうことに興味がないことくらい知っているのだから。それならどうして呼んだのかというと、単純に人手が欲しかったから。要するに荷物持ちに付き合わされるという話である。
女友達と行くのとは別に、時々いのはこうしてシカマルやもう一人の幼馴染。チョウジと一緒に買い物に出掛けることがある。純粋にみんなで出掛けようと思う反面、荷物を持ってくれる人が欲しいのだろう。昔からのことなので二人共なんだかんだで付き合っている。あとでデザート奢るから、と頼めばチョウジはすぐに頷いてくれる。シカマルは面倒だと言いながらもしょうがないと付き合ってくれるのだ。
「そういえば、アンタに言いたいことがあったんだけど」
漸く日焼け止めクリームを塗り終えて、鞄に必要な物を入れていく。ポーチや携帯を入れながらいのに話を振られ、シカマルはとりあえず「何だよ」とだけ言って先を促す。言いたいこと、とわざわざ言うからにはそれなりのことなのだろうか。
いのは一つ溜め息を吐いてからシカマルを振り返って言う。
「彼女を一回もデートに誘わないっていうのは男としてどうなのよ」
彼女、というのはいののことだ。そして彼氏というのはシカマルのことを指している。
二人は元々幼馴染だったのだが、高校に入ってから付き合うことになった。付き合うというのは恋人になるという意味である。昔はクラスメイトのサスケのことが好きだったいのだが、それは幼い頃の勘違いだったとある時気付いたのだ。
そして、いのが恋愛の意味で好きになっていたのがこの幼馴染だった。最初はどうしてと思ったりもしたけれど、こんな風になんだかんだで付き合ってくれたりするその優しさに惹かれていた。そして、今では恋人同士になったのだ。
けれど、出掛けようと誘うのはいつも決まっていのの方からだった。昔からそうだったがそれは恋人になってからも変わらず。恋人という関係になってから数ヶ月も経っているけれどシカマルからの誘いは今のところゼロである。
「付き合ってるからってデートするモンでもねぇだろ」
「そうだけど、付き合ってるんだからデートくらいしたいじゃない」
「へいへい、すみませんでした」
全然気持ちがこもっていないと言えば、そんなことはないと否定された。だが、どうも適当に流されている気がする。いのもシカマルの性格くらい幼馴染なのだから良く知っているが、シカマルもまたいのの性格くらい分かっているだろう。伊達に十数年も幼馴染をやっていない。
「だから、夏休みくらいデートの一つくらい誘いなさいよ」
恋人になったというのにこれまでと大して変わらないのは、やはり幼馴染であるが故だろう。それはお互いに分かっているし、無理に恋人らしくする必要もないと思っている。
けれど、少しくらいは恋人らしいことだってしたいのだ。今はもうただの幼馴染ではないのだから。
そんないのの話を聞きながら、シカマルは内心でそんなことを言われてもなと悩む。デートをしたくないのではなく、幼馴染から恋人になってその距離感がまだいまいち掴めていないのだ。とりあえず今まで通りにしているけれど、デートだってしたいというのなら付き合うつもりはある。ただ、その辺りが色々と難しいのだ。
と、それをいのに言う訳にもいかないから「だったらどこに行きたいんだよ」と質問をする。いきなり恋人らしくなんて無理だけれど、恋人の頼みくらいを聞くくらいならいつだってする心積もりなのだ。
「そこはアンタが考えるところでしょー?」
「オレの好みに合わせたらお前怒るだろ。それなら最初からお前の行きたいところに行く方が良いじゃねーか」
「それは、そうかもしれないけど……」
シカマルの意見は一理ある。そこも彼女の好きそうな場所をなんて言いたくなる気持ちもあるが、その方が良いというのも確かだ。場所に間違いもないだろうし、いのも楽しむことが出来る。それならシカマルはと思うかもしれないが、シカマル自身には特にこれといった希望はない。だからこそ、余計にいのの行きたい場所に行った方が良いと思うのだ。
「ならそれで良いだろ。んで、お前はどこに行きたいんだ?」
尋ねられていのは悩む。恋人同士といっても、付き合い方は人それぞれだ。幼馴染である自分達はそれに合ったやり方で付き合っていけば良いのかもしれない。
そう結論付けると、そうねと言いながら夏ならやっぱり海かなと提案する。花火大会やお祭りに行くのも良いけど、と思い付いたものを次々に挙げていくと途中でストップが掛かる。いきなりそんなに言われても把握しきれない。けれどそれでは決められないではないか。そう思っていたところで。
「あー分かったよ。じゃあ、祭りも花火も付き合う。それで良いだろ」
デートの一つくらいという話から始まった夏休みの予定だが、何も一つである必要はないのだ。都合さえつくなら二つでも三つでも問題ない。だから今ここでそれ以上は挙げなくて良いとストップを掛けたのだ。
「それなら最初の海も入れてくれても良いんじゃない?」
「はいはい。とりあえず、今日は買い物に行くんだろ」
いつまでも話をしていては出掛けられない。その話は買い物に行きながらでも帰って来てからでも出来るのだ。準備が終わったのならそろそろ家を出ようと言えば、いのも頷いて二人で家を出た。
今日の予定はショッピング。あれもこれも欲しい物を沢山買う。
残りの夏休みの予定は、海に行くこと。それに夏祭りと花火大会も加えて。他にも色んな場所に出掛けたりしよう。そう話せば、幼馴染であり彼氏でもある彼は分かったと答えてくれる。ほどほどにしろよとは言われたけれど、せっかくの夏休みは存分に楽しまなければ勿体ない。
これから細かく予定を立てるのが楽しみだ。
恋人と過ごす夏休み