同じクラスのある奴の姿が教室に見当たらず、どこに行ったのかと探す彼女にどうかしたのかと尋ねたのはつい数分前。話を聞いてそれならオレが探してくると言い切ったのも同じ頃。
 どこに居るのかなんて考えなくても大方予想はついている。教室に居ない上にまだ帰った様子もないとすれば、残る可能性は一つ。


「またここに居たんだな」


 遠慮も何もなくドアを開けた先に目的の人物を見つける。屋上のフェンスの向こう側、どうしていつもそこに居るのかは分からないが彼はいつだってそこに居た。だから今回もここに居るのではないかと思ったのだが、その予想は当たっていたようだ。


「何の用だ」

「サクラちゃんがお前のこと探してたってばよ」


 正確にはサクラだけでもないのだが、その辺を具体的に説明する必要はないだろう。サスケだってそんなことは大して気にしていない。どちらかといえば探されている理由の方が気になるぐらいだ。
 ナルトの言葉に「そうか」とだけ返しながらも黒の瞳が見つめるのはフェンスの向こう。一体何を見ているのかは分からない。だが、こちらのことを特に気にしていないということだけははっきりしている。何が彼をそうさせているのか、なんてやっぱり分からないし聞くつもりもない。


「お前ってば、今日誕生日なんだって?」


 それはつい先程、サクラから聞いたことだった。サスケを探しているというから何か用事でもあるのかと聞いたらそう教えてくれたのだ。誕生日だからお祝いをしたいのだと彼女は言っていた。
 それを聞いていた周りもそういえばそうだったなと集まり出し、今頃はどうするか話し合っているのではないだろうか。

 だが、当の本人はナルトの問いに答えることもなくただどこかを見つめている。質問に答える気はないということか。それとも答えたくないのか――とも考えてみたが、誕生日かどうかぐらい答えても困るようなものはないだろう。
 つまり前者、答える気がないだけかと結論を出す。それならそれで良いとナルトは勝手に話を続ける。こんなことは今回が初めてではないのだ。むしろいつものことだからいちいち気に留めたりしない。


「それならみんなでお前の誕生日を祝おうって話になってさ。でも肝心のお前が居ねぇと話になんねぇじゃん? それでオレがお前を探しに来たんだってばよ」


 だから行こう、と言ったところで素直に頷いてくれるとは思っていなかったが案の定。サスケはこちらに視線を向けることもなく淡々と言った。


「誕生日なんて別にめでたくもねぇだろ」


 祝って欲しいとも思わない。
 そんなサスケの言葉にめでたいだろと答えながらナルトはフェンスの前までやってくる。この高いフェンスを飛び越えて向こう側に居る友人。よく落ちないよなと思いながら危なくないのかと尋ねるが「別に」と返されるだけ。返ってきただけマシだろうか。


「だって誕生日だろ。お前が生まれてきた大切な日だってばよ」

「それだけだろ」

「それだけじゃねぇってばよ」


 サスケが生まれた日だからこそ大切なのだと、言っているのに目の前の相手にはそれが伝わってくれないらしい。どうやら彼は自分の誕生日をめでたいと思っていないどころか、誕生日というものをなんとも思っていないようだ。
 誕生日なんて言われなければ分からないようなものだ。世間一般的にはただの一日。ナルトだってつい数分前までは知らなかった。そんなものだ。くだらない、と心の中で呟く。


「つーか、いい加減こっちに戻ってこいよ」

「お前に指図されるいわれはねぇ」


 どこで何をしてようがオレの勝手だろうと言えば、それならオレもそっちに行くなどと言い出す。どうしてそうなるのかと思ったが、フェンス越しに会話をするのも変だからとおかしな理由が返ってきた。
 そこは気にすることでもないだろうと思ったが、こんなことで言い争う気にもなれず溜め息を零す。それから諦めたようにフェンスを飛び越えてサスケはこちら側へと戻ってきた。


「大体、何でお前がオレを探しに来る」

「そりゃあサクラちゃんが探してたから」

「それならお前がオレの誕生日を気にする理由はねぇだろ」


 どうしてお前まで誕生日どうこう言ってくるのか。
 そのようなニュアンスを含めて言ったのだが、だって誕生日なんだろうとさも当然のようにこの男は返すのだ。誕生日だからお祝いする、というのはナルトの中ではイコールで結ばれているのだろう。だからサスケがそんなことを聞いてくることの方が不思議のようで、他に理由なんているのかと言ってくる。
 理由なんて必要ない。むしろそれが理由になるのもおかしいのではないかと思うが、言ったところで何でと返されるのは目に見えている。根本的な考え方が違うのだからそこを分かり合う必要はないだろうとサスケは話題を変える。


「それよりお前、カカシに呼ばれてたんじゃないのか」

「あーそれなら終わったってばよ。なんか……って、そうじゃなくて!」


 そのまま話してくれても良かったのだが、そこまで馬鹿ではないらしい。良いから教室に行こうぜとナルトが誘うのに対し、サスケはやはり誕生日なんてと思っている。今度は声に出さなかったが、それでも見れば分かるくらいに態度に出ていた。


「なあ、お前ってば誕生日嫌いなの?」

「そういうお前はどうなんだ」

「オレは嫌いじゃねぇってばよ」


 答えたナルトがサスケにも促せば、好きでも嫌いでもないと返ってきた。どちらでもないということは嫌いではないということ。逆にいえば好きでもないということだが、それならやっぱり誕生日は祝うべきだろうという結論に達するのがナルトだ。
 じゃあ教室に戻ろうと言った青の瞳を振り返る。漸く交わった黒と青。だがそれも束の間のことに過ぎず、すぐに視線を外されるとサスケは足を進めた。


「祝わなくて良いって言ってんだろ。サクラ達にもそう言っとけ」


 それだけを言ってこの場を去ろうとするサスケを「待てよ!」とナルトは慌てて引き留める。待てと言われて待つ奴など居ないだろうからと咄嗟に右腕も掴めば、サスケは当然足を止めざる得なくなる。何だと苛立たしげな声で短く問われるが、ナルトは真っ直ぐに黒の双眸を見て口を開く。


「みんなお前のことが大切だから祝うんだろ。それなのにそういう言い方すんなよ」

「余計なお世話だって言ってんだよ。大体、お前は――――」

「オレだって! オレだって、お前の誕生日だって知ったからにはとことん祝ってやるってばよ!!」


 だから大人しく祝われろ、とでもいう風にナルトはニカッと笑う。
 全く、何を言い出すかと思えば。勝手なことばかり言ってくれる。こちらの意見など聞いていないどころか聞くつもりもないのだろう。最初からそのつもりでここに来たに違いない。人の気も知らないで、とは言わないが本当に勝手な奴だとは思う。


「別にオレはお前に祝ってもらいたいわけでもないんだが」

「オレが祝いたいんだってばよ」


 誕生日だから。誕生日なんて。このまま会話を続けたところで平行線のままだろう。
 どちらかが折れるまで、またはどちらかが意見を押し通すまで。どちらも結局は同じところだが、透き通るような空がじっとこちらを見るのに溜め息を零したのはサスケの方だった。


「…………はあ、勝手にしろ」


 本日二度目となる溜め息と諦め。この腕を振り解いてさっさと帰ってしまっても良かったのだが、鞄は教室に置きっぱなしなのだ。一度教室に戻らなければならないことはどうしたって避けられない。そうしたら必然的にサクラ達と鉢合わせになる。ナルトもサスケが頷くまで手を放す気がないのは見て取れたし、もういい加減に面倒になったというのが正直なところ。
 それでも、ナルトはサスケが首を縦に振ってくれたことが嬉しかった。何でお前がそんなに喜ぶんだよと率直な疑問をぶつければ、だってサスケの誕生日だろというよく分からない答えが返される。それに「年に一度の特別な日だ」と付け加えられて、理解は出来なかったが言いたいことはなんとなく分かったかもしれない。


「あ、そうだ」


 じゃあ早く教室に行くってばよと掴んだままのその手を引き始めたところでまたすぐに足を止める。今度は何だと思ったのだが。


「誕生日おめでとう、サスケ」


 そういえば、誕生日だからなどという話をしながら大事な言葉を伝え忘れていた。それを思い出して一度足を止めてきちんと伝えた。
 言い終えたら今度こそ教室に向かおうと再び手を引かれたが、自分で歩くからさっさと放せと文句を口にすると大人しくその手は離れていった。自由というかなんというか。それがこの男、うずまきナルトであることは転校初日から分かっていたけれど。


「そういやさ、さっきの話なんだけど」

「どの話だ」

「カカシ先生に呼び出されたってヤツ。そのことでちっとお前に頼みたいことがあんだけどさ」


 階段を下りながら出てきた少し前の話題に内容を聞くより先に「断る」とサスケは言い切った。どうせ碌な話でないことは予想出来るし、何よりそれに付き合ってやる理由も義理もない。
 けれどナルトはそう言わずにとなんとか頼もうと努力する。ここでわざわざ自分を頼るということは十中八九勉強の話だ。ナルトが夏休み前の今日、担任に呼び出される理由なんて喧嘩のことか勉強のことぐらいしか考えられない。
 実際にサスケの予想は当たっており、ちょっとでも良いからと頼むナルトにもう一度断るとだけ告げる。そういうことならサクラにでも頼めば良いだろうと言えば、サクラちゃんに頼むのはとなんだか言い辛そうにされた。オレなら良いのかよと零せば、それはそれでなぜか口ごもる。一体なんだというのか。


「お前にしか頼めないんだってばよ! この借りは絶対返すから!!」


 サクラや自分を除いても頼める奴くらい居るだろうとは思ったが、挙げられた名前に勉強面で頼るのは難しそうかと些か失礼なことを考えたがそれは挙げた方も同じだろう。とはいえ、お互いの成績も知っているのだからそうなるのも仕方がない。その面子だってナルトには勉強面で頼ろうと思わないのと同じだ。
 夏休みを貴重だとは思わないが、かといってナルトに付き合ってやる理由も義理もやはりない。自業自得、自分でやれと言って突き放してもサスケは悪くないだろう。だが。


「真面目にやらなかったら二度と付き合わねぇぞ」


 なぜ受け入れたのか、と聞かれたらただの気紛れだと答えるだろう。他を当たれと断ることだって出来たのにそれをしなかったのは、なんとなく、少しくらいなら付き合っても良いかと思ってしまったから。
 どうせ大した用事もない夏休みだ。コイツに付き合って一緒に過ごすのも悪くないとか、そんなことを思ったから今回だけは付き合ってやろうと。コイツを見ているのは飽きないしと思ったのだ。


「サンキュ! 助かるってばよ!」

「で、カカシになんて言われたんだよ」


 人を頼らなければならないとなれば、補習を受ける羽目になったというわけではなさそうだ。それ以外となれば、夏休みの課題を追加されたとかそんなところだろう。それがさ、と話し始めたナルトは大方そんなことを言っていた。
 そう話しながら歩いていれば、あっという間に教室まで戻ってきた。HRも終わったというのに中が騒がしいのはサクラをはじめとしたいつもの面々が残っているからだろう。


「じゃあ、夏休みはよろしくな」


 一度立ち止まって振り向いた金髪がそう言ったのに「ああ」と短く頷く。
 それから勢いよくドアを開けて「サスケ連れて来たってばよ!」と放課後の教室はより一層騒がしさを増した。教室に入ってきた二人に「遅いぞ」「どこまで行ってたんだよ」といった声が飛んでくる。

 そして、みんなが顔を合わせたかと思うと笑みを浮かべて。


「誕生日おめでとう」


 口を揃えて祝いの言葉を向けるのだった。
 七月二十三日、友の誕生日を祝って。








君の見つめる先には何があるのか
この先には何があるのか

それはこれから自分達の目で確かめよう