兄が帰ってきたあの日からオレの道は変わった。
昔、幼い頃は何でも出来る優秀な兄に憧れてその背をひたすら追い掛けていた。それから兄が里を抜け、今度は復讐を遂げる為だけに強さを求めて追い続けた。
だがそれももう終わりだ。一族を殺し、里を抜けた兄は木ノ葉に戻ってきた。
だから、これからは――――。
これからの道
「サスケ、どこかに行くのか」
家を出ようとしたところで後ろから声が掛けられた。ずっと聞いていなかったその声も数ヶ月前からまた当たり前のように聞くようになった。兄は帰ってきたのだから当たり前といえば当たり前だけれども。
「ああ。……母さん達のところにな」
何と答えるべきか迷ったけれど下手に嘘を吐いても仕様がない。別に何か悪いことをするわけでもないのだからそのまま答えれば良いだろう。
そう判断して答えるまでに妙な間が出来てしまったが、兄は大して気にしていないのか「そうか」とだけ返した。だがその後、オレも一緒に行くと続けられたのは予想外だった。思わず「兄貴も?」と聞き返してしまったが、今日は任務もないからなと言われて断る理由はない。
(理由はない……よな)
今でこそオレは兄と共に暮らしているけれど、それも数ヶ月前までは全く考えられなかった日常だ。こうして家族と一緒に暮らすことなど二度とないとさえ思っていた。現状に不満があるわけでもなければ兄と一緒の生活が嫌なわけでは決してないけれど。
「サスケ?」
呼ばれて慌てて何かと聞き返せば、どうかしたのかと尋ねられた。つい考え事をして黙ってしまっていたらしい。すぐに何でもないと答えればそれ以上は何も聞かれなかった。
それから支度を終えたオレ達は二人で家を出た。両親の墓参りに兄弟が揃っていくなんてどこにでもある光景だが、それでもオレにとっては不思議な気分だ。兄は一度里を捨てた人間だから。
勿論、それは過去のことであって今は違う。だから一緒に墓参りに行くのもおかしなことではないし、やはり断る理由はないなと先程の考えを片付ける。
「なあ、兄貴」
「何だ」
「兄貴はどうして、一族を、みんなを……殺したんだ?」
今となっては過去のこと。それでもやはり気にならないわけではない。本当はもっと前に聞きたかったけれどなかなかタイミングが掴めなかった。お互いに任務で忙しかったこともある。お互いにというよりは、主に兄の任務だが。こうしてゆっくり話をする機会がなかったから聞けなかったが今なら、そう思って尋ねた。
「…………任務だ。オレはあの頃から暁と繋がりがあった」
聞いたところで兄が答えてくれるかは分からなかった。しかし、兄は少し考えるようにしてからオレの質問に答えてくれた。暁と繋がりがあったのはどうしてなのかと次いで生まれた質問にも偶々遭遇して組織に入ることになったのだと説明された。
もしかしたら、兄もいつかは聞かれることだと思っていたのかもしれない。オレが気にならないわけがないのだ。だからこうして一つ一つ、疑問に答えてくれている。
(偶々、ってことは兄貴が望んで入ったわけじゃないのか……?)
全ては偶然が重なって起こってしまった悲劇なのか。そう考えてはみたものの、その一言で纏めるにはあまりにも失ったものが大きすぎる。かといって、過ぎ去ったものは今更どうしようもないけれど。オレは本当に何も知らないただの子供だったんだと思い知る。
「それじゃあ、その任務を果たす為にみんなを…………」 「……ああ。他に理由なんてない」
それがどういった内容の任務だったのかなど聞くまでもない。現実が物語っている。
だが、その中で一つだけ疑問が残っている。オレの考えている通りの任務内容だとすれば、どうしてもおかしな点が残るのだ。兄の任務はおそらくうちは一族を滅ぼすこと。自分でおかしいと言うのも変な気がするが、それだとどうしても辻褄が合わない。
「何で、オレだけ殺さなかったんだ……?」
あくまでもオレの仮定に過ぎないが、うちはを滅ぼすというような内容の任務であることはまず間違いない。しかし、それならオレも含めた全ての人間を殺さなければならなかったはずだ。任務を遂行する兄自身を除いて。
殺さなければならない、殺されるはずのうちは。けれど兄はオレだけを残して里を抜けた。どうしてオレ一人だけを行き残したのか、これも長年の疑問だった。
「お前は……サスケだけは、殺せなかった」
告げられた言葉にオレの疑問は消えるどころか更に疑問を生む。
殺さなかったのではなく殺せなかった。
その言葉が意味することをオレには理解出来なかった。父でも母でもなく、他の誰でもなくどうして自分だったのか。血の繋がった家族でさえ殺しているのに何故弟だけは。
「オレにとって、お前は特別だった。昔からずっと好きだった」
たった一人の弟。他の誰よりも大切であり、特別な存在。
兄弟以上の関係である今、その好きという言葉がただの兄弟愛でないことは分かる。前から好きだと言われていたけれど、あの頃から兄はそういう意味でもオレに好意を抱いていたのか。それは少し驚いたけれど、言われてみれば納得出来る理由のような気もした。
「……兄貴は、暁との関わりさえなければ。こんなことはしなかったのか?」
「そういうことになるな」
任務だと言っていた。つまりそういうことなのかと尋ねれば肯定で返される。任務さえなければ、兄は一族を滅ぼすこともなければ里を抜けることもなく。あの頃のままずっと傍にいてくれて、家族みんなで暮らしていけたのか。
過去に戻ることは出来ない。兄が暁に出会いさえしなければと思ったところでそんな現実は存在しない。今ここにある現実が全てだ。
それでも、もし兄が暁に出会わなかったのなら。そう考えてしまうのは仕方のないことで。
「もし、神なんてものが本当にいるとしたら。酷いな」
こんな運命に導いて。
運命というものが本当にあるのかは分からない。そもそも神がいるという確かな証拠もない。だけどもし神がいたとして、オレ達をこんな運命に導いたとしたなら酷い話だ。誰もこんな道を望んではいなかっただろう。少なくともオレはあの頃、家族がバラバラになる未来なんて想像さえ出来なかった。
「…………そうだな」
少し遅れるようにして兄もオレの言葉に同意した。神様がいたとすれば酷いなと。どうして神はオレ達をこのような道に導いたのだろうか。こんな残酷な道に。
「だが、過去ばかり見ていても仕方がない。オレ達は今やこれからのことを考えれば良いだろう」
変えようのない過去について幾ら考えたところで意味はない。大切なのはこれから進んでいく未来。まだ見ぬ未来はオレ達が自由に選んでいけるのだ。兄の言うことは尤もである。
そうこう話していると、気が付けば目的地まで辿り着いた。ここに来るのはかれこれ何ヶ月振りだろうか。ここ数ヶ月ほどは来られなかったが、母さんも父さんもオレ達兄弟が揃ってやってくるなんて思っていなかっただろう。
「母さん、父さん。最近は来れなくて悪かったな」
ここに来ない間に色々なことがあった。色々なんて言葉で片付けられないくらいのことが。わざわざ説明しなくてもオレ達が二人でこの場所に来ているだけで分かるかもしれない。それでも、オレはきちんと言葉にして話した。
「兄貴は、木ノ葉に帰って来てくれた。今はオレと一緒に暮らしてる。心配しなくても大丈夫だ」
ただ兄が帰ってきたと伝えたら心配するかと思って付け加えた。母さん達が最後に見た兄は、一族のみんなを殺したあの時の姿だ。兄にも事情があったとはいえ、それを両親は知らない。オレも今さっき知ったばかりの事実だ。
だけどはっきり言える。兄なら大丈夫だと。オレが昔見てきた兄は偽物などではなく、優しかったあの姿は本物だった。それが分かった今、兄を疑う理由は何もない。
「父上、母上」
一歩後ろで立ち止まっていた兄が隣に並ぶ。父と母が眠るその場所を真っ直ぐに見つめながら、兄は深く頭を下げた。
「あの時は、すいませんでした。許してくれとは言いません。償いといっても木ノ葉の為に尽くすしか今のオレには出来ません」
事情が何であれ兄がやってしまったことは大きすぎる罪。謝って済むようなことではない。謝られても殺された一族全員が許せることではない。許せない者が大半だろう。
だから罪を背負い、せめて木ノ葉の為に精一杯尽くす。それが兄に出来る全てだった。死と隣り合わせの暗部で毎日危険な任務に赴いている。兄が木ノ葉の為を思い尽くしていることをオレはよく知っている。優秀な忍として里でも認められるようにたった数ヶ月で。それだけの結果を出している兄の言葉は紛れもない本心だ。
「けど、サスケだけは必ず守ります。この命に代えても。だからサスケは任せてください」
「兄貴…………」
木ノ葉の名門と呼ばれる一族。その唯一の生き残り。
お互いに支え合っていけば良い。そう思いたくても今はまだ兄との実力の差は歴然としている。いつかは対等に、守られるだけではなく守りあえるような関係になりたいけれどそれにはまだもう少し時間が掛かりそうだ。いつかは必ず、背中を合わせられるくらいに強くなるけれど。
「母さん、父さん。オレはこれから兄貴と一緒に生きていくと決めた。今のオレには兄貴が必要だ。これからも、オレ達を見守っていてくれ」
母さん達が見守ってくれていたから今のオレがいる。だからこの先も二人には見守っていてもらいたい。オレを、兄を。オレ達兄弟のことを見守っていて欲しい。
「よろしくお願いします」
きっと、母さん達なら兄のことも許してくれるだろう。兄の言葉が本心からのものであることも分かっているはずだ。あんなことをしてしまったけれど、今の兄ならもう大丈夫だと分かってくれるはず。
どうしてあんな事件が起こってしまったのか、神の気紛れだったのか。それは分からないままだけれど、オレは兄が隣にいてくれればそれで良い。兄と一緒なら何があっても大丈夫だと言える。
兄は、オレにとってとても大切な人。大切な人を守る為にオレも生きていく。
「……サスケ、そろそろ行くか」
「そうだな」
母さん、父さん。これからも見守っていてくれ。もしオレ達が間違った道に進みそうになったら手助けして欲しい。もうあんなことは二度と繰り返したくない。だから助けて欲しい。オレ達が間違わないように。
オレは母さんも父さんも、そして兄さんも信じている。みんながいてくれればきっとなんとかなると、そう思っている。
オレ達は二人で一緒に新しい道を歩んで行く。今度こそ正しい道を。
それがオレ達のこれからの道。
fin
「兄弟生誕祭り」様に参加させて頂いた作品でした。