「あーもう、ワケ分かんねぇ!!」


 言ってそのままごろんと寝ころぶと、だから教えてやってるんだろうと睨まれた。
 それは確かにそうなのだが、教えてもらったところで何がどの公式なのかややこしいものはややこしいのだ。どうして数学というのは似たような式が沢山出てくるのだろうか。


「どれにどの公式を使えば良いのかとかよく分かんねぇし、何で数学ってこんな面倒なんだってばよ」

「公式を使えば答えが出るんだ。分かりやすいだろ」


 その公式が分からないんだと主張されてもそれは覚えれば良いだけの話である。むしろそれだけを覚えればあとは全部当て嵌めるだけで済むのだ。この時主人公はどう思ったか、なんて質問をされるよりもよっぽど答えがはっきりしている。
 少なくともサスケはそう思うのだが、この友人相手にそれを言うのは無意味かもしれない。数学だろうと国語だろうとそもそも勉強自体が苦手なのだ。国語の問題集を開いた時には主人公の気持ちなんか分かる訳ないなどという文句が出そうなものである。


「やる気がないならオレは帰るぞ」

「勉強もやるけど、ちょっとくらい休憩しても良いだろ」

「さっき休憩したばかりだろうが」


 それのどこがちょっとだ。サスケの言葉にナルトは返答に詰まったものの結局ちょっとだけだと繰り返した。
 人に勉強を教えて欲しいと言いながら勝手な奴だと思いながら、けれどサスケも溜め息を吐くだけに留めた。これでもそれなりの付き合いだ。今ここで勉強を再開したとしてもどうせ捗らずにすぐ休憩だと言い出すに決まっている。


(別に、それならそれで付き合ってやる必要もないんだが)


 テスト前なのは何もナルトだけの話ではない。同じ学校に通っているサスケだって当然今はテスト期間だ。ナルトに勉強を教える時間を自分の時間に使ったって良いし、その時間を割いてまで教える必要があるかといわれれば答えはノーだ。
 しかし、それでもサスケがナルトの勉強に付き合っている。それは何故かというと。


(追試の勉強よりは普通にテスト勉強に付き合う方がマシだ)


 もともと宿題をやっていなくて見せて欲しいと頼まれることはしょっちゅうあった。自分でやれと言っても そこをなんとかと頼み込まれ、結局貸してやったことが何度あったかなんて覚えていない。まあ貸さなかったこともあったのだが。
 そんなナルトが勉強を教えて欲しいというのもテスト前ならいつものことで、理由は勿論赤点を取らない為。追試だけは避けたいとその時は勉強をするのだが、サスケにも用事がある時はある。


(追試の合格点は八十点で大変だったからな)


 あの時は家のことでちょっとごたごたしていた。それでも時間を作ろうと思えば作れたのだが、いつも人に頼るな、たまには自分でやれと断った結果が赤点だった。そしてその赤点の合格点は八十点。一人では無理だと泣きつかれ、追試の為に勉強を教えるのはあれが最初で最後にしたい。
 サスケも出来る限りは教えているのだが、赤点になる三十点以上を最低で目指すのと合格点の八十点を最低ラインとして目指すのでは大きく違ってくる。それ以降は出来るだけ勉強に付き合うようにしているという訳だ。


(どっちにしろ、赤点を取ったところで自業自得でしかないが)


 それでもサスケはナルトに付き合ってやる。あの時だって真面目に授業を受けないからこうなるんだと散々言いながら勉強を教えた。
 正直なところ、自業自得だからそこまでしてやる必要はない。だけど付き合ってやるのは、自分達が幼馴染だからということになっている。


(――というより、コイツはそう思ってる)


 幼馴染だから仕方なく勉強を教えてくれている、というのも間違いではない。だからサスケもそれをあえて訂正する気はない。むしろそう思ってくれていた方が良いのだ。


(オレも、何でコイツなんだろうな)


 昔からよく知っている幼馴染。馬鹿で直線的で後先も考えずに行動に出るような奴で。いつも騒がしいし勝手に人を数に入れてたり、勉強も宿題も少しは自分でどうにかしろとは今も思っているけれど。
 他にも挙げ出したらキリがないくらいに悪いところなんて言える。良いところを挙げようとしたってその半分にも満たないだろう。


(それでも)


 それでも、好きになってしまったものは仕様がない。
 なんだかんだで今も帰らずに勉強に付き合ってやる理由は結局それなのだ。本人は全く気付いていないだろうし、気付かれても困るから言わないけれど。

 そんなことを考えて、ふと視線を落とすと例の幼馴染は完全に寛ぎモードに入っている。ちょっと休憩と言っていたのはどこの誰だったのか。
 本当に帰るか、と一瞬考えたが手近なところに開いたままのワークが目に入った。丁度良いかとそのテキストですぐ傍の金髪を叩く。


「おいドベ」

「イッテー! いきなり何すんだよ!!」

「何するんだ、じゃねぇよ。いい加減続きやるぞ」


 いつまで休憩するつもりだとワークを机の上に戻しながら言えば、渋々といった様子ではあるがナルトも体を起こして再びシャーペンを手に取った。


「でも、いきなり殴ることはねぇだろ」

「お前が勉強を教えて欲しいって言うから来てやってんだろ」


 それなのに勉強に飽きたら休憩。再開しても暫くしたらまた休憩。
 これでは教えるも何もないだろう。このワークだって今日来た時に開いたのにまだ終わっていないのだ。自分の勉強時間を削って教えているのだからこれくらいは許されるだろう。ちなみに、サスケ自身は提出物でもあるこのワークをとっくに終わらせている。


「あー……悪かったってばよ」

「そう思うなら次の問いを解け。さっきの公式で解けるだろ」


 さっきというのは休憩する前のことだ。教科書の方には公式のあるページも開いてある。確かこうだったよなとゆっくりではあるもののシャーペンが動いていく。
 その様子を途中で間違わないかと見ていたサスケも問いを一つ解き終わったところで自分のノート開く。時々これで良いのかと確認を求められては答え、その合間に自分の勉強も進める。


「ナルト、それはこっちの方が早い」

「え? あ、そっか」


 さらさらとノートに書かれた式を見てナルトも同じように解く。勉強が嫌いで成績も悪い奴だが、こうして教えればちゃんと解けるのだ。
 授業も真面目に受けていれば自分で赤点回避ぐらい出来るだろう。そう思ったりもするけれど、ナルト曰くサスケの教え方が上手いかららしい。それならテストの成績ももっとマシにならないのかと言ったら、これでも努力はしているとのこと。


「…………別に良いけどな」


 ぼそっと呟いたそれを「何か言ったか?」と拾われたが、何でもないとだけ返しておいた。ナルトも特に気には留めず、そっかと言ってまた問題に取り掛かる。
 真面目に授業を受けろとか人に頼るなとか。そう思いながらもこの時間を苦だとは思わない。いつからコイツをそういう目で見るようになったかは覚えていないが、それだけは昔から変わらない。勿論、言葉にしたことはないけれど。


「あ、そうだ。サスケ、テスト終わったら海行こうぜ」


 思い出した、というように唐突に話題が振られるがそんなことはいつものことだ。テスト前の勉強してる時にテストが終わった後の話かと呆れるが、どうせもうすぐ夏休みだと休み時間にでも盛り上がったのだろう。大方の見当は付く。


「行きたいなら他の奴等と行け。大体、テストも危ないのに何言っているんだよ」

「テストと夏休みは関係ねぇだろ。それに夏と言えば海じゃん」

「それはお前の思う夏だ」

「そんなことねぇってばよ! ……じゃなくて、そういうことだから」


 そういうことだから、と言われたって困る。しかし、思い出したことを言うだけ言って勉強に戻ったナルトに今言うことでもないだろう。
 はあ、と溜め息を吐きながらこの話はテストが終わってからかと頭の片隅に置いておくことにする。テストが終わればおそらく向こうから他にも夏休みのことを言ってくるだろう。


(今年も勝手に予定が増えそうだな)


 これも毎年のお決まりだ。断っても勝手に予定が決められていく。そして夏休みの最後には宿題。たまには静かに夏休みを過ごせないかと思うのだが、これはこれで悪くもないのかもしれない。







それからノートを開いて、まずは目先のテストを乗り越えよう