「シカマル」


 聞き慣れた声に名前を呼ばれて立ち止まり、くるりと振り返る。するとそこには見知った友の姿があった。
 秋風に吹かれてながら友と並んで歩き、やがてゆっくりと腰をおろす。空を見上げれば、そこには綺麗な夕焼け色が広がっていた。




今日という日に感謝して





 ここ、学校の屋上というのは基本的に静かな場所だ。普段は生徒が入れないようになっている場所だからだ当然といえば当然だろう。
 そこにどうして入れるかと言えば、同じクラスの友人が職員室から拝借した鍵でこっそりと鍵を作ったためだ。本来はいけないことであるが、そのお陰で静かなこの場所にくることができる。いつもはその友人たちと一緒に屋上で過ごしているが、今日はシカマルとサスケの二人だけがこの場所にいた。


「どうしたんだよ。わざわざこんな場所まできて」


 呼ばれたまま、黙って屋上までついてきたシカマルは不思議そうに問いかける。その言葉にさっきまで空を見ていたサスケは視線を隣に向けた。既にシカマルの視線も空から外れていた。


「別に、大した用事ではないんだが」


 そこまで言ったところでかちっと視線が交わる。そして二人はどちらともなく視線を空へと向けた。
 ぶつかった視線が気恥ずかしい。きっとお互いに同じことを思ったのだろう。


「……誕生日、おめでとう」


 二人の間に暫し流れた沈黙を破ったのはサスケだった。彼の口から突然出てきた言葉に驚いてシカマルの視線が空から落ちる。
 そのことに気がついたサスケはふいっと視線を逸らしたまま続けた。


「今日は九月二十二日、お前の誕生日だろ?」


 だから、という風に話すサスケにやはりシカマルは驚きを隠せなかった。
 今日一日、幼馴染みであるいのやチョウジをはじめ、いつも一緒にいるナルトやキバ、他にも何人もの友人たちがシカマルの誕生日を祝ってくれた。でもまさか、サスケにも祝いの言葉をもらえるとは思わなかったのだ。


「覚えてたのか」

「……忘れるわけないだろ」


 意外、のような気がしたが彼の記憶力を考えれば誕生日の一つくらい覚えることは容易いだろう。それでも自分の誕生日も覚えていない彼に誕生日を祝われたことが意外で、けれど同時にシカマルの心はじんわりとあたたかくなっていった。


「ありがとな。ナルトたちにも誕生日だからって祝ってもらったが、やっぱりお前に祝ってもらえるのが一番嬉しいな」


 誰に祝ってもらうよりも好きな人に祝ってもらえることが一番嬉しい。
 そんな風に言われてサスケは少し恥ずかしくなる。夕焼けでほんのりと染まっていた頬が熱でさらに赤く染まった。


「でも、悪い。シカマルが何を欲しいか考えたんだが、思いつかなくて何も用意できなかった」


 僅かに俯きながらサスケが言う。せっかくの誕生日なのだから祝いの品の一つくらい用意したいと思ったのだが、結局何も準備できないまま当日を迎えてしまった。
 そのように話すサスケはまるで自分が何もできなかったとでもいうような反応を見せる。しかし、それは違うと思ったシカマルはそっと手を伸ばして彼の肩に手を置いた。


「何言ってんだよ。お前の気持ちがオレには一番嬉しいんだぜ」


 今日という日を祝ってくれる。それが何よりも嬉しい。
 何も用意ができなかったからといって落ち込むことはない。形にあるものよりも祝いたいと思ってくれた気持ちがあれば十分なのだ。その気持ちこそが何よりも大きな贈りものである。
 そして、サスケから誕生日を祝いたいという気持ちは十分に受け取った。これ以上、他に何かが欲しいなどという欲張りをしようとは思わない。そう話すシカマルにサスケは勢いよく顔を上げた。


「だが――」

「だからその気持ちだけで良いって言ってるだろ? オレはお前に祝ってもらえたことが何よりも嬉しい」


 シカマルの気持ちが言葉から、肩に乗せられた手から、声から伝わる。
 何も用意できなかったことを悔やんでいたサスケだったが、本当にこれだけでもシカマルが喜んでくれているのだと理解して表情を和らげた。それを見たシカマルも頬を緩める。


「シカマル」


 名前を呼ぶと二人の視線はまたぶつかったが、今度は目を逸らさずに相手の瞳を見つめた。すぅ、と小さく息を吸ったサスケは柔らかな声で告げた。


「誕生日おめでとう。それから生まれてきてくれてありがとう」


 祝いの言葉と感謝の言葉を贈る。
 心から伝えた言葉はしっかりとシカマルの胸へと届く。


「オレの方こそありがとな。お前に祝ってもらえて、今一緒にいられることが嬉しい」


 声に出して通じ合う二人の気持ち。
 祝ってもらえて嬉しい、喜んでもらえて嬉しい。今ここに一緒にいられることが嬉しい。たくさんの気持ちが二人の胸を占める。

 誕生日。この世界に生まれた人ならば誰もが年に一度迎える特別な日。
 それはとても大切な日であり、お祝いをすると同時に感謝をする日でもある。

 今、ここにある自分たちが歩んで行く道。これからも時は刻まれていく。
 この先も二人で友に今いるこの道を歩んで行こう。










fin