「よし、終わりだってばよ!」
どうだと言わんばかりの雰囲気のナルトを気にも留めず、サスケは机の横に積まれた書類を手に取ってぱらぱらと捲る。そしてどれも問題なく処理されていることを確認するとそれを書類の山に戻した。
「確かに今日の分は片付いたようだな」
「よっしゃあ! じゃあ今日の仕事は終わりでいいよな?」
「……仕事が終わってるなら問題ないだろ」
何故わざわざ聞くのか――と思うが、それは毎日さっさと仕事をしろとサスケに言われているからだろう。
もちろん、いつもこうなら誰も文句なんて言わない。だが休憩と称してこっそり抜け出したり、それでいて終わらないから手伝って欲しいと頼まれたりすれば相手が火影だろうと文句は出る。むしろ火影補佐官であるサスケが言わなければ誰が言うのか。
「オレはこれを持って行くが」
お前は好きにしろ、と続くはずだった言葉がナルトの疑問によって遮られる。
「え、サスケも終わりに決まってるだろ?」
何を言っているんだ、というような表情で言われるが、それを言いたいのはサスケの方である。どうしてナルトの仕事が終わることとサスケの仕事が終わることがイコールになっているのか。
呆れるサスケにぱちぱちと瞬きをしたナルトは「あっ」と声を上げた。
「サクラちゃんたちにも言ってあるから平気だってばよ」
そして見当違いのことを言い出した六代目にサスケはこめかみを押さえる。一体この友人は何の話をしているのか。全く見えてこない。
「……ウスラトンカチ、話す時は主語くらいつけろ」
「だから、今日はサスケもこれで仕事は終わりって話だろ」
「何でオレまで一緒なんだよ」
「オレがそう決めたから」
あっけらかんと職権乱用を口にした里長に「おい」と突っ込む。些か低くなったその声に「いや、そうじゃなくてさ!」とナルトは慌てて目の前に出した手を振った。
何やら言い分があるらしい様子にサスケは眉間に皺を寄せながらも一度口を閉じる。そのことにナルトがほっと息を吐いたのも束の間。
「つーか、お前はいい加減自分の誕生日くらい覚えろってばよ!?」
いきなり大きな声を出したナルトにサスケは目を丸くした。
だが、それは突然大声を出されたからではない。ナルトの口から飛び出してきたのが全く予想をしていない言葉だったからだ。
「……やっぱ今年も忘れてたのかよ」
返事がないことからそう受け取ったナルトが呟く。
「誕生日なんてただ年を取るだけだろ」
「けどさ、オレの誕生日は祝ってくれるだろ」
「それはお前が五月蝿いからだ」
そんなことはないと否定するナルトは実際、誕生日を主張しないわけではない。しかし、毎年必ず主張しているかといえば、それもまた違う。火影に就任したばかりで慌ただしかった時は忘れたこともあった。
だが、サスケは記憶力がいい方だ。
ただそれだけだ、と答えたというのにナルトはどうしてか頬を緩めた。そのことに「何だ」と問いかけて「べっつにー?」と返される理由には気づかない振りをしてサスケは続けた。
「どっちにしてもオレの誕生日と仕事は関係ねえだろ」
「大アリだってばよ! 誕生日くらい早く帰ってゆっくり過ごしたらいいだろ」
「いつも遅くまで残ってるのは誰のせいだ」
うっ、と一瞬言葉に詰まりながらもそれはそれだとナルトは片付けた。そここそが一番重要なところだろと突っ込むのも面倒になったサスケは大きな溜め息を一つ吐く。
「そもそもオレは早く帰りたいとも言っていないが」
「それはほら、日頃の感謝ってヤツだってばよ」
日頃の感謝だというのならもっと他になかったのか。そう思ったけれど。
「……それと、オレがちゃんとお祝いしたかったんだってばよ」
ふいっと視線を逸らしたナルトが伝えた言葉。これこそがナルトの本心であることは間違いなかった。
それを聞いたらサスケもそれ以上何かを言う気はなくなってしまった。誕生日だからという理由だけで火影にいきなり今日の仕事は終わりだと言われても納得はできなかったが、誕生日を祝いたいという大切な人の気持ちは素直に嬉しいものがある。
ふぅと小さく息を吐いたサスケはちらっと書類の山を見る。それから再び碧の瞳へと視線を戻す。
「それでもこの書類を運び終わるのくらい待て。このままここに置いておいても仕方ねえだろ」
書類を置き去りにしてしまったら他の仕事が進まない。そこまではサスケが今日やらなければならない仕事だ。誰かに頼むほどのことでもない。
それはナルトにも分かったのだろう。今度は素直にこくりと首を縦に振った。
「じゃあそれが終わったら帰るぞ」
だがしっかりと念を押されて頷くと、ナルトは満足そうな笑みを浮かべた。
きっと、サクラはナルトから話を聞いてすぐに快諾したのだろう。七班として三人一組で活動していた頃、全員の誕生日を把握していた彼女が真っ先に誕生日を祝ってくれた。
そのサクラがサスケの誕生日を覚えていないわけがない。今朝会った時にわざわざナルトのことをよろしくと言われたのは厄介な仕事が舞い込んできたのかと思ったのだが、あれも全てを知っていたからこその発言だったのだろう。誕生日のことを言わなかったのも多分そうだ。
これを届けるついでにサクラには一声掛けておくか。そう思いながらサスケは机の上の書類を抱えた。
「あ、サスケ!」
そうして部屋を出ようとしたところで呼ばれて一度足を止める。間もなくして目が合ったナルトはニカッと笑った。
「誕生日おめでとう」
そういえばまだ言われてなかったか、と思いながらサスケは素直にその気持ちを受け取った。
「ああ」
「今日はとっておきのラーメンを奢ってやるから楽しみにしてろよ!」
「お前が食べたいだけだろ」
そんなことはないとナルトが話すのを聞きながらまあそれもいいかとサスケは思う。ここでいきなり高級料亭に行こうと言われる方が驚く。
それに、ここのところ珍しく真面目に仕事をしていたナルトは一楽がご無沙汰になっていたのだろう。サスケ自身も最近はあまり足を運んでいなかったからいい機会かもしれない。
夏だからこそラーメンが美味い、とは昔ナルトが話していたことだ。もっともナルトは春夏秋冬、いつだってラーメンが美味いと話しているのだが、たまには付き合うのもいいだろう。
そう思いながら今度こそドアを開けてサスケは火影室を出るのだった。
今日と云う日をともに
過ごしたい、と思うのは当然のことだ
そう話す恋人に誕生日も悪くないかもしれないとサスケは心の中で改めた