緩やかな風が通り過ぎる。里を駆ける子供達の賑やかな声、オレが先だと競い合う彼等の頭には額当てが付けられている。先行く男の子二人の後ろで女の子がちょっと待ちなさいよと声を上げた。
何だか懐かしいなと翡翠が細められる。今年下忍になったばかりの子達だろうか。私達も初めはと思った彼女の耳に「サクラちゃん!」とどこからか自分を呼ぶ声が聞こえてきた。くるりと振り返れば緑のベストを着た金髪と黒髪の青年を見つけた。
「ナルトにサスケ君! 里に戻ってきたのね」
「ああ。さっき火影のところにも行ってきた」
「それよりサクラちゃん、これから時間ない?」
これから? と聞き返せばちょっと付き合って欲しいんだとナルトが。そこへ疲れているのなら日を改めるとサスケが付け加える。どうやら二人はサクラに用事があるらしい。
サクラは木ノ葉病院の手伝いを終えて丁度帰ろうとしていたところだ。疲れているかと言われたら否定は出来ないが特にこの後用事があるわけでもない。となればサクラの答えは一つだ。
「ええ、大丈夫よ」
「よっしゃあ! じゃあまずは甘味処だってばよ」
「甘味処って、サスケ君甘いものは……」
苦手なんじゃないかと言い終えるよりも前に「良いから行くぞ」とサスケが歩き始めた。不思議そうにその背を見つめるサクラにニッと笑ったナルトが少しだけ離れてその横に並ぶ。
それを見たサクラは疑問を抱きながらもその光景に小さく笑みを浮かべ、二人の真ん中に入ってゆっくりと足を進めるのだった。
満開の桜と彼女の笑顔
餡蜜にお汁粉、それからお団子とお茶を持ち帰りでと注文して外に出る。あとは酒も買いに行くかと言い出したナルトに茶があるだろとサスケが呆れた。
甘味処に行くと言われた理由も未だに分からないが二人はどういうつもりなのだろうか。わざわざ持ち帰りにしたのだからまだどこかへ行くのだとは思うけれど、と考えていたところで「お花見なら酒もいるだろ」と話すナルトの言葉で漸く納得がいった。
「何だ、お花見のお誘いだったのね」
言えばナルトは明らかにしまったという顔をした。その横でウスラトンカチとお馴染みの台詞が零れる。
そんな二人の反応にサクラはきょとんとした表情を浮かべた。お花見なんて別に隠すほどのことでもないだろう。この二人が一緒になって自分をお花見に誘ってくれたというのは珍しいけれど、最初からお花見をしようと言ってくれれば良かったのにとさえ思う。でも何で言わなかったのかなと首を傾げるサクラに溜め息を一つ吐いたサスケが振り向く。
「この前、お前の誕生日だっただろ」
「えっ?」
確かに一週間前、三月二十八日はサクラの誕生日だ。だけどどうして今それが出てきたのか。その答えはナルトが教えてくれた。
「俺達は任務で里にいなかったからさ。少し遅くなっちまったけど誕生日会だってばよ」
誕生日会とは名ばかりでほぼお花見だが木ノ葉隠れの里の桜は今が見頃だ。里に戻ってきた二人は満開の桜の木に暫し目を奪われた。そして二人の頭に浮かんだのはその木と同じ名前を持つ七班の仲間。
そういえば少し前は彼女の誕生日だったなという話しになったのは七班で任務をしていた頃にお互いの誕生日を祝っていたからだ。彼女の誕生日がこの間だったこと思い出し、それから「そうだ!」とナルトが誕生日のお祝いにお花見をしようと提案した。そして火影室に向かうまでに話を纏め、いざサクラを探そうと思ったところで偶然彼女を見つけた。これがここまでの経緯だ。
「でさ、お花見といえばやっぱ団子だろ!」
予想外のことに驚くサクラを余所にナルトは甘味処へやってきた理由を続けた。確かにお花見をしながら団子を食べるのも良いけれど、はっきりと言い切るナルトにサクラは思わず笑ってしまった。
「アンタ、それじゃあ花より団子じゃない」
「そんなことねぇってばよ! ちゃんと桜も……あ、サクラちゃんも勿論綺麗だってばよ」
「はいはい、ありがとう」
言うまでもなくナルトの言葉は本心だが、サクラはそれをいつものように軽く流した。こういったやり取りも昔から変わらない。
本気なのにと話すナルトにサクラも分かっているわよと口元を緩める。昔から好きだと言われているのだからお世辞でないことも知っている。でもサクラには好きな人がいるのだ。こちらもこちらであの頃から変わっていないが、それでも下忍になったばかりの頃と比べれば大分変わった。
「おいサクラ、ドベは放っておいて行くぞ」
「誰がドベだ! 今では他国にも――」
「そうね。行こう、サスケ君」
「ってサクラちゃんまで……」
今では他国にも名を知られている上に里でも指折りの実力者であると主張しようとしたナルトをスルーして二人が先を行く。がくりと肩を落とすナルトに数歩先で「ほら、早くしないと本当に置いていくわよ」と桃色の髪が揺れる。更に一歩先で漆黒も風に揺られながら碧眼を見た。
「なあ、やっぱり他にも色々買って盛大にやらねぇ?」
なんだかんだで待っていてくれる二人にナルトは駆け寄りながら尋ねる。別に盛大にやる必要もないだろうと言うサスケにどうせならぱーっとやろうぜと碧が見たのは翡翠。
「サクラちゃんもそう思うだろ?」
「まあそういうのも悪くはないけど、それなら私達だけでお花見をするのも勿体ない気がするわね」
そこまで派手にやるのならカカシや同期のメンバーなんかも誘ってみんなでお花見をした方が楽しいのではないだろうか。そう答えたサクラに次いで大体今日は花見が目的でもないだろうと尤もなことをサスケが口にすれば「それはそうだけど……」とナルトも返答に困ったような反応を見せる。
だが次の瞬間。「あ!」とナルトは急に声を上げた。同時にサスケとサクラの視線が一気に彼の元へと集まる。その視線にナルトも二人の姿を視界に捉えた。
「バレちまったしもう言っても良いよな?」
主語のないそれを「ああ、そうだな」とサスケはすぐに理解した。一人状況に追いつけずクエッションマークを浮かべるサクラに今度はナルトとサスケの視線が向く。そして。
「サクラちゃん、誕生日おめでとう!」
「誕生日おめでとう、サクラ」
贈られたそれはサクラの誕生日を祝う言葉。本当は桜の木の下で言うつもりだったんだけどとナルトは頬を掻く。うっかり口を滑らしてしまったからという風に。
でもバレてしまったのなら後で言うこともないだろう。そう判断した二人はそれぞれお祝いの言葉を告げた。またも突然のそれにきょとんとしたサクラだが、優しい笑みと共に贈られた言葉に自然と彼女にも笑顔が浮かぶ。
「ありがとう!」
ひらり、近くの木から花弁が舞う。満開の桜に満面の笑み。それを見た彼等は綺麗だなと思うのだ。桜の花も、その春の花と同じ名前を持つ大切な仲間も。
それじゃあ今度こそお花見の場所へ向かおうと三人は揃って足を進める。お酒は良いのかと話しながら過ごす穏やかな時間。今日も木ノ葉隠れの里は平和である。
fin