「オレさ、父ちゃん達の所に行くことになったんだってばよ」
告げられた言葉はとても簡潔なものだった。季節は冬とはいえ、そこまで寒いと感じなかったはずなのに、突然寒さを感じた気がした。体で体感したはずの温度が、なぜか心にだけ届いていたようだ。寒く感じてるはずの体よりも心の方がとても寒い。ポカリと一つの穴が開いてしまったかのよう。
今までずっと一緒だった友は、突然離れることになった。
また一緒に
「じゃぁな、サスケ」
別れの言葉はそれだけ。他の言葉なんてなかった。それはナルトだけでなくサスケも同じ。歩いて行くナルトにたった一言だけ。周りでは、同級生である仲間達が色々な言葉を交わしていた。だけど、ナルトとサスケだけは別れの挨拶一つだけだったのだ。
歩いて行く友の姿を見送り、家へと戻る帰り道。本当にあんな別れ方で良かったのかと仲間達に言われた。それにしっかり答えるわけでもなく、聞こえてくる会話もあまり気にせずに交差点で別れた。
その日。家ではいつものように一人で過ごしていた。だけど、どこかに開いてしまっただろう穴が寂しさを感じさせた。仲間達の居る傍では、気付かぬフリをしていたそれに、真正面から向き合わされた。
同日。別の場所では、新しい家の自分の部屋で一人で荷物の整理をしていた。仲間達の前ではいつものように振る舞い、両親の前でも平然を装った。それが独りになった今、感じていたものが全て溢れ出してきそうになる。
小さい頃から両親に連れられて一緒に居ることが多かった。幼稚園から学校は全て同じ。ついでにクラスまで同じとは凄いものだ。二人が小学校高学年から中学生になるにかけて、互いの両親は仕事の都合で海外へ行った。木ノ葉に残るといった二人は、一人暮らしをしながら学校へ通っていた。
いくら海外に両親が居るといっても手元にある生活費は限られていた。両親に頼めば問題もないのだが、そんなことが出来るわけでもなく、高卒で同じ職場に就職をした。
同じ職場で働くこと約四年。十二月という冬の時期にナルトは両親の元へ行くことになったのだ。今までずっと一緒だった仲間達と別れ、その仲間達よりも一緒に居たサスケとも別れ。一人で歩いて行った。
あれから、一年という月日が経った。
「サスケ、サスケー?」
キバが呼んでいる事に気付いて「何だ」と言えば「さっきからずっと呼んでたんだぜ」と返されてしまった。その事実に少なからず驚く。何度も呼ばれても気付かないなんて、仕事をしていて大丈夫なのかと自分自身に思ってしまう。職場ではしっかり仕事をしなければいけないことは分かっている。だからこそ、つい思ってしまったのだ。
「悪い」
「別にいいけどさ。どうかしたのか?」
呼んでも気付かないなんてサスケらしくないとでもいいたげに話す。
いつもは絶対にそんなことはないのだ。仕事には真面目に取り組んでいるし、分からない事があれば教えてもらったりもする。誰にだって考え事をすることはあるだろうが、職場でそれを見せた事がないからこそ気になるのだ。尤も、サスケの場合は職場でなく学生時代にも見た事などなかった気がするが。
そのキバの話しに同意見だというように、シカマルも尋ねる。
「お前らしくねぇけど、悩み事でもあるのか?」
心配そうに聞いてくる二人にサスケは「何でもない」とだけ返しておく。二人が心配して聞いてきてくれるのは分かっているが、大した事があるわけでもない。どちらかといえば、くだらないことなのだから話さなくてもいいだろう。自分でもそれに気付いてくだらないと思ってしまったのだから。
この二人とは幼稚園から同じ学校だった。他にも何人かは幼稚園から高校までずっと同じだったメンバーが居る。幼稚園に入るより前から知っていたナルトとの方が長いといっても、この二人共結構長い付き合いになる。高卒で就職したサスケとは違い、面倒だと言いつつも大学に入り、無事に卒業をして今に至っている。
「ならいいけどよ……。でも、何かある時は話せよ?」
「そうそう。お前って一人で抱え込むタイプだもんな。たまには人に頼れって」
優しい言葉をかけてくれる仲間達に短く礼を言う。それを聞くと、なんだか少し驚いたようだけど温かい表情で返してくれた。
人に頼れ、と言われても頼ってないつもりも頼るつもりもないというのだろうか。自分でやるべき事は自分でやるものだと考えているのだろう。何かあって一人で考えることもあるが、シカマル達に相談した事もあったと思う。それも学校でのことだったりするわけだが、相談した事がないわけではない。何かあって話した時にしっかりと話を聞いてくれる相手というのはいつも決まっている。それは、今目の前に居る二人であったり他にも数人居る。
頼っていないわけでもないのだから、一人で抱え込むタイプだと言われてもあまり実感が湧かない。他人から見れば、もっと頼ってもいいと言いたいのだろう。
「あ、そうそう。さっき上司がお前を呼んでこいって言ってたんだ。いつでもいいらしいけど」
上司という言葉に、誰を指しているのかと聞かなくても分かる。いつも人を呼びつけて物事を頼む上司というのは一人しか居ないとサスケの中では決まっているのだ。それは、周りから見ていても分かるほどで、キバやシカマルも名前を聞かずとも誰の事なのか分かる。
いつでもいいと言われたが後にしても仕方ない。今やっている作業も一段落ついたところだったので、その上司の所に行く事にする。
その上司の席まで行くと「早かったね」と言われ、さっさと用件を言うように話せば場所を変えると言われた。何がしたいのか分からなかったが、とりあえずその上司――はたけカカシに着いていった。
□ □ □
少し歩いて着いたのは、あまり大きくもない部屋。ここは簡単な会議をする時に使われる。勿論、別の場所にしっかりとした会議室はある。
カカシは適当な席に座るとサスケにも座るように言う。二人が席に着くと、漸くさっきの話の続きに戻る。
「結局、何の用だよ」
目上の人に話すような言葉遣いではないのは昔から。相手が昔から知っている相手だからかもしれないが、基本的にサスケはこんな感じだ。敬語を使う必要がある時は使うが、他はあまりというより殆ど使わないのではないだろうか。
カカシがいくら上司には敬語を使えと言っても変わらないのだ。昔から知っている相手でもと話しても、アンタに使う必要はないと言われてしまったのはいつだっただろうか。
「お前にさ、別の場所に行ってもらうことになった」
簡潔に話されて、一瞬理解するのが遅くなってしまった。だけど、すぐに言葉の意味を理解して言葉を発する。
「別の場所、ってことは飛ばされるってことか……?」
確認するように言葉を発した。大体、会社で飛ばす事になったというのは会社の戦力にならずに子会社に行ってもらうことだ。直接そうは話さないものの要はそういうことになるだろう。 そう思って聞き返したのだが、カカシは首を横に振る。
「いいや、お前はこの会社に必要だよ。だから行ってもらうんだ」
「どういうことだ」
話の意図が全くといっていいほど分からない。この会社に必要な人材であるなら、他の場所に行く必要はないはずだ。それなのに、わざわざ行く必要があるというのはどういうことなのだろうか。必要なのに他に送ったら戦力が少なくなってしまうのはこの会社の方だ。あえてそうするということは、何か理由があるのだろうが、その理由が分からないのだ。
サスケの言いたいことが分かっているカカシはその理由を続ける。どうしてこの会社がわざわざそんなことをするのかということを。
「ま、簡単に言えば実績が欲しいってわけ。この会社に支部があるのはお前も知ってるだろ? その中で新しく出来た場所に行ってもらって、実績を作ってきて欲しい。要はそこで上手く仕事を進めてくれればいいってことなんだけど」
この会社には各地に支部があることは知っている。それがこの会社の子会社と呼ばれるものでもある。その中でも結構大きく動いている場所もあれば、それほど大きく動いたりはしていない場所もある。
どうやら、今回はその新しく出来た支部という場所に行けということらしい。わざわざ実績が欲しいというのだから、それほどの場所ということだろう。この会社がその場所での実績を欲しがっているということは、そこでの動きを大きくしたいなどの理由がある。そうするには、当然人材が問題となる。そこでの社員に含め、実績を作るには優秀な人材が必要となってくる。だからこそ、サスケに行ってもらうということなのだろう。
「つまり、その会社を大きく発展させたい。だからオレにそこで実績を作って来い、ってことか」
「ま、そういうこと。だから特に期間も決まってない。とにかく実績を出さなくちゃいけない。上手くすれば簡単に出来るかもしれないけど、下手すれば相当な時間がかかる。それだけのしっかりした実績を出す必要があるから、こっちも優秀な人材を送らなくちゃいけない。だからお前に頼みたい」
こんなにも実績が欲しいと話すのだから、絶対に一つでも実績を出さなければいけない。カカシの言う通り、上手くいけば短期間で終わらせることが出来るだろう。けど、下手をすればかなりの時間がかかってしまう。一年以上もかかる可能性はあるし、その期間ははかりきれない。だからこそ、優秀な人材を送って出来るだけ短期間にしようと考えたのだろう。
そして、その役にカカシはサスケを選んだ。いつも物事を頼んだりしていて、それに対してサスケは文句を言っている。だけど、カカシはサスケの実力も認めているし信頼もしている。
「……分かった。それで、いつからどこに行けばいいんだよ」
行く事を決めてカカシに尋ねる。そこで、これから向かう場所と日付。他にも色々なことをカカシから聞いた。全部を聞き終わると、仕事に戻る。
話していた会社の支部に行く日は来年。だけど、移動するのはこの十二月中ということだった。それも来年の初めから仕事に取り掛かれるようにらしい。だけど、決まって次の日から行ってくれというのも無理な話だ。その辺は、サスケに任せるらしい。そして、移動する事になったという話はキバやシカマルは勿論、他にも長い付き合いである友達には連絡しておいた。
年末にかかっても面倒なので、十五日頃には行く事に決めた。見送りに来た友とそれぞれと言葉を交わし、サスケはこの地を離れた。
□ □ □
新しい場所に来て数日。街並みはクリスマス一色となっていた。まだ会社には通いはしないものの、少しだけどうなっているのかを見に行った。その時に簡単に会社内を把握しておいた。仕事に通い始めるのは一月から。まだ少し日もあれば、先にやっておかなければいけないこともある。
十二月二十四日。世にいうクリスマスイブという日だ。夜となればイルミネーションで光の街となっている。
――――ピンポーン
チャイムの鳴る音が聞こえる。誰か出ないのかと思ったが、すぐに思い出した。両親は二人共出かけてしまったのを思い出した。仕方なく階段を下りて玄関まで行く。
それからガチャッと玄関の扉を開けると、驚いて動きを止めてしまった。
「サスケ……!?」
ゆっくりと、久し振りに友の名前を呼ぶ。そして、サスケもまた久々に友の名前を口にする。
「久し振りだな、ナルト」
目の前に居るのは一年前、あの空港で別れた友達。他の仲間達と違って、大した話もせずに別れの挨拶だけをした相手。誰よりも一番近く、長く一緒に居た相手。
その名前を呼ぶのもその声を聞くのも、その姿を見るのも久し振りだ。この一年間、一度も連絡という連絡をとっていなかった相手というのは、会えた時にこんな気持ちになるのだろうか。初めて味わうような感覚に、疑問を浮かべるがそれよりも嬉しさがある。
「え、何でサスケが此処に居るんだってばよ!?」
真っ先に浮かんだ疑問をそのまま問う。その様子にサスケはナルトの疑問の答えを返す。その中には、此処に来た目的のことも含めて。
「コッチに新しく出来た会社に移動になったんだ。来月からその会社で働いて、実績を出さなくちゃならない。だからお前の所に来たんだ」
サスケの話で、此処に居る理由は分かった。だけど、いまいち話の内容を掴めていないらしい。疑問を浮かべているナルトを見て、もっと分かりやすく説明するために言葉を付け足す。
「単刀直入に言えば、スカウトしに来たってことだ」
分かりやすい言葉で話してやれば、どうやら理解はしたようだ。理解はしたようなのだが、まだ分かりきってはいないのだろう。自分がスカウトされる理由も分からなければ、どうしてサスケがそんなことをするのかも分かっていない。スカウトの意味を知っていても、肝心の部分が分からないのでは話にならないというものだ。その様子に、少々呆れながらも話を続ける。
「お前が理解してないようだから言うけどな、オレはコッチの会社に実績を作るために来たんだ。だから、そこでお前にも働いて欲しいって言ってるんだよ」
今度の説明で漸く分かったようで「あー、そういうことか」と納得している。一年間という時間では、人というのは変わらないものだと実感する。傍に居れば大した違いも感じないが、これだけ離れていても感じないというのは、実際に変わっていないということだろう。
ナルトが納得した様子を見て、返事を求める。返事を求められても、急な話ですぐには答えが見つからないらしい。話も話だから決めるにも簡単に決められるようなことでもないのだろう。
「でもさ、何でオレなんだってばよ? 他にも人を連れてきたりとかすればいいと思うけど」
「カカシがお前を入れろって。大体、何人も連れてきたら向こうが困るだろ。それで上の連中やカカシが色々考えた結果、オレが来ることになったんだ」
あの時にカカシに聞いた話は、会社の場所や行かなければいけない日時。どんな感じなのかというのは直接見て来いと言われ、仕事について簡単な話も聞かされた。それと、向こうに行ったらある人をスカウトしろと言われた。それが、以前この会社で働いていたナルトだ。
その話を聞いたときにサスケは驚いた。会社の場所というのも聞いたことがある場所で驚いたものだが、ナルトをスカウトしろという方が驚く内容だった。久し振りにカカシの口から聞いた名前に驚きながらも理由を尋ねれば、しっかりと説明された。
「それで、コッチでお前と仕事をやれって言われた。オレは、お前がコッチに来てから一年も経ってるし、仕事したり自分のことをやってるだろってカカシに話した。けど、お前は仕事してないって言われたからな」
約一年前に、ナルトは両親の住む海外に行くと言って仲間達と別れた。そこは初めての場所で言葉も分からなかっただろう。だけど、流石に一年も居れば少しくらい言葉を覚えたりすることは出来るだろう。
だから、小さい仕事だとしても働いているものだとサスケは思っていた。別の仕事をしている奴をいくら欲しい人材だからといってまたこの会社に入れるのはどうかと思った。元々居た会社でも、一度辞めて新しい生活になっているのに無理やり入れるのは間違っているからだ。だけど、聞いた話によればナルトは仕事をしてないと言われ、今に至っているというわけだ。
「何でそんなこと知ってるんだってばよ!?」
「カカシがお前の父親から聞いた話だ」
「父ちゃんから!? なんで自分のことだけじゃなくて、オレのことまで話すんだよ……」
予想外の事実に驚きつつも同時に別の気持ちも生まれたようだ。どうしてわざわざ余計な事まで話すのかと思ってしまうが、思ったところで今更どうすることも出来ない。
ナルトの父親であるミナトは、カカシの上司だった。カカシはミナトのことを尊敬していたし、ミナトもカカシは優秀な部下だと思っていた。会社だけではなく、外でも何かと親しくしてもらったりしていた為に今でも連絡をとったり、近くに居る時は直接会ったりもしているらしい。それは知っていたのだが、まさかそんなことまで話されているとは思わなかった。
「それで、どうするんだ?」
「どうするって、オレがサスケと働くかってことだよな」
その言葉に「他に何があるんだ」と言えば「そうだけどさ」と言っている。仕事をしていないといっても、悩むところはあるようで考えているナルトを見ながら、サスケは話す。
「お前が嫌なら無理にこの会社に入れとは言わねぇ……。けど、オレはお前とまた一緒に働きたい。同じ職場で、お前と仕事をしたい」
いつもは聞けないような言葉に驚く。どれもが本心から思っているということは、すぐに分かった。だからこそ、サスケの気持ちに驚き嬉しいと思いつつも返事を考えてしまう。
また一緒に働きたい、と思わないわけじゃない。むしろ、出来るなら一緒に働きたいと思う。それなのに、どうして悩んでしまうのか。答えはあまり難しい事ではない。一緒に働きたいとは思うけど、今此処で一緒に働いてもいずれはまた別れなければいけない。それが分かっているからこそ、決断が出来ないでいる。
何かが引っ掛かっているのだろうと気付くと、コートのポケットから何かを取り出す。ナルトの手を取り、それを渡す。
「決断を急かしたりするつもりはない。お前がその気になったら連絡をくれればいい」
じゃぁな、と言って歩いて行く姿は一年前の別れを連想させた。違うはずなのに、そんな風に感じてしまったのはどうしてだろうか。
その疑問は置いておいて、手渡されたものを見る。手にあったのは、小さな紙。以前教えてもらった携帯番号と新しくこの近くに出来たらしい会社の住所。そして、他の文字よりも小さい文字で並べられていたのは「Merry X'mas」という言葉だった。
その言葉に含まれている気持ちは、しっかりナルトに届けられていた。だからこそ、その名前を呼ばずにはいられなかった。
「サスケェ!!」
呼ばれて立ち止まると、ナルトの方を振り返る。玄関から道まで走ってきたようで、真っ直ぐ視線の先に姿を捉える事が出来る。
「オレ、入るってばよ! んでもって、お前と一緒に働くってばよ!!」
叫ぶように言われた言葉に、何よりも嬉しさが込み上げてくる。また一緒に働くことが出来る。その事実が、サスケにとってもナルトにとっても嬉しいことなのだ。
「本当にいいのか?」
「当たり前だろ!」
確認すれば肯定の言葉で返ってくる。ここでまた一緒に働くことが出来るのだ。一年前まではずっと一緒に居た相手と、一年間会う事も連絡を取る事もなかった相手と、これから一緒に居る事が出来る。どれくらいの期間かは分からないけど、一緒に居られる事がまず嬉しいのだ。
その事実に、笑みを浮かべながら話す。
「大丈夫なのかよ、ウスラトンカチ」
「任せとけってばよ!」
これから先のことを考えると楽しみだ。どんな仕事をするのか、などということは二人共分かっている。実績を作らなければいけないのは分かっているが、そんなことは深く考えなくても大丈夫だろう。ナルトとサスケの二人が居れば、おそらくそれほど難しい事でもない。
また一緒に居る事が出来る。
その事実はとても嬉しい。また一緒に過ごせる事は、楽しみでもある。
この先、二人はどんな仕事をしていくのだろうか。そして、どんな毎日を送っていくことになるのだろう。それはまた先のお話。
fin