掃除が終わってからHRまでの短い時間。担任が戻ってきてHRを済ませれば放課後でもう帰れる、と思っていたところで声を掛けてきたのはクラスメイト兼幼馴染。
「おいナルト。今日は放課後残れ」
「え、何でだってばよ」
これが終わったらもう放課後じゃん。特に残る理由なんてないだろう。
そう言いたげなナルトに、サスケは溜め息を吐いた。用があるから残れと言っているのだが、本人には思い当たるものは全くないらしい。三年生である彼らは部活も引退しているのだから、放課後に部活という訳ではない。けれど、まだ引退していないものもあるのだ。
「生徒会の仕事だ。放課後になったら職員室に行くぞ」
言われてナルトも漸く理解する。部活は引退しても生徒会の引き継ぎはまだもう少し先だ。今はまだナルト達三年も生徒会として活動している。二人共生徒会役員であり、教師に呼ばれれば当然仕事をしなければならない。生徒会の連絡というのは主に会長からであり、同じクラスであるナルトは後回しにされたということだろう。今の生徒会長は目の前に居るサスケなのだから。
だが、どうして自分なのかとナルトは問いたい。生徒会役員なんて他にも沢山居るのだ。集まるのは良いとしても職員室に行くのは会長で良いのではないのかと。言えば、お前も役員なんだから文句を言うなと返された。加えて他の奴等は別の仕事があると言われてしまえば断ることも出来ない。
「分かったってばよ」
そう返事したのとほぼ同時に担任が教室に戻ってくる。それから簡単なHRが済まされると、サスケと一緒に職員室へと向かった。生徒会担当の教師、もとい担任の机まで行くと「もう来たのね」と呑気な声が聞こえてくる。先程のHRが終わってから真っ直ぐに来たのだからそうなるのも不思議ではない。
教師を待つこともないのだから、担任が生徒会担当というのはすれ違いが少なくて良い。逆に伝え忘れていたからと突然言われることもなくはないが、それはもう今更言ったところで仕方がないだろう。
「カカシ先生、今日は何の用なんだってばよ」
「いやー大した用はないんだけどね」
「なんだってばよ、ソレ!」
勿論、用があるからこそ職員室に呼ばれたのだ。まあまあと宥めるように言いながら「それじゃあこれお願いね」と書類の束を手渡してくれる。結構な枚数はあるのだが、これは明らかに一人でも足りる量である。
それにナルトは疑問符を浮かべているが、サスケは気にせずに「他に用はないのか」と確認をする。今はこれだけだと返ってくるのを聞き終えると、ナルトにさっさと戻るぞと言って職員室を後にする。それを慌てて追いかけながら、失礼しましたと言って廊下を歩く。
「これってさ、サスケ一人でも良かったんじゃね?」
「カカシが二人で来いと言っただけだ」
深い理由は知らないけどな。そう話したサスケに、ナルトは結局二人である必要性についての疑問は残ったがこれ以上は聞いても無駄だろうと判断する。サスケもそれ以上知らないのだからそうとしか答えなかったのだ。カカシ本人に聞くならまだしもサスケに聞いてもどっちみち分からない。
「今日ってこの書類を纏める作業だよな」
「そうなるな。この量ならそう時間はかからないだろ」
「んじゃさ、終わったらどっか寄って帰ろうぜ!」
「何時に終わるかにもよるだろ。まず、そんな時間もないと思うが」
「これだけなら絶対時間くらいあるってばよ」
普段の作業ペースからしてもあまり遅くなるとは思えない。普通に考えれば、ちょっとくらい寄り道をする時間ならあるだろう。作業中に何かがあるかもしれないとはいえ、そんなことも殆どない。何時に終わるかによるというのは正論だが、その時間がないとは思えないとナルトは考える。
とりあえず、後のことを考えるよりも前にやることがある。書類を片付けなければ寄り道も何もないのだから。早く行くぞとの言葉に従って二人はお馴染みの生徒会室へと向かう。
そして生徒会室の前。ガラッといつもなら開けるはずの扉に触れず、サスケは立ち止まってナルトを振り返った。普段とは違う行動に「サスケ?」と疑問を浮かべる。
「さっさと入れ、ウスラトンカチ」
予想外の言葉が出てきて、普通にサスケが先に入れば良いのではとナルトはそのまま声に出した。それに対しては別に良いだろと適当に流されてしまった。
わざわざ先に入れさせる意味はあるのだろうか。そうは思ったが、別に先だろうと後だろうと大して関係はないだろう。いつまでもここで立ち話をする気もなく、そう結論付けるとナルトは生徒会室のドアへと手を掛ける。いつも通りにガラッとドアを開け挨拶をしようとすると。
「誕生日おめでとう、ナルト!」
パンッパンッ、という音と一緒にヒラヒラと紙が降ってくる。クラッカーを片手に生徒会室に集まっていたお馴染みのメンバーは、ナルトが入ってくると同時に先程の言葉をみんなで一斉に発した。
突然の出来事に「え? どういうことだってばよ?」と頭上に幾つものクエッションマークを浮かべたナルトに、周りは笑ってばかりでなかなか答えてくれない。その質問に答えたのは、ナルトの後ろから生徒会室に入ってきたサスケだ。
「今日はお前の誕生日だろ」
本日十月十日は、うずまきナルトの誕生日。ここに集まっている生徒会メンバーは、小学校の頃からの友人達である。長い付き合いなだけあって、殆どがそれぞれの誕生日を把握しているのだ。今日という日がナルトの誕生日であることもみんな知っていて、お祝いをする為にこうして準備をして職員室から戻るのを待ち構えていたのだ。
「何意外そうな顔してんだよ、ナルト。大体、もうすぐ誕生日だって騒いでたのはお前だろ」
「毎日五月蝿いほど言われりゃ、オレ等も忘れたりしねーよな」
「そうそう。ついこの間まで凄かったよね」
上からキバ、シカマル、チョウジの順である。周りも同じことを思っているらしく、うんうんと頷いている。
彼等がそう言うのも無理はないくらい、十月に入る頃からナルトは自分の誕生日をアピールしていたのだ。毎年のことといえばそうなのだが、もうすぐオレの誕生日だからと主張されれば友人として何かしてやるかという考えになったのである。今年は昔からのメンバーは全員生徒会ということもあり、こっそりと準備をするのに生徒会室という場所がピッタリだったのだ。
そんなことに生徒会室を使っていいのかという疑問もあるが、その点は生徒会担当であるカカシが許可をしているから問題ない。そのカカシも色々な繋がりからナルトやサスケを幼い頃から知っているからすんなりとOKしてくれたのだ。というより、それなら生徒会室でも使えばと提案してきた張本人である。
「まさか生徒会室を誕生日祝いの会場に使うとは思わなかったわよね」
「そうよね。丁度良かったのも事実だけど」
いのやサクラが話していることもこの場の全員が思っていることである。ナルトでさえ、まさか生徒会室を使って自分の誕生日を祝われるなど思ってもいなかった。
「で、でも。せっかくの誕生日だから」
「こういうのも有りだよな」
二人が言ったその考えの元で、今回の誕生日祝いは計画されたのである。誕生日祝い、といってもケーキを準備してお祝いをするという簡単なものである。それでも、みんなでお祝いするということに意義があるのだから良いのだ。おめでとうと伝えて祝うこと、加えてサプライズ的なことが出来れば良いんじゃないかと数日前に話し合った。
その結果、放課後に生徒会室に集まること。ナルトを生徒会室に連れてくる為に、カカシにも協力して貰って時間稼ぎをすることなどが決められた。それが先程の職員室でのやり取りである。寄り道をしていく時間などないだろうとサスケが言ったのもこれがあると分かっていたからだ。
「ちょっとナルト、なにぼーっとしてるのよ」
「主役は早くこっちに来なさいよ。ロウソクが点けられないじゃない」
「そうだよ。ロウソク消して早くケーキ食べようよ」
「……チョウジ。ケーキは食べるけどよ、今日のメインはナルトだからな」
みんなにそう言われて、ナルトはケーキの置いてある前の席に座らせられる。いつもは置いていない位置に設置された椅子は、お誕生日席というヤツだ。ナルトが座るのに合わせて、近くにいたサクラがロウソクに火を点ける。
そのまま誕生日の歌を合唱して、といっても結構バラバラだったがそんなことはまあいいだろう。歌が終わったところでふぅっと息を吹きかけロウソクの火を消した。すると今度はパチパチと拍手の音と同時におめでとうの言葉が飛び交う。ナルトはほんのりと頬を赤く染めながら「ありがとう」とお礼を述べる。
一通りお祝いが終わったところで、ケーキを切り分けようと提案したのはチョウジである。隣にいたシカマルといのが溜め息を吐きながら、上手い具合にケーキを取り分けてみんなで一緒に食べる。真ん中に乗っていたチョコレートはナルトの皿の上に乗っている。
「なぁ、サスケ」
みんながわいわいとケーキを食べている中。少し離れたところから様子を見守っていたサスケのところまで抜け出してきたナルトが声を掛ける。何だと短く聞き返すと、ありがとなとお礼を告げられた。このことに対してのお礼なら先程言われたばかりだった為、どうしてお礼を言われるのだろうかとサスケは疑問に思う。それに気付いたナルトは、補足をするように話を続ける。
「今回のこれ、サスケが声掛けてくれたんだろ?」
言われてそのことかとサスケは納得する。だが、個別にわざわざ礼を言われるようなことではない。幼馴染で付き合いが長い故に、一番誕生日のことを言われたのがサスケであっただけだ。
それで仲間達にもうすぐアイツの誕生日らしいなとナルトのいない場所で話題に出してみたところ、今回のことが計画されたのだ。サスケがというより、周りの仲間達がというべきでもあり結局はみんなで準備をしたことである。
「別にオレが何かしたわけではない」
「でもさ、サスケもオレのことを祝ってくれてるんだよな」
「それはお前が誕生日だと五月蝿いからだ」
あれだけ主張されれば祝えと言っているようなものだろう。そう言いたげなサスケの視線を笑って誤魔化して、残ったケーキをどうするかでジャンケン大会を始めようとしたキバ達の方にナルトは混ざっていった。
誕生日なんだからというナルトに、ここは平等にジャンケンだと言っているキバ。揉めてるならボクが貰っていいとチョウジが言ったのには二人して反対。そんなこんなで、ジャンケンで決めることになったらしい。
「本当、めんどくせーな。アイツ等」
「いつになったら大人になるのかしらね」
「何歳になっても変わらなそうよね」
「だけど、みんな楽しそうだよ」
「楽しむのは良いとしても、少しは散らかさないで欲しいんだがな」
ジャンケン大会に参加中の人達を見ながらそんな話をする。ケーキを食べながら騒いで汚れた生徒会室は、後で全員で片付けることになるのだろう。普通にしていればそう汚れることもないような気がするのだが、そうもいかなかったらしいというのは現状を見れば丸分かりである。クラッカーを使った時点で片付けるのは分かっていたのだから、作業がちょっと追加されただけでもあるけれど。
「おい、お前等。食べ終わて片付けて後、生徒会の仕事もあるからな」
そんな生徒会長の発言に「えー!」と文句が聞こえたが、そんなものは聞こえないフリだ。職員室に行ったのは時間稼ぎだったとはいえ、あの教師は本当に仕事を用意していたのだから仕方がないだろう。今日やらずともいずれはやらなければいけないことなのだ。役員が集まっているのならこのまま作業に移るのがベストである。
なんだかんだ言いながら、ジャンケン大会を制したナルトが最後のケーキを食べる。それから全員で生徒会室を片付けると書類の整理。数も多くなければこの人数だ。そう時間が掛かることもなく作業は終了した。
帰りは最初の予定通りに寄り道をしながらみんなで下校。分かれ道まで来ると、また明日と手を振ってそれぞれ家路へと着いた。
みんなで祝う誕生日
オレンジ色の夕日に照らされた帰り道。笑顔溢れる誕生日。