三月十四日。カレンダーに記された数字。その下に小さく記されたこの日のイベントの名前。カレンダーをよく見なければ気づかなくてもおかしくないかもしれないようなその存在。けれど、世間というものはその小さい文字で書かれたイベントを派手にやってくれる。たとえカレンダーを見ていなくても外に出ればすぐ目に付くほどに。
 それは木ノ葉も例外ではない。そのイベントを大きな文字で書かれた物を幾つ見たかなんて覚えていない。それほどまでにしっかりとこのイベントは存在を主張してくれていた。


「世の中はホワイトデーだって言ってるのに、アンタは何にもないわけ?」


 シカマルのことを真っ直ぐに見つめながら尋ねる。いくらイベントに大して興味のない彼とはいえ、これだけホワイトデーという文字を見ていれば嫌でもその日を知ることになっているはずだ。というより、シカマルが知らないはずがないのだ。少なくとも、先日いのの買い物に付き合わされてそれを見ているのだから。


「あ? 何かして貰いたいのかよ」

「そりゃあ当然でしょ? 私はアンタにちゃんと渡したじゃない」


 バレンタインデーに。
 そう付け加えてホワイトデーのお返しを催促してみる。女の子が男の子に渡す日、それがバレンタインデー。そのお返しに男の子から女の子に渡す日、それが今日。ホワイトデーである。
 いのはバレンタインの日にシカマルにチョコを渡している。その時にちゃんと受け取ったのだから、ここはお返しをするというのが礼儀というものだろう。多少お返しをくれるように催促したって問題はないだろうといのは思う。それ以前に催促をしないでこの男がお返しを渡すかというのも分かったものではないが。


「貰ったには貰ったけどよ、お返しって急に言われたってな……」

「急じゃなくて、もっと前から知ってたでしょ!?」


 言ったのは今でも事前に知っているのだから分かっているはずだ。IQ二百といわれるシカマルが数日前に知ったことを忘れないことだって分かっている。これはただの言い訳にしか過ぎないのだ。


「そんなに前から知ってた覚えはねぇけど」

「でも知ってたことには変わりないでしょ。基本三倍返しなんだから」

「三倍ねぇ…………」


 一体誰がそんなことを決めたというのだろうか。その答えは誰に聞いたって分かるものではないだろう。基本が三倍というならば、基本以上のことをしようとすれば三倍以上のお返しをしなければいけないとでもいうのか。そんな風に考えたところで結局どうなるわけでもないのだけれど。
 このまま何もせずにこの日を過ごすのは得策ではないだろう。何もせずにいたならいつまで催促を続けられるか分かったものではない。そう思うと「めんどくせーな」なんていつもの口癖を言いながら体を起こす。


「ホワイトデーのお返しは、基本三倍だったよな?」

「そうよ! 私にちゃーんとバレンタインのお返しをする気になった?」


 いのの言葉に「あぁ」と口の端を吊り上げた。何を考えているのかと思ったその時。シカマルはいのの額にキスを落とした。


「これで、文句はねぇだろ?」


 そう言って笑みを浮かべているシカマルに、頬を赤らめたままいのは何かを言おうとするが、声にならずに口をぱくぱくさせている。あまりにも突然すぎるシカマルの行動に驚かされる。頬を赤く染めたまま、やっとのことで言葉を発した。


「ア、アンタね! 突然何するのよ!」

「何ってホワイトデーのお返しだろ」

「そうじゃなくて……!」


 いきなりのキスのことを言いたいのだけれども、それがホワイトデーのお返しで何か文句はあるのかなんて言われてしまえば、何かを言えるわけではなく。仕方なく諦める。
 いのも別にシカマルからのキスが嫌なわけではない。ただ、突然すぎただけ。キスをしてくれるということは、それだけシカマルが自分のことを好きでいてくれている証拠だと分かっている。だから嬉しいけれど、素直にそう言えるわけでもなくつい言葉ではそう言ってしまう。それもまた、シカマルも分かっているのだ。


「三倍って言うんだから、後は楽しみにしておけよ?」


 そんなシカマルの言葉に頬がまた赤くなるのを感じた。基本は三倍だと言ったけれど、まさかそんな三倍が返ってくるとは予想もしていなかった。おもしろそうに笑っているシカマルにいのは頬を赤く染めていた。
 基本は三倍返し。
 だけどその言葉のせいでこんな三倍返しがくるなんて予想もしていなかった。さて、残りの二回はいつどこで、どんな風に返してくれるのか。ホワイトデーはまだ始まったばかり。










fin