視力
オレ達は今、机を挟んで対立している。どうしてこんな状況になったのか。その経緯はそれほど難しいものじゃない。ちなみに今回は喧嘩をして対立しているわけではない。
ではどうして対立しているのか。簡単に言うとしたらなんだろう……ただ話してるとでも言えば良いだろうか。まあ普通に見えるとは言い難いだろうけど、話しているというのが正しいと思う。
「なぁ、どうなんだってばよ」
「別に」
放課後の教室。クラスメイト達はどんどん帰って行き、最後に残ったのはオレ達だけ。オレとコイツ――うちはサスケの二人だ。
サスケは優等生で、勉強も運動も出来ておまけに女の子にまでモテる。はっきりいえばオレの嫌いなタイプ。
そんな奴とどうして一緒に教室に残っているのかといえば、オレがコイツに話し掛けたのがきっかけ。それからずっと平行線なだけだ。
オレが話し掛けた目的っていうのもコイツがあまり好きじゃないからというより、全然周りと付き合わないから逆に気になったというか。とにかく、ちょっとだけど気になったから話し掛けたわけだ。
「そうやっていつもいつもさ」
「お前には関係ない」
いい加減にこの平行線のままの状況を終わらせたいと思ったのか。そう言ったサスケは鞄を片手に持つと席を立った。
だけど、ここで終わりになんてオレには出来ない。一度始めたら最後までしっかりやるべきだろう。途中で止めたり、後戻りをするなんてオレの辞書にはない。
帰ろうと立ち上がったサスケの腕を掴んで「待て」と言えば「離せ」と返ってくる。だけどここで諦めるオレではない。まず離せといわれて離す奴が居るわけがない。逆もそうなのかなんて今のオレには関係ないこと。
「どういうつもりだ」
サスケはオレの行動に疑問を持っているんだと思う。けれど、オレからすればちゃんと話を終わらせたいだけ。そのまま言えば「ふざけるな」と怒鳴られた。更に一方的に人に押し付けるなと。
このままでは埒が明かない。どうしようかと考えながら、ふとあることを思いつく。ここは窓側の一番後ろの席。腕を掴んだ手を強引に引っ張り、そのまま壁の方に背中をつける体勢にする。オレの方が押さえてるから壁の方に背中をつけてるのはサスケだ。
強引に体勢を変えた拍子にサスケの眼鏡が外れる。いつも見ているはずなのに、眼鏡がないとさっきよりも綺麗で整った顔のように思えた。こんなにも違うことに驚くと同時に綺麗だと心の底から思った。
「…………何だよ」
じっと見つめるオレに不思議そうな顔で言った。その言葉でオレは自分がコイツに見惚れていたということに気が付いた。
慌てて視線を逸らし、別に何でもないとだけ答えたけれど誤魔化せただろうか。分からないけれど、サスケはそれ以上は聞こうともせずに「いい加減離せ」とだけ言った。さっきまではそう言われたって絶対に離さないって思ってたけど、今はその考えも頭から抜け落ちてすんなりとその手を解放した。
やっと解放されたサスケは落ちた眼鏡を迷うことなく拾った。その様子に疑問を抱き、オレはすぐにその疑問を口にした。
「つーかさ、お前、見えてんの?」
眼鏡をかけているといっても視力は人それぞれ。そこまで目が悪くないのなら眼鏡を拾うくらい容易に出来るだろう。
そんなことは分かってるんだけど、サスケは全くといってもいいくらい躊躇をしなかった。迷わないということは見えてる以外のなんでもない。だからこそ浮かんだ疑問をすぐにそのままぶつけたのだ。
「見えないことはないな」
曖昧、というより中途半端な答えが返された。なぜかこの言葉に裏があるような気がして、それをはっきりさせようと続けて質問する。
「なぁ、視力いくつ?」
「両方とも2.0」
「それって眼鏡いらねぇじゃん!?」
さっきの様子からしてそこまで悪くないとは分かってたけど、まさかそんな数字が出てくるとは思わなかった。だって2.0といえば普通よりも良い方だ。それだけ見えてるなら眼鏡なんて必要ないはず。はずではなく絶対に必要ない。逆に見づらくなるんじゃないかとさえ思う。
「何で眼鏡かけてるんだってばよ」
「別に」
「見づらくねぇの?」
「度は入ってないからな」
それって、全く必要ないってことじゃん。度が入ってないなんて眼鏡の意味がないと思うんだけど。
何のために眼鏡を掛けているのかが本当に分からない。元々コイツは分からないことばかりだけど、更に分からないことが増えてしまった。
「オレってば、眼鏡の必要性が分からねぇんだけど」
思ったことを口にしただけでもあるけれど、先程ちゃんとした答えがなかった質問をもう一度したともいえる。しかし答えは大して変わらず「お前が知る必要もない」と一刀両断。
それはそうかもしれないけど、オレは気になったから聞いたわけで。知りたいから答えを求める。多分、何回聞いても同じような答えが返ってくるような気がするけど。
「もういいだろ……。じゃぁな」
それだけを言い残して今度こそサスケは鞄を持ちながら教室を後にした。
一人残されたオレは、暫しこの場に立ったままだった。さっきまでアイツが居た場所を見つめる。どうしてか分からないけど、一人になった瞬間。急に教室が寂しくなったような気がした。
「うちはサスケ、か」
その名を口にして駆け巡ったこの気持ちはなんなのか。まだ今のオレにはよく分からない。
だけど、アイツのことが、サスケのことが今まで以上に気になる。サスケに興味があるっていうより、サスケのことをもっと知りたい。
たった一度、ほんの少しの時間。放課後の教室での出来事。
これが後にどんな影響を与えるのかはまだ分からない。それはもっと先の話。
fin