のチ




「シカマル!」


 後ろから名前を呼ばれて立ち止まり振り返る。その視線の先には幼馴染のいのがこちらに走ってきていた。一体何の用だと思いながら追いつくのを待っていると、すぐにいのはシカマルの目の前までやってきた。
 それを確認して何だと尋ねようとするが、それよりも先にいのが「はい」と言いながら目の前に箱を差し出すものだから自然と目がその箱に向く。


「今日ってバレンタインじゃない? だからアンタに」


 言われてそういえば今日はバレンタインだったなと思い出す。里を歩いてもどこの店もチョコばかりが並んでいる。バレンタインが近いとは思っていたが、大して気にしてもいなかったのでそれが今日だということは頭に入っていなかった。覚えていなくてもいいような行事なので問題はないけれど。
 いくら覚えていなくても大丈夫だといっても、これをいのに直接言ったなら何言ってるのよと文句を言われそうなものだ。女というのはこの行事が一つのビッグイベントらしいのだから。とりあえず「わざわざどうも」と言ってその箱を受け取った。


「んで、本命にはこれから渡しに行くのか?」


 バレンタインにはこれまた律儀に義理で渡すものと本命で渡すものと二通りもあるのだから感心する。しかも最近では義理の中に友達に渡すものだとか色々増えているらしく、女というのは分からないものだと頭の片隅でシカマルは思う。


「サスケ君は任務。だからアンタのところに来たってわけ」

「任務ね…………」


 それでは渡すのも難しいのかと思うが、それ以上にサスケにとっては任務で良かったという話だろうなと思う。サスケの人気は忍者学校時代からで、バレンタインの日に彼が出来るだけ女に捕まらないようにしていたのは知っている。モテるというのも大変らしい。


「それじゃあ、サスケにはやんねぇのか?」

「だってしょうがないじゃないのよ。任務がいつ終わるかなんて分からないし」

「そりゃそうだけどよ」

 まだ何か言いたそうなシカマルにいのは「何よ」と尋ねる。それに答えるようにシカマルは口を開く。


「いや、お前のことだから任務が終わるのを待ってどうにかして渡すと思ってだからよ」

「何よそれー! アンタって私のことそんな風に思ってるわけ!?」


 ついこの間までそうだっただろうとは思ったが言ったら五月蝿そうなので言葉にするのは止めておく。代わりに「あー悪かったよ」と適当に受け流しておく。その態度に「もう!」なんて言っているが気にしないことにする。


「本命にはやらねぇのにオレは貰っていいのか?」

「いいわよ。元々アンタに渡す分だから」


 本命に渡さずに他の人に渡してはいけないなんて約束はないが、いのにそれでいいのかと問えば意外とあっさり答えを返してくれた。逆に貰ってくれないなら困るとでもいうような言い方に、それなら素直に受け取ることにするかと思う。


「じゃあ、ありがたく受け取っとくぜ」


 そうお礼を言ってシカマルは家への帰り道を再び歩き始めた。その姿をいのはじっと立ち止まったまま見送った。
 それから、空を見上げてポツリと呟いた。


「最初から素直に受け取りなさいよ、あのバカ」


 その声は他の誰にも聞かれることなく消えていった。シカマルの歩いて行った後を見ながらアイツが私の気持ちに気づくのはまだ先だろうなと思う。
 どうやら女の子にとって恋とは長い道のりの先にあるものらしい。その道のりが大変かもしれないけれど、恋の道は長くなければ面白くないと思って家へ戻る道を一歩踏み出した。

 この一歩がこの道の先に辿りつく。その日が一日でも早くきますように。










fin