急いで里に戻ってこい。
 火影からの短い連絡を受け取ったサスケは言われた通りに里へ戻った。
 何かあったのかと思ったが、久しぶりに足を踏み入れた里はいつもと変わらないように見えた。裏の世界で動きがあったのかと早足で火影の元へと向かうと、呼び出した本人は心底驚いたといった表情を浮かべた。


「え、もしかして今帰ってきたのか!?」

「お前が里に戻れと連絡を寄越したんだろ」

「いや、そうなんだけどさ」


 今何時だとナルトは時計を探した。間もなくして「うわ、もうこんな時間かよ!?」という火影の声が静かな部屋の中で響いた。
 壁に掛かっていた時計が示していたのは十一時十分。外はすっかり月が昇っている時間だ。窓の向こうでは無数の星が輝いている。


「あーもう、とにかく今日は家に帰れってばよ!」

「……お前が呼び出したんだろ」

「まさかこんな時間になるなんて思わねえだろ!?」


 そうは言うが、これでも急いで戻ってきた方だ。悠長にしていたならまだしもこの距離をこの時間で戻って文句を言われるのは些か腑に落ちない。
 しかし、ナルトの反応からして裏の世界で何かがあったわけでもなさそうだ。それなら何のために呼び出したんだという話だが、何やら一人で騒がしくしている友にサスケは溜め息を吐く。少しは落ち着いてきたかと思っていたがそうでもないらしい。


「用がないなら行くぞ」

「あ、待て! いや、早く帰れ! そんで一週間は休暇をやるから暫く里にいろってばよ」

「……そんなことのために呼びつけたのか?」

「超重要なことだってばよ。今は何が起きているわけでもねぇし、たまにはゆっくり過ごせよ」


 そのように話すナルト自身がこんな時間まで仕事をしているのだから説得力なんて欠片もないが、とにかくナルトはサスケを家に帰らせたいようだ。
 ――と、いうことは。


「……アイツに何かあったのか」


 それで早く帰れと何度も促すのか。考えられる残りの緊急事態を頭に浮かべたサスケの耳に届いたのは、打って変わって大きな溜め息。


「本当、お前ってそういうとこは全然変わらねぇよな」


 呆れたようにナルトが言う。そんな友人の態度にサスケは片眉を上げた。


「お前がはっきりしないのが悪いんだろ」

「いやいや、お前が大概なだけだってばよ」


 どう考えても呼びつけた本人が用件を言わないからややこしい話になっているのだ。何故コイツは頑なに呼び出した理由を誤魔化そうとするのか。
 里に何かあったわけでもなければ、裏の世界に動きもない。家に帰れとは言うけれど家族に何かがあったわけでもなさそうだ。
 つまり、急ぎで呼び出した割に緊急性は全くなかったらしい。一先ずそこまでは分かったけれど、これ以上のことはここにいたところで何も分からないのだろう。それならばこれ以上の長居は無用だ。


「あ、サスケ」


 くるりと踵を返したところで名前を呼ばれる。ちらっと視線だけを後ろへ向ければ、目が合った友人はにかっと笑った。


「サクラちゃんにも明日は一日ゆっくりしてくれって伝えておいてくれってばよ」


 それとお前もちゃんと一週間はゆっくり過ごせよと念を押される。
 この友人が何を考えているのかは分からないが、言づてを聞いたサスケは今度こそ火影室を後にした。





 □ □ □





 里の中心はまだ賑わっているとはいえ、あと数十分もしないうちに日付が変わるような時刻だ。少しでもそこから離れれば、あっという間に辺りは静寂に包まれる。
 静かに地面に降りたサスケは明かりの消えている玄関を眺める。だが窓からは光が漏れていた。まだ起きているのか、うっかり寝てしまったのか。あまり音を立てないように気をつけながらそっと、玄関を開けた。


(寝ていたか)


 明かりの付いていた部屋でサクラはすやすやと寝息を立てていた。穏やかな表情で眠っている妻の姿にどことなくほっとする。
 緊急性は何一つない呼び出しだったがこれで漸く緊張が解れた気がした。緊急でなくとも呼び出すのは構わないけれど、それならそうと先に言っておけと火影には今度言っておこう。
 いや、それよりも用件をはっきりとさせろと伝えるべきか。流石に普段はこうではないだろうが、今や里の長である友が唐突な思いつきだけでこんな連絡をしてきたとも思えない。やはりそこは引っ掛かるのだが。


「ん……」


 すぐ近くで微かな声が漏れる。サスケの前に翡翠がゆっくりと現れたのは、間もなくのことだった。


「すまない、起こしたか」


 気をつけていたとはいえ、自宅という場所の安心感のせいだろう。眠りを妨げてしまったことに謝罪をすると、ぱちぱちと瞬きを繰り返していたサクラが勢いよく振り返った。


「え、アナタ!? いつ戻ってきたの!?」

「とりあえず声を落とせ」


 サスケの指摘にサクラは口元に手を当てた。それから家の中の気配を確認したのだろう。サクラはほっと息を吐いた。
 それを見たサスケは先程の質問に答えるべく徐に口を開いた。


「帰ってきたのは今さっきだ。ナルトのヤツに呼び出されてな」

「もしかして急ぎの任務?」

「オレもそう思ったが違うらしい」


 どういうこと? とサクラは首を傾げる。だがナルトから理由を聞いていないサスケも今のサクラと同じ心境だ。説明しようにも説明できることがない。


「とにかく一週間は休暇として里で過ごせって話だ。それとお前も明日はゆっくり休めと言っていたな」

「え? 私も?」

「詳しいことはオレも聞いていない」


 というよりも詳しい理由があるのかも謎だ。何かしらの考えはあるのだろうが、一体どういうつもりでいきなりこんな話を持ちかけてきたのか。


「あ!」


 ふと、声を上げたサクラに視線を向ける。
 するとサクラは「今何時!?」と少し前にも聞いた質問を口にした。近くにあった時計の時刻は十一時五十八分。日付が変わる寸前だった。
 それを聞いたサクラは「よかった」と小さく息を吐く。何かあったのか、と。尋ねるよりも早く、サクラは真っ直ぐにサスケを見つめた。


「誕生日おめでとう、サスケ君」


 優しい声が伝える、特別な言葉。
 それを聞いてやっと、頭の中で色々なことが繋がった。目の前の妻は柔らかな笑顔を浮かべていた。


「この前ナルトともうすぐアナタの誕生日だって話をしたから」

「……それでも急いで里に戻れと言う必要はなかっただろ」

「これもきっとアイツなりの誕生日プレゼントってことじゃない?」


 おそらくサクラの言うとおりなのだろう。理由を言わなかったのは自分よりもサクラの方が先に言うべきだと思ったからか。
 さっきはあまり変わらないと思ったけれど、そういった気遣いはこの数年で身につけたらしい。サクラの休暇もサスケと一緒に過ごせるように、ということなのだろう。


「ナルトにはちゃんとお礼を言わないといけないわね」


 あえて“ちゃんと”という部分を強調したサクラにサスケはふっと笑う。


「そうだな」


 家族で過ごせるようにという気遣いはありがたい。だが、それと同じくらい七班としての絆も自分たちにとっては大切なものである。
 とはいえ、せっかくの好意はそれとして受け取ることにする。そのあとはサクラと二人でかつてのチームメイトの元を訪ねよう。何せ、休暇で一週間は里で過ごすようにと言われているのだ。それだけの時間があれば忙しい火影もどこかしらで都合がつくだろう。

 目が合ったサクラが頬を緩める。
 そんな彼女につられるようにサスケの顔にも笑みが浮かぶ。


「一日遅れになっちゃうけど、明日は腕によりをかけてご馳走を作るわね」

「ああ、楽しみにしている」


 すっかり忘れていた誕生日。けれど大切な人たちがそれを祝ってくれるのは嬉しいものだな、と懐かしい記憶が頭を過ぎる。
 あの頃のあたたかさは、今も確かにここにある。








それはとても幸せな、大切な人たちと過ごす時間