一年は三百六十五日。元旦から始まり大晦日で終わり。その間には様々なイベントがあり、その度に里中で盛り上がりをみせている。大きいイベントでは七夕やクリスマス、バレンタインなんかもそうだろう。一年に一度のイベントをみんながそれぞれ楽しんでいる。
 とはいえ、その輪の中に入らなければならない決まりはない。世間がどうであろうと自分は自分だ。そもそも、そういったイベントごとには興味がない。言われて初めて気が付くなんてことも少なくない。


「年に一度の特別な日だろ」


 だから、そんな風に言われてもいまいちピンとこなかった。まず何のことを指しているのかも分からない。今分かっていることといえば。


(幻術……というわけではなさそうか)


 この非現実的な状況で有り得る可能性を考えるが、無難なところで夢の中というところか。そういえば長期任務から戻ってきたところだったなと今更ながら思い出す。
 さて、ここが夢の中だとすればどんなことが起こってもおかしくはない。それこそ非現実的なことだって幾らでも起こるだろう。現にそれは起こっていて、目の前には見知った――というのもおかしな話だが、よく知る人物が立っていた。


「何の話だ」

「今日のことだよ」


 そう言われても具体的に言ってくれないと分からないんだがと思いながら零れる溜め息。全然話が見えてこないのだが仮にこれが昔の自分だとしたら――いや、どう考えても昔の自分なのだが、兄や両親にはきちんと言いたいことが伝わっていたのだろうか。
 話が伝わらなければ会話にならない。そう考えればちゃんと伝わっていたのだろう。目の前の幼い自分だって相手が自分自身だからこんな言い方をしているんだと思うことにして、とりあえず話を進めるには何が言いたいのかを知る必要がありそうだ。


「今日、何かあるのか」


 言えば幼い自分、おそらく忍者学校に入学したくらいの年頃だろう。十年ほど前の自分と同じ姿の彼はきょとんとした表情を見せる。まるでオレが分かっていないことが不思議かのように。
 実際、彼にとっては不思議なのかもしれない。だけどオレには分からないのもまた事実。あれから十年も経っているのだから色々なことが変わっている。里もそうだがオレの周りの環境はこの子供の頃と大きく変化した。絶対に変わらないと思っていた日常がなくなるなんて、あの頃のオレには想像も出来なかった。


「何かって、自分の誕生日も覚えてないの?」


 ここにきて漸く話が見えてきた。どうやら最初の年に一度の特別な日、というのは世間一般的なイベントではなくオレ個人のことだったらしい。言われてみれば誕生日も年に一度しかない日だ。ただし、特別だと思ったことはないけれど。
 ……というのは正しくないかもしれない。昔は特別な日だった。父さんや母さん、兄さんもこの日を祝ってくれた。毎年この日が楽しみで仕方がなかった、と思う。
 言い切れないのは遠い昔のことではっきりと覚えていないから。そして、目の前のコイツはその頃の自分。だから誕生日を忘れているなんて信じられないと思っているのかもしれない。今のオレは言われなければ気が付かないくらい、その日を毎年忘れているけれど。


「誕生日なんてただ年を取るだけだろ」

「その人が生まれたことをお祝いする日だよ」


 これはまた意見が分かれた。だがそれも必然なのかもしれない。
 いくら同一人物といえど、あの頃から今日までに色々なことが起こりすぎて考え方も変わっている。たとえ周りの環境が変わっていなかったとしても、十年で全く変わらない考え方をすることなどないだろう。中にはそういう人も居るだろうが少なくとも自分はそうだと思う。


「祝ってどうする」

「どうするって、そんなに理由が必要なの?」


 誕生日を祝う理由。その人が生まれて来てくれたことに感謝する。おめでたい日である。それだけでは駄目なのだろうか。
 どうも意見が噛み合わない。おそらく、このまま話を続けたところで意見が合うことはないのだろう。根本的なところが違っているのだ。どうして今日に限って、とは思ったが今日だからこんな夢を見ているのかもしれない。今日の日付も曖昧だが、今が夏であり七月であることは間違いないから。


「もしかして、誕生日が嫌い?」


 これまでの話を踏まえて導き出された答え。どうもこの人は誕生日という日をよく思っていないらしいと子供は判断したようだ。
 好きか嫌いかと聞かれたら、どちらかといえば嫌いかもしれない。けれど、嫌いというよりは興味がないというべきか。特別な日だとは思わないし、誰かに祝って欲しいとも思っていない。そんなところだ。


「お前は好きなのか」


 分かりきった答えではあったが一応尋ねてみた。すると案の定、当たり前だと元気よく答えてくれた。この日は家族みんなが祝ってくれて、普段は忙しい兄も自分の相手をしてくれるのだと。遠い日の話を聞かせてくれる。
 そんな当たり前の日々はそう続くものではない、とは言えなかった。所詮ここは夢の世界。わざわざオレが現実を教えることもないだろう。何より、それをこの子供が信じるとも思えない。ただ、少しばかり眩しすぎるような気がした。


「お兄さんにも居るでしょ? 祝ってくれる大切な人達が」


 それが家族を指しているのなら答えはノー。今はもう家族どころか同じ一族の人間さえ居ない。うちは一族は滅びオレ一人だけとなった。大切な者は十年も前に全て失った。


「みんなお兄さんのこと待ってるよ」


 そんな人がどこに居るというのか。オレを待っている人はもう居ない。
 コイツには分からなくても仕様がないがけれど、やはり誕生日なんて特別でも何でもない日だ。いつも通り、何の変哲もなく過ぎる一日。それで良い。温かさを思い出すだけ辛くなる。それならいっそ忘れていた方が良いだろう。別にだから毎年忘れているわけでもないが。

 一方。こちらのことを全く分かっていない小さな子供は「ほら」とオレの手を引っ張り出す。おい、と止めよう声を掛けても全然聞いてはくれない。一体どうすれば良いのか。
 そう思った時だった。


『サスケ!』


 耳に届いたのはよく知るテノール。どこから聞こえてきたのかは分からない。けれどはっきりと聞こえたそれは自分の名前を呼んでいた。


『サスケ君!』


 続いて聞こえてきたソプラノもよく知っている。かつては同じ三人一組を組んでいた桃色の髪の女性。彼女も先に聞こえた金髪の男と同じく自分を呼んでいる。
 どうして自分を呼んでいるのかも分からなければ、これが夢の中で聞こえているものなのかどうかも定かではない。そもそも夢という世界自体が不安定なのだ。それについて考察するつもりなどないが、もし現実で自分を呼ぶ声があるのだとすればこの夢ももう終わりだろう。現実世界で二人に呼ばれる理由は特にない気がするけれど。


「早く行かないと」


 視線を落とせば幼い自分がにこっと笑い掛ける。そのままトン、と背中を押された。その間際、聞こえた言葉は――――。



□ □ □



「…………夢、か」


 あんなことが現実にあるわけないのだから夢だということくらい分かっていた。なぜあんな夢を見たのかも考えた気はするけれど、単純に疲れていただけかもしれない。昨日まで長期任務で里を離れていたのだから自分も気付かないうちに疲れが溜まっていてもおかしくはない。
 とりあえず起きたのだから適当に朝食でも済ませようかと立ち上がった時。


「サスケ! まだ寝てるのかってばよ!?」


 外から届いた声に驚く。その後に「ちょっと、あまり騒いだら近所迷惑よ」と大声で叫んでいる男を咎めるような声まで聞こえてくる始末だ。勿論、どちらもサスケのよく知る人物である。
 何の用で来たのかは知らないが、このまま出なければ隣で彼女が注意しても奴は騒ぎ続けていそうなものだ。それに溜め息を一つ吐きながら、台所へと向かうはずだった足を玄関へと向ける。


「朝っぱらからうるせえよ、ドベ」

「誰がドベだってばよ!?」


 お前以外に誰がいると答えたところでナルトが言い返すよりも前にサクラが間に入る。事実、先程まで五月蝿かったのだからこう言われても文句は言えない立場である。本人はそうとは思っていないようだが。
 サクラが間に入ったことで次の言葉を飲み込んだナルト。それを見てサスケは用件を尋ねる。こんな朝早くから、それもわざわざ家にまで訪ねてきて。緊急の任務という風には見えないが、任務でないとすれば。


「今日お前休みだよな?」

「だったら何だ」

「じゃあこれから一緒に出掛けるってばよ!」


 どうしてそうなる。
 状況がさっぱり掴めず、視線をサクラへ向ければ彼女が補足をしてくれた。私達も今日は休みだから良かったら一緒に出掛けないか、ということらしい。良かったらというよりは用がないのであれば出掛けようと言っているように聞こえるのは気のせいではないだろう。これでもそれなりに長い付き合いをしているのだ。

 はあ、と溜め息を吐いてから「どこに行くんだ」とだけ答えてやればそれは秘密だと二人が口を揃えて言う。どういうつもりかは知らないが断ることも出来なさそうだ。分かったから少し待ってろと言うと二人は嬉しそうに頷く。
 本当に何なんだとは思ったが、ふと頭に浮かんだのは先程の夢。あの夢で最後、幼い自分が別れ際に口にした言葉は。


 ――誕生日おめでとう。


 部屋に戻ったついでにカレンダーを見て漸く納得した。ナルトとサクラが朝から家を訪ねてきた理由も、突然一緒に出掛けようと言い出したわけも。同時に幼い自分の言葉を理解する。


(大切な人達、か)


 アイツの言っていたそれは家族ではなく、この仲間達のことを指していたのかもしれない。確かに二人はサスケにとって大切な、かけがえのない仲間だ。そして二人はおそらくだが、今日がオレの誕生日だと知ってここへ来ている。

 誕生日なんて特別でも何でもない。他と変わらないただの一日だ。
 そう思うようになってから長いけれど、誕生日を祝おうとしてくれる人は今も周りに居てくれる。その事実がとても幸せなことだと、そう思ったのはアイツ等に秘密にしておこう。








「サスケ! 誕生日おめでとう!」
「おめでとう、サスケ君!」

いつもの仲間と一緒に過ごす一日。
だけど今日はちょっとだけ特別な一日。

「ああ、ありがとう」



誕生日はいつまでも特別な日なんだって。
お兄さんも気付いてくれたみたい。

今日はアナタが生まれた特別な日。