一時間目の数学から始まり六時間目の英語まで、今日も一通りの授業が終了した。それから清掃を行ってSHRが開かれる。そこまで終われば放課後となり、真っ先に帰宅する生徒もいれば部活に励む生徒、お喋りで盛り上がる生徒とそれぞれが自由に過ごしている。
そんな中、サスケは生徒会の仕事で遅くまで残っていた。
「あれ、サスケも今帰り?」
漸く仕事を片付けて帰ろうとしていたところで声を掛けられる。顔の半分をマスクで隠しているこの人物はこの学校の教師でサスケの担任。また近所に住んでいる昔からの知り合いでもある。正確にはサスケの兄の先輩で、その縁から一人暮らしのサスケの保護者役をしている。といっても保護者とは名ばかりで実際は時々様子を見に行っては夕飯をご馳走になっているだけだ。
「アンタ、今日は早いんだな」
「サスケが遅いだけでしょ。ま、いつもより早いのも確かだけど」
「誰かさんが人に仕事を押し付けたからだろ」
誰か、というのは勿論カカシのことだ。サスケの担任であり生徒会を受け持っているこの教師は放課後、生徒会室に顔を出しては仕事だけを置いてさっさと行ってしまったのだ。それが生徒のやるべきことならともかく、これは教師がやるものだろうと思われる仕事まで混ぜられれば時間も掛かる。職権乱用、職務怠慢だとそれらを見た生徒会メンバーが口々に声を上げたのは言うまでもない。
だが文句を言ったところで仕事が減るわけでもない。仕方なく片っ端から手をつけ始めて先程やっと終えたところだ。他のメンバーもついさっき帰ったばかりだろう。サスケは鍵当番だった為に一番最後に生徒会室を出たのだ。
「押し付けたなんて人聞きが悪いな。あれはお前等の仕事でしょ」
「アンタがやるべき仕事もあったと思うが?」
「そうだった?」
疑問に疑問で返したカカシは惚けるつもりなのだろう。サスケははあと大きく溜め息を吐いてそれ以上は言うのを止めた。既に何度目かも分からないそれは今に始まったことではないのだ。生徒会メンバーも文句を言いながらもまたかと思っていたのは確かだ。だからといって余計な仕事をこちらに回しても良いことにはならないが、ここで追及したところで適当にかわされているのは目に見えている。
「じゃあ久し振りに一緒に帰ろうか」
隣に並んだカカシはさっさと話題を変えてそう言った。だがサスケは「何でそうなる」と返しながら足を進める。そのまま横を歩きながら「帰る方向同じでしょ」とカカシは言う。
「だからって一緒に帰る必要はないだろ」
「どうせ同じ方向なんだからわざわざ別に帰ることもないと思うけどなぁ」
別々に帰ることにしても同じ道を歩くことになるのだ。多少は道を変えることも出来るけれど最終的な目的地はほぼ同じ。となれば最初から一緒で良いだろう。
正論であるカカシの言い分にサスケはふいと顔を逸らしながら「勝手にしろ」とだけ言った。だからカカシも好きなようにさせてもらう。それじゃあ一緒に帰ろうという言葉も今度は否定されない。要は素直じゃないだけの話なのだ。
こうして一緒に帰ることになった二人は夕日に照らされた道を並んで歩く。身長差のある二人の歩くペースが同じなのは特に意識したことではない。昔はカカシの方が幼いサスケに合わせて歩いたが、今となっては自然と足並みが揃うようになっていた。今も自然と歩く速そうなっているだけである。
「そういえば、もうすぐ夏休みだね。サスケは何か予定とかあるの?」
一学期の纏めである期末試験もつい先日終わったばかり。まだテストは返ってきていないがサスケの成績であれば補習はないだろう。補習を受けることになると夏休みが減るのだ。クラスには危ないのも何人か居るが補習はする方も大変だから赤点はいなければ良いのだけれどとは教師の心の内である。
「別に。暑い中わざわざ出掛けたいとも思わないしな」
「えー勿体無い。せっかくの夏休みだよ?」
夏休みなんて学生でなければ楽しめないのだからもっと満喫すれば良いのにとカカシは言う。だが行きたい場所もなければ人混みも好きではない。そんなサスケにしてみれば何か予定を立てようとも思わないのだ。遊びに出掛けるだけが夏休みを満喫することではないだろうという言い分は尤もだが、せっかくの夏休みなのにと思ってしまうのはカカシが生徒側ではなく教師側だからだろう。
確かにカカシも学生時代はサスケと似たような考えを持っていた。だが大人になって教師という職に就き、夏休みのような長期休みがなくなってみてから感じたのだ。こういった長期休みを利用して遊ぶことの出来るのは学生だけの特権だと。
「何も予定がないならオレとどこかに行く?」
「アンタは仕事だろ」
「オレだって普通の休みはあるよ」
生徒と同じように教師にも長期休みがあるわけではない。しかし土日は通常通り休みであり、お盆には幾らか纏まった休みもある。どこかに出掛ける予定が立てられないほど仕事ばかりの毎日ではないのだ。
だから何も予定がないのなら一緒にどうかと誘うカカシに「アンタも外出が好きなわけではないだろ」とサスケは言った。それはその通りなのだが、せっかく夏休みに遊ばないのは勿体ないからとカカシは先程の言葉を繰り返す。サスケには余計なお世話だと言われてしまったが何かないかとカカシは頭の中で考える。
「あ、ほら。この間新しく水族館が出来たってニュースで話してたよ」
「何でそれをオレに言うんだよ」
「そりゃあサスケと一緒に夏休みを楽しむ為でしょ」
アンタは夏休みじゃないだろと突っ込めば、サスケの夏休みを一緒に楽しむのだと言い直された。あまり変わっていないような気がするそれに本日二度目となる溜め息が零れる。暑いのが嫌なら涼しい場所にでも出掛けようかと提案してくるカカシの中で出掛けることは決定事項なのだろうか。
「オレはまだアンタと出掛けるなんて言ってないだろ」
「少しくらい良いじゃない」
そんなにオレと一緒が嫌なのかと言われたら「それは……」とサスケも返答に詰まる。この暑い時期にわざわざ外に出て人混みに行く必要なんてないだろうとは本気で思っているのだが、サスケもカカシと一緒に出掛けるのが嫌というわけではない。それが嫌だったら今だって一緒に帰るのを断っているところだ。だからそう聞かれると嫌とは答え辛いのだが、そんなサスケを見たカカシは「一日だけでも付き合ってよ」と話す。
「…………一日だけで良いんだな」
カカシの言葉にサスケがそう聞き返す。週に一回とはいわなくても色んな場所にあの日もこの日も行こうと言われたら断るが、一ヶ月以上ある夏休みの一日だけだというのなら。
好き好んで出掛けたいとは思わないけれど、カカシがそこまで言うのなら一日くらいは付き合っても良い。そう思ったサスケの発言にカカシは嬉しそうに「決まりだね」と笑う。
「サスケはどこか行きたい場所ある?」
「アンタが出掛けたいって言ったんだろ」
行きたい場所がないのなら行かなくて良いだろうと言いたげなサスケにそういう訳じゃないと言ったカカシが場所などは全部決めることにする。正直サスケと一緒ならどこでも良いと思っていたりもするが、せっかく出掛けることにOKしてもらえたのだからきちんと計画を立てようとこっそり思う。
それじゃあいつにしようかと次いで尋ねれば、サスケはぶっきらぼうに「アンタに合わせる」とだけ答えた。サスケはこれから夏休みに入るがカカシはそうではない。限られた休みの中で出掛ける日を決めるのであればカカシに合わせるのが一番だ。そういった気遣いが垣間見えるサスケの言葉にカカシは小さく笑みを零し、全部考えたらまた伝えるとそう言った。
夏休みの予定も取り付け、家までの距離はもうあと半分くらいといったところだろうか。どこからかがやがやと人の声が聞こえてくる。
その声が気になって視線をそちらに向ければ、明かりの灯った提灯が幾つも連なっているのが視界に映った。
「あ、今日ってお祭りだったんだね」
そういえばそんなポスターも見掛けたなと記憶の中にあるそれを思い出す。しっかり見たわけではないから日付までは確認していなかったのだが、どうやらそのお祭りの日は今日だったらしい。よく辺りを見てみれば浴衣を着ている人の姿もあった。
「せっかくだしちょっと寄ってみる?」
「出掛けるのは夏休みだろ」
「少し覗くくらい良いでしょ」
最初から最後まで見て行こうと言っているわけではない。たまたまお祭りがやっているところを二人で通ったのだから少し見てみるのも良いんじゃないかという話だ。
カカシの提案にサスケは少し考えるような仕草を見せた後に「少しだけだ」と、そう言った。ここを通ったのが自分一人だけだったのなら絶対に寄らなかっただろうが、それはおそらくカカシも同じだ。お祭りがやっているんだと思うだけで通り過ぎていただろう。でも今日は二人で、隣にいるこの人とならと思ったのだ。どちらか、ではなくお互いに。
「もう良い時間だし、夕飯はここで買っちゃっても良いかもね」
「アンタの奢りならな」
「ま、今日くらいは良いよ」
仕事も片付けてもらったし、とここにきて漸く余計な仕事も纏めて預けたことを認められる。やっぱり押し付けたんじゃねぇかとサスケが言うのに対し、その分ここで奢るからなんてカカシは話す。
サスケ一人に奢ったところで他は納得しないだろうが、奢ってくれるというのなら素直に奢ってもらおうとサスケは思うことにした。どっちにしろカカシが生徒会に仕事を押し付けるのはいつものことで、それなら少しでも対価をもらっておこうというわけだ。
「じゃあ行こうか」
振り返ったカカシに「ああ」とサスケは答える。
二人は並んでお祭り会場へ入って行くのだった。
賑やかな祭りの音に
二人でなら、たまにはそれにつられてみるのも良いかもしれない