「それにしても随分早かったね」
一通り任務の報告が終わったところで緩い口調に戻る。つい先程まではここで短期任務の報告が行われていたわけだが、報告が終われば同時に仕事上のやり取りも終わりだ。場所が場所なだけにプライベートな時間とまでは言えないが、夜も深いこの時間に二人きりでいるとなれば似たようなものかもしれない。
「別に、たまたまだ」
「もしかして今日のために急いで終わらせてくれた?」
そんなわけねぇだろと否定されるか勝手に言ってろと流されるかと思ったそれに返って来たのは沈黙。意外な反応に冗談交じりで言ったカカシの方が目を丸くする。
「え、本当に?」
「偶然だって言っただろ。大体、早く終わらせようとして終わることじゃねぇよ」
カカシの言葉を今度はばっさり切り捨てる。早く終わらせたいと思ったところでさっさと片付けることの出来る任務なんて数が知れている。これはただの偶然でしかないと話すサスケは正論だ。
しかし、それにしてはさっきの沈黙が気になる。本当にただの偶然だというのならば、一度目に質問をした段階でカカシが予想していたような答えが返ってきたはずだ。それが一度目は何も言わずに沈黙しか返ってこなかったということは。
「まあそうだけど、オレはサスケが今日帰って来てくれたら良いのにって思ってたよ」
素直ではない黒髪の青年が仮に今日の為に任務を早く終わらせる努力をしていたとしてもそれを決して口にしないことは容易く想像出来る。となれば、やはり先程のあれはそういうことなのだろう。だからカカシは自分が今日考えていたことをそのまま言葉にする。するとサスケは呆れたような表情を浮かべた。
「今日帰って来たらって、元々俺の任務は早くても後三日は掛かる予定だっただろう……」
実際には今こうして里に戻ってきているわけだが、当初の予定は早ければ三日後。遅ければそこからさらに一週間だと考えられていたのだ。それなのに本気でそんなことを思っていたのかと言いたげな視線を向けられるが、カカシ自身も正直なところ今日中に戻ってきて欲しいとは思っていたもののそれが現実になるとは思わなかった。そうなってくれたら嬉しいなと思いはしたけれど、約一ヶ月ほど前に自ら言い渡した任務内容を思い出して難しいだろうと思っていたところだったのだ。
とはいえ、帰って来たら良いのになと願うことくらいは自由だろう。現実的に厳しいことだと分かっていても、今日はついそんな願いを胸に抱きながら過ごしてしまった。そしてつい数十分ほど前にサスケが現れたのを見た時は本当に驚いたと同時にとても嬉しかった。
「でもサスケは帰って来てくれたでしょ?」
「それは……たまたま早く片付いただけだって言ってんだろ」
「たまたまでもオレはサスケが今日帰って来てくれたことが嬉しいよ」
はっきりと言葉にして伝えればサスケはふいと視線を逸らしてしまった。でもこれは照れ隠しなのだろう。黒髪から覗く耳がほんのりと赤に染まっているのが見えて自然と口元が緩む。
「…………別にオレ一人くらい祝わなくても色んなヤツに祝われてんだろ」
ぼそっと呟かれたそれも静かな部屋の中ではカカシの耳までしっかり届いた。
今日、九月十五日はカカシの誕生日だ。それはつまり、六代目火影の誕生日ということでもある。木ノ葉隠れの里に火影の誕生日を大々的に祝うような風習はないが、それでも火影の誕生日を知っている者は結構多い。一歩外に出れば道行く人からおめでとうを、火影室にいても訪ねる者は思い出したかのようにお祝いの一言を。誕生日である今日は朝から晩までそれは大勢の人達からカカシはお祝いの言葉を受け取った。それは確かに事実だ。だが。
「確かに今日は色んな人に祝ってもらったけど、やっぱりサスケからも祝ってもらいたいな」
「散々祝ってもらったなら良いだろ」
「良くないよ。ほら、恋人は特別でしょ?」
カカシの発言で再び二人の間に沈黙が流れる。里の人達からのお祝いの言葉も勿論嬉しかったけれど、火影にだって特別な相手がいるのだ。それが恋人であり、その恋人というのがサスケである。だからカカシはサスケが今日のうちに帰って来てくれたらと昼の執務中もずっと考えていたのだ。
「サスケ、オレまだ肝心なことを言ってもらってないんだけど」
ちらりと視線を向けた先には時計が掛けられている。現在の時刻は二十三時五十六分、もう間もなく日付が変わる時刻だ。十五日から十六日へ、それはなんてことのない当たり前の時間の流れ。しかし一昨日からの昨日、明日からの明後日とは違う。何せ今日はカカシの、大切な人の誕生日だから。
カカシの視線の動きに合わせて同じく時計へと向けられていた漆黒の双眸がゆっくりとカカシへと向かう。開きかけた口は一度閉じられ、僅かに視線が動く。けれどすぐに漆黒は再びカカシを映し、徐に口を開いた。
「………………誕生日、おめでとう」
「うん、ありがとう」
たった一言、五文字の言葉で喜ぶ恋人。それだけのことでこれほど喜ばれるなんて思わなかったが、少し無理をしてでも今日という日に里に戻って来れて良かったとはサスケの心の内だ。
「さてと、それじゃあそろそろ帰ろうか」
「仕事はもう良いのか?」
「今日の分ならとっくに終わってるからね」
それならどうして火影室にいたのかと尋ねれば、もしかしたらサスケが帰ってくるんじゃないかと思ってと返される。その返答にサスケが再び呆れながら馬鹿じゃないのかと呟くと酷いなとカカシが笑う。そんなカカシを見てサスケも小さく口元に笑みを浮かべる。
「ねぇ、今日はこのままサスケの家に行っても良い?」
ここから帰るのならサスケの家よりもカカシの家の方が近い。けれど、カカシがそう言ってくる理由は考えずとも分かる。
短期任務で里を離れて一ヶ月。任務によってはもっと長い間離れていることもあるけれど、久し振りに会った恋人と共に過ごしたいと思うのは自然なことだろう。そして、そう思ったのはカカシだけではないからこそすぐにその意味がサスケにも伝わった。
「構わないが、家には何もないぞ。それにアンタは明日も早いんだろ。オレの家よりアンタの家に行く方が良いくないか?」
「そこは気にしなくても良いけど、なら今日は家に泊まって行きなよ」
カカシの言葉にサスケはああと頷く。それを聞いてカカシは立ち上がり、いざ帰ろうとしたところで「カカシ」とサスケが名前を呼んだ。それに対して何と聞き返すよりも先に何かが唇を掠める。
「帰って来たばかりで何も用意出来なかったからな」
誕生日プレゼントの代わりだ、とほんのりと頬を染めて話す恋人にカカシは一瞬きょとんとしたもののすぐにありがとうと笑顔を向けた。
二十三時五十九分
最後の最後に貰った恋人からの贈り物
それは何より一番のプレゼント