「おい、うちは。さっきはたけ先生が呼んでたぜ」


 教室に入ってきたクラスメイトにそう言われ、一体何の用だとは思ったもののとりあえず「分かった」と答えた。このまま帰るつもりだったが、呼んでいると言われてしまったらそういう訳にもいかない。
 それを横で聞いていた友人は横で何をやったんだと尋ねてくるが、お前じゃあるまいしと返してやれば騒がしくなった。はあと溜め息を吐きながらそれを適当にあしらい、気は進まないがサスケは自分を呼び出したという教師の元へ向かうことにする。



お祭りへ




「失礼します」


 ノックをしてから入れば、自分を呼び出したという教師は机の前に座っていた。だが、サスケが入ってきたことに気付くと「待ってたよ」と言ってシャーペンを机に置いた。


「何の用だ」

「ねえ、サスケは今日お祭りがあるって知ってる?」


 こちらが尋ねているというのに、返ってきたのもまた疑問だった。呼び出したからには何かしらの用事があるのだろうと思ったが、どうやらそういうことではないらしい。
 まあ始めからそんなことだろうとは薄々思っていたのだが、それにしてもまた唐突な話題だ。どうしてそんな話になっているんだとは思ったが、一応聞かれているからとサスケは口を開いた。


「あれ今日だったのか。けど、それがどうした」

「だから、そのお祭りに一緒に行かないかと思って」


 サスケはこの辺りに住んでいる訳ではないのだが、電車通学をする際にお祭りのポスターを見掛けたことがある。きっとそのお祭りのことを言っているんだろうと聞けば、カカシはそのお祭りに行かないかと誘ってきた。
 これはつまり、その為にわざわざ自分を保健室に呼んだということなのだろうか。そんな個人的な理由で他の生徒を使って呼び出すなとは思ったが、自由なこの教師らしいといえばらしい。全く困りものであるが。


「悪いが人混みは御免だぜ」


 お祭りに行きたいと言われたところで、サスケにだって断る権利はある。元々サスケは人混みが嫌いだ。どうしてあんな人が集まって騒がしいところに自ら行かなければならないのか。そんなところに行くくらいなら、家で読書でもしていた方がマシである。


「そんなこと言わないでさ。少しくらい良いでしょ?」


 年に一度の夏祭り。近くの地域でもお祭り自体は開催されるが、このお祭りは今日限りだ。それら全てのお祭りに行こうという話ではないのだ。たった一回くらい付き合ってくれても良いのではないか。カカシはそう話す。
 とはいえ、別にサスケはお祭りが好きという訳でもない。どちらかといえば、騒がしいあの場所は嫌いな部類に入る。その為、たとえ少しだとしても行きたいとは思えなかった。


「他にも誘える奴なら居るだろ」

「オレはサスケと行きたいの」


 声を掛ければ付き合ってくれる人は確かに居るかもしれない。けれど、そういう問題ではないのだ。ただお祭りに行きたいのではなく、サスケと一緒に行きたい。それがカカシのサスケを誘う理由だ。


「サスケは今から帰るんでしょ?」

「それはそうだが……」

「じゃあオレも今帰るから。だからちょっとだけでも寄らない?」


 どうやらカカシはそこまでしてでもサスケと一緒に行きたいらしい。誰だって好きな人とお祭りを楽しみたいと思うものだろう、とはカカシの主張である。
 だが、普通に考えれば教師がそんな都合で帰って良いのかという話だ。この学校に勤めている以上、自分の仕事くらいはきちんとやらなければいけないだろう。普通は。


「アンタ、まだ勤務中だろ……」

「もうオレの仕事は殆ど終わってるから帰っても平気だよ」


 呆れたようにサスケが言えば、カカシは全然問題ないとでも言うように話す。本当に平気なのだろうか。養護教諭はクラス担任とはまた違うのだろうが、それにしたって自由すぎないだろうか。


「帰り道を少し変えれば良いんだしさ」


 これにはそんなに行きたいのかと思わず突っ込みたくなってしまう。
 カカシの言うように、この高校から一番近い駅に行く道には何通りかある。勿論、その中でも一番近い道をいつも選んでいる。だが、ちょっとだけ遠回りをすればお祭りに寄ることが出来る。
 いい加減にしろ、と切り捨てて帰るという選択もある。けれど。


「…………アンタがそこまで言うなら、少しくらい付き合ってやる」


 言った瞬間、カカシは「本当!?」と聞き返してきた。それに念を押すように少し寄るだけだとサスケは言ったが、カカシは嬉しそうに笑って分かっていると答えた。ちゃんと分かっているのだろうか、と思ったがまあ良いだろう。
 付き合う気になったのは、カカシがあまりにも自分と行きたそうに話をしてくるから。そこまで言われたら、ちょっとくらいならと思ってしまった。人混みは嫌いだけれど、カカシのことはそれなりに好きなのだ。一応、恋人という間柄でもあるくらいには。


「じゃあちょっと待ってて」


 今ここを片付けるから、とカカシは机の上に広げてあったものを片付け始めた。
 それを近くの椅子に腰かけて待つこと数分。あとは退勤するだけとなったカカシと一度別れ、サスケも教室に置きっぱなしになっていた鞄を取りに戻った。



□ □ □



 お互いに帰り支度を済ませて再会したのは校門の前。いつもとは違う道を歩きながら、向かう先は例のお祭り会場だ。


「アンタはお祭りとか好きなのか?」


 あれだけしつこく――熱心に誘ってきたのだ。やはりお祭りが好きだからあんなに食い下がったのだろうか。ふとそんな疑問が浮かんで尋ねたのだが。


「んー……別に、お祭りが好きって訳じゃないんだけどね」

「それなら何であんなにしつこく誘って来たんだよ」


 てっきりお祭りが好きだからだと思っていたのに、それをあっさりと否定されてしまって更に疑問が浮かぶ。
 けれどそれに対し、カカシはさも当然だと言いたげな顔で「サスケと一緒に行きたかったからに決まってるでしょ」と言い切った。むしろ他に理由なんてないだろうと言うように。好きな人と行きたいと思うのは恋人として当たり前だと。


「……くだらねぇな」


 ついそう零すと、隣から「くだらなくないよ」と否定された。これをくだらないと言わずしてなんと言えというのか。
 サスケがそう思っていたところで、それならサスケはどうなのかとカカシに問われた。どうと言われても、サスケはカカシがしつこいから付き合ってやることにしただけだ。そのままに答えれば、本当にそれだけなのかと聞かれる。


「それ以外に何があるんだよ」

「そこは恋人だから、って答えるトコでしょ?」


 にこにこと笑いながらこちらを見るその視線は、恋人だからだと言って欲しいのだろう。それが分かったところで、こんなところでそんなことを言える訳がない、とはサスケの胸中である。
 そうこう話しながら歩いているうちに、気が付けばお祭り会場まで辿り着いていた。まだ比較的早い時間だけれど、既に人が集まってきているようだ。親子連れや学校帰りらしい学生の姿も見られる。


「お祭りに着いたね。それじゃあ、少しだけど楽しもうか」


 賑やかだねと言いながら頭上を連なる提灯を眺める。そして行こうと足を進めようとしたところで、隣の青年が立ち止まったままであることに気が付いてカカシは足を止める。


「サスケ?」


 どうかしたのかと、聞こうとしたところで小さな声が耳に届く。


「…………アンタとなら、一緒に居ても良い」


 この騒がしい中で聞こえたその声はとても小さなものだったが、それでもカカシにはしっかりと届いていた。けれど、予想外の発言に「え?」と聞き返してしまう。すると、サスケは顔を上げて真っ直ぐにカカシを見て繰り返した。


「だから、アンタとだったら最後まで一緒に祭りに居ても良い、って言ったんだよ」


 祭りが見たいんだろ、と話すサスケの頬はほんのりと朱に染まっていた。
 確かにカカシとしては、サスケとゆっくりお祭りを見て回れたら良いなとは思っていた。だが、それは絶対に断られるだろうと思ったから少しだけでもと言ったのだ。


「まあ、ちょっと見るだけで良いならそれで良いけどな」


 ぶっきらぼうに言って視線を逸らしたのは照れ隠しだろうか。どうして急にとは思ったが、サスケがその気になってくれたというのなら、カカシにとってこれ以上嬉しいことはない。


「それならゆっくり見て回ろうか。このお祭り、この辺だと結構有名なんだよね」

「有名って言っても、この辺りではだろ」

「でも有名なことに変わりはないでしょ。一度行ってみたかったんだ」


 行ったことなかったのかよと突っ込むと、だからこそサスケと行きたかったんだなんて返された。本当にこの教師はどこでも恥ずかしげなくそういう発言をしてくれる。少しはこっちの身にもなれ、とは間違っても口にしないけれど。


「行くんならさっさとしろよ」

「はいはい」


 そう言って二人は一緒にお祭りの会場へと足を踏み入れた。
 さて、まずはどこから見て回ろうか。大好きな人と回る、特別な夏祭り。










fin