おみくじ
「あー……寒いってばよ……」
歩きながらそう呟くナルトに、サスケは五月蝿いと文句を口にする。冬なのだから寒いのは当たり前。逆に冬が暖かかったら異常気象だろう。
「んなこと言ったって、寒いもんは寒いってばよ」
「だからって口に出すことはねぇだろ」
だって寒いし、なんて言ったら溜め息で返された。もう文句を言うのも面倒になったのだろう。
寒いと言ったところで暖かくなる訳でもない。どちらかといえば余計に寒くなりそうな気さえするが、どうせ似たような言葉しか出てこないのだろうから言うだけ無駄である。
「サスケは寒くねぇの?」
「そこまで騒ぎ立てるほどじゃないだろ」
冬の朝だからと普段の忍服の上に何枚か着て暖かくはしている。それはサスケもナルトも同じなのだが、だからこそサスケはどうしてナルトがそんなに騒ぐのか分からない。そこまで寒いのならもう少し厚着をすれば良いだろうという話だ。
「えー、嘘だ! そう言っておいて、本当は寒いんだろ?」
「寒くないとは言ってねぇよ。けど、寒いって言ったところで暖かくもならねぇだろ」
「それでも言いたくなるじゃん」
ならねぇよと言ったところで平行線にしかならないのだろう。どうしてそんな平気そうにしていられるのかと聞かれても返答に困る。
「大体、忍が寒い寒い騒いでるんじゃねぇよ」
夏も冬も、季節を問わずに任務はある。その季節に限らず。国外に出れば気候だって違ってくるのだ。夏だろうと寒いところは寒いし、冬でも暖かいところは暖かい。天気だって晴れていようが雨だろうが任務はある。たかが気温ごときで騒いでなどいられないだろう。
「忍だろうと冬は寒いってばよ」
「そういうことじゃねぇよ」
「じゃあどういうことだってばよ」
忍だって普通の人間だ。寒いものは寒い、当然である。
だが、サスケが言っているのはそういうことではない。任務には天気も気温も関係ないのだからそこまで騒ぐなというだけの話である。この季節に寒いのは当たり前、口に出さなくてもみんな同じ気持ちだ。
とはいえ、これ以上のやり取りは不要だろう。どうやっても二人の意見が噛み合わないのは目に見えている。この話題を続けたところで疲れるだけだ。
「それより、行くならさっさとしろ」
丁度目的地にも着いたところだ。話を切り替えながらサスケは一人先に足を進める。その後を「あ、待てよ!」と言ってナルトが追い掛ける。
□ □ □
「よしっ、これで最後だってばよ!」
そう言ってナルトは最後の階段を上り終えた。同じようにサスケも長い階段を上り終え、目の前には多くの人。元旦の神社ともなれば、これくらいの人が居ても不思議ではない。みんな初詣に来たのだろう。かくいうナルト達も初詣の為に朝からここまでやってきた。
「あ、おみくじ」
歩きながら神社の隅にあるおみくじに気が付く。お参りに来たついでにおみくじで引いていく人は多い。現に今もそこでおみくじを引いている人達が何人か見受けられる。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
そんな言葉があるけれど、一年の運試しとでもいおうか。せっかくだからと今年の運勢を占ってみる人達は多くいる。確実にあたるものでもないけれど、これも一つの楽しみなのだろう。
「なあサスケ、せっかくだしやってみねぇ?」
「やるのは構わないが、それより先にお参りだろ」
言えば忘れていたなんて返ってくるのだから思わず溜め息が零れる。一体何の為に寒い中ここまで来たんだと言いたくなる。初詣に行きたいと言って誘ってきたのはナルトの方だ。
それじゃあまずはお参りに行こう。そう言って二人は列の最後尾に並ぶ。人が多いとはいえ、そこまで待たずして自分達の番がやってくる。
鐘を鳴らし、礼を二回。それから両手を二回打って合わせる。そして最後にもう一度一礼。
きちんとお参りを済ますと、ナルトは「次はおみくじだってばよ!」と先程のおみくじ売り場に向かっていく。全く、これではお参りが目的だったのかおみくじが目的なのか分からない。
そんなナルトを呆れたように眺めながら、サスケもまたおみくじ売り場へと向かう。
「えっと、これを引けば良いんだよな?」
そう確認したナルトに肯定を返す。ここは大きな神社でもなく、おみくじ売り場は無人となっていた。お金を箱に入れたらおみくじが一回引ける、そういったシステムになっている。
早速ナルトはおみくじを一枚引き、そのままおみくじの箱をサスケの目の前に差し出す。
「サスケもやるだろ?」
「オレは別に良い」
「何でだってばよ。せっかくなんだからやれば良いじゃん」
確かにこういう機会でもなければおみくじなんて引かないだろうが、そもそもサスケは占いの類を全く信じていない。だからおみくじもお金を出してわざわざやろうという気にはなれないのだ。
逆にナルトは占いを信じるタイプだ。それに面白そうなことや楽しいことはやりたいと思う。勿論おみくじもそこに含まれている。
「やりたい奴だけがやれば良いだろ」
「どうせなら二人でやった方が楽しいってばよ」
おみくじは一人でやるものだろう、とは思ったがナルトが言いたいのはそういうことではないのだろう。せっかく二人で来ているのだから二人で楽しみたい。そういうことだ。
「それに、サスケと一緒にやりたいんだってばよ」
他の誰でもない。サスケと一緒にやりたいとナルトは思うのだ。
二人で占っても結果はそれぞれ別。けれど、それを一緒に楽しみたい。一緒に楽しみたいから、ナルトはサスケを誘ったのだ。初詣に行かないかと。
そしてサスケもまたそれを了承した。騒がしい場所が嫌いなサスケは自分から初詣に行こうとは思わないのだが、ナルトと一緒なら良いかと思えた。ナルトと一緒だから。
「……やれば良いんだろ」
目の前に差し出されていたおみくじの箱を受け取り、サスケもおみくじを一枚引いた。それをナルトは嬉しそうに笑って見ながら、それじゃあ「せーの」で開こうぜと話す。
せーの、の合図で二人は一斉におみくじを広げると、それぞれそこに書かれた内容に目を通す。
「どうだった?」
「こういうのは教えるものじゃねぇだろ」
「ちょっとくらい良いだろ」
減るものでもないんだし、とそういう問題ではないのだが。
とはいえ、サスケはもともとおみくじの結果に興味がある訳でもない。知りたいというなら好きにしろとおみくじをそのままナルトに渡した。
それを受け取ったナルトは、一番初めに目に飛び込んできたその文字に碧い眼を大きく開いた。
「お前ってば大吉引いたのか!?」
サスケから受け取ったおみくじには、はっきりと大吉の文字が書かれていた。大吉といえば、おみくじの中では一番上。数もそれほど多くはないだろう。それをまさかサスケが引いていたとは。
「所詮おみくじだろ」
「それでも凄いってばよ!」
大吉となるとそう頻繁に引けるものではない。それを引き当てたのは純粋に凄いとナルトは思うのだ。
もう一度手元にあるおみくじに視線を落とすと、大吉と書かれているだけあって他の文章も良いものばかりだ。それを見た後で自分のおみくじを見ると、なんとも言い難い気持ちになる。
「それで、お前はどうだったんだよ」
そんな時にサスケはこちらのおみくじの結果について尋ねた。
人に聞いたのだから答えろというのはもっともな言い分なのだが、サスケのを見てからこの結果を口にするのは憚られる。サスケのそれよりも運勢が悪いというのでは言うまでもない。大吉なんてものは滅多に出ないのだから。
「えっと…………」
普通に答えれば良いのだがなんとなく言い辛くて口籠る。
なかなか答えないナルトに痺れを切らしたサスケは、その手からすっとおみくじを取ってその結果を見た。
「ああっ!!」
「何だ吉か。良い方だろ」
言わないからよっぽど悪いのかと思えばそんなことはない。吉といえば良くもないが悪くもない、大体真ん中くらいの運勢だ。だが、どちらかといえば良い方だといえる。
悪い運勢でなかったのだから良かっただろう。サスケはそう思うのだが、そのサスケの運勢と比べれば悪い。大吉と比べれば全てが悪いということになってしまうけれども。
「吉っていえば真ん中だろ? なんか中途半端だってばよ……」
「真ん中なら良いだろうが。悪いわけじゃねぇんだからな」
大吉や凶といった悪い運勢ではないのだ。それでもナルトはいまいち納得がいかないらしい。
「けどさぁ」
「所詮おみくじだ。あまり気にすることじゃないだろ」
そういうものなんだろうか。少なくとも、占いを信じないサスケに言わせれば気にすることではない。たかが紙切れに書かれた内容で一年が決められて堪るかという話だ。たったそれだけで一年の運勢が全て決められてしまったらやっていられない。
そう言われると、確かにそこまで気にするものでもないような気がしてくる。単純だといわれるかもしれないが、悪いように気にしすぎるよりはよっぽど良いだろう。
「もう他にすることはねぇだろ。行くぞ、ナルト」
歩き始めたサスケの後を追ってナルトは隣に並ぶ。今年もまた二人で並んで歩いて行くのだ。友であり、ライバルであり、そして……。
おみくじ。
一年で最初の運試し。良い結果があれば悪い結果もある。その結果が当たるかもしれないし、当たらないかもしれない。それをいちいち気にしていたらやっていけないのだから、そういうものは良い結果だけを信じれば良いのだ。
さて、また新しい年が始まった訳だが、この一年をどうやって過ごしていこうか。
fin