木ノ葉の森には沢山の木々が並んでいる。同じ種類の木も多く、高さも大して変わらない。要するに、どれも同じような木なのだ。
そんな木が並んでいる森の中、少年はその一つに寄りかかるように座って空を見上げた。
同じ木の下で
「ったく、何でオレばっかり働かされなくちゃなんねぇんだよ……」
はあ、と溜め息を吐きながら流れる雲を見つめる。今日の第十班の任務は木材整理。内容としては難しくはないのだが、力仕事なところはある。
勿論全員で任務に取り組んだけれど、十班の紅一点であるいのにはこういうのは男が頑張りなさいよと任された。別にいのがやらなかったというわけではないのだが、それでももう少しくらい手伝ってくれても良いのではないかと任務中には思ったものだ。途中で疲れたから休憩しようとチョウジが零し、なかなか時間の掛かる作業となった。
「任務で疲れたし、この辺で昼寝でもするか」
今日の任務はもう終了したのだ。あとは特にやることもない。家に帰ったら母親に何か頼まれ事をされる可能性もある。
となれば、人も来ないであろうこの場所で休むのが最適だろう。そう結論を出して、シカマルはそっと瞳を閉じた――のだが。
「シカマル……?」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、シカマルは閉じたばかりの瞼を持ち上げた。目の前にいたのは、少し前まで同じ忍者学校に通っていた仲間。
「サスケ? どうしたんだ、こんなとこに」
「修業をしようと思って来たんだが、シカマルは?」
「オレはただ昼寝でもしようと思っただけだ」
忍者学校生だった頃から熱心に修業をしていたけれど、それは今も変わらないんだなと思う。だがサスケがこんな森の中まで来るとすれば、それ以外の理由を考える方が難しそうだ。
けれど、既に太陽は西の空に傾いている。辺りが暗くなるのも時間の問題だろう。こんな時間から修業をするんだなと、思ったままに口にすれば「任務が長引いたからな」と納得の理由が返された。成程、それならこの時間になるのもおかしくない。
「あのウスラトンカチがちゃんと捕まえてればもっと早く終わったのに……」
「ああ、ナルトか。お前んトコの任務は何だったんだ?」
「例のペットの捕獲だ。これで三回目ぐらいだったか」
はっきりとは言われなかったが、それだけでシカマルも理解してしまった。例のペット、サスケ達第七班は本日三回目となったその依頼だが、シカマル達第十班も既に何度か受けたことがある。マダムしじみのペット、トラの捕獲だ。この様子だと、八班あたりも何度かやったことがありそうだ。
全く、一体何度逃げ出すのか。相当飼い主が嫌いなのか何なのか。そこまでは分からないが、この先も何度か依頼が入ってきそうな気がする。どこの班がその任務を受けるかは分からないけれど。
「そういうお前の方は?」
「オレ達は木材整理」
簡潔に答えられ、それなら疲れはしただろうが難しくはなかったのかと返した。単純に木材を整理するだけなら、どこにいるか分からないペット探しよりは終わりがはっきりしている。どちらもDランクだから難易度としては変わらないが。
「まあ難しくはねぇんだけど、いのなんかはオレ等にさっさとやれって五月蝿くてな。面倒ではあったな」
「そっちはそっちで色々あるみたいだな」
「お前の方も大変だったみたいだしお互い様だろ」
これも任務だから忍である二人はちゃんとそれをこなす。チームメイトに言いたいことがないとはいわないが、それも三人一組を組むことになった仲間なのだから仕方がない。これもいつも通りのことでもある。
「そういや、修行はいいのか?」
久し振りに会ったということもあって普通に会話をしてしまっていた。けれど、元々サスケはこの場所に修業をしに来たのではなかっただろうか。それを思い出して尋ねる。
言われたサスケは、少し考えるようにしてから少し視線を逸らした。そして。
「……お前と過ごす方が良い」
短くそう言った彼の頬はほんのりと朱に染まっていた。これは夕日のせいではなく、視線を逸らされたのも含めて照れ隠しだろう。
そんなサスケの言葉がシカマルは嬉しかった。サスケが修業より自分を選んでくれたのだ。これが嬉しくないわけがない。シカマルだって昼寝なんかよりサスケと過ごしたいと今は思っていた。
「オレもだ。下忍になってから殆ど会ってねぇからな」
「お互い、任務でなかなか都合がつかないしな」
別の班なのだからしょうがない。それは分かっているけれど、出来るのなら少しくらい会いたいと思っている。それぞれが別の任務に就いている上に、班が違えば休暇も重なることが殆どないから難しい話ではあるのだけれども。
「なら、今度からはどこかで会うように決めとくか?」
それでも任務があれば会えないだろう。でも、決めておけば今よりは会える機会も増える。あまり連絡を取り合うことも出来ないし、決めておけば互いに会えるように時間を作ったりも出来る。二人の思いを形にするには一番良い方法ではないだろうか。
そんなシカマルの提案を断る理由などサスケにはない。すぐに「ああ」と頷けば、次は場所はどうしようかと考える。サスケはどこでも良いと言うが、どこか丁度良い場所でもあれば。そう考えて、そもそも今日は偶然この場所で出会ったんだったなと思い出す。
「じゃあ、ここで良いか?」
「ここ、か……?」
森の中の一角。ここなら人もあまり来ないだろうから、今日のように静かに二人で過ごすことも出来る。サスケは人混みが嫌いだし、シカマルだってこういう場所の方が好みだ。これ以上ない絶好の場所に思える。
「こんな森の中にあまり人が入ってくるとも思えねぇし、良いと思うんだけど」
「それはそうかもしれないが、見分けつくのか?」
右を見ても左を見てもあるのは木。ここに来るまでの道のりも同じような木がずらっと並んでいる。
その中からこの場所を。丸っきり同じ場所である必要はないとはいえ、はっきりと目印になるような物がない場所で会うなんて出来るのだろうか。ここに来ても会えないまま終わってしまうのではないか。そう思ったのだが、シカマルは大丈夫だろと言って笑う。
「今日だって、たまたまだけど同じ木の下で会えたんだしよ」
そのたまたまが二回も三回も続くなんて保証はない。確率でいえば、そう何度も偶然で会うことなんてないと考えるのが普通だろう。頭の良いシカマルならそれくらいのことは分かっているはずだ。それで会えないくらいならもっと別の場所にした方が良いのではないかとサスケは思うのだが。
「大丈夫だって。いざとなれば気配を探ればいいしな」
「…………そうだな」
確かに最悪気配を探ればどうにでもなるだろう。忍である自分達にとって、それは難しいことではない。
それに、大丈夫だというシカマルの言葉を信じたいという気持ちもあった。今回は偶然だったかもしれないけれど、それでも自然と同じ木の下までやって来ていたのだ。次もそんな風に会えるのではないかと、淡い希望を信じたいと。
「なあ、サスケ」
呼ばれて「何だ?」と聞き返した時、シカマルはそっとサスケの唇に自分のそれを重ね合わせた。突然の行動に驚きながら、いきなり何するんだと思っているとシカマルが言葉を続けた。
「お前はまだ、オレと付き合ってくれんのか?」
そこから出てきた予想外の言葉。あまりにも唐突なそれに、サスケは理解が追い付かなかった。
「急にどうしたんだ……?」
「最近は全然会えなかっただろ? だから、まだお前はオレに付き合ってくれんのかと思ってな」
何を言われるのかと思ったが、出てきたその言葉を聞いてサスケは少し安心した。自分にキスをしたということは、シカマルはサスケのことが好きなのだろう。そのシカマルと一緒に過ごすことを選んだサスケも当然、今も変わらずにシカマルのことが好きだ。
だけど、任務で会う機会も減ってしまったから気になって尋ねたというのが妥当なところだろうか。頭は良いはずなのに、でもそれとこれとは違うのかもしれない。サスケは小さく口元に笑みを浮かべて答える。
「当たり前だ。オレはお前以外の奴を好きにはならない」
「そうか……なら良かったぜ。サスケが別れたいとか思ってねぇんならよ」
「そんなこと思うわけねぇだろ」
どちらかといえば、そんなことを言い出したお前の方が思っているんじゃないのか。そう言ったサスケにシカマルもまた否定の言葉を紡ぐ。オレだって思ってないと。だが、それに対して「どうだかな」と答える少年はなんだか楽しげである。
「ったく、くだらねぇこと言い出したオレが悪かったよ。つーかお前、途中から悪乗りしてるだろ」
「さあな」
お互いに相手の本当の気持ちは初めから分かっていたのだ。今更聞くようなことではない。それでいてシカマルはああいうことを聞いてきたのだから、これくらいのことは許されるだろう。実際、謝ったシカマルはサスケに強く言えない。
だが、それならこの際はっきり伝えておくとしよう。改めて言葉という形にすることで。
「オレはこの先もずっと、お前のことが好きだ。たとえお前がオレを嫌いになったとしても」
「嫌いにならねぇよ。あと、その言葉。そっくりそのまま返してやる」
「オレがお前を嫌いになるわけがねぇだろ」
「本当か?」
「本当だ。ってか、いい加減にしろよ」
そろそろこのやり取りも終わりにしよう。これはこれで楽しいけれど、いつまでたっても話が進みそうにない。サスケがなかなか信じない振りをするからシカマルもこんな言い方をしてしまったが、先にもいったようにお互い相手の気持ちは分かっているのだ。
「先に言い出したのはシカマルだろ」
「だから悪かったっつーの。あーほら、暗くなってきたしそろそろ帰ろうぜ」
ちょっと強引な話題転換だが、西の空に浮かんでいたはずの太陽はすっかり沈んでしまっている。家に帰った方が良いのも確かだ。
そうだなとサスケも頷いて、二人は一緒に家路につくのだった。
あの木の下で会おう。その約束をこれから二人は守り、こうして二人の時間を過ごしていくのだろう。
沢山の木の中からあの木をちゃんと見つけることが出来るのか。そんな心配は杞憂に終わるのだ。二人にとってあの木は特別だから。
そんな特別な木の下で、二人だけの時を。
fin