数年前、忍者学校を卒業し晴れて下忍になった彼も今や上忍。歳を重ねるにつれて大人になってきてはいるものの同期のメンバーは相変わらずといったところだろうか。みんなあの頃の面影を残したまま、変わりなく過ごしている。
話は戻り、そんな彼等が下忍になった年。木ノ葉を抜けたうちはイタチが里に戻ってきた。今は弟のサスケと一緒にうちはの家で暮らしている。どうやったのか具体的なことはサスケも知らないが、現在では暗部に所属しその実力を発揮している。
今となっては当たり前のその日常が今日も続くものだと無意識のうちに信じていた。だが、異変とは唐突に起こるもの。
同じ任務へ
「暗部として任務をしろってどういう意味だよ!?」
火影室から大声が聞こえる。近くに人が居なかったから良かったものの火影室で大声を上げるなど忍としてのマナーがなっていないといえるだろう。
それは本人も承知の上だ。だが、火影の口から聞かされた予想外過ぎる内容に思わず声が出てしまった。驚くなという方が無理な話だ。
火影もそれを分かっていて話したのかあえて咎めるようなことはしなかった。その代りに「いいから話を聞け」とだけ言って話を続ける。
「お前の言い分は分かるが事が事だ。それに暗部としてといってもメンバーはお前とはたけカカシ、それからうちはイタチの三人一組だ」
よく知っている奴等だから大丈夫だろうと言ってくれるが、サスケからしてみれば全然大丈夫ではない。確かにその二人のことは良く知っているが、あくまでもサスケは上忍であって暗部ではない。カカシが暗部の任務に就くというのは彼が昔暗部に所属していたことを考えればおかしなことではないかもしれないが、サスケが暗部の任に就くのはどう考えてもおかしいだろう。
それに気になるのは上忍の自分が暗部の任務をすることだけではない。たった今、五代目火影である綱手が言った言葉。正確には綱手が挙げた名前だが。
「オレは上忍であって暗部ではない。それに、そのメンバーは何だ」
うちはサスケとうちはイタチ。かつては木ノ葉の名門と謳われた一族の生き残り。写輪眼という特殊な瞳術を使う彼等に加えてもう一人のメンバーは左目に写輪眼を持つ、通称コピー忍者のカカシ。
この三人一組は明らかに写輪眼を持っているという理由で集められている。だからこそサスケに話が回ってきたのだろうが、わざわざ写輪眼を使える三人でなければならない理由でもあるというのか。
勿論、その理由があったからこそ綱手はサスケをこの場に呼んだ。お前が暗部でないことは分かっているけれど事が事なんだと繰り返しながら、とりあえずこれを見てみなと一枚の紙をサスケに渡した。
「どうして私が上忍のお前に暗部の任務に就いて欲しいと言ったのか、分かったかい?」
その答えは全てその紙面上に書かれている。そう、今回は異例の事態だ。本来なら上忍のサスケが暗部の任務をするなど有り得ないのだが、そもそもそこから事情があった。同じような任務でも普通ならAランクやSランクとして上忍に振り分けるところだが、暗部に回すしかならない事情が。
一通り書面を読み終えたサスケは黒の双眸を真っ直ぐに火影に向ける。どうやら彼も納得してくれたらしい。それを確認して綱手はもう一度、彼がこの部屋にやってきた時に告げた任務を口にする。
「うちはサスケ。お前に任務を言い渡す。はたけカカシ、うちはイタチ両名と共に今回限り暗部として任務を遂行せよ」
「御意」
火影から正式に任務を受け、サスケは部屋を後にした。一人残された火影室で綱手は彼等の無事を祈る。あのメンバーで心配することはないだろうが、それでもこの世に絶対なんていうものはない。だからせめて、何事もなく終わるようにと祈るのだった。
□ □ □
「遅かったな。着慣れない暗部装束に手間取ったか?」
集合時間より十分ほど前。今回の為だけに借りた暗部装束を身に纏い、サスケは集合場所へやってきた。そこには珍しく――というのもおかしな話だが、カカシが時間通りに来ていた。そのすぐ傍にはイタチの姿もある。
「そんなわけねぇだろ。それよりさっさと任務の説明をしろ」
くだらない話は良いと先を促す。つれないね、なんて言いながらも黒の瞳に睨まれて溜め息を吐きながら任務の概要を話し始めた。
今回の任務だが、本来なら暗部がわざわざ出てくるような内容ではない。それがどうして暗部に回ったのか、更には上忍のサスケまでもがこの任務に加わることになったのか。全てはその内容のある一点が問題だったのだ。その結果、このような異例の形での任務が言い渡された。
一体何が問題だったのか。その原因はうちはイタチにあった。
彼は一度里を裏切った抜け忍だ。今でこそ暗部で活躍をしているが、そういった事情がある故に暗部以外で活動することが出来ない。そしてこの任務にはイタチが就かなければならない理由があったのだ。
最近、うちはイタチを狙う忍が現れた。この任務はその忍を捕獲するというものだった。当然、敵の標的であるイタチが参加しなければ始まらない。
しかし、イタチは暗部としてしか活動することが許されていない。それがこの内容の任務が暗部に回された理由だ。そして目的が捕獲ということもあり選ばれたのが幻術を使いこなせるカカシ。彼は元暗部ということもありうってつけの忍だった。
だが今回はあのイタチを狙うような輩と交戦することになる。最低でもあと一人、三人一組で動けるようにしたかった。そこで矛先を向けられたのが上忍であり写輪眼という瞳術を使いこなす、更には他の二人とも面識のあるサスケだった。
「以上だ。作戦は分かったな」
隊長を任されたカカシが一通り説明をしたところで二人は頷く。お互い、実力も何も分かっているような間柄だ。サスケにとっては初めての暗部任務とはいえ余計な手間が掛からなくて済むという辺り、五代目の人選は正しかったのだろう。
暗部には必須の仮面を被ると三人は地面を蹴った。
木の枝を足場に進んでいくこと数十分といったところだろうか。目的地付近まで辿り着いたところで一度足を止める。
「場所は此処で間違えないな。敵を見つけ次第捕獲。戦闘は止む終えない場合は仕方ないが極力避けるようにしろ」
散、という合図と共に三人は別々の方向へと飛び出した。
今回のような捕獲任務の場合、戦闘はそれほど望まれない。それを極力避けるためにこのメンバーで編成されているのだ。敵を倒すことが目的ではなく、敵を捕らえることこそが彼等の任務。
それぞれが写輪眼という赤い巴の瞳術を発動し、敵を見つけては一気に幻術に嵌める。時にはクナイや短剣の金属音が響き、また別の方向では忍術がぶつかりあうのを聞きながら一人ずつ的確に。
「くそっ、どうなってやがるんだ……!」
戦況は一目瞭然。敵の一人が圧倒的な実力の差に思わず声を漏らす。
「狙った相手が悪かった、それだけだ」
よりにもよってうちはイタチを、ましてや木ノ葉隠れに喧嘩を売ろうなんて。どうやら相当な手練れを集めてきたようだが、それも写輪眼を持つ三人の前ではこの様だ。実力が違い過ぎるのだ。どんなに有名な通り名を持っていようとも今この場では何の意味もなかった。
あちこちから聞こえてきた音が鳴りやみ、森は静寂を取り戻した。すっと赤い瞳が元の色へと戻っていく。目の前にはイタチを狙うという愚かな真似をした忍が八人ほど横たわっていた。
「どうやらこれで全部みたいだな」
報告にあった人数とも一致しているから間違いないだろう。念のために周辺の気配を調べてみるが隠れているような輩も居なさそうだ。当初の目的通り、全員捕獲出来たのだから任務は成功だろう。
「あとはコイツ等を連れて行くだけだし、お前等は二人で一緒に帰ったら? 残りはオレがやっておくから」
「残りって、この人数を一人でどうするんだよ」
「ま、なんとかなるでしょ。これにて任務終了ってことで解散」
勝手に話を進めるカカシに「おい」と突っ込んだが全く聞く耳は持ってくれないらしい。そういうわけだからサスケのことは宜しく、などと兄の方に頼んでいる始末だ。しかもこちらが何かを言うよりも先に瞬身でさっさと姿を消してくれる。
「カカシの奴、本当に一人で大丈夫なのか」
「カカシさんなら大丈夫だろう。何の考えもなしに言っているとは思えないしな」
あれでも元暗部、里でも指折りの実力者だ。わざわざ心配するようなことはないだろうとイタチは話す。いまいち腑に落ちない様子ではあったが、サスケもカカシの実力は知っているのでイタチの言葉に一応納得はしてくれたようだ。
本当はこちらのことを気遣ってくれたのだろう、とイタチは先程までカカシがいた場所を見やる。今回は特殊な任務で内容的には上忍クラス、しかしそれを暗部として行った。体力面ではそれほど疲れていなくても形式上は初めての暗部任務。サスケも精神面で多少なりと疲れているのではないかと思っての行動だとイタチは察していた。
「サスケ、オレ達も帰るぞ」
それを言葉にしないあたりがカカシらしいが、きっとサスケのことだけではなくイタチのことも含めて気にしてくれたのだろう。そんな気遣いに心の中でお礼を言って、今回はその厚意を受け取らせてもらうことにする。
サスケが短く「ああ」と答えると二人はこの場を離れた。
□ □ □
行きと同じ道を今度は二人で進む。数十分ほど掛けて里まで辿り着くと、そこからはゆっくり並んで歩くことにした。
時刻はとっくに深夜を回っている。外に出歩いている人なんて殆ど居ないだろう。彼等の家のある場所は誰も近付かないようなところにあるのだから気にすることもない。
「今日は悪かったな」
突然の謝罪にサスケは顔を上げて兄を見る。暗くて表情がよく見えないが、なんとなく表情を読み取ることは出来た。笑っているわけでも怒っているわけでも、ましてや泣いているわけでもない。それは複雑な表情だった。
「急にどうしたんだよ。別にオレは兄貴に謝られるようなことはされてない」
「上忍のお前がこの任務に就いたのは、オレと同じ眼を持っているからだろう」
イタチの言葉にサスケは驚く。同じ眼――写輪眼を持っていることも確かにサスケがこの任務に選ばれた理由の一つだ。だが、その理由をイタチが知っているはずがなかった。それなのにどうして。
弟の反応を見てその疑問を察したのか、イタチは最初から予想はしていたと続けた。本来なら上忍のサスケが暗部の任務に就くことなどまず有り得ないのだから。それは自分が暗部でしか動けないからだという答えに辿り着くのにそう時間は掛からなかった。
「それも理由の一つだが、だからって兄貴がオレに謝る必要は――――」
「オレのことにお前を巻き込んでしまったことは事実だ。すまなかった」
それと、ありがとう。
兄は謝罪の後に感謝の言葉を述べた。その兄の表情はとても優しげで、遮られた先の言葉はそのまま飲み込まれてしまった。やっぱり謝らなくて良いとは思ったけれど。
「別に……またいつでも、兄貴のことなら手伝ってやるよ」
「それは頼もしいな」
これも兄の役に立てたというのならそれで良いと、そう思ったのだ。いつも兄に助けられてきたから、自分の力を必要としてくれるのならいつだって力を貸そうと。
弟の言葉にイタチは幸せそうに笑う。つられるようにサスケも小さく笑みを浮かべながら、真ん丸の月が見守る夜道を二人並んで歩くのだった。
一緒に同じ任務へと向かう。
それも全ては貴方が大切だから。
fin