「ねぇ、知ってる?」
まだ太陽は西の空を昇りはじめたばかり。橋の上に集合と言われた七班のメンバーは、全員集合時間にはその場所へと集まっていた。
そんなことは当たり前といえばその通りだ。だがしかし、彼等の担当上忍は自分が時間を指定しているにも関わらず平気で遅刻をしてくるのだ。一応、遅刻した理由を毎回述べてはいるが正当な理由には全く聞こえない。
「え、そうなのかってばよ?」
「私の聞いた話だとそうみたいよ」
へぇとナルトが驚いている横で、サスケはよくそんなことを知っているなと心の中で思う。女子の情報網とはどうなっているのやら。得に言った覚えがなくても知られているのだから不思議なものだ。
「当の本人は今日も遅刻しているみたいだが」
「カカシ先生が遅刻するなんていつものことだろ。それよりさ」
やっぱり、と言い出したナルトにそうよねと考えたのはサクラ。別にいいだろうと適当に流したのはサスケ。でも、とナルトは続けるがそれなら今からどうするというんだと言ったサスケの言葉も正論だ。
今現在、彼等は任務の為に集まり遅刻している上司を待っているところである。何をしようにも今から出来ることなんてない。集合時間を過ぎているのだからここを離れる訳にもいかないだろう。いくら上司が数時間後まで現れない可能性があるとしても。
「それもあるのよね……。ちょっとくらい大丈夫そうな気もするけど」
「今日に限って早く来る可能性がないとは言えないだろ」
「そりゃそうだけど、今でも十分遅いってばよ」
上司に対して言いたい放題の部下達であるが、毎度のように遅刻されて待たされればこれくらいのことは言いたくもなる。嫌ならちゃんと時間通りに来いと言いたいくらいだ。
とはいえ、やはりこの場を離れるのは不味いだろう。そもそもカカシのような奴が覚えているのかも怪しいところだ。言えばそれはあるかもしれないと二人に同意を得られる。相手はいつも遅刻してくるような人間だ、という言い方は悪いがこれも仕方がないだろう。
その後も三人で話をしながら待つこと約二時間。漸くその人は姿を現した。
「やあ諸君、おはよう」
今日は道端で迷子の子猫を見かけて、とカカシは相変わらずの理由を並べた。
しかし、いつもならすかさず突っ込みが入るところで何も言われない。おや、と不思議そうに部下達に視線を向けながら「どうかしたの?」と尋ねてみる。
三人は一度お互いに視線を交え、それから一斉にカカシの方を見た。
「アンタ、今日が何の日か知ってるか?」
「今日?」
質問に質問で返され、カカシは頭に疑問符を浮かべる。何か特別なことでもあるのだろうか。考えてはみるが特に思い当たることはない。
予想通りの反応に三人は同じような反応を見せる。やっぱりな、と思いながら続けて口を開いたのはサクラだった。
「カカシ先生、今日誕生日なんでしょ?」
「そうそう! サクラちゃんから聞いたんだってばよ!」
言われて初めて、そういえば今日はそんな日だったなと思い至る。いや、それよりもどうしてサクラが自分の誕生日を知っていたのか。そこがまず疑問ではあるが、聞いたところで返ってくる答えはなんとなく分かってしまったから声には出さなかった。
それから「おめでとう」と祝いの言葉を口にする部下達。若干一名、素直に言わない部下も居たけれど素直に言われてもそれでおかしな感じがしそうだ。
「ありがとな、お前等」
「そんでさ、カカシ先生! せっかくだから任務終わった後で鍋でもしないかって話になったんだけど」
「鍋はいいけど、場所はどうするの?」
「私の家は両親が居るし、ナルトの部屋は狭いからサスケくんの家でどうかなって」
サクラの言葉で黒髪の少年の方を見ると丁度目が合った。意外だと言いたげな視線に「アンタの部屋も駄目なら消去法でそうなるだろ」とだけ返されたが、それでもあのサスケがとカカシは心の内で呟く。
だがすぐに、これも彼なりの祝い方でもあるのかもしれないと気が付いた。不器用だけれど彼に優しいところがあることは同じ班で行動してきてみんな分かっているのだ。それなりに七班として共に活動をしてきている。お互いのことも分かるようになって当然だ。
「材料は任務終わったら買いに行って、そのままサスケん家だってばよ!」
「その前に任務だ」
「カカシ先生、今日の任務は何なんですか?」
聞かれてそうだったなと任務の説明に入る。そこからはいつも通りに任務をこなしていく。Dランクでも立派な任務の一つ、三人で協力して任務に取り組む姿をカカシは少し離れた場所で見守る。これもいつもの光景だ。
(まさかコイツ等に誕生日を祝われるなんてな)
第一にそこに驚いたが、誰かに誕生日を祝われるというのは嬉しいものだなと感じる。
ナルトもサスケもサクラも。なんだかんだ言っても担当上忍であるカカシを尊敬しているし、カカシも同じ七班の仲間なのだ。誕生日ならお祝いと日頃の感謝とを含めて何かしないかと今朝話し合った結果がこれである。
(コイツ等の担当上忍になれて良かったな)
最初はどうなることかと思ったメンバーだったけれど。今でもナルトとサスケの喧嘩はしょっちゅうだが、それでも七班になった当初とは随分変わった。勿論、良い意味で。
これから先、彼等も下忍から中忍へ。中忍から上忍へと歩んで行くのだろう。その頃にはどんな忍になっているのか。
「カカシ先生、見つけたってばよ!!」
ナルトの呼ぶ声でぱたんと愛読書の本を閉じ、ゆっくりと腰を上げる。
今日の任務は大名の娘が失くしたブローチ探し。見つけたそれと写真を比べてみるが本物で間違いなさそうだ。見つけた依頼品を大切に届け、本日の任務は完了した。
無事に任務を終えたその後は、今朝話していたように買い物をしてからサスケの家へと向かった。野菜は買わなくても良いとナルトは主張したが即却下され、騒がしくしながらも楽しい時間が流れた。
最後にもう一度「おめでとう」と伝えた彼等にこちらももう一度「ありがとう」と伝えて。
□ □ □
「やあ諸君、おはよう。今日は道端で荷物を持ったお婆さんに会ってね」
やっと現れたその人に向かって「ハイ、嘘!!」と二人が口を揃える。
いつまで経ってもこの人の遅刻癖は直らない。時間になっても現れないからといって心配することもなく、どうせ今日も遅刻だろうと待たされた時間は一時間。これでもマシな方である。
「いやあ、お前等と一緒の任務に就くのは久し振りだな」
呑気に言ってくれる今回の任務の隊長に「先生の遅刻も相変わらずだってばよ」と返したのは金髪の青年。オレだっていつも遅刻してる訳じゃないとこの前同じ任務に就いた黒髪の青年に視線を向ければ「アンタは大抵遅刻だろ」とばっさり。待たされる方の身にもなって欲しいと何度目か分からない言葉を口にしたのは桃色の髪をしたチームの紅一点。
久し振りだというのに何ら変わりのないやり取り。それに思わず笑みが零れた。
「全員が同じ任務になるなんて滅多にないわよね。サスケくんとナルトは結構一緒になるんでしょ?」
「好きで一緒になってる訳じゃねぇけどな」
「それはこっちの台詞だってばよ!」
二人がぶつかり合うのは昔から変わらず。それでもお互いの実力は認めているし、チームワークだってばっちりである。加えて二人の技の相性が良いこともあり、同じ任務に就くことも多い。それがナルトとサスケだ。
医療忍者のサクラはなかなか同じ任務に赴くことがなく、カカシはそれなりにといった具合だろうか。こうしてかつて第七班だったメンバーで任務が揃って行くのはどれくらい振りだろうか。
「お前等の噂は色々と聞くよ。サクラも医療忍者として頑張ってるみたいだな」
あの頃はまだ下忍だった三人も今では木ノ葉隠れの里を支える立派な上忍になっていた。ナルトとサスケは里でもトップクラスの実力者として知られ、サクラも医療忍者として活躍している。他の同期のメンバーも今やみんな上忍だ。
「今日はオレの活躍を見せてやるぜ!」
「いつもみたいに一人で突っ走るなよ」
ナルトがサスケの言葉を否定する横で「アンタ少しは成長しなさいよ」とサクラが呆れる。だから突っ走っていないと繰り返すナルトだが、よく同じ任務に就くサスケがその一部始終を話せばどちらの言い分が正しいのかはすぐにはっきりした。
とはいえ、ナルトはそうした方が良いと思ったからそのような行動を取っただけである。そういうところも変わっていない。そのせいで苦労するのは同じ班になるサスケを含めた仲間達だ。
「ま、とりあえず今日の任務の内容を説明する」
本日の任務は火の国の国境付近の町に現れたという盗賊退治。ただの盗賊退治に普通なら上忍が四人一組で出向くこともないのだが、相手はただの盗賊集団ではないらしい。メンバーの殆どが元忍、中にはそれなりの手練れも居るとのこと。
そのようなことから元七班のメンバーがこの任務を受けることとなった。近隣の人々も困っているということもあり、早急に対応出来る者を探したところ手が空いていたのが偶然このメンバーだったというのも理由の一つだ。
それから現地へ移動し、情報収集をしながらいざ盗賊退治へ。
任務開始から終了まで何の問題もなくスムーズに行われた。上忍だからというよりは、よく知るメンバーでの任務だったからという方が大きいだろうか。盗賊集団の中には中忍クラスや上忍クラスの者も見受けられたけれど、よいチームワークで難なく倒すことが出来た。
「これで任務は完了だな。あとは里に戻るだけだ」
このまま真っ直ぐ里に戻れば日が暮れる前には戻れるだろうか。流石にそれは難しいかもしれないが、遅くならないうちには帰れそうだ。
久し振りでもばっちりのチームワークを見せた元部下達。彼等はその大切さをしっかり覚えていてくれたようだ。部下達の成長した姿を見るのはなんとも感慨深いものである。
「なあカカシ先生、里に着くのってそんなに遅くならないよな?」
ナルトの問いにならないと思うと答えながら、わざわざ聞くということは何かあるのかと聞き返してみる。するとナルトは何かってほどのことでもないんだけど、と言いながら他の二人へと視線を向けた。
「何だお前等、三人揃って」
疑問を浮かべるカカシをよそに三人はお互いに顔を見合わせ、小声で数回ほど会話のやり取りをした後に全員でカカシを見る。そして。
「カカシ先生、今日誕生日だったわよね?」
サクラが言えばカカシは「あ」と思い出す。そんなカカシに「やっぱり忘れてたな」「おめでとうだってばよ」「おめでとう、先生」と三人がそれぞれ続ける。
言われるまですっかり忘れていたが、今日は九月十五日。カカシの誕生日である。どうやら三人の部下達はそのことを覚えていたらしい。
「ありがとう。でもよく覚えてたな」
「そりゃあ、カカシ先生の誕生日をオレ達が忘れる訳ねぇってばよ」
「アンタは忘れてたでしょ!」
「いや、だからそれはちょっとど忘れしただけで……」
忘れていた訳ではないのだと言い訳をするナルトに、本人も忘れてたんだから大丈夫だろと適当なことを言うのはサスケだ。実際忘れていたのだから何も言えないが、自分の誕生日を忘れているのはカカシに限ったことでもない。けれど、本当によく覚えていたなと思う。
「それで、せっかくみんな集まったんだしどこかに食べに行くのはどうかと思って」
だから里に帰る時間の話になったのかと結びつく。ちなみにこの話は三人が朝集まった時にしていたものだ。カカシが来るまでに一時間あったのだ。話をする時間は十分に有り、その中でこのようにまとまったのである。
その提案を断る理由はカカシにない。任務の報告が終わってからなら構わないと答えれば、すぐにそれじゃあ決まりだとナルトが嬉しそうに言う。そうとなれば早く里に帰ろうと出発することに。
「そういえば、お前達が下忍の頃にも誕生日を祝われたな」
「あの時もアンタは忘れてたな」
お前も人のこと言えないでしょ、と移動をしながら今度は言い返す。サスケもカカシと同じで言われなければ誕生日なんて忘れているタイプだ。だが、今回カカシの誕生日を忘れていたわけではない。他人の誕生日なら覚えているというのはカカシも同じだ。
別にオレのことは良いだろとサスケが流したところで、ナルトが「それならまた鍋とか?」と夕飯の話を始める。あの時は三人がカカシの誕生日を知ったのが当日で何も準備する時間がなく、今から出来ることが何かないかと考えた結果が鍋だった。
「鍋にしたらアンタ、また野菜はいらないとか言い出すんじゃないの?」
「野菜がなくても鍋は美味しいし……」
「鍋やるなら野菜も必要でしょ」
えーとナルトは不満そうな声を上げるが、多数決なら三対一でナルトの負けだ。まだ鍋にすると決めた訳ではないのだが、こういう話をしているとそれが食べたくなってくるというのはよくある話である。
もし鍋にするなら、やっぱり里に戻ってから買い物をしてからになるよなというところから場所はどうするか。そこまで話が進んだ頃には鍋以外にする選択肢は自然と消えていた。
「里に戻ったら早く買い物に行かないとね」
「ならもっとスピードを上げるってばよ!」
「あまり騒ぐな、ウスラトンカチ」
「誰がウスラトンカチだってばよ!?」
「お前等、喧嘩はほどほどにな」
数年前と同じように、部下達は今日と云う日を祝ってくれる。祝われて喜ぶような年齢でもなくなってきたのだが、可愛い部下に祝ってもらえるのはやはり嬉しいものだ。
下忍だったあの頃から上忍になった今、彼等は立派に成長した。けれど彼等の間にある絆はあの時から変わっていない。昔のままのやり取りをする彼等に小さく笑みを浮かべる。
同じチームを組んでいた大切な仲間達は同じ木ノ葉の忍の中でも特別で、なんだかんだいっても第七班のこのメンバーが好きなのはきっとみんな同じなのだろう。
同じチームの仲間達
いつまでもこの関係は変わらない。大切な、特別な七班の仲間。