青い空の下を気持ちのいい風が通り過ぎる。たくさんの人が行き交う様子を眺めながら今日も平和だなとしみじみ感じていた時のことだ。


「おい」


 後ろからよく知る声がいつもより低く聞こえた。
 くるっと顔だけをそちらに向ければ、仏頂面をした元チームメイトが腕を組んでナルトを見下ろしていた。


「こんなところで何をしてる」


 明らかに怒気を含みながら言われるが、長い付き合いであるナルトは特に気にせず答えた。


「息抜きだってばよ、息抜き」

「仕事が山のように溜まっているのに随分余裕ですね、火影様」

「だからこそ息抜きが必要なんだろ?」

「それは仕事がある程度片づいてからでしょう」


 そのように指摘されて「うっ」と言葉に詰まる。それを見たサスケは、はあと大きく溜め息を吐いた。


「分かってるならさっさと戻って仕事をしろ」

「いや、でもさ? たまには休憩もしないと効率が悪いって言うじゃん?」

「たまにじゃないから言ってるんだろ、ウスラトンカチ」


 ばっさりと切り捨てられてしまったが、山のように仕事があるならその分の休憩をとるのはおかしなことではないだろう。むしろ当然のことだと言いたいけれど、またばっさり切り捨てられることが目に見えた。
 しかし、ナルトだって仕事をしていないわけではない。今だって仕事に一区切りがついたからちょっと息抜きにきただけなのだ。息抜きなんてしてる暇がないほどの書類の山には目を瞑ったとはいえ、あれをサスケの言うある程度まで減らすのには夕方までかかるだろう。その間、休憩は一切なしというのは厳しすぎる。


「サスケもサクラちゃんももう少し気楽にやらねぇと疲れるってばよ」


 火影補佐として、近くで支えてくれている元チームメイトたちは少し固すぎるのだ。
 ナルトはそう思うのだが、それを聞いたサスケは呆れたように息を吐いた。


「オレたちはお前がしっかり仕事をすれば必然的に楽になるんだが?」

「オレだってしっかり仕事をしてるってばよ! 仕事の方が多すぎるんだよ」

「それがお前の仕事だ」


 諦めろ、とサスケは言う。その言葉にガクリと肩を落としてしまうのは仕方がないだろう。実際、それが火影であるナルトの仕事であることはナルト自身も理解している。ただ、あまりの仕事の多さには愚痴も零れてしまうというものだ。


「あーあ、たまにはパーッと息抜きがしたいってばよ」


 大きく伸びをしながら呟く。こんなにもいい天気なのに火影室に籠って仕事なんて勿体ない。


「なあ、来週あたり一日休みにできねぇかな?」

「お前次第だろ」

「じゃあさ、来週休みがとれるように調整して欲しいんだけど」


 ナルトの言葉を聞いたサスケは本日二度目となる溜め息を吐く。けれど火影にだって休みは必要だ。故に仕事さえちゃんとするならどうにかしてくれるだろうという思いを込めた発言に暫くしてサスケは頷いた。


「……分かった。だがその分の仕事はしっかりやれ」

「分かってるってばよ!」


 話せば分かってもらえる。そう思った通り、サスケはナルトの要望を聞いてくれた。
 だがナルトの希望はそれだけではない。むしろここからが重要なんだよな、と思いながらナルトはゆっくりと口を開く。


「でさ、できればサスケも一緒に休みにして欲しいんだけど」

「は?」


 眉間に皺を寄せたサスケに「たまにはいいだろ」と続ける。火影にも休みは必要だが、火影補佐にだって休みは必要である。しかし、ナルトが休むという話以上にこちらの方が話は難航しそうだった。


「どうしてオレまでお前と一緒に休まなければならない」


 予想通りの言葉が返ってきたことにナルトは用意していた答えを口にする。


「たまには一緒に息抜きに出かけようぜ」

「必要ない。大体、お前がいない分の仕事を誰がやるんだ」

「そこはサクラちゃんにも相談すればどうにかなるってばよ」


 他にも協力してくれる仲間たちはたくさんいる。だから大丈夫だと言ってもサスケはなかなかうんとは言ってくれない。
 元々、放っておけば仕事ばかりしているようなヤツだ。どうしたものかなとナルトは頭を悩ませる。火影命令、なんて言ったところでサスケは納得しない。


「お前の休みはどうにかしてやる。だがそこにオレを巻き込むな」


 ばっさりと言い切る友人を説得するにはどうしたらいいのか。考えたところで答えが見つからなかったナルトは、仕方なく本当の目的を告げることにした。


「あーもう、何でお前ってばいっつも自分の誕生日を忘れてるんだってばよ!」


 誕生日。その一言にサスケは「は?」と再度、短く声を漏らした。そうして漸くそのことに気づいたらしい友人の表情に今度はナルトが溜め息を吐く。


「だから来週はオレもお前も休みだってばよ」

「……別に必要ないと言っただろ。つーか、何でお前まで休む必要がある」

「オレの誕生日は祝ってもらってるんだからオレだって祝いたいと思うのは普通だと思うってばよ」


 誕生日を祝いたいことに多くの理由は必要ないだろう。そのように言えば、暫くしてサスケが溜め息を吐いた。


「どうしても祝いたいなら仕事が終わってからでもいいだろ」

「誕生日くらい仕事を忘れて過ごせって。サクラちゃんにはもう話してあるし」


 もう一人の火影補佐の名前を出すとサスケは諦めたように息を吐く。結局全てを話してしまったが、そうしないと納得してくれなかったのだからしょうがない。


「まあ一日しか休みは取れなかったし、そんな遠くには行けねぇけど」

「……わざわざ遠出することもないだろ」

「でもさ、せっかくの誕生日なんだから特別な日にしたいだろ?」

「必要ないと言ってる」

「お前がそうでもオレはそうじゃないんだってばよ」


 年に一度の特別な日くらい祝わせて欲しい。
 そう話すナルトにサスケは「そうじゃない」と言う。どういうことだ、と首を傾げると漆黒の瞳がナルトを真っ直ぐに映した。


「お前がいるならそれでいいって言ってるんだ、ウスラトンカチ」


 間もなくして伝えられた言葉にナルトはぽかんと口を開けた。けれどその言葉の意味を理解するとすぐに笑みを浮かべる。


「じゃあ二十三日はオレの計画に付き合ってもらうってばよ!」

「好きにしろ」


 サスケの返事にへへっと笑う。最初はどうなるかと思ったが、上手く話がまとまってよかった。あとは最高の誕生日になるように計画を考えるだけだ。
 それが一番難しい部分ではあるが、きっと、どんな計画を立ててもサスケは付き合ってくれるのだろう。


「それより、いい加減仕事に戻れ」


 どれだけ仕事が溜まっていると思っているんだと言われて「分かったってばよ」と立ち上がる。本当はもう少し休憩したい気持ちもあるが、来週は休みをもらうことになっているのだ。仕事が多すぎてキャンセルになんてさせるわけにはいかない。そうなったらサスケは絶対に許してくれないだろう。
 ぐっと大きく伸びをすれば、遠くで鶏の鳴く声が聞こえた。青い空の下、大切な友と一緒に火影室へと戻る。その友の誕生日を思いっきり祝うために。







特別な思い出ができますように!