暖かな風がそっと肌を撫でる。ひと月ほど前はまだ寒さが残っていたけれど、今はすっかり春の陽気に包まれているようだ。
 ぼんやりと空を眺めながら、ひらひらと風に舞うそれを見つめる。そこへ届くのは聞き慣れた仲間の声。


「あ、サクラちゃん!」


 その声に振り返れば、そこには金髪の青年が立っていた。


「ナルト! 帰って来てたのね」


 彼――うずまきナルトはサクラの元チームメイトであり、今や上忍となって里内外でも活躍している忍だ。同じく七班のチームメイトであったサスケ、それからサクラも今は上忍である。
 そんな彼等は現在、かつての七班として任務に就くことは殆どない。それぞれが任務ごとにチームを組み、その中で一緒になることは時々ある程度だ。それでも同じ里にいるのだから顔を合わせる機会は多いのだが、ナルトが暫く里を離れていたために二人は久し振りの再会になる。


「昨日帰ってきたんだってばよ。サクラちゃんは今日休み?」

「この後また病院に戻るわ。今は休憩中」


 上忍であり医療忍者でもあるサクラは、通常の任務以外に病院の手伝いをすることも多い。今日も病院の手伝いをすることになっており、あと一時間ほどしたら病院に戻る予定だ。
 だが、それを聞いたナルトは「じゃあさ!」と明るい表情で勢いよく続ける。


「ちょっとお花見でもしていかねぇ? ほら、丁度満開だし!」


 すぐ傍にある桜の木も見事な花を咲かせている。お花見をするにはぴったりの時期だろう。きっと里のどこかではお花見を楽しんでいる人もいるに違いない。
 休憩中ということはあまり時間はないのかもしれないが、それでも少しくらい桜を見る時間くらいあるだろう。そう思って提案をしたナルトに、サクラは少々考える仕草を見せたもののすぐに口元に弧を描いた。


「そうね。ちょっとくらいなら付き合ってあげるわよ」

「よっしゃあ! そうと決まれば早速行くってばよ!」


 ぱしっとサクラの手を掴んだナルトはそのまま走り出す。突然走られたサクラは驚きの声を上げながらも転ばないように足を動かし、一体どこに行くつもりなのかと尋ねる。てっきりこの辺りで桜の花を一緒に見ようという意味だと思ったのだが、ナルトにはどこか目的地があるようなのだ。
 別にそれならそれでも構わないけれど、これからどこへ向かうのか。聞かれたナルトはというと一度振り向いて「スッゲー良い場所があるんだ!」とだけ言って再び前を見て足を進める。サクラの時間が限られているから急いでいるのだろうが、果たしてどこへ向かっているのか。



□ □ □



「着いたぜ、サクラちゃん」


 ナルトがそう言って足を止めた場所には、大きな桜の木が一本。勿論、花は満開だ。そして、桜の木の横からは木ノ葉隠れの里が一望出来る高台になっていた。


「花が沢山あるわけじゃないけど、里も一望出来る良い場所だろ?」


 ニシシ、と笑いながらナルトは里を背にして振り返る。
 あまり人に知られていない場所なのか、これだけ景色が良いにも関わらず他に人の姿はない。ナルトも以前、たまたまここを見つけたのだ。その時は桜は咲いていなかったが、春になったら綺麗な花を咲かせているだろうと思っていた。どうやらその予想は当たっていたようだ。


「こんな場所があったのね」

「オレもこの季節にくるのは初めてなんだけど、やっぱスゲー綺麗だってばよ」


 ちょっとしたお花見とはいえ、せっかくお花見をするのだ。それなら良い場所でお花見を楽しみたいと思った。だからナルトはサクラの手を引いて真っ直ぐにここへと向かった。時間は限られているとはいえ、あまり離れた距離でもなければ自分達は忍だ。この程度の距離ならそう時間も掛からない。


「そういえば昔、任務の帰りに桜祭りに寄ったことがあったわね」

「あー、お金持ちの娘が髪飾り落とした時の」


 あれはまだ二人が下忍だった頃。Dランク任務として入ってきたその依頼で七班は里の外に出ていた。何でも木ノ葉からの帰り道のどこかで落としたとかいう話で、小さな髪飾りを探すのに随分と苦労した思い出がある。
 確かその任務が終わった帰り道でのことだ。本当は真っ直ぐ帰る予定だったのだが、その娘さんが住んでいた村で丁度桜祭りが行われていた。どうせなら見て行こうという話しになり、なんだかんだで少しだけならと寄って行ったのだのだった。


「カカシ先生が一つくらいなら奢ってくれるって言ったんだよな」

「そうそう。それで露店を見て歩いたのよね」


 いっそのこと何でも奢ってくれたら良かったのに、なんてナルトは言っているがあの時もそんな話をした気がする。一つくらいならと言われて、それなら全部奢ってくれてもと言ってみたら即却下された。あの時はケチなんて言ったりもしたがまあ当然の反応だろう。
 食べ物や小物を売っているお店から遊ぶようなお店まで、色々ある中で何にしようか考えて。ナルトとサクラが楽しそうに見ている後ろでサスケはあまり興味がなさそうにしていた。


「結局、あん時サスケは何も買わなかったんだよな。カカシ先生の奢りだったのに」

「サスケ君は最初から乗り気じゃなかったからね」

「ああいう時は楽しまねぇと損だってばよ」


 あちこち見ていたら、サスケと同じく後ろから見ていたカカシにそろそろ帰るぞと声を掛けられて。あともう少しなんて言ったら、いい加減にしろとサスケに呆れられ。


「でも楽しかったよな。ちょっとしか見られなかったけどさ」

「そうね」


 あの桜祭りはそろそろ開催される頃なんだろうか。それとももう終わってしまっているだろうか。
 任務で偶然寄っただけだったけれど、みんなでお祭りを見て回ったのは楽しかった思い出の一つだ。サスケやカカシがどう思っているかは分からないけれど、少なくとも二人とっては。だけど、あの二人にとっても決して悪い思い出ではないだろう。


「あ、今度はサスケやカカシ先生も誘ってみんなでお花見するのも良くねぇ?」


 最近は四人で顔を合わせることもあまりない。桜祭りもあの一度きり、お花見をした覚えもないからこれは丁度良い機会というものではないだろうか。そんなナルトの提案にサクラも頷く。


「じゃあ二人の予定を聞いておかないといけないわね。その時は私がお弁当を作ってあげるわよ」

「え、マジで!? サクラちゃんの手作り弁当なんてスッゲー楽しみだってばよ!!」


 まだ二人に確認していないというのにナルトは嬉しそうだ。先に二人にも聞いてからよとサクラが言っても、きっと大丈夫だろうとほぼ決定事項になっているようである。
 そんなナルトを見て、サクラは思わず笑みが零れる。本当に昔から変わらないというか、けれどそれが彼の良いところでもあるのだろう。馬鹿で真っ直ぐで、いつも元気で明るい元チームメイト。


(本当、変わらないわよね)


 これで全員の予定が合わなかったらどんな反応をするだろう。忍なのだから緊急の任務が入ることもあるだろうし、上手く予定が合わない可能性だってゼロではない。
 でも、ただお弁当を作るといっただけでもこんなに喜ばれるなんて。そのこと自体に悪い気はしないし、何より。


「アンタも忘れて予定入れたりしないようにね」

「サクラちゃんの手料理が食べれるのに忘れたりしないってばよ」


 みんなでお花見をするといっても一日予定を開ける必要はない。というよりは、四人全員が同じ日に休みになることなんてほぼ考えられない。任務が終わった後、夕方から夜にでもお花見をするのが良いだろう。夜桜というのもまた昼と違って美しいものだ。
 他の二人のことはよろしくねと提案したナルトに言えば、任せろと頼もしい台詞で返ってくる。さて、お花見は無事に開催することが出来るのだろうか。


「ここに居たのか」


 ふと聞こえた声に、二人はそちらを振り向くとほぼ同時にその声の主の名前を呼んだ。


「サスケ!」

「サスケ君!」


 碧と翡翠の瞳が一斉にこちらを見る。続けてナルトが「何でサスケがここに居るんだってばよ」と問い、それに対してサスケは「火影が呼んでる」と用件だけを答えた。


「ばあちゃんが? オレってば昨日帰ってきたばっかなんだけど」

「オレに言うな。文句があるなら直接火影に言え」


 大体それはオレも同じだと話したサスケに、そういえばまた二人は同じ任務だったのよねとサクラが思い出したように言う。それに溜め息を吐いたのはサスケで、相変わらずなんだろうなとサクラも察する。
 七班で任務をすることは少なくなったけれど、術の相性が良い二人は今でも一緒の任務に就くことが多い。今回も二人で同じ任務にあたっていたらしいが、後先を考えずに行動するナルトにサスケは苦労しているのだろう。


「大変そうね」

「この前も一人で勝手に突っ走りやがったからな」

「でも任務は完遂したんでしょう?」

「ああ。それより」


 邪魔したか、と聞かれてサクラはきょとんとする。けれどすぐに「そんなことないわよ」と笑った。
 一方で、ばあちゃんは人使いが荒いなどと呟いていたナルトは二人の話は聞いていなかったようで、もしかして今から任務かとサスケに問う。しかしサスケもそこまでの話は聞いておらず、今はナルトを呼んでくるように言われただけだ。自分を呼びに行かせた時点で大方そうなのだろうが、とそのまま答えたサスケにナルトも同じ考えだ。


「はあ、しょうがねぇ。早く行かないとばあちゃんに怒られそうだしな」

「分かったらさっさと行くぞ」


 くるりと背を向けたサスケを追うようにしながら、ナルトは一度立ち止まってサクラを振り返る。


「サクラちゃん、ごめんな! また連絡するってばよ!」


 そう言ってナルトもサスケの後を追う。何やら話しているようだが、さっきの花見のことでも聞いているのだろうか。また連絡する、というのはそのことだろうから。
 二人が忍者学校の方へと向かっていくのを見送って、サクラは大きな桜の木と里の景色を見つめる。それから「よし」と小さく呟いて。


「私もそろそろ戻らないとね」


 大きな桜の木に背にして歩き始める。近い未来にまたかつてのチームメイト達と一緒にここへ来られることを夢に見て。







(昔から変わらない、真っ直ぐなアンタにいつからか……)