陽気は暖かい此処、木ノ葉隠れの里。今、木ノ葉には春という暖かい季節が訪れていた。
 さーと風が吹き、桜の木が揺れる。それと同時にヒラヒラと花弁が舞っていく。それは見惚れてしまうほど綺麗なものだった。そんな光景をただ眺めていた。






「サスケ」


 自分の呼ばれた事に気付くと、その声のした方を向く。そこには、彼の上司であるはたけカカシの姿があった。


「アンタか……」


 サスケはカカシを見て一言。突然登場したカカシだったが特に驚いた様子もなく。そんな反応も予想通りだったため、こちらも気にせずゆっくりとサスケの元に歩いていく。


「こんな所で何をしてるの?」


 サスケの前まで来ると足を止めた。いつもは修行しているのに、とでも続きそうな台詞だ。実際、サスケは普段は大概修行をしているのだ。珍しい状況に疑問を抱くのも無理はないだろう。


「別に良いだろ」


 そう言ってまた桜の方に向き直る。その視線につられるように、カカシも桜の花へと向ける。


「綺麗だね」


 揺れる桜の花を見ながら、カカシは呟いた。それにサスケも同意する。風が吹く度に桜の花弁は舞っていく。一枚また一枚と、ゆっくりと空を舞う。そして、地面へと辿り着く。
 春にしか見る事の出来ないこの光景。それはとても美しいものだった。この季節になると花見だといって多くの人がこの花を見に集まるのというだけのことがある。


「桜を見るために此処に来たの?」


 ふと思ってカカシはそう尋ねた。此処にあるのは目の前に桜の木が一本。それだけがある丘。他には何一つない場所。


「他に何があるんだよ……」

「まぁ、そうなんだけどね」


 修行もせずに桜を見るなんて、珍しいといいたいのだろう。任務が遅くまでかかった日でも、少なからず修行をしているようなタイプなのだ。ゆっくり桜を見て楽しんだりするよりも修行を優先させるだろうと勝手に解釈をしていた。そのまま口にすれば「人を何だと思ってるんだよ」と溜め息を吐かれた。
 桜の花というのは誰だって一度は見惚れてしまうような花だ。それをサスケが見たところで何というわけでもないだが、カカシからすれば別のようだ。


「でも、サスケが此処に来るなんて不思議だよ」

「どういう意味だ」


 問えば「別に悪い意味じゃないよ」と返ってくるが、それなら一体どういう意味なのだろうか。それが知りたいのだ。そう思っていると「こんな所でオレとサスケの二人だけなんだよ?」と飛んできて、それが不思議という意味なのかと理解する。どうやらそれは正しかったようで肯定された。
 仲間に花見に行こうと誘われても断わるような二人。そんな二人が今は桜の木の下に居る。それもたった二人だけで。花見に来たわけでもなく、ただ桜を見に来たという偶然。確かにこんな所で会うなんて不思議な気がするなとサスケも思う。


「アンタとこの花を見るなんてな」

「それって、良い意味で言ってる?」


 良い意味にも悪い意味にも言えるこの台詞。その真意とは、果たしてどちらなのだろうか。その疑問が解決されることはなく、曖昧な返事と好きに捉えろという言葉が返ってきた。それならば良い意味の方が良いだろうと、カカシはそう解釈することにする。


「勝手にしろよ」

「どっちでも良いって言ったのはサスケ君だよ」

「でも、決めたのはアンタだ」


 そう言っていながらも、好きにしろと言ったなら良い意味でカカシが取るのは予想出来ていた。まず悪い意味で捉える人など居ないだろうが、仮にサスケがそう言わなかったとしても良い意味と考えていたことだろう。
 二人が付き合い始めてから初めての春。思えば、付き合い始めたのは何時だっただろうか。まだ一年も経っていないけれど、そろそろ半年ぐらいにはなるのだろう。けれど、三人一組を組んでからの付き合いはもう一年以上にもなる。時というのは早いものだと感じる。


「もしかして、悪い意味だって言うの?」

「誰もそんなこと言ってないだろ」


 あえて聞いてくるものだから、一応否定はしておく。それなら良い意味だよねと返されたのには、そうとも言っていないと受け流しておく。酷いと言われようがどちらかとは言っていないのだからということで片付ける。
 お互い似ている部分があったのだ。それに気付いて興味を持ち、段々惹かれていった。そしてその想いが通じて二人は繋がった。こうしてこんな会話をするのも二人の大切な時間の一つである。打ち解けたからこそ、こんな会話が出来るようになったのだ。


「元はサスケがそんな風に言ったからでしょ」

「そんなことない」


 初めて出会った時、その時はサスケはまだ小さくて覚えていないだろう。二人の出会いは、サスケがまだ忍者学校生で七歳の頃だった。カカシが暗部の時、任務でサスケに出会った。それから月日が流れ、サスケが下忍になった時に再会を果たした。それは偶然か、それとも運命だろうか。
 単なる偶然かもしれないけれど、積み重なっていくうちにそれは運命だと思えてくる。偶然に偶然が積み重なってそれが運命へと変わったのではないだろうか。


「言い出したのはサスケなのに酷いね」

「全部アンタがいけないんだろ」

「そんなことないよ」

「なければ言っていない」


 誰にも心を開く事を許さなかった彼が、今はこんなにも心を開いている。仲間に対してだって昔と違って心を開くようになった。そして、カカシには誰よりも心を開いている。
 人の温かさに恐怖を覚えてしまった。それからは、温かさなんていらないと考えていた。けど、またそれを手にしてしまった。もう手放せないくらい大切なものとなった。
 だから、今はそれを失わないようにするためにお互い頑張っているのだ。もう二度と、大切な人を失いたくないから。


「サスケっていつもそう言うよね」

「本当のことだろ」


 繋がるまでは知らなかったことは沢山あった。けれど、一緒になってから互いのことを色々と知ることが出来た。今でも知らないことはあるが、少しずつ互いに相手のことを知っていける。


「ねぇ、サスケ」

「何だ」


 改めて名前を呼ぶその声がさっきまでと違う事が、その一言だけで分かった。この場所の雰囲気も空気も、どれもが変わった感じがしてしまう。


「オレ達って、いつまで一緒に居られるかな」


 あまりに唐突な疑問に、思わず「急にどうしたんだ」と問い返す。いつまで一緒に居られるか、それは誰にも分からないことだ。ましてや二人は忍である。忍としての資質だってもちろんある。写輪眼は数少ない能力。だからこそ、重要な任務だって入ってくる。まだ、下忍であるサスケにはなくても、上忍であるカカシには当然の事だ。


「何かちょっと考えちゃってね」

「……そんなこと考えるな」


 ふと考えてしまう。それもこの二人の関係上仕方がないのだ。実際、サスケだって考えてしまうことはある。けど、二人共それを考えないようにしていた。だが、今になってどうしてそんなことを思ったのか。


「そうだよね。でも、オレ達って色々あるでしょ」

「言ってるそばから考えてるじゃねぇか」


 二人には色々とあるのだ。年齢差、というのはまだどうにかなる。それ以外にも、男同士ということ。カカシは写輪眼を持っていて、サスケはうちはの血を引く唯一の人材。二人が一緒になることは上層部は認めないだろう。


「オレに付き合せてゴメンね」

「アンタは悪くないだろ」


 二人の前にある大きな壁。それはどんな壁よりも大きい。その中にあるものが大き過ぎるのだ。
 カカシはそんな風に言っているが、何も悪くないだろうとサスケは思っている。逆に、悪いと思うのは自分である。こんな子供に付き合せてしまっているだけで、カカシは何一つ悪い事などしていない。そう思っている。
 それをサスケが口にすれば、今度はカカシが否定をしてくれる。そんな風には全然思っていないとはっきり告げる。カカシもサスケもお互い複雑な過去がある。その過去があるせいか、他の人とは違う部分がある。カカシもそうだが、サスケはそれ以上に心で色々感じてしまうのだ。


「サスケに言われた時にやめておけば良かったね」

「別に良い。だが、もうそんな話はするな」

「うん、分かってるよ」


 考え始めてみると、色々思ってしまうことがある。だからこそ、そういうことは考えないように、言わないようにする。それが、二人にとっては大事なのだ。


「桜、花見は丁度この時期だね」

「あぁ」


 確か本にも見頃はこの時期だと書いてあったと思う。今が一番綺麗な時期なのだろう。そんな桜の花を見ながら、花見でもしようかと提案してみるが案の定断られる。そもそもサスケは人混みが好きではないし、こうして見ているだけで十分だと思うから。


「そうだね。でも、きっとナルト達がそろそろ誘うんじゃないかな」

「アイツ等は好きそうだからな」

「でしょ? ま、七班でやるくらいは良いんじゃないの?」


 同じ班を組んでいる仲間なのだから。そういう意図を読み取ると、サスケは小さく笑う。花見をわざわざしたいとは思わないけれど、大切な仲間達とならそれも良いだろう。


「そういえば、お前等の上司になってから色々行事に参加してるよ。今まではあんまり行かなかったけど」

「オレもそうだな。アイツ等が誘って来て、何年振りか分からないものにも行った」


 イベント好きなナルトとサクラ。二人はイベントがある度に皆で行かないかと声を掛けてくれる。せっかくのイベントなら、やはり七班全員で参加したいと思うのだ。せっかく、三人一組を一緒に組んでいる仲間なのだから。
 そして、それが分かっているからサスケやカカシも参加する。強制ではないとはいえ、それぞれにとって七班という繋がりが大切なものになっているのだ。


「でも、たまには桜の花をゆっくり見るのも良いでしょ。今日はこのまま桜を見る?」

「……たまには、それも良いかもしれないな」

「それじゃぁ、決まりだね」


 いつも修行ばかりをしているのだ。たまにはこんな一時を過ごすのも良いだろう。休息も大切なのだから。それが今、こうして二人で過ごす時間。

 これからも、こんな時間を大切に一緒に歩んでいこう。
 二人が、想い合っている限り。それはいつまでも。


 永遠に……。










fin