今日も朝から任務。内容は相変わらずのDランクで、お馴染みの迷子のペット探しが行われた。いい加減もっと上のランクの任務をやりたいと言ったところで、お前等にはまだ早いとの担当上忍のお言葉だ。そんなことはないと思えど、そう言われてしまえば下忍の彼等にはそれ以上どうしようもない。
任務の方は順調に進み、無事に迷子のペットも捕獲完了。担当上忍の解散の合図と共に本日の任務は終了した。
寒さにそっと手を伸ばして
「サスケー!」
解散を言い渡されいざ帰ろうとしたところで、いきなり後ろから呼び止められる。それは先程解散を言い渡した本人。その声にわざわざ立ち止まる必要もないかと思い足を進めれば「無視すんなってばよ!」なんて言われる始末だ。このまま騒がれても面倒だと、溜め息を一つ吐いて立ち止まってやれば目立つ金髪がこちらに走ってくる。
「何の用だ」
「たまには帰りに一楽でも寄って行こうってばよ」
「行きたければ一人で行け」
それだけ言い切ってサスケは再び歩き出す。ナルトは慌ててその背を追い掛けて隣に並ぶ。たまには良いだとと諦めず誘ってはいるもののサスケの答えは変わらない。
なあなあと繰り返すこと数回。それでも行くなら一人で行けと返されるだけだ。確かに一人でも一楽には行けるけれど、そういう問題ではないのだとはナルトの意見。
「ラーメンを食べるなら二人で食べる方が美味しいってばよ!」
一人より二人、ご飯は誰かと一緒に食べる方が美味しい。だから一緒に食べようと誘うのだ。ナルトもサスケも、家に帰ってご飯を食べるとなれば一人きりだから。それなら二人で食べた方が良いとナルトは思うのだ。
あくまでもナルトの意見ではあるが、サスケもその言い分が分からない訳ではないだろう。だからといって一緒にご飯を食べる理由にはならないけれども。
ちなみに、ナルトがこうしてサスケを誘うのは度々あることだったりする。その度にサスケは断り、ナルトは諦めずに誘う。そして、最終的に折れるのはいつも決まっている。はぁ、と二度目の溜め息を零すと隣の碧い瞳に視線を向ける。
「アンタが奢るなら考えてやる」
それだけ言ってやれば、途端に「よっしゃ! んじゃ、決まりだな!」と嬉しそうな声が上がる。単純というかなんというか。これで上忍なんだよなと思ってしまうこともあるが、その実力は確かである。初めに担当上忍として現れたナルトを見た時には、本当にこの人が担当で大丈夫なんだろうかと思ったのはここだけの話である。
「それにしても、今日はやたら寒くねぇ?」
「冬だからだろ」
何当たり前のことを言っているんだといいたげなサスケに、それはそうなんだけどさとナルトは話す。冬だから寒いなんてことはナルトだって分かっているけれど、今言いたいのはそういうことではなくて。
「こんだけ寒かったら雪でも降らないかな」
「降ったら面倒だろ」
「でも滅多に降らねぇんだし、たまには雪だって見たいってばよ」
子供かとは思ったけれど声には出さなかった。実年齢はともかく、この担当上忍はよくこんな風に子供らしいことを言い出すのだ。川でのゴミ拾い任務をしている時には、みんなで水遊びをするのも楽しそうだよななんてことを言っていたような気がする。少年の心を忘れないだけだと本人は主張している。
今回も雪が降って欲しいと子供らしいことを言い出した訳だが、本当に雪が降ったりすれば下忍であるサスケ達は雪かきの任務でも任されそうなものだ。雪が降れば子供は喜ぶかもしれないが、大人達からしてみれば大変なものでしかない。逆に出来るなら降らないで欲しいとすら思うだろう。尤も、火の国に属している木ノ葉隠れの里では滅多に雪なんて降らないけれども。
「もし雪が降ったら雪合戦とか楽しそうだよな」
「アンタ、少しは自分の年を考えたらどうだ」
言えば「そんな年じゃねぇってばよ!」と反論されてしまった。まだ二十代のナルトは年という程ではないけれど、雪合戦をやるような年かといえば答えは否だろう。いや、ナルトが子供に混ざって雪合戦をする姿は想像出来ないものではないかとも思ってしまったが。
そんなサスケの考えなど知らず、ナルトは本当に雪が降らないかなと空を見上げている。空には灰色の雲が広がっており、雪が降る可能性がゼロではなさそうだ。それでも可能性はかなり低いだろう。
「それより一楽じゃなかったのか」
完全に雪のことばかり考えているナルトにそう声を掛けてやる。すると、そうだったと一気に話が戻る。それから始まるのはラーメンの話だ。やっぱり一楽が一番だよなと話すナルトに適当に相槌を打ちながら、少しは野菜や他の物も食べろと言うと分かり易く反応しながらも分かってると返ってきた。本当に分かっているのかと思いつつ、そんな話をしている間に一楽に到着。
一楽でラーメンを頼んでからも他愛のない話で盛り上がる。とはいっても、主に喋っているのはナルトばかりでサスケは話を聞いているだけのようなものだ。
「そういやさ、サスケってばこの後修行したりすんの?」
「巻物を読んだりはするが」
「へぇー相変わらず勉強熱心だな」
もう少し時間が早ければ外で修行もするのだが、今日はもう大分日が傾いている。迷子のペット探しは順調に行われたが、見付かるまでに少々時間を要したのだ。お蔭で今は既に夕方。夕食には早い時間ではあるものの早すぎるという程でもない。だから任務が終わってそのまま一楽に来た訳だが、この後で修行をするとなれば辺りはすっかり暗くなっているだろう。冬は日が落ちるのも早い。
だから今日は大人しく家で巻物を読むことにしようとサスケは決めていた。うちは一族の書庫には沢山の巻物が保管されており、まだまだ読んでいない巻物も多い。ナルトも前に一度サスケの家を訪ねたことがあるのだが、その書物の量には驚かされた。
「そういうアンタは何かあるのか?」
「んー……オレも同じような感じだってばよ」
とりあえず帰りにカップラーメンを買わないとなと呟かれた言葉を耳にして、またラーメンを食べるのかとサスケは内心で思う。ラーメン以外にも食べろという話を先程したばかりだというのに。手軽に出来ることとラーメン自体が好きなことが重なって、ついラーメンばかりになってしまうのだ。一応他の物も食べる努力はしているけれど。
「あ、そうだ。今度またオレが修行見てやるってばよ」
何か話題を逸らさないとまた何か言われると思ったのだろうか。すぐに続けられた言葉にそんなことを思いはしたものの、修行を見て貰えるというのは悪い話ではない。これでも上忍としての実力は確かなのだから。一人で黙々と修行をするよりも、二人居れば実戦形式の修行もすることが出来たりと良い点が多い。しょっちゅうは無理だけれど、こうして時々修行を見てやることは出来る。
だから時間の空いている時には、ナルトは部下達の修行に付き合っている。その中でもサスケと居ることが多いのは、お互いに一人暮らしだったりと似ている部分があるからだろう。その時は大抵サスケが二人分の食事を作り一緒にご飯を食べてから解散となる。
「その時はラーメン以外の飯にするからな」
「サスケが作ってくる飯は何でも上手いよな」
「なら野菜も食べるか?」
「まぁ、サスケが作ってくれたなら食べるってばよ」
せっかく作って貰ったものを残すなんてことはしない。野菜は嫌いだからあまり食べたくはないけれど、それでは体に悪いというサスケの意見は尤もだ。それに、サスケが作ってくれた物ならどれも美味しいから食べるというのも事実である。同じ野菜だというのに調理の仕方ひとつで結構違うものだな、とは初めてサスケに料理を作って貰った時に話したことがあった。当たり前だろうとサスケは呆れていたけれども。
「それなら、オレが毎日野菜で料理を作ればアンタは毎日食うのかよ」
「えーと、毎日はちょっと勘弁して欲しいかな……なんて」
それでもサスケが用意してくれたのであればナルトは食べるのだろう。出来れば毎日は止めて欲しいと思ってしまうのは、やはり野菜が嫌いだからである。
それにしても、たったそれだけのことで食べるのなら自分でも食べろとサスケは言いたい。自分では食べないのが目に見えているから、いつも二人が一緒に修行をした後の料理には野菜が入っている。食べてくれること自体に悪い気はしないが、全く困った大人だ。
「アンタ、野菜を食わなかったから背が伸びなかったんじゃないのか」
「それは違うってばよ! 時々は食べてたし、牛乳なら結構飲んでるんだからな!」
「別に牛乳は背を伸ばすものじゃないだろ」
言えば「そうなの?」と疑問を浮かべられて、思わず溜め息が零れた。よく牛乳を飲めば背が伸びるというが、牛乳はカルシウムが多く骨を丈夫にさせるものである。飲むのが悪いという訳ではないけれど、それと背が伸びることがイコールではない。それよりも健康的な食事を摂り、睡眠を十分に取ることの方が大事なのではないだろうか。
どうやらそのことを今知ったらしいナルトは、そうなのかと落ち込んでいるようだ。牛乳を飲むのも健康には良いだろうと補足してやるが、聞こえているかは定かではない。ナルトも平均身長はあるのだが、もう少し欲しかったというのが本音だ。サスケの方はまだ成長期だから当分は伸びるだろう。
「それでも平均身長はあるんだろ。まぁ、オレはアンタの身長くらいは超えたいが」
「それとこれとでは別問題なんだよ。つーか、サスケがオレの身長を超すのはダメだってばよ」
駄目といわれようが伸びる時は伸びる。けれど、ナルトはそれだけは絶対に駄目だと譲らない。こればかりは成長して見なければ分からないのだが、順調に成長すればサスケもナルトくらいの身長にはなるだろう。それを超えられるかどうかは、数年後のお楽しみといったところだろうか。
「サスケは今くらいが可愛くて丁度いいってばよ」
「…………可愛いは男に使う言葉じゃねぇだろ」
それでも可愛いものは可愛い。そんなことを連呼するものだから、ラーメンを食べ終わったのを良いことに先に帰るとだけ言って一楽の暖簾をくぐった。
そんなサスケをナルトは慌ててスープを飲み干すと、御代を渡して一楽を飛び出した。少し遠くに見えた背に声を掛けながら飛びつけば、当然のようにサスケは体制を崩す。これだけの体格差があるのだから、倒れなかっただけ良かった方である。
「いきなり何するんだ、このウスラトンカチ!!」
「だって、サスケが先に帰っちまうから」
「だからって飛びつくな!」
少しは体格差や場所を考えろ。とりあえずそれだけを言うと分かったと返っては来る。しかし、これが守られることはないのだということくらい、サスケは理解している。既に何回も破られているのだから。
「それよりさ」
サスケから離れて隣に並んだナルトが口を開く。今度は何を言い出すんだと言いたげな目で見つめると、すぐに次の言葉が続けられた。
「やっぱこの後サスケん家に行きたいんだけど、良い?」
巻物も読みたいし、と取ってつけられたような理由で尋ねられる。それは本当に巻物が読みたいのか、とは思ったけれど口にはしなかった。代わりにその答えだけを簡潔に述べる。
「好きにしろ」
たった五文字の短い言葉に、ナルトは嬉しそうな笑みを浮かべると「じゃあ好きにさせて貰うってばよ!」とそのまま二人並んで歩き続ける。雪が降るかななんて、行きと同じことを話しながらゆっくりと歩いているとパラパラと白い粉が空から落ちてきた。
「あ、雪だってばよ!」
本当に降ってきた雪にナルトはしゃぎ出す。本当に降って来たかとサスケは空を見上げる。これは早めに家に帰った方が良さそうだ。そう判断すると、「早く帰るぞ」とサスケは足を速める。ナルトもそれに合わせて家路を急ぐ。
しんしんと降る雪を見ながら、ナルトはそっと手を伸ばした。何をするんだと一度拒まれたが「寒いから」と付け加えると戸惑いがちにそっと手が繋がれた。
たまには雪が降ってくれれば良い。そうしたら遠慮なく触れられるから。
なんて、こっそりと心の中で空に呟いて。
冷たい手は互いの体温で少しずつ温もりを取り戻していく。
それは、家に着くまでの短い触れ合い。
fin