生徒達が帰り終わった後、教師のみが残っている学校。職員室だけに明かりが灯っている。静かな校舎内。時刻が遅くなるにつれて教師達も次々に帰宅していく。
そんな職員室でまだ残って仕事をしているのは数人。まだ教職についてからあまり日の経っていない教師達の姿がそこにあった。
生徒に姿を重ねて
「まだ残っているのか?」
声を掛けらて顔を上げれば、見知った友人が傍に立っている。手元の書類に目をやって「もう少しやっておこうと思って」と答えれば、「そうか」と隣の席に座る。二人とも新人教師であり、かつてはこの学校に通っていた生徒。小学校からの友人なのだから、付き合いは結構長いのではないだろうか。
「熱心だな」
「サスケ君だって同じでしょ?」
この時間まで残っているのだから、と付け加えれば「そうだな」とサスケは小さく笑みを浮かべた。
多くの教師達が既に帰っているこの時間。こんな時間まで残っているのは彼等ぐらいだ。今日はもう他の教師は誰も残って居ない。今すぐにやらなければいけないことではないとはいえ、やっておいた方が後に楽になるのであれば今のうちにやっておこうと考えているだけのことだ。
「数年前までは私達も生徒だったのよね」
なんとなく思ったことを口にする。この間までは大学生で、その前は高校生。出会った頃は将来は揃って教師になるなんて思いもしなかった。この道に進むことを決めたのは、この学校に通っていた頃のことだ。気が付いたらみんな進路は同じで、その先の就職先まで一緒になったのは偶然か運命か。
「アイツは今も昔も変わらないがな」
「本当、後で泣くことにならなければ良いけど」
二人と同じく教師になった友のことを考えてはそんな話になる。いくらなんでもアイツだって教師になってそれくらいは大丈夫だろう、と思いたい。というのも、昔から意外性があると言われるだけあって時々誰もが全く読めない行動を起こすことがあるのだ。それが良い方向だったり悪い方向だったり、様々だ。
それでも生徒には好かれていたり、学生時代もムードメーカーのような存在だった。唐突な行動もあれどそうなるだけの人物ではあるのだ。
「自分の生徒を持つって良いわね。今になって先生の気持ちが分かるかも」
「確かに、色んな奴が居たな」
「サスケ君とナルトなんて喧嘩ばっかりだったもんね」
「高校の時はそこまでじゃないだろ」
ナルトとサスケ。彼等が喧嘩をすることなんていつものこと。それは小学校時代から変わらず、年が経つにつれてその数は減っていったものの喧嘩は度々起こる。殴り合いは流石に殆どなくなったけれど、口喧嘩なんてしょっちゅうだ。どの学校に通っている時も最初こそ間に入る友人が居れど、途中からはいつものことだと放置するのが当たり前になる。唯一止めに入るとすれば、かなり大喧嘩になった時にサクラが間に入るくらいだろうか。
だからといって仲が悪いわけではない。喧嘩するほど仲が良いというのはこの二人のような人達を指すのだろう。本人達に言ったのなら揃って否定されるけれども。何だかんだで息の合うところもあるのだ。
「そういうお前も力で解決することもあったと思うが?」
「そ、そんなことないわよ」
一瞬動揺を見せるサクラだが、実際に二人の喧嘩を止めるときに手を出したこともなかった訳じゃない。出したのはナルトにのみであるが。だからといって毎回そんなことをした訳ではなく、どうしてもという時だけだ。というのはサクラの主張である。
「大体、話し合いの時でも喧嘩をする二人が悪いのよ」
そもそもは喧嘩が起こらなければ良いだけのことなのだ。休み時間ならまだしも、HRで話し合いをしている最中に喧嘩に発展するのはどうかと思う。そう主張すれば、今度はサスケが押し黙る。大抵はナルトから吹っかけてくるとはいえ、売られたものを買っているのも事実。これだけ長い付き合いなのだから、その辺のこともサクラは分かっているけれど。
「さてと、今日はこのくらいにしておこうかな」
時計に目をやれば、大分遅い時間になっている。サクラの言葉に「帰るか?」と尋ねると頷かれ、二人共席から立ち上がる。戸締りを確認して荷物を整理すると、職員室を後にする。
外に出てみれば星が一面に広がっている。玄関の鍵も閉め終ると、隣同士に並んで歩く。
「教師になって数ヶ月経つが、クラスの方はどうだ?」
「私のところは、みんな仲良くやってるわ。サスケ君の方は?」
「オレの方もそんな感じだ」
同じ学年を受け持っているだけあって、授業ではお互いのクラスを行き来している。最初の授業こそ緊張したりもしたけれど、この数ヶ月で大分慣れてきた。授業のペースは手探り状態だったりもするけれど無事に中間テストも終了し、今度は期末テストの問題作り。それも大方作り終えたといった具合だ。
「こうしてゆっくり話すのは久し振りね」
「あまり機会がなかったからな」
同じ学校、同じ学年を受け持っているといっても、それぞれ仕事がある。授業のこと等の仕事上で話をすることは多々あるけれど、こんな風に落ち着いて話す時間は少なかった。
普段から近くに居るとはいえ、久し振りに話せる時間が出来たことをサクラは嬉しく思っていた。遅くまで残って仕事をしていたのは自分がやっておきたかったからだが、こんな幸せなオプションが付いてくるとは思わなかった。
「どうした?」
クスと笑みを零すと、サスケは疑問を浮かべながらこちらを見つめてくる。素直に思ったことを伝えれば、サスケも同じように微笑みを浮かべた。この時間のことを喜ばしく思っていたのは、一人だけではなかったようだ。そのことにまた嬉しさを感じる。
「今度はナルトも一緒に話したいわね」
「アイツなら言えばすぐに頷くだろ」
「そうね」
容易く想像出来るその光景。声を掛ければすぐにでも決まりそうだ。きっとそれならいつにするとどんどん話を進めてくれることだろう。そう考えると、近いうちにでもそれは実現しそうである。
「サクラ」
そんなことを考えていると、唐突に名前を呼ばれる。何、と振り向けば漆黒の瞳が真っ直ぐに見詰めてくる。二つの瞳がかちりと混じり合う。
「アイツと話すのも良いが、たまには出掛けるか?」
何を言われるのだろうかと思っていると、それは出掛ける誘いだった。普段は人混みを好かないサスケから誘ってくるのは珍しい。最近は話す時間も少なければ一緒に居る時間も少なかったから、ということらしい。元々そういう時間が多かった訳ではないけれど、ここ数ヶ月の間は本当になかったのだ。
サスケなりの優しさに、サクラはすぐに「それじゃぁ、今度の休みに」と返答する。するとサスケも「分かった」と微笑みながら頷いた。ずっと一方通行だった恋愛はいつしか双方からのものとなり、今は付き合っている。それが今の二人の関係だ。
「そういえばまた新しいお店が出来たみたいなんだけど……」
控えめに話す理由は、サスケが甘い物を好まないから。頼めば付き合ってくれるということくらい分かっているが、やはり無理にというのは良い気がしない。久し振りに出掛けるとなれば、両方が楽しめるのが一番だ。けれどまだ行く場所を決めていないので、試にと話を振ってみる。
そんなサクラの意図はすぐサスケにも分かったようで、「お前が行きたいなら構わない」と返ってくる。まだ何も決まっていないのだから、どうせなら行きたいところに行く方が良いだろということらしい。
「それに、お前と一緒ならどこでも良いからな」
本当に良いのかと尋ねてきそうなサクラに、先にサスケが話す。好きな人と一緒に居られるのであればそれだけで十分だ。そう伝えると、サクラは顔を赤らめる。そういうところも好きだと思っているところの一つだ。
一緒に居られる幸せ。二人のどちらもが同じく思っていること。それを伝えれば柔らかな笑みを浮かべられる。どこに行くか、ではなく誰と一緒に居るかというのが重要なのだ。
そうこう話しているうちにも、教師が車を置く駐車場まで辿り着く。大した距離ではないけれど、普段以上に早く時間が流れた気がする。
「じゃぁまた明日ね、サスケ君」
「あぁ、気を付けてな」
挨拶を交わして今日はここでお別れ。また明日になれば、学校で同じ教師として会うことになる。その時には、ナルトに今度時間がないかと話を振ってみよう。そして、二人だけの予定の話も少しずつ進めていこう。
それは大好きな人と過ごす幸せな時間。たまには恋人同士、二人きりの時間を過ごそう。
fin