鐘の音が聞こえ、年が明けた一月一日。高校は少し前から冬休みに入っている。今日はどこの家でも新年の挨拶をしたり、ゆっくり過ごしたりしていることだろう。
しかし、家族が海外に行っているサスケは一人でお正月を過ごしていた。
新年の挨拶
新しい年を迎え、世間はどこもお正月ムードに染まっていた。海外にいる家族からは、お正月に帰れそうもないと数日前に連絡があった。母は申し訳なさそうに話していたが、サスケは大丈夫だと言って電話を切った。
いつも近くにいるわけでなく、あまり会えないのだからお正月も会えなくなったところで普段と然程変わらない。少し寂しい気がしないわけでもないが今更だ。両親が仕事で海外に行くことになった時にここに残ると自分で決めたのだから。
「……何の用だ」
ピンポーン、というチャイム音が聞こえてドアを開けたサスケは短く問うた。
だが、目の前にいる相手はそんなサスケの態度にも慣れているようで小さく笑いながらその質問に答える。
「一人で寂しがってるサスケ君と一緒にいてあげようかと思ってね」
「寂しがってねぇよ。勝手に言いわけつけてくんな」
それだけを言ってくるりと背を向けたサスケはすたすたと部屋に戻る。そんなサスケの後ろでカカシが小さく笑いながらドアを閉める音が聞こえた。追い返さなかったことから入ってもいいと解釈したのだろう。
「今年は帰ってこられないんだってね」
いつもの場所に腰を下ろしながらカカシが言う。その一言でこの担任が何が言いたいのかすぐに理解する。
「ああ、仕事が忙しいらしい」
カカシはサスケの担任教師であり、家族が海外にいるサスケの保護者のようなものでもある。だから他の生徒の家には殆ど行かなくてもサスケの家には度々やってくる。
サスケと同じように両親が海外にいるナルトの家にもたまに行くようだが、ナルトにはイルカがいる。だからカカシはサスケの家にくることが多い。いくらこなくていいといっても何かと理由をつけてやってくるのだ。
「相変わらず大変そうだね」
「いつものことだ」
正月にも帰ってこられないほどなのだから相当忙しいのだろう。兄のイタチは一度帰ると言ってきたのだが、わざわざこなくてもいいとサスケから断わった。
たとえ帰ってきたとしてもそれほど長くいられるわけではない。だったら両親と一緒に帰ってこられる時に帰ってくればいいと思ったのだ。
「それで、アンタは新年早々家庭訪問か?」
礼儀的にお茶を用意すれば「ありがとう」とお礼が返ってくる。それからサスケも腰を落とし、カカシがここへきた目的を尋ねる。
もちろん、本気で家庭訪問だと思っているわけではない。けれどカカシが今の自分の担任であるということからそのような言い方をしたサスケにカカシは溜め息を吐いた。
「そんなわけないでしょ。さっきも言ったけど――」
「それ以上言うな、ウスラトンカチ」
おそらく、カカシは訪ねてきた時と同じことを言おうとしたのだろう。二度もそんなことを聞きたくなかったサスケはカカシの言葉を遮った。
それに対して「聞いたのはお前でしょ」と言われたが、そのような回答は求めていない。どうせ家族が帰ってこないことを知って様子を見にきたといったところだろう。はあ、と今度はサスケが溜め息を吐く。
「別にアンタに心配されなくても問題ない」
「新年から容赦ないね」
「ふざけてばかりいるアンタが悪い」
きっぱりと言い切れば「まあまあ」とカカシは軽く笑う。
これは何とも思っていないなとこれまでの付き合いから察したサスケが何かを言うより早く「そういえば」とカカシが声を上げた。
「言うのが遅くなったけど」
そこで言葉を区切ったカカシの瞳が真っ直ぐにサスケを映す。不思議そうな表情を浮かべていると、カカシからは笑顔が返ってきた。そして。
「明けましておめでとう」
続けられたのは新年の挨拶だった。
思い返してみれば、今日会ってからまだその言葉を口にしていなかったかもしれない。そう思ったサスケもゆっくりと口を開く。
「……開けましておめでとう」
同じ言葉を返すとカカシはにっこりと笑った。その表情を見てサスケもつられるように口元に小さく笑みを浮かべた。
「せっかくだし初詣でも行く?」
「行きたければ一人で行け」
「つれないねぇ」
「それよりアンタ、何か食べるか?」
「それじゃあいただこうかな」
カカシの返事を聞いたサスケは徐に立ち上がる。初詣のような人混みに行くのは気が進まないが、こういう正月も悪くはないかもしれない。そう思ったのはここだけの話だ。
明けましておめでとう。
今年も、これからも。一緒にいられたらいいと心のどこかで願う。
そのことを直接伝えることはできないけれど、せめて新年の挨拶で毎年この気持ちを伝えたい。来年も、その先もずっと。
fin