短冊に願い事を書くとお星様が叶えてくれる。

 先生がみんなに短冊を配った後、そう説明してそれぞれ願い事を書いた。願い事は様々で、それは色んな願い事が書かれていたと思う。具体的に何が書かれていたかなんて覚えていないけれど、近くの友達と何を書いたんだって聞き合ったりもした。
 一番初めは幼稚園に通っていた頃。次は小学生になった時だったか。中学生になったら七夕というイベントに学校で取り組むことはなかったけれど。


「なあ、サスケは何書いたんだってばよ」


 何の話か、なんてことは主語がなくても分かる。一時間ほど前、いきなりもうすぐ七夕だから短冊を書こうと細長く切られた紙を渡されたのは記憶に新しい。


「何でも良いだろ」


 短くそれだけ答えれば、気になるから聞いているんだと返された。だからといってこちらが教える理由もないだろう。
 そのまま言えば、減るものでもないだろうと言われたがそういう問題ではない。第一、願い事を他人に言ってどうするのか。


「そもそも、どうして高校生にもなって授業で短冊なんて書かされなくちゃいけねぇんだよ」

「短冊くらい良いじゃん。面白いしさ」


 一体短冊のどこに面白さがあるのか。疑問には思ったが声には出さなかった。
 イベント好きなナルトからすれば、七夕に短冊を書くというそれも楽しいのだろう。むしろ授業よりもよっぽど良いと思っていそうなものだ。サスケは逆に授業の方が良いと思うのだが、この辺りは考え方の違いというやつだろう。


「それで、何て書いたんだってばよ」

「人に聞くなら自分が答えろ」

「オレはカップ麺一年分当たりますように!」


 何だそれはと言おうとして、そういえばこの前そんなことを言っていたなと思い出す。どこかのメーカーが二十周年か何かで、蓋を集めて応募するとカップラーメン一年分が当たるんだとかなんとか。
 それに応募したいからそのカップ麺を食べたら蓋をくれとか言われたのだ。けれど、そもそもカップ麺を食べる機会が殆どないというような話をしたんだったと思う。それが当たるように、という願いを短冊に書いたということだろう。


「もっと他になかったのか」

「赤点取ってませんようにって書いとくかは悩んだってばよ」


 それは短冊に書くようなことではないというか、テストが終わっている時点でもう結果は出ているだろう。自分達にはその結果が返って来ていないだけであって、そんなことを願っても赤点は赤点だ。


「補習が嫌なら普段から勉強しろ」

「んなこと言ってもさ、教科書とか見てもさっぱり分からねぇし」

「開き直んな」


 はあ、と溜め息が零れる。分からないものをそのままにしているから余計に分からなくなるのだろう。分からないなら分かるように勉強すれば良いのだ。それをしないから毎回テストで泣きを見るのだ。
 今までそれで何度も大変な思いをしているというのに、この幼馴染は全く改善しようという様子が見られない。それで人を頼られても迷惑なのだが、悲しいことにそれに慣れてしまっている部分もあるのが現実だ。一応自分でやれ、ちゃんと勉強していればこんなことにはならないと言っているものの、この前のテストでも教えて欲しいと泣きつかれた。


「じゃあ、どうやって勉強しろって言うんだよ」

「普通に授業を聞いて予習と復習をすれば良いだろ」

「それで分かったら苦労しねぇってばよ」

「それもしない奴に言われたくねぇよ」


 どうしてそこで開き直るのか。誰にだって得意不得意はあるだろうが、せめて最低限のことをしてから言えというのがサスケの意見である。何もせずにただ分からないと言われても、今まで何もしていないんだから当たり前だろとしか言えない。


「……って、そうじゃなくて! 結局サスケは短冊に何て書いたんだよ!」


 七夕の話からテストの話へ、テストの話から勉強の話へと移っているがナルトが聞きたかったのはそんなことではない。サスケが細長い短冊に何を書いたのか、だ。


「別に何だって良いだろ」

「ちゃんとオレは答えたってばよ」


 人に聞くのなら自分が答えろと言われたから、ナルトは『カップ麺一年分が当たりますように』と書いたことを素直に答えた。となれば、今度はサスケが何を書いたのか答えるべきだろう。


「大体、こういうのは人に言うもんじゃねぇだろ」

「あっ、ズリィ!」


 オレにだけ答えさせてとナルトが言うのに対し、お前が勝手に話しただけだろとサスケは返す。だから自分が教える必要はないだろうと。
 それはいくらなんでも酷くないかとナルトは思うのだが、どうすればサスケから短冊の内容を聞き出すことが出来るのか。最初はただの疑問だったが、こうなってくるとどうにかしてでも聞きたくなってくる。


「オレは言ったんだからサスケだって言うべきだろ」

「お前が言ったからってオレが言う理由にはならねぇよ」

「不公平だってばよ!」


 ナルトの言い分はもっともだ。だが、願い事というものは人に教えるようなものではないというサスケの主張も間違っているとはいえない。とはいえ、それとこれとは別だとナルトは声を大きくして言うだろう。

 横でギャーギャー騒いでいたナルトだが、唐突に「あ、そうだ!」と声を上げた。どうやら何かを思いついたらしい。にししと笑って碧眼がこちらを向く。
 その様子に、どうせ碌なことじゃないんだろうなと思いながらもサスケはナルトの次の言葉を待った。するとびしっと指を差して。


「オレがサスケの短冊を直接探してやるってばよ!」


 これでサスケが今ここで短冊の内容を言わなくても、その短冊を見てしまえば何を書いたのか一発で分かる。これぞ名案だろうとでも言いたげな表情をナルトは浮かべた。
 だが、そんなナルトの発言にサスケは呆れる。短冊の吊るされている笹は昇降口にあるのだが、今日帰る時でさえかなりの短冊が既に吊るされていたのだ。あの後もおそらく短冊は吊るされており、その中からたった一枚を探そうとしたらどれだけの時間が掛かるのか。そんなことに時間を費やすなんて馬鹿といわず何と言うのか。


「そんなくだらないことをしてる暇があるなら勉強でもしろ」

「くだらねぇってなんだよ! つーか、お前が今ここで言えば解決だろ!?」


 そうすればオレだってわざわざそんなこと、とナルトは文句のように言う。

 ナルトのことだ。言わなければ本当に多くの短冊からたった一枚を探そうとするだろう。名前なんて書いていなくても字で探し出そうとするに決まっている。サスケにもナルトの字は見分けがつくのだから。
 だが、そんな馬鹿なことをやられても困る。いや、やりたければ勝手にやれという話ではあるが。後で騒がれる前に言っておくかと、サスケは本日二度目の溜め息を吐いた後にゆっくり口を開いた。


「やりたいなら勝手にすれば良いが、探したところで見つからないと思うぜ」


 予想外のサスケの発言にナルトはどういうことだと聞き返す。その反応を見たサスケは、あっさりとその理由を述べた。


「笹に吊るしてないからな」


 短冊は笹に吊るすものである。そして配られた短冊は各々で昇降口にある笹に吊るすようにと言われた。
 そのことから、ナルトは笹を調べればサスケの書いた短冊を見つけることが出来ると思った。考え方としては間違っていないが、絶対に短冊を笹に付けろと言われなかったことからサスケはそれを今も手元に持っている。これが見つからない理由だ。


「え、でも吊るしたって言ったよな?」


 だが、ナルトは教室を出て昇降口に向かった時、他の友人達と短冊を笹に吊るしたところでサスケにも確認したはずだ。あの時は確かにそう言っていたはずだが。


「言わないといつまでも帰れねぇだろ」


 あれ、と疑問に思った答えは単純明快だった。いくらサスケが吊るさなくて良いと言っても、ナルトの性格なら代わりに吊るすくらい言い出しそうなものだ。だからあえて言わず、その場は嘘でやり過ごしたわけである。
 そのことを今になって告白され、これでは確かに見つけるのは不可能だとナルトも理解する。ないものをいくら探したって見つかるわけがない。


「……なんか、ズルいってばよ」

「お前が勝手に話を進めてただけだろ」

「でも納得いかねぇ」


 隠すような願い事は書いていなかったが、それでも自分だけがその内容を喋ったということが腑に落ちない。ここまでくると、まさか短冊に願い事自体を書いていないのではないかという疑問が湧いてくる。あれも書くようにと配られたけれど強制というわけではなかった。笹に吊るしていないというのなら尚更……。


「もしかして、最初から短冊に何も書いてなかったとか……?」


 仮にそうだったとしたら今までのはなんと無意味なやりとりだったのだろうか。そうは思ったが、こうなったらそこは確認しておきたいとナルトは尋ねた。
 その質問にサスケはちらっと隣の幼馴染を見て、それからまたすぐに視線を外すと「そうは言ってねぇよ」と答えた。その返答が予想外で、ナルトの口からは思わず「は?」と間抜けな声が漏れる。


「え、じゃあ短冊自体は書いたのかってばよ?」


 問えば、大したことは書いていないと返ってくる。だが、それはつまり。短冊にはちゃんと何かしらの願い事を書いたということだ。
 それならどうして笹に吊るさなかったんだと言いたかったが、笹なんて今はどうでも良い。ちゃんとサスケがそれを書いていたというのなら、ナルトが聞きたいのは一つだ。


「それなら何て書いたのか教えてくれても良いだろ!」

「だから何度も断ってんだろ、このウスラトンカチ」


 最初から全く話が進んでいないが、それもサスケに答える気がないからだろう。しかし、ナルトも折れない。どちらも引かず、同じようなやり取りを数回繰り返す。
 その後、溜め息と共に折れたのはサスケの方だった。


「……普通に健康祈願だ」

「へぇー。って、別に隠すようなことじゃなくね?」

「人に言うようなことでもないだろ」


 まあそうとも言える、のだろうか?
 ナルトが考えていると「もう良いだろ」とサスケは歩くペースを僅かに上げた。それに気が付いたナルトは「待てよ!」と慌てて自分もペースを上げる。


「他には何かないのかってばよ?」

「ないから無難なことを書いたんだろ」

「ほら、夏休みの宿題がなくなりますようにーとか」

「それはお前の願望だろ。あと宿題は貸さないから自分でやれ」


 サスケが言えば、せめて一緒にやらせて欲しいとナルトは勢いよく両手を合わせた。
 写すのはなしだとしても、一人で宿題を全部片付けるなんて絶対に無理だ。まだ宿題をもらってもいないがそれだけは言い切れる。
 ……言い切れるのもどうかという話だが、ナルトの成績を知っているサスケもそれを否定は出来ない。
 だが、終わる頃になって教えて欲しいと言われるよりはその方がマシである。そう判断するなり分かったと了承してしまうあたり、サスケもこの幼馴染に甘いのかもしれないという自覚はある。


「サンキュー! これで夏休みを満喫出来るってばよ!!」

「補習がなければな」


 すっかり忘れ去られた話題を引き出せば、ナルトはそうだったと項垂れる。やっぱり短冊にそのことを書いておけば良かったと言い出すナルトだが、今更願っても遅いだろと今度は突っ込んだ。全く、表情がコロコロと変わる幼馴染である。そんなナルトを見て、サスケは僅かに口元を綻ばせる。


「あ、でももう一個悩んだぜ」


 そう言って顔を上げたナルトに「何がだ」と疑問を浮かべれば、短冊の願い事の話だと返ってきた。まだ続くのかと思いつつもサスケが先を促すと、ナルトは悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。


「秘密」


 にやりと笑ったナルトはそう言って人差し指を口元に当てる。
 今まで散々人に教えろと言い、終わったかと思った話を引き延ばされたかと思えばこれだ。長いこと付き合っているが、それでもこの幼馴染の行動は分からないことも多い。


「サスケが教えてくれたら言っても良いぜ?」

「は? オレは言っただろ」

「なら持ってる短冊見せてくれても良いってばよ?」


 ああそういうことか、とサスケも理解する。健康祈願なんてありきたりなお願いだが、それが本当かどうかという話なのだろう。本当にそう書いてあっても全然不思議ではないが、ちゃんとその目で確認したいと言うことらしい。
 別に疑っているという話ではないのだろう。ただ自分が言ったのになかなか答えてくれなかったからとかそんな理由に違いない。おそらく、だが。


「そうか。なら良い」

「えっ、そこは聞くところじゃねぇの!?」

「お前が話したいなら聞いてやるが、別段聞きたいとは思わないからな」

「んだと!!」


 何を書いたのか知りたいと言い出したのはナルトであって、サスケはここまで一言もそんなことは言っていない。短冊に書こうとした願いもそこまでして聞きたいとは思わないし、話さないというのならそれで構わないと思っている。
 冷静に考えればサスケがこう返してくるのは当然のことで、本人の発言でナルトもそれに気が付いたがもう遅い。


「ちょっとくらい興味持ってくれても良いだろ!」

「話したいなら聞くって言っただろ」

「そういうことじゃねぇってばよ!」


 いいから帰るぞとそのままサスケはこの話に終止符を打つ。ナルトとしてはまだ言いたいこともあったのだが、こうなってしまっては仕方がない。今度はナルトの方が折れるしかないだろう。


「じゃあ夏休みのことだけどさ」


 仕方がなく、話を夏休みのことに切り替えればあからさまに嫌そうな顔をされた。まだ何も言っていないというのに、けれど毎年のこととなればサスケだってナルトが何を言おうとしているのかは分かる。夏休みにどこに行くとかそういう話に持っていくつもりなのだ。
 その前に夏休みの宿題だとか、あるか分からない補習のことだとか。そういったことは一先ず置いておいて夏休みにやりたいことを話を始めたナルトに、溜め息を吐きながらも結局サスケはその話を聞いてやるのだった。

 オレンジ色の空の下。二人は並んで家路を辿る。










(短冊に何を書いたか? それは……)