「なあ」


 帰り道。職員会議で全ての部活が休みになり、帰る方向が同じ二人は一緒に歩いていた。少し前までは他のクラスメイトも居たのだが、最後まで方向が同じなのは二人だけだ。
 呼び掛けられて「何だ」とだけ返してやれば、蒼の双眸を空に向けたままソイツはまた突拍子のないことを口にした。


「サスケって何で誰とも付き合わねぇの?」

「は?」


 この幼馴染が突拍子のないことをいうのはいつものことだが、それにしたってどうしてこのような話になったのだろうか。いきなり何だと言いたげに視線を向ければ、蒼もこちらをみて「だってさ」と続ける。


「昔からすっげーモテるのに誰とも付き合わねぇだろ?」

「それはオレの勝手だろ」


 まったくもってサスケの言う通りだ。ナルトもそれは分かっているのだが、どうしてなんだろうと疑問に思ったから聞いた。
 といっても、この質問をするのは初めてではない。その時にもサスケからは同じような答えが返ってきた。それを今また聞いた理由はといえば、たまたま彼が女子生徒に告白されているところを見掛けてしまったから。


「じゃあ、どんな子なら良いんだってばよ」

「どうしてそういう話になる」

「可愛い子から告白されても付き合わねぇし、サスケの好みってどんなのかと思って」


 バレンタインは女の子が男の子に気持ちを伝えるイベント、という認識がこの国では大きい。当然、女子にモテるサスケは毎年大変なことになるのだが、その時に告白を受けない理由を聞いたら良く知りもしない相手と付き合うわけないだろうとのことだった。
 モテない男としては贅沢な主張だと思ったりもしたが、それはまあそういうものかと思ったりもした。だけど自分好みの子が相手だったら、というより彼の好みの女性とはどんな人なのか。そう考え始めたら気になった。


「別に、そもそも好きじゃない相手と付き合わねぇだろ」


 しかしサスケからその答えを聞くことは叶わず。好きじゃなくても好みの子だったら付き合ってみようとか思わないのかよとナルトは心の内で思ったが、なんとなく答えが予想出来たから口にするのはやめた。その代わり、今度はまた違う質問を投げ掛ける。


「でもいつかは好きな人と付き合ったり、結婚したりするだろ?」

「この世にいる全ての人間が結婚してるわけじゃねぇだろうが」

「そりゃあ、そうかもしれねぇけど」


 それでも比較的多くの人が描いている未来予想図にそれは組み込まれているのではないだろうか。いずれは結婚して子供を授かり、家族みんなと幸せな家庭を築くというのはよくある未来予想図だろう。
 だが、この言い方からしてサスケの未来予想図にそれは当たり前に存在しているものではないのかもしれない。それもおかしなことではないし、結婚はしなければいけないものでもない。
 けれど、この年頃の話題といえばあちこちで恋愛話が出てくるのもまた事実だ。もっとも、昔からサスケはその手の話題に全くといっていいほど興味を示していないが。


「そういうお前はどうなんだよ」


 突然聞かれて「え、オレ?」とナルトは聞き返してしまう。人に聞くのなら自分も答えろということらしい。それはその通りかもしれないが、まさか自分に振られると思っていなかっただけにナルトはうーんと考え始める。


「誰でも告白されたら付き合うのか?」

「告白されたら嬉しいけど、返事はちゃんと考えるってばよ」


 付き合うかどうかは相手にもよるだろう。例えばちょっといいなと思っていた子だったらOKするかもしれないし、自分好みの子だったら良い返事をするかもしれない。何であれ、好意を向けられること自体に悪い気はしないからきちんと考えて返事をする。当たり前といえば当たり前のことだ。


「それが全く知らない相手でもか」

「それも考えて返事する」

「なら、相手がサクラだったらどうなんだ」

「サクラちゃん? ……はまずないだろうけど、考えるってばよ」


 何故このような話になってしまったのかと思いながらも聞かれた分だけ問い掛けていると、思っていたのと違う答えにサスケは質問を止める。


「お前、サクラのことは好きなんだろ」

「好きだけど、やっぱ返事は考えてするもんだろ?」


 それはそうかもしれないが、それは先程までの話と全く違うのではないか。さっきまでの話からすると付き合うと答えそうなものだけど、それでも一度考えてから答えるという。そのこと自体は悪くないけれども。


「……お前、人に散々言っておいて自分も付き合う気ないだろ」


 これまでの話からそんな感じがした。そんなことはない、と口で否定はされたけれどとてもそうは聞こえない。考えた答えが良い返事になる可能性はあるにしても、その可能性が低いようにサスケには聞こえたのだ。


「くだらねぇ」

「くだらなくなんてないってばよ! つーか、オレの話じゃなくて――」

「興味ないって言ってんだろ」


 もういい加減この話を終わりにしようとサスケは言い切る。ナルトは不満そうな顔をするが、本当に興味もなくてくだらないと思っているんだろうからこれ以上は諦めるしかないだろうか。まだ聞いてみたいことはあったが、ここまでこの話題に付き合ってもらえただけでもマシな方だ。
 いや、でも最後にもう一つだけ。そう思ってナルトは口を開いた。


「じゃああとこれだけ! サスケってば好きな人とかいんの?」


 そんなことを言い出したナルトに思わず「はあ!?」と声が出た。漸くこの話を終わりにしようとしたところで何を言い出すのか。


「だって気になるじゃん」

「何でオレがお前にそんなことを教えなくちゃいけねぇんだよ」

「そりゃあオレとお前の仲だし」


 どんな仲だと言いたくなるがやめた。自分達は幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもない。幼馴染だから互いのことはそれなりに知っているが、それでも知らないことは当然ある。だからといってそれらを全て教えてやる必要もない。誰が好きだとかそういう恋愛話は、そういった話題が好きな友達とやってくれと言いたい。


「お前には関係ないだろ」

「えっ、誰かいんの!?」

「誰もそんなこと言ってねぇだろ」


 はあ、と溜め息が零れる。何も答えていないというのにどうして誤解されるのか。
 だがナルトからしてみれば、好きな奴なんていないとばっさり切り捨てられるものだとばかり思っていたからこの返答は少し意外だったのだ。まあ、実際はそう言わなかっただけで同じ意味だったようだけれど。


「じゃあオレは行くからな」


 二人が別れる分かれ道。いつの間にかここまで歩いてきていたらしい。
 そう言ってさっさと自分の家の方へと進んで行くサスケをナルトは慌てて追いかける。


「あ、サスケ! ちょっと待ってくれってばよ!」


 呼べばすぐに立ち止まってくれる。まだ何かあるのかと明らかに嫌そうな顔をされたが、気にせずにナルトは続ける。


「あのさ、勉強教えて欲しいんだけど」


 予想もしていなかった言葉に黒い瞳が大きく開く。あのナルトの口からそんな言葉が出てくるなんて。宿題だっていつも直前になって写させて欲しいというような奴なのに。


「お前が勉強……?」


 疑いの目を向けられて、ナルトは「それがさ」と事情を説明した。ナルトの成績が悪いことなんて今に始まったことではないが、この前のテストが散々な結果だった為に次のテストの成績が悪かったらお小遣いを減らされると言われたらしい。
 元々これまでのテストでも赤点ギリギリなことは多かったのだが、この間の実力テストの結果ならサスケも知っている。今更というべきか、とうとうというべきか。


「だから次のテストは良い点をとらなくちゃいけないんだってばよ」


 頼む、と両手を合わせてお願いされて本日二度目となる溜め息が零れる。毎回テスト前は勉強を教えて欲しいと頼まれているが、そういう理由でいつもより早くから勉強をする気になったらしい。普段からやっていればこんなことにもならないのだが、それを今言っても仕方がない。


「……真面目にやるんだろうな」

「やるから、頼む!」


 自分でやれと言いたい気持ちもあるがそれも今更だ。分かったと頷いてやれば、一気にナルトの表情が明るくなってお礼を言われた。表情がくるくる変わる奴である。
 行くぞと言って歩き始めたサスケの隣をナルトも並んで歩く。二人は他愛のない話をしながら、一緒の帰り道を進んで行くのだった。








(誰とも付き合わない理由も、好きな人を答えなかった理由も)
(付き合うかどうかは考えて答えるって言った理由も)

――全部、お前が好きだからだって。

(言ったら、アイツはどんな反応をするだろう)
(だけど今はただ一緒に)