任務のない休日。天気は晴れ。とても良い天気だ。だからといって、外で過ごすという事に限られるわけではない。家の中で過ごすのも一つの手段である。



好き言葉




 此処はナルトの家。そこには、ナルトとサスケの二人が居た。お互いにそれぞれ自分の好きな事をやっていた。ただし、それは少し前までの話。


「あのさ……急にどうしたんだってばよ?」


 目の前に居るサスケを見ながらナルトは問う。さっきまでは確かにそれぞれ忍術書を読んでいた。それは間違いない事だ。けれど、今はどうだろうか。読んでいた忍術書は近くに置かれている。そして今のこの状況だ。


「良いから“好き”って言えよ」


 何の迷いもなく、ナルトの問いに答えずにそう言う。その目は真剣なもの。決して冗談などで言っているわけではない。それはナルトにも十分わかる。
 けれど、どうして急にこんな事になったのだろうか。一体どこをどうすればこんな風に話が進むのか。その答えは分からない。サスケ本人に聞けば分かるのだろうか、といっても定かではない。この状況にナルトはついていけていなかった。


「良いも何もないってばよ。だから、どうして急にそうなんの?」


 忍術書を読んでいて、こんな風に思うのだろうか。そう考えるのは難しいだろう。忍術書にそんな事は一切書いていないのだ。書いてあった方が問題ではないだろうか。
 他に何か思い当たるものはあるのか。そう問われたとしても答えられない。なぜなら、思い当たるものは何一つないのだから。だけど、何かきっかけというものはあるはずだ。そのきっかけになったものは何だろうか。今日一日のを改めて考えた所で答えはみつからない。


「言えって」

「だから! オレの質問に答えろってばよ!!」


 全く話を聞こうとしないサスケに、ナルトはつい大声を出してしまった。昼間という事もあって隣の家の人や近くの家の人も出掛けていたのだろうか。注意される事はなかった。
 もし注意されたとしてもそれはサスケのせい。オレは何も悪い事をしていないのだから問題ない。おそらくそう思っただろう。そうだとしても実際大声を出したのはナルトであるが。


「そんな事、どうでもいいだろ」

「良くないってばよ!」


 どうでもいいという事ではない。そもそも、サスケはナルトに対して頼んでいる立場なのだ。命令形の言葉でも頼んでいる立場に変わりはない。だったら、どうしてこうなったのかくらい説明してくれても良いものだと思う。それを聞いたら、言うというわけではないが。それとこれとでは話は別だ。聞いたら言えという交換条件は無に等しい。


「大体、どっちが頼んでる側か分かってんのかよ」


 分かっていないと思っているわけではない。けど、今の状態は少しおかしいと思う。なぜ、頼んでいる立場の人が頼まれる立場の人よりも偉そうなのだろうか。普通は逆じゃないのか。余計な考えまでどんどん浮かんでくる。


「オレは、お前に頼まれてる側。だから、質問にくらい答えろってばよ」


 まさか、質問に答えられないような事ではないだろう。そうだとしても、どんな事なのか見当もつかない。もしも、そうだったらどうすれば良いのだろうか。流石にそんな事はないと思う。それだけは絶対にないだろう。どんな答えが出てくるかは分からない。けど、多分ないはず。と、いうよりそう思いたい。


「お前、一度でも言った事あるか……?」

「言った事あるって、何が?」


 問いを問いで返す。分からないのだからそうなってしまうのも無理はない。今の言葉には主語というものがなかったのだ。そこが一番重要なところだろう。それなのに省かれていては分からない。分かれと言われても難しい事だ。


「“好き”って言った事があるか聞いてるんだ。」


 次に出てきた言葉には驚いた。主語があったおかげで何の事に対して言っていたのかは分かった。分かったけど、ちゃんと理解したわけではない。
 “好き”という言葉をナルトがサスケに言った事があったのか。それは、おそらくなかっただろう。けど、今問題なのはそこではない。急に出てきた言葉は、意外なもので普通に考えられるものではない。どうしてそういう言葉をサスケは簡単に言えるのだろうか。ナルトはそればかりを考えてしまう。


「急に何言ってんだってばよ!」

「お前が質問したから、その答えを言おうとしただけだろ」

「全然答えになってないってばよ!!」


 このどこが質問の答えだろうか。質問の答えではなく、新たな質問というものだろう。聞きたい事の答えは分からず、逆に別の質問を問い掛けられる。そして、またその質問の内容が内容だ。質問に対しての答えはナルトの中で分かっている。どうして急にサスケがそんな事を言ったのかは分からないものの、言いたい事は分かる。分かってしまった。
 サスケの質問に対しての答えは『ない』というもの。だから、ナルトからサスケに“好き”と言えと言っているのだ。いつも“好き”というのはサスケ。何度も聞いた事のある言葉。だけど、ナルトからは一度も言った事のない言葉なのだ。


「それで、どうなんだよ」


 どうしてなのかは分からない。けれど、その目的は分かった。ナルト自身、今言われて気付いた事だったりする。何度も何度も聞いた事がある。何回聞いた事があっただろうか。相手はサスケだけに特定されているが、十回くらいは聞いた事があったと思う。“好き”という言葉を何度も聞いた。
 ただそれは聞いた事のあるだけで、言った事があるわけではない。ナルトが言った事はまだ一度もない。サスケに対しても、他の人に対しても。一回ですらないのだ。


「…………ないってばよ」


 小さくても、はっきりとサスケには聞こえていた。部屋にはたった二人しか居ない。その上、大きい音もないのだから聞き取れない事はない。いくら小さくても静かな部屋ではしっかりと聞こえるようになるのだ。


「だったら、言えよ」


 サスケは簡単にそう言う。けど、簡単に言えるような言葉ではない。ナルトからすれば、どうしてサスケは簡単に言えるのかという方が不思議でしかたがない。普通はそう簡単に言えるものなのだろうか。
 そう思ってはみても違うだろうという考えに辿り着く。ただ、サスケがそんな風に言えるだけなのだと結論をつけていたのだ。それなのに言えと言われても困る。どうしてそう言うのかが分かっても言えない。


「それともお前は、オレの事をそんな風には思ってないのか?」

「違うってばよ!」


 違う。それは間違いではない。けど、言葉に出来るかと言われてば難しい。
 簡単に言えるような言葉とはまた違う。“嫌い”というのは簡単なのにどうして“好き”というのは難しいのだろうか。相手に伝えたい思いの違いなのか。それは分からない。
 けど、どっちも一つの感情であり思いである。それを言えるかというのは、相手にその思いをどれだけ分かってもらいたいのか。そういう事なのかもしれない。嫌いといっても、それが事実というわけでもない。好きというのに嘘という事はないだろう。そんな違いなのかもしれない。


「なら、言ってみろよ」


 分かっている。好きと言われると嬉しい。自分も同じ思いを持っているから嬉しいのだ。いつもサスケに言ってもらえて、恥ずかしい気持ちもあるけれど嬉しい気持ちがある。簡単に言えるようなものでもないだけ嬉しさも大きい。それは分かる。だから言いたいという気持ちもある。けれど、やはり簡単に言う事は出来ない。言葉とは難しいものだ。


「………………」


 言葉は分かっている。言いたいけど恥ずかしい。だから言いづらい。それに、こんな風に見られているのだ。その分恥ずかしさも増える。だからといって言わないと伝わらない。伝わっているのだけれど、言葉にしてまた新しく伝わるものがあるはず。
 今、こんな風に言い出したのがどうしてなのだろうか。それに深い理由なんていらなかったのかもしれない。サスケはただ、その言葉をナルトから直接聞きたくなった。いつもは言っているだけ。たまには、ナルトから言葉で聞きたくなったのかもしれない。


「…………好き……だってばよ……」


 顔を赤く染めながらもナルトは言った。その言葉は途切れながらもちゃんとしていた。“好き”という事を言葉で伝える事が出来た。
 やっぱり、言うのは恥ずかしい。けど、言ってみたら恥ずかしいという気持ちだけがあったのではない事に気がついた。言うという事で、自分もまたそれを確認できる。そんな感じがした。


「オレもお前が好きだ、ナルト……」


 優しく言われた言葉。なんだか、優しく包み込んでくれるような感覚。気のせいなのかもしれないけど、少なくてもナルトはそう感じた気がする。この言葉は、やっぱり嬉しい気持ちになった。



 “好き”という言葉。

 言うのは難しい事なのかもしれない。恥ずかしくて、なんだか言いづらい言葉だから。
 けれど、言った事で伝わるものがある。言わなければ、伝わらないものもある。言葉があって、思いがある。それを伝える為にこれからも努力する。
 貴方の事が、好きだから。










fin




「和泉屋」の小川ちや様に差し上げたものです。なかなか好きという言葉を言わないナルトにサスケが言うよう話してます。これからナルトが少しずつでも言ってくれるようになればサスケも嬉しいでしょうね。