「あーオレもお祭りに行きたいってばよ!」
火影室でそう叫んだのはこの部屋の主である火影その人だ。今日、木ノ葉隠れの里では夏祭りが開かれている。里全体がお祭りで盛り上がり、外からも毎年大勢の人達が訪れている。今も里の中心では沢山の出店が並び、既に沢山の人達がやってきているのがここからでも窺える。
「文句を言ってないでさっさと仕事をしろ」
「けどさ、今日くらい休みでも……」
「後で苦労するのはお前だぞ」
そう言われるとナルトも言葉に詰まる。ただでさえ書類が山積みになっている状態だ。たとえ半日でも休めばここから更に仕事は増える。そしてその仕事を片付けるのは結局自分なのだ。火影の仕事は火影にしか出来ない。誰かが代わりにやることなんて不可能なのだ。
それを考えれば、今お祭りに行きたい気持ちを我慢して仕事を片付ける方が断然良いに決まっている。そう話すサスケは間違っていない、が。
「でもお祭りは今日だけだってばよ」
量は増えても最悪仕事は後でも出来る。しかし、日にちの決まっているお祭りはまた明日行けば良いというわけにもいかない。今日行かなければ次は来年だ。それが今しか楽しめないものだというのなら、後で苦労することになってもそっちを選択するのも有りではないだろうか。
ナルトの主張にサスケは溜め息を吐く。確かにナルトの言うことも一理あるが、目の前にある机を見てどうしてそう言えるのか疑問だ。ただでさえ今日中に終わるのか分からない仕事の量、ここに更に仕事が増えたらどうなることか。
「別にお前が一人でこれを全部片付けられるのなら行っても良いんだがな」
そう、どうしても行きたいというのならサスケも止めはしない。仕事が増えるのも自業自得というものだ。ただし、それはこの書類の山を一人で片付けることが出来るならの話だ。
「うっ……それは…………」
「それが出来ないなら諦めるんだな」
ちゃんと自分の仕事は自分でやってくれるのならサスケだって文句は言わない。だが実際は書類の山が増えると火影の補佐であるサスケにそのツケが回ってくるのだ。現在進行形でここにある書類の山から火影が確認しなければならないものを除いてサスケも手伝っている。これらも全て自分でやってくれるというのなら、それは自己責任なのだから全く構いはしない。
「じゃあさ、サスケも一緒に行って二人でこれも片付けるっていうのは――」
「何でオレがお前に付き合わなきゃいけねぇんだ」
お祭りのように人が多い場所には行きたいとも思わないし、そのせいで増えた仕事を手伝わされるのなんて御免である。きっぱりと言い切ればナルトがガクッと項垂れる。名案を思い付いたと思ったのにと思っているのはナルトだけであって、何を言い出すんだこの馬鹿はというのがサスケの内心である。
「おい、盛り上がってるとこ悪ィけどこれも頼むぜ」
ドアを開けて入ってきたもう一人の補佐役の腕には新たな書類の山が抱えられている。それを見た瞬間、明らかに嫌そうな表情を浮かべた火影に「で、どうするんだ?」とサスケは問う。
どうするも何も、流石にここまでの書類の山を放って遊びに出掛けるわけにもいかないだろう。遊びに行きたいのは山々だが、これに明日の書類が加わったりしたらもうどうしようもなくなってしまう。サスケの手伝いがなければとても片付けられる気がしない。
「あーもう! 分かったってばよ!」
やれば良いんだろと叫んでナルトは大人しく机に向かう。それを見た二人は顔を見合わせ、それからお互いに自分の仕事に戻るのだった。
□ □ □
夕方に差し掛かる頃から始まったお祭りもそろそろ終わりが近くなっている頃だろう。オレンジ色の太陽は西の空へと沈み、代わりに東の空から真ん丸の月が昇り始めていた。
「終わったってばよー!」
大きく腕を伸ばし、そのまま突っ伏した火影様にお疲れ様ですとサスケは礼儀的に声を掛けた。昔から知っている間柄なだけあって正式な場以外では砕けて話すことの方が多いのだが、本来火影とは里で一番偉い立場の人間だ。普段からこうして接するべきなのかもしれないけれど、一番最初に何か変な感じがすると言い出したのもこの火影である。その結果、サスケをはじめとした同期の上層部メンバーは今まで通りに接しているわけだ。
「サスケ、もう仕事は終わりだろ」
「こんなんでも一応は火影だからな」
「一応じゃなくて本物の火影だってばよ」
昔からずっと言い続けていた夢を本当に叶え、ナルトは今ここに座っている。そして、そんなナルトに力を貸したいと思った面々がこうやって傍で彼を支えている。なんだかんだ言いながらも書類の山を片付けるのを手伝っていたサスケもその一人だ。
「けどお祭りはもう行けねぇよな。さっきから花火の音も聞こえてるし」
やっと仕事は終わったけれど、ナルトが仕事をしている間にお祭りももう終わりの時間になってしまった。後ろからはドーンと大きな音が聞こえており、空には幾つもの花が咲いていてとても綺麗だが今からここを出ても間に合いそうにない。
「良いのか」
「仕方ねぇしな。その代わり、来年は絶対行くってばよ!」
お祭りに行く為に仕事を早めに片付けて、一日の休みとはいわないけれど夕方くらいから抜け出しても良いように計画的に仕事をしよう。そうすればサスケにも文句は言われないし仕事の山が出来ることもない。お祭りにも参加出来て完璧である。
あくまでもそれが実現出来ればの話ではあるが、火影だって休みがないわけではないのだからそこは上手くやろうと決める。今年は就任一年目で上手くいかなかったが、二年目になればなんとかなるだろう。そんなことを考えているナルトの横でサスケはちらりと視線を外へ向ける。
「なら、もう今日の祭りは諦めるんだな」
「今年はな。来年はオレも祭りを楽しむ!」
「じゃあ少し付き合え」
話を聞いているのかいないのか、そう言ったサスケはくるりと背を向けて歩き始めた。あまりに唐突な行動にナルトは頭に疑問符を浮かべるが、とりあえずここはサスケの後に続いて部屋を出た。
火影室を出て数分。サスケが向かった先は火影の屋敷の屋上だった。頭上には満天の星と満月、お祭りの会場になっている辺りには幾つもの花が咲いては散ってを繰り返している。
「おお、こっからの方がよく見えるな!」
綺麗だなと呟くナルトは手摺りから身を乗り出すようにして花火を見る。それを数歩ほど後ろでサスケが眺める。
「確かに祭りは終わるが、最後の少しだけでも楽しめば良いだろ」
今から会場に向かったのでは遅いとしても、まだお祭りは終わっていない。といってもあと一時間もしないうちにお祭りは終わってしまうのだが、少しでもそれを楽しむ時間が出来たのなら楽しめば良い。あと僅かしかないからといって諦めてしまうこともないだろうと、そんな意味を込めてサスケは言った。
そんな友人の言葉にナルトは一瞬驚き、けれどすぐにニカッと笑って「言われてみればそうだな」と頷いた。せっかく綺麗な花火が打ち上がっているというのにそれを見ないなんて勿体なかった。
「……やっぱさ、来年はサスケも一緒に祭りに行こうぜ」
二つ、三つと次々に打ち上げられる花火を見ながらナルトは言う。数時間前に火影室では否定されてしまったけれど、あれは最初から仕事をサスケにも手伝ってもらう気だったからというのもあるだろう。元々サスケがお祭りのようなイベントを好きでないということもあるだろうが、お祭りは一年に何回もあるものでもない。
「勿論仕事はちゃんと終わらせてからだけどさ、一人で行くよりサスケと一緒の方が絶対楽しいってばよ」
「別にオレじゃなくても良いだろ」
「オレはサスケと行きたいんだってばよ」
一人ではなく誰かと行きたいのなら他を当たれ。そんな風に話すサスケにナルトはちゃんと名指しで伝える。他の誰でも良いわけじゃない、サスケと行きたいのだと。
沢山の仲間を誘ってみんなでお祭りに行くのも勿論楽しいだろうけれど、大勢でわいわい騒ぎたいという意味で誘ったわけではないのだ。特別な人と、好きな人と一緒に行きたいから。みんなとではなく、二人だけでお祭りに行きたい。
「なあ、ダメか?」
碧眼が振り返って漆黒の双眸を見つめる。真っ直ぐなその瞳にサスケはふいと視線を逸らし、それから「仕事がちゃんと終わってたらの話だ」とだけ返した。否定されなかったそれはつまり了承と受け取って良いのだろう。その言葉を聞いたナルトは嬉しそうに笑う。
「勿論だってばよ! それじゃあ約束だからな!」
来年のお祭りが楽しみだと呟くナルトに気が早すぎだろうと隣でサスケが零す。良いんだってばよと言って笑うナルトは絶対に忘れんなよと念を押し、聞こえてきた花火の音で「サスケ、今度のはデカいってばよ!」とはしゃいでいる。そんな恋人に呆れたような溜め息を吐きながら、けれどその口元には緩い弧が描かれていた。
少しは静かに見れないのかと言いながら隣に並んだサスケにせっかくなんだから楽しまないとと言ってナルトはまた空を指差した。その指先を追って見上げた先には大輪の花が咲いた。
大輪の花を君と
大きなその花が空に咲いた瞬間、そっと唇が触れ合った