長期任務が終わりそのまま任務の報告をする。ご苦労だったと労りの言葉を掛けられ、二日間の休暇を言い渡されるとその場は解散となる。
 一緒に任務に赴いた友人は、やっと里に帰ってきたのだからラーメンでも食べに行こうかといつもの台詞を繰り返す。程々にしとけと適当に流しながら、サスケは真っ直ぐに家へと向かった。





 ただいま、とは言わずに玄関を開けて家に入る。幼い頃はちゃんと口に出していたそれも家族が居なくなってからは自然と言葉にしなくなった。言葉にしたところで「お帰り」と迎えてくれた母はもう居ない。寝る時には「おやすみなさい」と声を掛けていたのも遠い昔の話だ。
 初めの頃はつい癖が出てしまいそうになったこともあったが、あれから十年以上も経ったんだ。とっくに一人での生活には慣れた。


(人の気配……だがこれは…………)


 家に入るなり見知った気配を感じる。全く知らない気配だったら警戒をするが、そうでないのなら警戒をする必要もないだろう。疑問は浮かんだがおかしなことではない。この相手は自分の家の鍵を持っているのだからここに来ても不思議ではないのだ。ただ、任務に行っていると思っていただけに少しばかり驚いた。


「あ、サスケ君。お帰りなさい」


 台所まで行けば見慣れた桃色の髪を揺らしながら彼女はエプロンをつけていた。どうやら食事の支度をしてくれていたらしい。彼女が作ったと思われる料理が幾つか皿に盛りつけられており、残りの料理ももう暫くすれば完成しそうである。


「帰ってたのか」

「昨日任務が終わったの。確かサスケ君は今日帰ってくる予定だって聞いてたから、家に上がらせて貰ったの」


 もうすぐご飯は出来るけど先にお風呂に入る? とまるで妻のようにしっかりと用意をしてくれている辺りは彼女らしい。任務で疲れているだろうからと気遣っているのだろう。一応といった感じで、迷惑だったかなと確認されたがそんなことはない。大体、迷惑なら鍵を渡したりはしていない。言えばそれもそうだとサクラは笑う。
 一人だったら食事は後回しにしたところだが、せっかくこうして作ってくれていたのだ。それなら温かいうちに食べた方が美味しいだろう。そう伝えると、あと少しだけ待っててと返ってくる。何もしないで待っているというのも悪いから、料理を運んだり出来る限りの手伝いをする。
 そうしているうちに残りの料理も完成し、二人揃ってテーブルにつく。それから「頂きます」と挨拶をして、二人で食事を始める。


「サスケ君、今回もナルトとだったんでしょ?」

「いい加減違う奴と組みたいんだがな」

「でも、なんだかんだでコンビネーションばっちりじゃない」


 忍者学校時代からお互いのことは知っていて、下忍で第七班として同じチームになった。喧嘩をしてはいい加減にしなさいよとサクラが間に入り、担当上忍はそれを眺めているという光景が毎日のように見られたあの頃。主にナルトの方が突っかかることが多かったが、仲が良いとはお世辞にも言えなかった。
 けれど初めてのCランク任務、実質Aランクであった任務の際には碌に相談もせずにばっちりと連携を決めたのだ。それからもなんだかんだで上手くやっている二人を見ていたサクラからすれば、中忍や上忍になってから二人が組むことが多いのは納得である。加えて技の相性も良く実力も同等となれば、一緒に組まない方が逆に不思議だろう。


「別にそんなことはない。今回もアイツは突っ走ったからな」

「まぁ、ナルトらしいといえばらしいわね」


 意外性ナンバーワンのドタバタ忍者。下忍だった頃に比べれば落ち着きも覚えたが、それでも行動的なのは変わっていない。勿論、しっかりと作戦を立ててそれに沿って動くのは基本だ。
 けれど、時々突拍子もない行動に出てはチームメイト……要するにサスケが困らされることもある。何か問題になったことはないから良いものの、振り回される身としては良い加減にしろという話だ。


「だけど二人は一緒の任務に就くことが多くてちょっと羨ましいな。たまには私も七班のメンバーで任務に行きたいなって思うの」

「お前の医療忍術があれば心強いな」

「ありがと。体術もあるから前線でも力になれるわよ」


 五代目火影直伝は医療忍術だけではない。その体術もかなりのものだ。サクラは医療忍者としての仕事も多くなかなか同じ任務になることはないが、また七班の仲間と任務に就くことがあればかなり頼れる存在だ。実力だけではなく元第七班としてのチームワークも発揮して、失敗などすることはないのではないだろうか。そこに担当上忍も加われば、木ノ葉の実力者揃いの凄いチームが完成する。
 そうしたメンバーで任務をすることはあまりないけれど、かつてのチームでまた任務をしたいと思うのは彼女だけではないだろう。下忍の頃、任務を共にした仲間は他の同期達とは違った特別な何かがあるのだ。


「あのウスラトンカチのこともどうにかしてくれると助かるんだが」

「私にどうにかできるかしら。昔っからああじゃない?」


 本人がこの場に居たらすぐに反論してくれただろう。生憎この場にはサスケとサクラの二人しか居ないから、そうだなと同意を得られて終わる。今頃ナルトはくしゃみをしているかもしれない。いや、一楽で呑気にラーメンを食べている可能性の方が高そうだ。


「だけど、そのナルトも今は里でもトップに入る実力を持ってるのよね」


 忍者学校時代からは考えられない。けれど、一緒の班であった二人はその成長を近くでずっと見てきた。その成長っぷりに驚かされながらも、ナルトの姿を見ていればそれは納得出来ることでもあった。
 勿論二人も修行を重ね、ナルトと同様に里でもトップの実力者である。それらは全て、努力した結果なのだろう。しかもナルトは時期火影候補でもあり、いずれは昔からの夢を実現させるのかもしれない。その時は二人も里の上層部になるのだろうか。そうしたら色々と大変そうだ。実力は申し分ないにしても、ナルトがデスクワークを得意としているとは思えない。実際どうなのかは、なってみないと分からないけれど。


「ナルトが火影になったら色々と心配ね」

「周りに迷惑が掛からないと良いな」


 火影になることが現実になったとして心配なのはそこである。それは二人だけではなく同期メンバーもみんな思っていることだろう。いきなり火影になることはないのだから事前に仕事を教わったり引き継いだりもする筈だけれど、そこで一苦労する姿が目に浮かぶ。
 何せ出会って十年以上が経つのだ。お互いの性格も何も今や分かり切っている。そのせいで、強引に飲みに誘われたりもする。全く困ったものだが、なんやかんやでみんな楽しんでいるのだからそれはそれで良いのかもしれない。


「そういえば、サスケ君はまたすぐ任務に行くの?」

「いや、今回は二日休暇になってる。その後の任務はまだ引き受けていないが」


 それじゃあ久し振りに一緒に過ごせそうね、とサクラは笑う。サクラの方は、木ノ葉病院に用事があるらしいがそれほど時間が掛かることでもない。五代目に手伝いに呼ばれているらしい。とはいえ、一日中ではなく午前中に書類の整理をするだけで午後は空いているそうだ。サスケも休みなら久し振りに二人での時間を作れる。
 お互い忙しい身で休みが重なることもあまりなければ一緒に過ごせることも少ない。久し振りにそういう時間が出来ると分かって嬉しくなる。大切な人と一緒に過ごしたいと思うのは、誰だって同じだろう。


「また明日も来ても良い?」


 そんなサクラの問い掛けに、サスケは「あぁ」と頷いた。サクラのように分かり易く表情の変化は見せないが、サスケも小さく口元に笑みを浮かべた。
 大切な人、とはお互いに目の前の相手なのだ。幼き頃、サクラが抱いていた恋心は今やしっかりサスケへと届いている。今では一方通行の好意が双方に向けられている。そういう特別な関係だ。


「いつでも来て良いとは言っているんだがな」

「親しき仲にも礼儀ありって言うじゃない。それに、たまには約束も良いでしょ?」


 約束をして会う。そういうのもたまには良いじゃないか。なんだか特別な感じがして。
 そう伝えればサスケも納得した。それでもサスケからしてみればどちらでも良かったりするものの言いたいことは分かる。それに、サクラがそうしたいのならそれで良いと。


「楽しみにしてるわね」


 特に出掛けるつもりはないけれど、ただ一緒に過ごせるだけで良い。それだけ思える相手が居るということは幸せである。

 いつか失っていたと思っていたものは、こんなにも近くに。手を伸ばせば届く距離にある。
 大切な人が居て、その人が待っていてくれる。
 もう手に入らない、必要もないと思っていたけれどこの温かさは心地が良い。こうした彼女との幸せがこの先も続いたら、なんて心の中でこっそり考えてみる。貴方との幸せが続いたら良いなと、彼女もまた胸の内で思うのだ。



 大切な人との約束。
 明日はきっと素敵な一日に。










fin