青い空を鳥が自由に飛び回る。そんな小鳥の囀りを聞きながら、今日もこの場所では里の長が山のように積まれた書類と向き合っていた。その傍らには火影補佐が一人。
 かれこれ椅子に座って一時間が経っただろうか。手元の書類に判を押したと同時にそれらから手を離し「どんだけあるんだよ」と疲れた風な声が零れた。どんだけも何も目の前に山があるのだが、こんなにやらなければいけないなんてといった心境なのである。


「文句を言っていないでさっさと判子を押せ」

「んなこと言ったってさ……」


 もう疲れたってばよ、と火影様は一時休憩に入る模様だ。そんな火影に補佐官は溜め息が零れる。まだ一時間しかやっていないと周りが言っても、火影であるナルトからすればもう一時間もやったのだ。デスクワークが苦手な六代目のお蔭で書類は溜まっていく一方である。
 そのツケが一体どこに響くのかといえば、それは補佐官であるサスケであったり上層部のサクラやシカマルに回ってくる。火影の仕事だろうと思いながらもその火影がやらないのだから仕方なく手伝うことになるなんてことは一度や二度のことではない。


「つーかさ、判子押すだけなのになんでオレを通さなくちゃいけないんだってばよ」

「それはお前が火影だからだろ」

「火影が見なくちゃいけない書類つっても、大体が判子押すだけじゃん」

「それはお前がちゃんと書類を読んでいないだけだろうが、このウスラトンカチ」


 尤もすぎるサスケの言い分を適当に聞き流し、ナルトはそういえばさと話を変える。とにかく仕事をしろと言っても聞きはしないのだ。
 ここは諦めて一度休憩ということにしてしまうべきなのだろうか。だが、目の前には書類の山。この調子では今日中に片付くのかも危うい。また手伝う羽目になるんだろうなと思うと溜め息が零れる。後で来るであろうサクラも呆れることだろう。


「もしオレが休み欲しいって言ったら取れるのか?」


 また唐突な質問にどうしてだと問い返す。火影とて毎日働きづめという訳ではないが、仕事も多くなかなか休めるような役職でないことはナルトも分かっている。とはいえ、休みもない訳ではないのだから必要に応じて休暇は与えられている。
 それでも自由に休んだりは出来ないし何かあればすぐにでも出てきて貰うことになるのだが、何か用事でもあるというのなら一日の休みくらいはどうにか出来る。勿論、火影という立場なのだからその内容によっては却下するが。


「まぁちょっと用事? 一日で良いんだけどさ」

「休みが欲しいなら、それこそ休憩してないで働いて欲しいんだが」


 なら休憩しないで仕事をすれば休んでも良いのか。
 サスケの言葉からそう判断したナルトは尋ねる。むしろそれは普通のことなのだからそれで休んでも良いと思われるのは困るが、今は特別な会議などの予定もないから休みを取れるといえば取れる。仕事をきちんと終わらせた上での休みなら、という話だけれども。
 それを聞いたナルトは、それなら今すぐ仕事をするから休みが欲しいと言い出した。そこまでして休みを貰って何をするんだとは思ったが、そこはプライベートなのだから追及することでもない。一日ならサスケ達でどうにか出来るだろうと考えて、ちゃんと仕事をすることを条件に休みを取っても良いと話した。勿論ナルトはすぐに頷く。
 火影への休みの条件が仕事をすることというのはどうかと思うが、この火影相手ならば仕方がない。里の者や他国の者には到底言えられないことである。


「それで、お前はいつ休みが欲しいんだ」


 いつでも良いのなら他の上層部の面々と相談して近いうちに適当に休めるように手配する。だが、わざわざこう言ってきたということは何かあるのかもしれないと尋ねる。案の定、ナルトは日にちも指定してきた。


「二十三日! その日一日で良いから」


 今日は十六日。一週間後ならなんとか都合は付けられるだろう。そう判断して分かったと返せば、よろしく頼むと言ってナルトは休憩を終わりにして再び書類に向かい合った。
 約束だからなのだろうが、ここまで効果が出るものかと思って嬉しいような悲しいような複雑な気分だ。本当にいつもこれくらいであって欲しいところである。火影のこの仕事っぷりを聞いたら他の上層部も同じことを思うに違いない。



共に




 火影様が休みを欲しいと言い出したのが約一週間前。その休みの為に真面目に仕事をする様子を見た上層部、もとい同期のメンバーはあのナルトがこんなに仕事をしているなんてと些か失礼なことを全員が全員思った。
 失礼だろうが六代目のこのような姿を見るのは珍しかったのだから仕方がない。休み一つでここまで熱心に仕事をしてくれるのなら、時々休暇を取らせてやってこれくらいの仕事ぶりを発揮して貰いたいものだ。


「よっしゃ! これで今日の分も終わりだよな!?」


 二十二日の夜。山積みだった書類は今ではすっかり片付けられ、最後の一枚も今ナルトが判を押したことにより終わった。これで今日までに火影がやるべき仕事は全て片付いた。一週間前まであんなに書類を溜めていたのが嘘のようだ。


「そうだが、いつもこれくらい出来ないのか」

「いつもだってオレなりにちゃんとやってるってばよ」


 そのナルトなりにやっているというのがあの結果なのだから困ったものである。とはいえ、今はきちんと仕事が片付いたのだから良しとしよう。これなら文句なく明日の休暇はゆっくり過ごせと言える。
 書類以外のこともしっかり終わらせており、今日はこれ以上やることもない。サスケはこの書類を運んだりしなければならないからまだ残るけれど、ナルトはもう帰っても良いだろう。そう考えて帰って良いことを伝えれば、なぜかナルトは「それじゃあサスケも帰るってばよ」と言い出した。ナルトは良くてもサスケにはまだ仕事が残っているのだが、それを言えばなら待っていると言い出す始末。


「わざわざ待つ必要はないだろ。何の為にお前まで残る」

「だからサスケと帰る為だろ?」

「どうしてオレと帰るのかと聞いているんだ」


 聞き方が悪かったと訂正すれば、ナルトはきょとんとする。そりゃあ一緒に帰りたいからに決まっていると言われても、どうしてそう決まっているのかと聞きたい。聞いたところで同じようなやり取りの繰り返しが目に見えている為、これ以上聞き返すことはしないけれども。
 一緒に帰ったとしてもナルトもサスケもそれぞれ自宅に帰るのだからすぐに別れることになる。お互い一人暮らしの身だが、どちらかの家に行く用事も約束もしていない。そんな僅かな時間を過ごす為に待っている意味が分からない。大体、普段から仕事で顔を合わせているのだから帰り道を共にする必要性を感じないのだ。

 しかし、それはあくまでサスケの意見だ。ナルトからすれば一緒に帰ることにも意味はある。何の為に二十三日に休みを貰ったのかという話である。
 サスケは分かっていないようだが、ナルトはちゃんと意味があってその日を指定したのだ。むしろサスケが一緒でなければ意味がない。


「とにかく! サスケが終わるまでオレは待ってるから、早く終わらせて来いってばよ」


 半ば強引に話を終わらせてサスケの仕事が終わるのを待つことにしたナルト。どうしてこうなったのか全く分からないながらも、とりあえず仕事を終わらせてしまおうとサスケは先程終わらせられた書類を持って火影室を後にした。


(あと数時間、だな)


 部屋を出て行く黒髪を見送って時刻を確認する。日付が変わるまであと数時間。なんて理由を説明するべきだろうか。いや、ここは素直に言った方が早いかもしれない。変に理由を並べる方が怪しいなと普段の自分を振り返りながらこの後の予定を考える。
 とりあえずは夕飯を食べて。一楽に行こうなんて言ったらどうせ一人で行けと言われるのだろう。かれこれ十年以上の付き合いになるのだ。それなりに相手のことくらい分かっている。


(まぁきっとなんとかなるよな!)


 色々と考えるのは性に合わない。その場その場で考えていった方が自分には合いそうだとナルトはそれまでの思考を放棄した。早く戻って来ないかなと思いながら、窓の外に広がる木の葉ノ里を眺める。

 それから十分程度の時間が経ち、サスケは火影室に戻ってきた。もう仕事は良いのかと尋ねれば、今日の分は片付いたと返って来たので二人で帰ることにする。
 試しに一楽で夕飯でも食って行かないかと聞いてみたところ、予想通り行きたいのなら勝手に行って来いなんて言われてしまった。たまには良いだろと粘ってみても却下。無理だろうと思ってはいたがやはりそれは無理だった。


「ならさ、久し振りにサスケの料理が食いたいってばよ!」


 続いて出て来た言葉には、いきなり何だと返ってくる。なんとなく食べたくなったからという理由はナルトらしい。突然言われても家に食材があったかなど分からない。おそらく夕飯を食べるくらいはあるだろうが、この流れは何かおかしい気がする。


「おい、お前そのまま泊まって行くとか言い出さないだろうな」

「でもオレは明日休みだってばよ?」

「お前が休みでもオレは仕事だ」


 やっぱり家に帰れと話す理由は泊まられては迷惑だから。
 だが、ナルトもここで引く訳にはいかない。何の為に休みを取ったと思っているのだ。その理由をサスケは知らない訳だが。


「良いじゃん。迷惑は掛けないしさ」

「そもそも、どうして明日休みなのにオレの家に来るんだ」


 それは、とナルトは言葉に詰まる。少し考えてはみたものの上手い言葉が出て来ず、結局「細かいことは気にすんなってばよ」と誤魔化した。
 はっきり言って誤魔化せてはいないのだが追及する気も起きず、代わりに溜め息を一つ吐いた。何を考えているんだこのウスラトンカチは、と思いつつこの様子ではどうせ引かないだろうと「勝手にしろ」と投げやりに声に出せば嬉しそうな返事が来る。全く何なんだとはサスケの心境である。


「お邪魔しますってばよ」


 星空の下を歩きながら食材を買い足し、二人はサスケの住む家までやってきた。礼儀的に挨拶をしたものの、家主はナルトと一緒に家の中に入ってきたところだ。一先ず買って来たものを仕舞うと、それからサスケは夕飯の支度を始める。野菜も食べろと言われて出て来た料理に一瞬顔を歪めたのは、未だにナルトが野菜嫌いを克服していないからだ。こうして作って貰ったのだから食べるけれど、やはり野菜は好きになれない。
 それから順番に風呂を済ませて、サスケが部屋で忍具の手入れをする様子を見ながら適当に話をする。火影と補佐官という間柄、一緒に居る時間も多く話をすることも多いがこうして落ち着いた時間を共に過ごすのは久し振りだ。話の内容は仕事のことだったり任務のことだったりが主だが、仕事中とそうでない時とでは違うものである。


(あともう少し…………)


 部屋の時計をチラっと確認する。現在時刻は夜の十一時五十五分。日付が変わるまであと五分。カチ、と長針が動くのを見ながらそれらが重なる時刻を待つ。
 残り四分、三分、二分。分単位で刻んでいた時計を秒単位で数えながら待つこと残りは三十秒。話をしながら待っているとあっという間に秒針は進んで行き、五、四、三、二、一と動いた秒針は残り二つの針と綺麗に重なった。


「サスケ、誕生日おめでとうだってばよ!」


 日付が変わり二十二日が終わる。そして二十三日を迎えた瞬間、ナルトはそう告げた。
 いきなりの言葉にサスケは最初頭が追い付かなかったが、部屋にあるカレンダーが今日の日にちを教えてくれた。そして、記憶の奥から自分の誕生日が七月二十三日であるということを思い出した。自分の誕生日など興味もないから覚えていなかったが、ナルトの言葉で今日が自分の誕生日なんだと気が付く。


「あ、やっぱ忘れてたのかってばよ?」

「覚えているようなことじゃないだろ」

「そんなことねぇだろ。誕生日ってサスケが生まれた日なんだし」


 今日がなければサスケが生まれてこなかった、というのは何だか違う気がするが。ナルトが言いたいことはサスケにもなんとなく伝わった。もしかして家に泊めろと言ったのもこの為なのかと尋ねれば、一番最初に祝ってやろうと思ったのだと答えられた。ナルトらしい考えである。
 そこでふと思う。ナルトは今日を指定して休暇を取っていたが、それにも何か理由があるのだろうか。何かといっても現状ではサスケが誕生日であることくらいしかないが、当のサスケは明日……日付が変わったから今日は仕事だ。休みが欲しかったのは別の理由かと考えたところで、ナルトの口から予想外の言葉が発せられた。


「それとサスケは今日仕事休みだからな!」


 予想外過ぎる言葉に思わず「は?」と間抜けな声が漏れる。休みなのはお前だろうと言えば、オレも休みだけどサスケも休みだとこの男は平然と説明をした。そんなことは聞いていないが、ナルトがこう言っているということは、当然サクラ達も知っているのだろう。何も言われなかったのは、ナルトが伝えないようにと裏で手を回していたに違いない。
 しかし、里の上層部。火影とその補佐官が同時に休んで良いものなのか。たまには良いじゃないの、とかつてのチームメイトは言ってくれるのだろう。下忍の頃は真っ先に祝ってくれた彼女もサスケの誕生日くらい知っているのだろうから。


「わざわざ誕生日を休みにする必要はあったのか」

「たまにはサスケと仕事じゃなくて一緒に過ごしたかったんだってばよ」


 いつも一緒に居ることが多いといっても、それはあくまで仕事上での話だ。なかなか休みのない身では、仕事以外での時間を作るのは難しい。零ではないもののどうしたって少なくなってしまうのだ。
 だから、誕生日くらいは一緒に過ごしたいと二人の休みを調整して貰った。それを聞いたサクラは、一日くらいならと快く受け入れてくれた。せっかくの誕生日なんだから、と。その代わり私の分もちゃんと祝ってよねと言われたのは五日ほど前の話だ。


「迷惑だったかってばよ……?」


 ナルトとしては誕生日だからと思ってやったことだが、サスケの意見は聞いていない。先に言ったらそれで意味がないから言わなかったのだが、もし迷惑だったらと心配になって疑問を投げ掛ける。
 そんなナルトを見ながら、一先ずサスケは「そんなことはない」とだけ返した。自分の知らないところで休みが取られていたのには驚いたが、それもナルトなりに誕生日を祝おうとしてやっていたことなのだ。その誕生日のこともついさっきまで忘れていたが、別に迷惑だとは思っていない。
 それを聞いたナルトは良かったと安心したようで、それなら日中は一緒に出掛けようと提案してきた。おそらくその為の休みなのだろう。断る理由もなくサスケはそれに頷いた。


「それにしても、お前がオレの誕生日を覚えていたとはな」

「当然だってばよ! サスケだってオレの誕生日は覚えてるじゃん」


 それはお前だから、というのはお互い様だ。ナルトは自分の誕生日を忘れたりしないが、相手の誕生日を覚えているのはそれだけ大切に思っている相手だから。大切な人の誕生日はちゃんと覚えているのだ。


「へへ、明日が楽しみだってばよ」


 嬉しそうに笑ったナルトを見ながら、サスケも口元に小さく笑みを浮かべる。
 確かにナルトが火影になってからというもの、落ち着いた時間が取れていなかったなと今更ながらに思う。毎日顔を合わせてはいるが、こうした時間は数ヶ月振りだろうか。ナルトが六代目に就任してからはバタバタしていたが、最近は漸く少し落ち着いてきた。これからはまた、二人の時間を作れたら良いとこっそり心の内で思う。


「明日出掛けるのならさっさと寝ろ」

「分かったってばよ」


 じゃあおやすみ、と触れるだけの接吻を交わす。
 明日は久し振りの休み。一体どんな一日になるのだろうか。ありがとうの言葉はその時に、おめでとうの言葉もまたその時に。








Happy Birthday 2013.07.23