七月七日といえば七夕。織姫と彦星が一年にたった一度だけ会えるといわれているその日だ。
 そんな七月の頭。夏に入りもうすぐ夏休みが始まる学生達は、一学期最大の難関。期末テストが行われていた。一週間かけて行われるこのテストも今日、七夕で最終日。長い長いテストの日々から学生は漸く解放された。


「やっと終わったってばよ!」

「これで遊び放題だぜ」


 テストを終えるなり二人は手を大きく上げて伸びをする。厳密にはテストの結果が出るまで安心は出来ないのだが、そんなことは頭にないらしい。一番赤点の可能性があるのはお前らじゃないか、と周りは思うだけに留めた。どうせ今は長いテストが終わったから良いんだとしか返ってこないのだから。
 提出物も全て出し終えてホームルームも終われば、残りの半日は遊んで過ごすこと一択。ゲーセンに寄るかカラオケで騒ぐか。その前に昼飯だろと勝手に話を進める二人にみんな呆れる中、あの、と控えめに声が掛けられる。


「どうしたんだよ、ヒナタ」


 その声にキバが尋ねると、みんなの視線がヒナタに集中する。こういう時にヒナタが何かを言うのは珍しい。
 全員の視線が集まったことでほんのりと頬を染めたヒナタはつい俯いてしまう。ヒナタが恥ずかしがり屋であることはみんな知っている。急かすことなく待っていると、あのね、と口を開いた。


「今日は七夕でしょ? だから、商店街の方で七夕祭りをやっていると思うんだけど…………」


 ヒナタの言葉に何人かが「あ」と声を揃えた。つい先程までテストで頭がいっぱいだったから忘れていた。言われてみれば今日は七夕祭りが開催されている日だ。登校して来る時にもポスターを見た覚えがある。


「そういやそうだったな」

「テストで忘れてたけど、今日だったのね」

「よっしゃ! それならみんなでお祭りに行くってばよ!」


 お祭りがあるのにゲーセンやカラオケになんて行っていられない。それらはいつだって行けるけれど、七夕祭りは今日だけなのだ。ここで行かなければ一年は行けない。まぁ、他にも夏祭りは開催されるのだがせっかくならお祭りを楽しみたい。
 午後はお祭りに行くと決めたナルトに反対意見はない。お祭りならお昼もそこで食べれば良いだろう。そうと決まれば、鞄を持ってお祭りへ向かうことにする。



りと




「あれ、アイツ等は?」

「ちょっと向こうを見てくるって言ってたけど」


 七夕祭りへ行くことになりみんなでここへ来たのだが、気が付いたら全員バラバラになっていた。
 いや、最初は確かに一緒に行動していた筈だ。それがアレ食べたいと離れたり、勝負をしようと始めたらいつまでも続くようだからと置いて行ったり。それぞれが自由に行動していたら、いつの間にかこのようなことになっていた。
 少なくとも、全員この会場内には居るだろう。どこに居るのかは分からないが、それぞれお祭りを楽しんでいるのではないだろうか。最悪携帯で連絡を取り合えばなんとかなる。とはいえ、こうなる前にどうにかならなかったのかと今更ながらに思う。おそらく仲間内の何人かは今それを思っていることだろう。


「どうせ戻ってこねぇだろうしな。ヒナタはどっか見たいモンとかあるか?」

「私は大丈夫だよ。キバ君は?」

「そうだな。ここまで遊んだり食べたりしてるし、このまま進んでみるか」


 現時点で思いつくものはこれといってないけれど、歩いていれば何かしら興味が惹かれるものがあるかもしれない。どっちにしろこの場に留まっている訳にもいかない。キバの提案にヒナタも頷くと、二人は屋台の並ぶ道を更に進んで行くことにする。

 たこ焼き、焼きそば、リンゴ飴。
 食べ物の種類は様々。射的や金魚すくいなどの定番の屋台も並んでいる。年に一度のお祭りというだけあって、人もそれなりに多い。キバ達と同じで学校帰りに寄ったらしい学生服を着た人とは何度も擦れ違い、その中に浴衣を着ている人の姿もちらほら見られる。


「七夕祭りってだけあって浴衣で来てる人もやっぱ居るんだな」


 この七夕祭りはあまり多くはないが、この先の夏祭りでは浴衣を着る人ももっと増えるのではないだろうか。浴衣といえば夏の風物詩だ。この季節はその姿を見ることも増えるだろう。


「ヒナタも浴衣持ってたよな」

「あ、うん。そんなに可愛いのじゃないけど」


 そんなことはない、とキバは言う。ヒナタが持っている浴衣は落ち着いた色合いで、それが彼女にはピッタリだった。去年の夏祭りで女性陣が浴衣を着て来た時にそれを見たことがあるが、ヒナタにはとてもよく似合っていた。
 サクラは女の子らしい赤系統の浴衣、いのは紫を基調とした大人っぽい浴衣、それぞれ自分に合った浴衣で綺麗だった。ヒナタの浴衣は黒地に大人しめなもので、その浴衣姿は可愛かった。
 思ったままに伝えると、ほんのりと頬を染めながらヒナタは「ありがとう」とお礼を言った。自分ではあまり可愛いとは思っていなかったが、やはり人にそう言われるのは嬉しいものである。


「今年は着ねぇの?」

「うーん、機会があれば着るかもしれないけど……」

「それじゃあ、また去年みたいに夏祭りにも行こうぜ。そん時にまた着てくれよ」


 ヒナタの浴衣姿見たいし、なんて言われて更に頬の赤みが増す。浴衣を着るのは少々時間が掛かるが、見たいと言ってくれる人が居るのなら着るのも良いかもしれない。せっかくの夏祭り、という意味でも今年も浴衣を着てみようか。
 どうせならキバも着たらと聞いてみると、自分が着るのは大変なんだよなと遠くの空を眺めた。それに男が着たってなと話している。浴衣は女だけのものではないのだから良いのではないかと思うのだが、着たところで自分が大変なだけで誰も嬉しくもないだろうとのこと。そんなことはないと思うのだが、キバからすればそうらしい。


「でも、私はキバ君の浴衣も見てみたいな」

「見たって何も面白くねぇぜ。まぁ、どこかに仕舞ってあるとは思うけどよ」


 それなら着てみたらどうかな?
 ヒナタの言葉にキバはうーんと考える。着ても大したことはないのだが、浴衣を着るのが大変だという点は男も女も変わらない。こちらが一方的に頼むというのもフェアではないのかと思いつつ、でもなと思ったりもして。
 でも、浴衣なんて夏ぐらいしか着ることはない。それなら男女平等に、全員で浴衣を着て夏祭りなんてのも一回くらいなら良いかもしれない。そう結論付けて、漸くヒナタの提案に頷く。


「そうだな。今年の夏祭りは全員浴衣にするか」


 そう言ったキバにヒナタは「そうだね」と微笑んで同意する。勝手に決めてしまったけれど、ちゃんと話をすれば大丈夫だろう。元より夏祭りに行くことは決まっているようなものなのだから。


「あ、そうだ。キバ君、これ」


 鞄の中から取り出したそれをキバに渡す。クエッションマークを浮かべながらも、差し出されたそれをキバは素直に受け取った。渡されたそれはビーズのストラップ。
 そういえば、さっきヒナタが屋台の一つで何かをじっくり見ていた。もしかしたら、これがそうなのかもしれない。


「キバ君、今日誕生日だよね。だから、ちょっとした物だけど……」


 七月七日。世間では七夕である今日は、キバの誕生日でもある。どうやらヒナタはちゃんと覚えていてくれたらしい。みんなテストが終わったことばかりが頭にあって忘れていたようだが、全員が全員ではなかったようだ。


「サンキュ、ヒナタ。これ大事にするな」

「うん。誕生日おめでとう」


 順番が逆になっちゃったけど、と言いながらも祝ってくれるヒナタにもう一度ありがとうとお礼を告げる。七夕が誕生日なんだとからかう奴も友人の中には居るからお祭りを楽しめれば良いかとも思ったが、やっぱり誕生日を祝って貰えると嬉しいものだ。
 そうしてまた二人で歩き出そうとすると、遠くから声が聞こえる。


「おーいキバ! いつまでイチャついてるんだってばよ!」


 聞き慣れたその声に振り返れば、派手な金髪がニヤニヤと笑いながら立っている。いや、彼一人ではない。バラバラに行動していた筈の仲間達がいつの間にか集まっているようだ。


「別にイチャついてねぇよ。つーか、なんでお前等全員一緒なんだよ」

「さっきそこで合流したんだよ。そんで歩いてたらお前等も見つけたってだけだ」

「でもお邪魔だったみたいね。ごめんね、ヒナタ」


 明らかに楽しんでいる一部に「だからなんでそうなるんだよ」と一つ一つに反論をしているのはキバだ。ヒナタはどうしたら良いのかとおろおろしている。こうも分かり易い反応を見せてくれるとからかいがいがあるというものだ。
 騒いでいる人達を余所に、サクラはこっそりと「上手くいった?」とヒナタに耳打ちをする。それに気が付くと、頬を僅かに染めて「うん」と答えれば「良かったわね」と笑顔で返された。こんな場所で騒ぐなよと注意していたりして、他の面々は二人の会話に気付いていないようだ。だが、実は女の子達はここに来る途中。事前にちょっとした打ち合わせをしていた。


「どうせなら二人きりでお祝いしても良かったんじゃない?」

「今日は七夕祭りもあったから、こっちの方がキバ君も楽しめると思って」


 ヒナタちゃんらしいわねと話しながら、今日が誕生日であるその人を見る。本当は、ヒナタだけではなく他のみんなも誕生日を覚えていた。七夕であるから逆に覚えやすいのだ。それではどうしてお祝いをしていないのかといえば、一番最初に祝うのを彼女に譲ったからである。女の子同士では恋愛事情は全て筒抜けなのだ。
 それを知らない男子達をそれとなく離したのには勘の良い友人は気付いただろう。全く気付かず遊んで居た人も居るが無事にお祝い出来たのならそれで良しだ。サクラもいのも、友達の恋を応援しているのである。


「それで、この後はどうするんだ。一通り祭りは見終わったんだろ」

「帰って良いんじゃねぇの、めんどくせーし」

「えー! せっかくのお祭りなんだから最後まで満喫しなくちゃ損だってばよ!」

「アンタは十分満喫したでしょ!」


 全く、いつになっても変わらない人達である。もう良いのだろうと察したメンバーが、祭りは見たんだから誕生日を祝うんじゃないのかと言えばそれもそうだなと話が纏まる。周りのその反応に全員覚えてたのかよとキバが突っ込めば、七夕だから忘れる訳ないってばよなんて返ってくる。コイツは毎年毎年と思いながらうるせぇよと言い返す様子を呆れながらも眺める。
 いい加減にしなさいよと止める声で言い争いが終わるのを確認すると、まだ伝えていない言葉を残りのメンバーも伝える。誕生日おめでとう、と。

 そして、帰り道。
 誕生日なのだからお祝いに何か買うかと話しながら、この七夕祭りの会場を後にした。夕焼け色に染まった空の下を並んで歩いていく。


「ヒナタ、今日はありがとな」


 そうして歩きながらキバがお礼を言うと、私は何もしていないよとヒナタは疑問を浮かべる。だが、今日お祭りに行こうって言ったのはヒナタだろ? と言われる。確かにそれはそうだがと思っていると、それにプレゼントも嬉しかったからと加えられた。


「キバ君に喜んで貰えたみたいで良かった」

「祝われれば誰だって嬉しいぜ。ヒナタの誕生日にはオレがお祝いするな」


 え、と短く聞き返した声は届いたのだろうか。楽しみにしてろよと笑ったキバに、ヒナタも「うん」と小さく頷くのだった。

 七月七日。
 七夕。そしてキバの誕生日。

 みんなで楽しく過ごしながら今日と云う日をお祝いしよう。







Happy Birthday 2013.07.07