「サスケ! お祭りに行きたいってばよ!!」
帰宅して早々、玄関の前で待っていたナルトが勢いよくそう言った。祭り、という言葉にサスケもそういえば今日はお祭りの日だったかと思い出す。
毎年この時期に開かれるお祭りは結構盛り上がる。沢山の屋台が通りに並び、最後には何百と打ち上げられる大きな花火で締め括られる夏祭りはこの町の一大イベントだ。近隣の町からも大勢の人が訪れるということでこの辺りでは有名なのだ。
「今日はお祭りの日なんだろ? 学校でそう聞いたんだってばよ!」
「ああ、そういうことか」
どこで祭りの話を聞いたのかと思ったがそれを聞いて納得する。たとえ学校で聞かなくとも町中を歩いていれば町の雰囲気がなんだかいつもと違うことには気が付くだろう。その場合は今日は何かあるのかと帰って来てすぐに聞かれたのではないだろうか。そして今日がお祭りだと知ったのならやはり冒頭の台詞を口にするに違いない。
「まあ連れて行ってやっても良いが」
「よっしゃあ!」
余程嬉しいのだろう。ナルトはサスケの言葉を聞くなり飛び跳ねながら喜ぶ。そのはしゃぎように若干呆れながらも「最後まで話を聞け」とサスケが続ける。
「祭りには大勢の人がやってくる。絶対にオレの傍を離れないこと、それからオレの言うことはちゃんと聞くって約束出来るか?」
「出来るってばよ!」
元気の良い返事にサスケも分かったと頷く。じゃあ準備をしてくるから少し待ってろというその言葉にナルトは大きく頷いた。
数分後、準備を終えたサスケが戻ってくる足音が聞こえるとナルトは笑顔で振り返る。それから「サスケ、早く!」と一足先に玄関を出る。
「そんなに急がなくても間に合うだろ」
「だってお祭りは初めてだし、スッゲー楽しみなんだってばよ!」
ナルトの発言に「そうなのか?」とサスケは思わず聞き返した。サスケの問いにナルトは「父ちゃんも母ちゃんも仕事で忙しくて……」と俯きながらそう言った。だがすぐに顔を上げると「その分、今日は目一杯楽しむんだ!」と笑って見せた。
ナルトの両親は共働きだ。二人共ナルトを大切にしており、休みの日には家族みんなで出掛けることも多かったようだから意外だと思ったが、忙しい人達だからお祭りの日はどうしても都合がつかなかったということだろう。今も二人が出張に行っている為、隣の家に住んでいるサスケがナルトを預かっている。そのサスケの両親も現在は仕事で海外だ。今年から社会人になったサスケの兄も家を出ており、今二人はサスケの家で一緒に暮らしている。
「……そうだな。まだ祭りは始まったばかりだろう。急がなくても一通り見て回れる」
「本当か!?」
「ああ。だから走ったりはするなよ」
この辺りでは割と有名なお祭りなだけあって人もそれなりに集まるのだ。走ったりしたら危ないからと注意をすれば素直な良い返事が来る。
それからはぐれないようにとナルトが手を繋ぎ、それにサスケは少々驚きながらも自分よりも小さな手を握り返す。そして二人はゆっくりと歩きながらお祭り会場を目指すのだった。
□ □ □
漸く辿り着いたお祭り会場には既に大勢の人が集まっていた。右を見ても左を見ても人が沢山。幾つかの通りに分かれて並んでいる屋台もここからでは全部は見えない。それでもお祭りが盛り上がっているということだけは十分に見て取れた。
「おお、スッゲー! いっぱいお店が並んでるってばよ!!」
きょろきょろと会場を見回すナルトをサスケも微笑ましく見つめる。お祭りに来るのは初めてだと言っていたから何もかもが新鮮なのだろう。サスケにとっては真新しさなど何もない光景だが、初めてお祭りに来た時はサスケもまた今のナルトと同じような反応をしていたかもしれない。
「絶対に離れるなよ。はぐれたら大変だからな」
「分かってるってばよ!」
昔は兄に連れられて来た時にことを思い出しながらその時の兄と同じことをサスケはナルトに言う。逆の立場でこうしてお祭りを回ることにどこか新鮮さを感じながら、まずは向こうを見てみたいというナルトに手を引かれて会場を回り始める。
りんご飴、射的、たこ焼き。でかでかと分かりやすく書かれた文字が連なる。あっちからもこっちからも店主の呼び込みが聞こえ、どの店の前にも何人かのお客さんが集まっているようだ。ある程度の幅は取られているはずの通路もこれだけ人が居ると些か狭く感じる。
「何か欲しいモンはあるか?」
人の流れに合わせて足を進めながらサスケは隣に尋ねる。うーんと考えるようにしながら右へ左へと動いていた碧眼はとある一点でぴたと動きを止めた。
「あれやってみたいってばよ!」
あれ、と言われて視線を辿った先には“金魚すくい”の文字。どうやら数多くの屋台がある中でナルトの興味を一番に惹いたのは水槽を泳ぐ小さな魚達だったようだ。
金魚すくいといえばお祭りの定番。だが金魚すくいというのはコツが必要で意外と難しいのだ。大丈夫だろうかと思ったもののナルトはそもそもお祭り自体が初めてなのだ。やってみたいというのならやらせてみるかとサスケは店主に一回分のお金を支払う。
「よっしゃあ、行くぞ!」
元気にポイを構える様子をサスケはナルトのすぐ後ろで見守る。左手にはお椀を持ち、水槽に泳ぐ金魚の中から一匹に狙いを定める。そして、金魚が自分の目の前を通り過ぎようとしたところを思いっきりポイで掬い上げる。
「あっ!!」
――が、残念なことに金魚はポイの敗れた部分から再び水槽の中へと戻ってしまった。
残念だったなと店主のおじさんも声を掛けてくれるが、ナルトの視線は未だに水槽へと向けられたまま。残念そうに金魚を見つめるナルトの姿を見て、サスケは新たに五百円を財布から取り出すと店主へ渡した。
「ほら、もう一度やってみたらどうだ」
五百円と引き換えに受け取ったポイをそのままナルトに差し出す。けど、とナルトはそのポイとサスケを見比べた。取りたいんだろとサスケが聞けば頷くが、先程の挑戦で金魚すくいというものの難しさを実感したらしい。どうすれば良いんだってばよと見上げてくるナルトにサスケはとりあえずポイを受け取れと言った。その言葉で漸くポイを持ったナルトの手にサスケは自分の手を重ねる。
「いいか、ポイは動かさずにこの上を通るタイミングを狙うんだ」
ポイを水面の近くで沈ませると、紙が濡れてしまったとナルトは焦る。けれど大丈夫だとサスケに言われて、ナルトもまた金魚の方へと視線を向ける。大きいのは駄目だからなという忠告を受け、それならあの赤いのが良いと主張すれば「分かった」と返事が来る。
金魚が動いているからつい手も動かしたくなってしまうが、それは隣に添えられているサスケの手のせいで叶わなかった。だが動かさないことが正解だと言うのだからこれで良いのだろう。赤い金魚が近くに来るのを待ち、丁度ポイの上を通ろうとしたところで「今だ」と声が掛けられる。
「わっ! サスケ、取れたってばよ!!」
ほらと言ってナルトは左手のお椀に入った金魚をサスケに差し出した。小さなお椀の中を泳ぐ金魚を認めたサスケは「良かったな」と僅かに口角を持ち上げる。
「サスケのお蔭だってばよ!」
「オレは少し手伝っただけだ。今度は一人でも取れるんじゃないか」
まだポイは破けていないだろうと言われてそうだったとナルトも思い出す。さっきは一回で終わってしまったが、金魚すくいというのはポイが破れない限りは何度でも挑戦出来るのだ。
ぱあと嬉しそうな表情を浮かべたナルトは再び金魚の水槽に向き直り、今度もまた先程と同じように水面の近くでポイを待機させる。さっきは赤い金魚をゲットしたから次は黒い金魚に狙いを定め、手を動かさないように意識しながら自分のところに来たところを掬い上げる。
「出来た!!」
黒い金魚は綺麗にお椀の中へと吸い込まれていった。どうやら金魚すくいのコツは完全に掴んだらしい。
「サスケ、今の見てた!?」
「ああ。良くやったな」
褒められたナルトはへへっと照れ臭そうに笑う。それからポイが破れるまで金魚すくいの挑戦を続けたわけだが、最終的にナルトは三匹の金魚を手に入れることが出来た。
「三匹も貰えたってばよ」
「帰ったら水槽を探さないといけないな」
「あのさ、金魚って何を食べるんだってばよ?」
「金魚用の餌がある。それは買ってから帰らるか」
へえと言いながらナルトは袋の中を泳ぐ金魚を見つめる。そんなナルトの仕草にサスケは微笑みを浮かべ、だが今はお祭りを楽しむんじゃないのかと聞く。そうだったと思い出したナルトは、またサスケの手を握って会場を歩き始める。
「今度は何がしたいんだ」
「えっと、あれが良いってばよ!」
そう言ってナルトが示す方向にサスケも一緒に歩く。お祭りはまだ始まったばかりだ。
手と手を重ねて
お祭りを回って、金魚をとって、同じものを分けっこして。
繋がったその場所から伝わる体温に笑みが零れた。