季節は夏。木ノ葉隠れの里も夏の色が所々で見られる。七月も終わり、八月に入るという頃。任務がなかったその日、ナルトはサスケの家に行き二人で過ごしていた。
時刻は午後になり、気付けば辺りの暗くなる夜。空を見上げれば、星達が姿を見せている。暑くなったこの時期は、窓を開けながらその光の数々を瞳に映していた。
小さな光の先に
暗くなる時間が遅い夏とはいえ、夜も八時を過ぎれば段々と暗さは増してくる。サスケの家へと着ているナルトは未だに帰る様子もない。それをサスケも気にしてはいないようで、二人で星空を眺めながら自由に過ごしていた。
場所が場所で、ここは夜になれば人通りは殆どないに等しい。日中でさえも多いとは言い難いこの場所の夜は静まり返っている。唯一聞こえる音といえば、自然の音と自分達の音くらいだろう。
適当な書物を読みながら時々外を眺める。互いに書物に集中していると会話が少なくなってしまうのも当然。時々交わされる以外に使われない会話はどれくらいの時間していないのかは分からない。ふと、声を上げたのはナルトの方。
「なぁ、アレってば何の光だってばよ?」
疑問形で尋ねられて顔を上げる。すると、ナルトは窓の外の一点をずっと見ているようだった。空にある星の光とは違うその光から視線を外さない。
その視線を追うようにして、ナルトが見ている物をサスケも視界に入れる。それから出てきた言葉は、ナルトの疑問に対する答えだった。
「蛍だろ。今は夏だからな」
ただそれだけ答えると再び書物を読み始める。珍しいわけでもないその景色を見るよりも今は書物の続きが知りたいのだろう。何度も見ている物でもあり、大して気にするようなことでもないからと言ってもいい。
だけど、ナルトはその光から目を逸らそうとしない。答えを知った今でもその蛍だけを見ている。暫く蛍を見てから、次に出てきた言葉にはサスケも驚いた。
「ほたるって何だってばよ?」
一瞬、何を言っているのかと思ってしまった。けど、顔を上げて見るとナルトは本当に知らないということがその表情ですぐに分かった。
どう答えようかと悩みつつ、とりあえず簡単な説明をする。
「蛍っていうのは夏に見られる昆虫だ。綺麗な川に集まる。要するに、蛍が集まってる川は綺麗ということだ。どこでも見られるわけじゃないがそこまで珍しいものでもないだろ」
大まかな説明をしただけだが、ナルトは「へぇ」と目を輝かせながら聞いている。知らなかったことを知って喜び、興味が湧いてもっと知りたいという子供のような目。そんな目を向けられてサスケは少し戸惑う。
そうはいっても相手はナルトだ。次に出てくる言葉、次に言おうとする言葉は大体予想が出来る。そして、その予想が外れることはあまりないということも分かっている。
案の定、ナルトが次に言ったのは「見てみたい」の一言。ここからでも見えるだろと話しても、もっと近くで見てみたいと言う。この返答だって最初から予想していた通りだったりする。
「ったく、見たらすぐ戻るからな」
了解の返事を貰い、喜ぶナルトは今よりも幼く見える。そんな姿を見ると何だかこっちまで温かくなってくるような気がするのは気のせいだろうか。
そんな気持ちを抱きながら「行くぞ」といえば「おう」と返ってくる。さっきまでは静かだったこの場所に、明かりが灯る。二つの小さな光達は、部屋から見えた蛍に向かってまっすぐ歩く。歩きながら交わされる会話が、通り道に光を与えているようだった。
家を出てから十数分。空にある星と月の光だけで歩き続けてきたところに別の場所からの光を感じる。
「この光って…………」
「もうすぐ着くぞ」
繋がっていない会話。だけど、本人達にはそれだけで充分に伝わっていた。
着いたその場所。目の前に広がる川。そして、その周りにはたくさんの小さな光がある。さっき部屋で見ていた光が目の前で広がっている。それもこんなにも多くの光達が飛び交っている。
初めて見る光景にナルトは感嘆の声を上げる。その隣でサスケも蛍の姿を瞳に映していた。
「すげー……」
一つ一つは小さな光。だけど、数が多くなるとこれほどまで変わるものなのだろうか。充分な光のあるこの場所を見てそう思ってしまう。光が集まって、この川一面を光で包んでいる。
これが蛍だ。
夏に見られ、綺麗な川に集まる。自分の光を輝かせ、夏らしさを感じさせる。この季節だけに見られる風景。
「これがほたるなのか?」
「あぁ」
光が動く。点々としている一つの光が動くことによって一つの線となる。光で描かれる線の数々。そこから広がる絵。何かの形が作られているような絵ではないけれど、点が線となりその線が結ばれて出来た自然の絵が出来上がっている。
「オレってば、初めて見るけどこんなに綺麗なんだな。ほたるって」
目の前で広がる光の動きをしっかりと追い続ける。コッチの光が動いたらコッチを、アッチの光が動いたらアッチを。輝きつづける光を追っては別の光を追い、たくさんの光を視界に入れる。
初めて見たそれは、感動的なものだった。今までに見た何とも違う新しいもの。知らなかったものを見て、嬉しさや感動や様々な気持ちが混ざり合う。
「何かよく分からないけど、凄く綺麗だってばよ」
夜空に輝く星達。そして夜空を覗く月。空を見上げれば、小さな光の数々が夜という暗い闇を照らしてくれる。小さな光が集まって、夜のこの場所を見れるくらいの明かりを灯してくれる。
それが夏になると新たに増える光。星のように小さくて星のようにたくさんの数がある。こんなにも近い場所に頭上の遥か遠くにある空の一部を見ているかのような風景。それを作り出している蛍。
ここにあるのは川。何の変哲もない川だ。だけど、夏の夜になると突然変わるこの場所。それは、まるで夜空を切り取って映し出しているようだった。
「こんなものが、あったんだな」
上を見れば星と月の光。前を見れば蛍の光。夜なのにこんなにも光が集まって明るくしているこの場所。
ふと、隣を見ればここにも光を見つける。目を輝かせて蛍を見る隣の少年。金色の髪を持っているだけでも、漆黒の髪を持つ自分よりもこの暗い世界では光を見せる。その性格も闇よりも光が合っている。きらきらした表情で蛍を見ているその姿は充分すぎるほどの光だった。
闇を生きる自分に光はいらない。そう思っていたサスケも、同じ班になったナルトと一緒に居ることでその光に導かれていた。星や月より、蛍よりも、この隣にある大きな光に目を奪われる。
「蛍なんて珍しくもないだろ。夏になればどこでも見れる」
「そんなことないってばよ。オレってばこれが初めてだし」
見たらすぐに戻る、と話したのは家を出る時。けど、今はそんなことは全く関係がない。時の流れを気にするより、今のこの時間を大切にしたいと思う自分達が居る。だから、どちらともなくこの時を過ごす。
「ナルト」
一度名を呼べばすぐに振り向いてくれる。「何だってばよ?」と聞き返す様子もいつもと変わらない。変わらないはずだけれど、いつもと少し違うような気がした。
それもこの蛍のせいなのだろうか。蛍が作ったこの空間が、いつもと違うような空間を作り出しているのだろうか。そんな疑問の答えを求めるよりも先にやろうとすることがある。
「また、見に来るか?」
尋ねられた言葉に一瞬驚く。だけど、驚いたのは本当に一瞬だけ。
その言葉から感じる気持ち。ナルトが蛍をずっと見ていたその姿から出てきた言葉だということに気付くのにはあまり時間がかからなかった。同じ班になってみて、こうして一緒に過ごしてみてから気付いたサスケの優しさ。心のどこかでまた見たいと思っていた気持ちに気付いてくれての言葉だと分かったのだ。
「絶対にな」
そう言ったナルトは、とても嬉しそうだった。それを聞いたサスケもなんだか嬉しそうだった。
二人は暫くの間、この場所での時間を過ごした。
夜の世界に見つける光。
空を見て、星や月を。夏の川辺を見て、蛍を。さまざまな自然の光が所々で見られる。
そんな中。この場所にはもう一つの光が。未来の里を作っていく下忍の光。否、ここにあるのはそれだけの光ではない。もっと大きくて、もっとたくさんの光がある。この二人の持つ光は、自然のそれとは違う色彩を放っている。
この光が辿り着く先。
この小さな光の先にあるものとは。
それは、二人が共に歩いて見つけるもの。
遠くない未来に、きっとそこに辿り着くと信じて。
fin
「marjoram」のshiho様へ差し上げたものです。リクエストは「ナルトとサスケが蛍を見に行く」でした。
また見に来ることを約束した二人はこれからどんな未来への道を歩んで行くのでしょうね。