コンコンとノックの音がする。入るように促せば、ゆらりと漆黒の髪が揺れるのが目に入る。見慣れた、けれど久し振りに見るその姿にナルトは思わず立ち上がった。


「サスケ! 帰って来たのか!」


 その言葉にさっき帰ってきたところだと答えたサスケと会うのは、かれこれ数ヶ月振りくらいになるだろうか。ここに来たということは、カカシへの報告は済ませてきたところなのだろう。
 第四次忍界大戦が終わってからサスケは世界を旅して回っている。だが時々こうやって里に戻ってくる。それがいつなのかは明確に決まっていないけれど、里に戻って来た時にはナルトの元へも顔を見せにやってくる。勿論、一番最初に顔を見せるのは六代目火影のところではあるが、その後は必ずナルトを訪ねてくるのだ。


「今度はいつまで里にいるんだ?」

「今回は近くまで来たから寄っただけだ。またすぐに出発する」


 そうか、と相槌を打ちながらももう少しゆっくりしても良いのにとも心の内で思う。それでもサスケが決めたことだからとナルトは口を出したりはしない。彼の旅の目的も理解しているから。
 だけど珍しいなと、それは思ったまま声に出した。サスケは時々里に帰ってくるけれど、こんな風に戻ってきてすぐに出発するということはあまりない。それでも一週間程度で出掛けるわけだが、近くに来たから寄ったという理由も初めて聞いた気がする。


「いつもは用がある時に戻ってくるのに」

「用がないと戻ってきたら悪いのか」

「そうは言ってねぇよ。あ、今度からは近くに来る度に寄っても良いと思うぜ?」


 そんなに木ノ葉の近くにやってくることもないだろうが、サスケは木ノ葉の忍なのだからいつ帰って来ても良いのだ。特に報告がなくとも、近くに来たからと顔を出しに来れば良い。そうすればナルトは勿論、カカシやサクラだって喜んで迎えてくれるだろう。


「気が向いたらな」


 ぶっきらぼうに返されるけれど、こう返ってきたということはその気があるということだろう。サスケが素直じゃないことくらいとっくに分かっているのだ。かくいうナルトも素直というわけではないが、まあそこはお互い様というやつだ。


「それで、お前の方は最近どうなんだ」

「見ての通り、毎日勉強漬けだってばよ」


 今も机の上には色んな本や巻物、書類などが乗っている。これらは全部、ナルトが今勉強の為に使っているものだ。
 忍者学校でも授業を抜け出していたナルトだが、自分の夢の為の勉強には真っ直ぐ向かっている。火影になる為に覚えなければならないことは沢山あるのだ。あまりにも多すぎて頭がいっぱいになることもあるけれど、それでもなんとか一つずつ覚えている最中である。


「お前が真面目に勉強か」

「オレだって、やる時はやるんだってばよ!」


 おそらくサスケが言いたいのは忍者学校時代のことだろう。お互いの成績も授業態度も知っているわけだが、ここできちんと勉強しておかなければ火影にはなれない。
 言い返したナルトにサスケは小さく笑みを浮かべる。まあ頑張れと彼なりにエールを送ると、サスケはくるりと背を向けた。


「もう行くのか?」

「すぐ出発するつもりだって言っただろ」


 それはそうだけど、と言い掛けて飲み込んだのが分かったのか。黒の双眸と目が合うと、サスケはもう一度体をこちらに向けた。それからゆっくりと互いの距離を縮めると、ほぼ同じ高さにある瞳がかちりと合う。


「言いたいことがあるなら言え」

「別に、オレは何も言ってねぇってばよ」


 言ってはいない。だけど言おうとして止めたのは事実だ。声には出さなかったというのにどうして気が付いたのか。疑問には思うけれど、こっちが何も言っていないというのに言い当てられたのは何も初めてというわけではない。どういうわけかは知らないけれど何故かサスケには気付かれるのだ。
 前にそのことを聞いた時は、お前が分かりやすいんだと返ってきた。そんなことはないと否定したもののこういうことが何度もある時点で、サスケにとってナルトは分かりやすいのだろう。こちらとしては全く腑に落ちないけれども。


「……何もないなら良いが」


 そこで一度言葉を区切ると、二人の間にあった残り一歩分程度の距離がゼロになる。それからすぐにまたその距離へと戻ると、漆黒はこちらを見て。


「言わないと伝わらないこともある」


 何でもなかったかのように言葉を続けた。
 突然のことに驚いて言葉が出なかったナルトだったが、我に返るなり「いきなり何するんだよ!」と言えば、はあと溜め息を一つ吐いた後に「何も言わないお前が悪い」などと返された。流石にこれは理不尽ではないだろうか。
 そう思ったのだが、唐突に手を取られたかと思えば今度はそこに小さな箱を乗せられた。これは一体何なのか、さっぱり分からないナルトは頭に疑問符を浮かべたままサスケを見る。すると。


「誕生日、おめでとう」


 言われて思い出す。最近は勉強漬けの毎日でカレンダーもあまり見ていなかったけれど、ふと近くにあるカレンダーに視線を向けてみれば季節は十月。そして確かに明日はナルトの誕生日である十日だ。


「一日早いが、明日は色んな奴に祝ってもらえるだろ。来年も再来年も、お前が火影になれば里中の人間がお前を祝うんだろうな」


 ふっと微笑みを浮かべてサスケは言う。年に一度の特別なその日は、その人が生まれたことを喜び感謝する日。きっと同期の面々やナルトを知っている多くの人達がお祝いの言葉を投げ掛けてくれるだろう。誕生日だからと贈り物をしてくれる人やサービスをしてくれる人、沢山の人がその日を祝うはずだ。
 そしてそう遠くない未来。ナルトが火影になった暁には里中がその日を祝うことだろう。里を歩けばあちこちから声が掛かる、そのような未来は想像に容易い。


「精々頑張れよ、ウスラトンカチ」


 そう言って背を向けるなり歩き始めたサスケにナルトは咄嗟に思いっきり手を伸ばした。その手はサスケの肩へと触れると、そのまま勢いよく腕を引いてその体を再びこちらに向けた。同時に、今度はナルトの方からその唇に自分の唇を重ねる。


「その中には当然、お前も居るんだろ?」


 どこか他人事のように話しているけれど、ナルトにとってサスケは同じ木ノ葉の仲間であり、第七班のチームメイトであり。それでいて、他の誰とも違う特別な存在。沢山の人に祝ってもらえることは純粋に嬉しいけれど、その沢山の人の中にはサスケも含まれているのだ。
 唇が離れるなり真っ直ぐに黒の瞳を見つめて問えば、突然の行動に驚いた様子の顔は次の瞬間。いつもの見慣れた笑みへと変わる。


「一番初めに祝ってやるよ」


 その答えにナルトは頬を緩めると、掴んでいた手を肩からそっと離した。その時、ふと視界に先程の小さな箱が目に入る。つまりあれは誕生日プレゼントということなのだろうが、そこまで理解したところで「あれ?」と思う。


「もしかして、サスケが今日里に帰ってきたのって……」


 オレの誕生日を祝う為、なんてそんな都合の良いことはないかと思ったけれど。最後まで言わなかったその言葉に、目の前のサスケが小さく笑ったのはもう答えのようなものだろう。


「用もなく戻って来たとは一言も言ってねぇだろ」


 次に出てきた言葉でそれは確信に変わる。
 本当にそれだけの為に帰ってきたのかは分からないけれど、それでもサスケがナルトを祝う為にここへやってきたことは紛れもない事実で。あのサスケがたったそれだけのことで里に戻って来てくれたということが途轍もなく嬉しい。


「……来年も再来年も、待ってるからな」

「ああ、約束する」


 そう言ってどちらともなく口付けを交わすと、サスケはそのまま部屋を後にした。サスケが出て行った扉を暫し見つめていたナルトだったが、あともうひと頑張りするかと大きく伸びをして再び机に向かう。
 ちらっと窓を見れば、東の空に月が浮かんでいる。そういえば、すぐに出発するとは言っていたけれどサスケはどれくらい里に滞在するつもりなんだろうか。いくらなんでも今日中に出発することはないだろうから、これを終わらせたら今度はこちらから彼を訪ねてみようか。







(特別な人と、特別な日の、そんな約束)