「あーもう! やってられないってばよ!!」


 そう文句を言ったナルトの周りには浴衣がある。それもぐしゃぐしゃになって。どうしてかといえば、さっきまで着ようと努力していたからだ。けど、着れないソレは全く形にならず、とうとう諦めた。
 なぜ着物を着る必要があるのか。それは、数時間前に終わった任務に遡る。




浴衣





「お祭?」


 任務が終わった後。いつものように帰っている時だった。ナルトとサクラは二人並んで歩き、その後ろにサスケとカカシが歩いている。途中まで道が同じだからと一緒に帰り始めたのはいつの事だっただろうか。


「そ! どう、行かない?」


 どうやら彼等はお祭の話をしているようだ。今日は木ノ葉の里で大きなお祭りがある。大きい祭というだけあって、来る人だって他の小さなお祭とは全く違う。屋台の数も打ち上げ花火も本数や大きさも。どれも火の国の中でも上位に入るほどといえるだろう。そんなお祭がこの近くで開催されるのだ。だからこそ、お祭という話になったのだろう。


「行くってばよ!」

「決まりね! せっかくだから、みんなで行った方が良いわよね。サスケ君とカカシ先生もどう?」


 二人の間ではお祭に行く事が決まったようだ。みんなで行く事にしたのだから、後ろに居るサスケとカカシにも問う。急に話を振られた二人だが、さっきまでの話を聞いていなかったわけではない。それほど離れているわけではないのだから聞き取る事が出来るのだ。


「お祭ね。たまには良いかもね」


 いつも任務ばかりの日々。忍であればそれは当然の事。だが、たまには休みたいという時もある。班のメンバーでお祭をするという事はそれぞれの休息にもなるだろう。
 カカシも今日は夜間任務はなく、この昼の任務だけ。幸い一緒に行く事が出来るのだ。こうして任務以外でも一緒に行動するというのは班の交流も深められる良い機会でもあるだろう。


「サスケはどうするの?」

「くだらねぇ……」

「チームワークも大切よ。たまには付き合っても良いでしょ?」

「…………分かった」


 最初はくだらないと言ったもののカカシにそう言われて承知するサスケ。チームワークが大切だと言われたりすれば断わるに断わりづらい。それでも断わろうとすれば断われるわけだが。そうしないのは、こうして七班でやってきて仲間として互いを認めている。だから、そう言われればあえて断わろうという気にはならないのだ。たまには付き合うという答えを出したのだ。


「それじゃぁ、6時にいつもの場所に集合ね。あ、そうだ。せっかくだからみんな浴衣を着てくるっていう事にしましょう」


 そんな事を話しながらサクラと別れる場所まで来ていた。そして「じゃぁ、私はここで。また後でね」と、手を振ってサクラは行ってしまった。
 残った三人にとって、最後に残された言葉が気になった。「せっかくだからみんな浴衣を着てくるようにしましょう」という事は、やはり浴衣を着ていかなければいけないのだろう。お祭に浴衣という組み合わせは間違っているわけではない。間違っているわけではないのだが、まさかそんな事を言われるとは誰も思っていなかった。だからといって着ないわけにもいかないので、結局みんな浴衣を着ていくことになった。

 そんな事があり今に至っている。
 浴衣はなんとか用意する事が出来た。けど、着る事が出来ないのだ。着れないのなら浴衣があっても仕方がない。さっきまで努力しつづけたもののさすがにこれ以上はやる気にならないというわけだ。それで、周りに浴衣が散らかっているといった状態になっている。


「はぁ……どうすれば良いんだってばよ……」


 溜め息を吐きながらどうすれば着る事が出来るのかを考える。今はとにかくこの答えが知りたい。他の事は今は関係ない。浴衣が着れなければどうやって行けば良いのだろうか。いくら行く事は出来てもサクラやサスケ、カカシがどう思うのか。そう考えると、やはりどうにかして着なくてはいけないと思う。
 そんな事を考えていると、ドアが叩かれる音がした。その音がした後、それほど時を待たずとしてドアの向こうから声が聞こえてきた。


「おいドベ。いつまで時間かかってるんだ」


 声の主はサスケだった。それを聞いてすぐにナルトは玄関まで走ってドアを開けた。


「サスケ、助けてくれってばよ……」


 いきなり飛び出てきたかと思えば、次に出たのは頼み事だった。そんなナルトの様子に少しサスケは驚いた。
 サスケは、まだ集合時間にはなってないがもしかしたらと思って此処に寄ったのだ。半分冗談で言った言葉は当っていて「やっぱり着れなかったのか」と思った。それと同時に「此処に寄って良かったか」とも思った。
 もし此処に寄らなかったらこの後ナルトがどうなっていたのか。着るのにかなり苦労する上に着れるかどうかは分からない。けど、ナルトから素直に助けを頼まれるという事には少し驚いた。そんな事はあまりないからだ。

 ナルトが浴衣を着るのを手伝う為、サスケはナルトの家に入った。そこにはさっきまで必死で着ようとしていた浴衣があった。それを見て「コイツなりに努力はしたんだな」と、本人には絶対に言わないような事をサスケは心の中で思った。


「ったく、いつからこんな事してたんだよ」


 ぐしゃぐしゃになっていた浴衣をまず整え、ナルトに着せていく。その中でサスケはナルトへと質問をする。どれくらい前から着ようとしていたのだろうか。ついさっきなのか、それとももっと前からだったのだろうか。それを知って何になるわけでもないが他に話題もなくそんな質問をする。


「いつって……三十分くらい前?」


 少し考えつつも答えは三十分ほど前らしい。集合場所までそれほど遠くない場所にナルトの家にある。三十分ほど前から準備を始め、十分もかからず着る事が出来れば他の準備をしても約束の時間には十分間に合うだろう。
 それでも三十分前からやったのは簡単に着る事が出来ないと予想できていたから。案の定、上手く着る事は出来ず、その三十分という時間はあっという間に過ぎてしまったというわけだ。


「お前、どれだけ時間かけてるんだよ」

「う、うっせーな。着慣れてねぇんだから仕方ねぇだろ」


 今までに一度も着た事などないナルトだ。着慣れていないのは当然で、着からが分からないのも仕方ないのかもしれない。それでも着る為に努力をしたのは、約束を守ろうという強い意志があったからだろう。
 それに比べて、サスケは慣れた手つきでナルトに浴衣を着せていく。迷う事も間違える事もなく。一つ一つ丁寧に着せる。ナルトと違って、今までに何度か着た事があるサスケだ。浴衣を着せるのに慣れているのもおかしくはない。けど、以前に着たのはもう何年か前の話。今となっては思い出したくない思い出なのだ。
 でも、今はこうした仲間達と一緒に過ごしている日々がある。ナルトにとっても、サスケにとっても。この日常というのはとても大きいものだろう。


「サスケってさ、なんか着慣れてるって感じがするってばよ」


 ふと、さりげなく言った一言。けど、その言葉を聞いた瞬間。一瞬だけサスケの動きが止まった。
 それは本当に一瞬で、その後はまたすぐにナルトに浴衣を着せるという作業を始めた。ナルトもたった一瞬の出来事だったがそれに気付いた。けど、あえて聞こうとはしない。何かあるんだろうと悟ったから。お互い、聞いてはいけないものがある事を知っているから。


「これで大丈夫だろ」


 気がつけば、もう浴衣を着ていた。綺麗に整っているそれを見て「凄いってばよ」と素直に気持ちを言葉に表すナルト。自分はあれだけ必死でやっても着れなかったものが、あっという間に着る事が出来たのだ。なんだか悔しい気もするが、ここは素直に感謝するものだろう。そう思うと「有難うな」とお礼を言う。


「にしても、本当。良くこんな事出来るよな」

「それはこっちのセリフだ」


 お互いに違う意味の言葉。ナルトは、よくこんな風に浴衣を着れて着せる事も出来るのだという意味。サスケは、よくこんなにも時間をかけて着ようとしたものだという意味。
 同じ言葉で意味は違っても、その意味を間違って理解をしていない。お互いの事を分かっている今だからこそ、といえるだろう。互いを良く知らなかった頃だったなら、すぐに喧嘩に発展していただろう。今は喧嘩がないわけではないが昔よりは減っている。それも立派な成長と言える。


「サスケって、こういうの似合うよな……」


 それを聞いたサスケは「は?」と声に出して、コイツは何を言っているんだと思っている。一方で、つい思ってた事を言ってしまい「えっ、あ、今のナシ!!」などとナルトは言っている。
 実際にそう思っていたには思っていたのだが、口に出すつもりは全くなかったのだ。むしろ、思っていたけど言わないというような感じだったのだ。けど、なぜかその考えとは逆に口に出して思っていた事を言ってしまった。聞いたサスケは当然疑問に思ったのだろうが、それ以上にナルトは自分の言った言葉に驚いていた。


「お前、何考えてるんだよ……」

「べ、別に。何も考えてないってばよ?」

「分かりきった嘘をつくな」


 ナルトの言葉はすぐに否定された。さっきの言葉からもそれはわかった上に、ナルトは分かりやすい。いくらそんな風に言ったとしても、それが嘘だという事はすぐに分かったのだ。
 さっきの言葉は、ナルトとしては今すぐにでも忘れて欲しいようなもの。サスケからすればナルトは何を考えているのか気になるものなのだ。口に出して思っていた事を言ってしまった時点で、こうなったのも仕方ないのだろう。


「……だってさ、マジでお前ってばこういうの似合うっつうか……。認めてるわけじゃないけど、カッコよくて、顔整ってるとかいうじゃん? んでさ、浴衣みたいな和風のものっつーの? それが合うっつーか……」


 諦めたナルトはさっきの言葉の理由を話す。いくらそんな事を言ってないと言っても自分がしてしまった事なのだ。仕方がないのだから話すしかない。
 そう思って話始めたものの上手く言葉は纏まらない。出来るだけ、纏めようにしようとしても簡単に出来るものではない。それは、相手が相手だというのもあるかもしれないが。


「馬鹿らしい……」

「んだと! 馬鹿とはなんだ!!」

「あぁ、悪かったな。元から馬鹿だったか」

「んなわけねぇだろ!!」


 低レベルの喧嘩とはこういう事をいうのだろう。些細な事でここまでの言い争いをする。互いを良く知らなかった最初の頃はこんな喧嘩を毎日のようにしていたのだ。同じ班であるサクラやカカシにとっては迷惑というものだっただろう。どんなに小さい事でも喧嘩はやたらとするのだから。数は減ったとしても結局はそれほど変わっていないのかもしれない。
 でも、やはり最初の頃とは違う。彼らはちゃんと成長している。


「いい加減行くぞ。いくらオレが着せてやっても間に合わなかったら仕方ないだろう」

「分かったってばよ。けど、オレ達が間に合わなくてもカカシ先生なら遅刻してくると思うってばよ?」

「そうだな」


 さっきまでの喧嘩と違い、いつものように会話をする二人。昔と違ってそれほど発展はしないのだ。確かに、発展する時はする。けど、今は昔とは違う。それは、色んなことから感じる事が出来る。この喧嘩だって同じだ。三人一組を組んだ頃の彼らを知っている人が今の彼らを見ればすぐに分かる。それほど、二人は変わっている。


「行くぞ」

「おう!」


 最初の頃から変わっているからこそ言えることや思えることがある。そして、分かり合えることだってある。

 ナルトは、サスケに浴衣が似合ってると言った。言うつもりはなかったとしても思っていたことだ。サスケにはあんな風に言われたけど本当にそう思っている。
 逆に、サスケもナルトに浴衣を着せて思った事がある。それはナルトと同じ。「コイツ、結構似合ってるな……」と思ってはいたが、ナルトのように口に出すなどという失敗はしない。けど、心の中ではそう思っていたのだ。

 浴衣を着てお祭に行く。そんな小さなことだけど、この二人にとってはとても大きなこと。たった浴衣を着るということだけでもこんな風にすることが出来る。二人はどんな楽しいお祭という時間を過ごすのだろうか。それは分からないが、きっと素敵な時間になるだろう。
 お互いが相手を理解し、分かり合い。そして、大切な仲間として、ライバルとして。過ごす時間はかけがえのないもの。










fin




「豆屋」の成川セツナ様に差し上げたものです。
二人共お互いを似合っていると思ったのは本心です。どうしてそんなことを思ったのかを本人達はまだ分かってないかもしれないですけどね。