遠い日の記憶。あれはまだ、小学生の頃のことだ。
友達と遊んで楽しく過ごしていた日々。これからもずっとそんな毎日が続いていくのだと誰もが信じていた頃。当時は、自分達にとっての当たり前が崩れるなんて思いもしなかった。
あの日、あの時、あの場所。
交わした約束は決して忘れない。必ず守るから。
約束
「悪ィ、オレ今日は用あるから先帰るわ」
学校が終わり、半日だったからこれから遊びに行こうかといういつもの流れ。しかし、用事があるから今日はそれに加わらないと言えば周りは珍しいなと口にする。誰にだって時には用事くらいあるものだが、こういう時は大抵遊んで帰るから思わず言葉に出た。
「そういう日くらいあるだろ」
「まあな」
「んじゃ、そういうことだから」
もう行く、と言おうとしたところで「あー!」と大声を上げた友人が一人。何だよと三人が今し方声を上げた金髪の方を見れば、彼は斜め上のことを言い出した。
「もしかして、好きな子が出来て……」
どうしてそんな考えに至ったのか。全く分からないその思考回路にシカマルは溜め息を吐く。
だが、どうやらナルトの考えにキバは乗ってしまったようで「彼女か!?」なんて言い出している。だからどうしてそうなるんだよと思いながら、そんなんじゃないと否定する。
すると案外あっさり「つまんねぇの」だの「確かにシカマルは恋愛も面倒だとか言いそうだよな」なんて勝手なことを言ってくれる。勝手な友人達だ。だがそう思うなら突然訳の分からないことなど言い出さないでくれというのが本音だ。これ以上面倒なことにはなりたくないから言わないけれど。
「じゃあさ、何の用があるんだってばよ?」
「別に何でも良いだろ」
なぜそこまで言わなければいけないのか。単純に気になるから聞いているのだということは分かるが、わざわざ教えてやるようなことでもない。
ただそれだけのことだったのだが、さっきの流れのせいか「まさか誰にも言えないような……」と言い出されて本当に面倒だなと本日二度目の溜め息。何でそういう考えに辿り着くんだよと流石に今度は零してしまった。横でチョウジが「まあそこまで聞くこともないんじゃないの」と助け舟を出してくれるが、それはそうだけどやっぱり気になるという雰囲気が二人からひしひしと伝わってくる。
「本当にめんどくせーな、お前等」
「シカマルが変に隠すからだろ」
「オレが隠したんじゃなくて、お前等が変なことを言って勝手に話を広げたんだろーが」
「んなことねぇってばよ」
一体どこをどうとったらそんなことはないと言えるのか。どう考えてもナルトが余計な一言を言わなければすんなり帰れていただろう。無駄に話を広げて何か色恋沙汰でもあるのかという流れにしたのは他ならぬこの二人だ。シカマル自身は何もそれっぽいことは口にしていないというのに。
とはいえ、こうなったら最後。きちんと話をするまで離してはくれないだろう。こっちには用事があるというのに。さっさと話して早く帰るか、話さずに時間が流れて遅くなるかの二択しかないようなものになっている。
これ以上コイツ等の相手をするよりも、話すだけ話してさっさと帰る。それが一番早そうだと判断したシカマルは、何度目かになる溜め息を吐いてから言った。
「……約束したんだよ」
「約束?」
言えば疑問形で返される。
そう、それは今より五年前。彼等が小学生だった頃の話だ。
□ □ □
「このメンバーでいられるのも今日までか」
放課後、教室に残っていたキバはそう口にした。
このメンバーというのは、いつも一緒にいる友達のことだ。入学してからずっと同じクラスで、最初は喧嘩をすることも多かったけれどいつからか自然と一緒にいることが多くなった。いや、喧嘩をするのは今も大して変わっていないかもしれない。全員が全員というわけではないが。
「仕方ないよ。色々あるんだろうしさ」
学校を卒業するわけではない。彼等はまだ四年生だ。四月からは順当に五年生になり、このまま友人達と学校生活を送って行く。当たり前に過ぎて行くであろう日々を疑ったことはなかった。
「まあ、今まで一緒だったもんな……」
だからこそ、キバは思わずそう言ってしまったのだろう。チョウジの言うように、仕方のないことではある。それでも、来年もまたきっと同じクラスになって。同じクラスにならなかったとしても、このメンバーで楽しくやっていくものだと思っていた。
けれど、家庭にも色々事情はあるだろう。子供が何か言えるような立場にはない。それが当たり前だと思っていただけで、可能性としてはゼロではなかった話がここで浮上しただけのこと。
「けど、オレはサスケがいなくなるなんて考えられねぇってばよ」
はっきりとナルトが言った。彼等が話していたのは、いつも一緒にいるメンバーで今ここにはいないその人――うちはサスケのことだった。ナルトの言葉にキバも同意だと頷く。けれど、こればかりは子供の彼等にはどうしようもないことだ。
サスケは今度、親の都合で今度引っ越す――つまり転校することになったのだ。ここにいる面々がそれを聞いたのは一週間くらい前だっただろうか。聞いた時は驚いたし信じられなかった。
「だからって、オレ達じゃどうにもならねぇだろ」
親の都合なのだ。大切な友達と別れたくないというのはナルトやキバだけではない。シカマルやチョウジだって同じ気持ちだし、サスケだってきっとそうだ。別れが辛いのはみんな同じ。
静まる教室。それぞれが何かを思っている。そんな静寂を破ったのは、ギギーという椅子の動く音だった。
「って、シカマル! どこに行くんだよ!?」
机に置いてあった鞄を手に取って教室から出ようとする友人に声を掛ければ、彼は振り返って「帰るに決まってんだろ」と当たり前のように返した。
そりゃあ、鞄を持って出て行くなら帰るのだろうが今はまだ話の途中である。途中といっても終わりが決まっているわけでもない。いつものように放課後の教室に残ってだらだら話していただけだ。重要な話の途中で抜け出そうとしたわけではない。それでもつい「何で」と聞いてしまったのは、いつもならこのまま適当に話してみんなで帰るからだろう。
「ちょっと行くところがあるんだよ」
それだけを言ってシカマルは教室を後にした。残された方は疑問が残るが、そこは「シカマルにも色々あるんだよ」とチョウジが適当にフォローしておいてくれた。
シカマルが行く場所など、一つしかないのだから。
□ □ □
「サスケ!」
突然現れた友人にサスケは驚く。今日も学校では会っていたけれど、引っ越しの準備があるからとサスケはいつものメンバーと残ることはせずに真っ直ぐ家に帰っていた。シカマルはいつものようにナルト達と残っていると思っていただけに、まさか家に訪ねてくるなんて思わなかったのだ。
「シカマル!? どうして…………」
「もう今日だろ。出来るだけ、お前といたかったんだよ」
だからアイツ等と別れてこっちに来たんだとシカマルは話した。たとえ僅かな時間でも、残りの時間を一緒に過ごしていたい。そう思ったのだ。ナルト達とはいつでも会えるのだから。
今日は修了式。引っ越してからも暫くは忙しくなるからと、引っ越しは今日学校が帰ってからだと親から聞かされていた。それをサスケはシカマル達に伝えていた。引っ越しの作業で忙しいからわざわざ来なくて良いとも付け足していたが、それでもシカマルは来てくれたらしい。
「……行くのか?」
「…………ああ」
家の中にあった物は全て業者のトラックに乗せてしまった。残っているのは自分達の手で運べるような軽い手荷物だけ。もともと片付けは昨日までに殆ど終わらせていた。学校が終わってすぐ行くことになるだろうからという意味でも来なくて良いと言ったけれど、それでもシカマルが来てくれたことがサスケは嬉しかった。彼は大切な、特別な友達だから。
「……お前等に会えて良かった。特に、お前に会えて良かったとオレは思ってる」
「それはオレだって同じだ」
四年前の入学式、同じ学校に入学して同じクラスになって。そこで出会っていなければ、今とは全く違った生活を送っていたのだろう。ナルト達も含めて、あの仲間に出会ったからこそ今の自分達は存在している。中でも特に、二人は互いに出会えて良かったと思っている。
ナルトやキバ、チョウジも他のクラスメイトもみんな大切な友達だ。けれど、その中でも特別なのはそれだけ親しくなったから。一緒にいて過ごしやすい、話しやすい相手。別にキバ達が話し辛いとかではなく、なんとなく合うのだ。気兼ねなく何でも話せるような、分かり合える相手。だからこそ、シカマルは最後に少しでも良いから一緒に居たいとサスケの元へ来た。
「サスケ、そろそろ行くぞ」
遠くで名前を呼ばれてサスケは短く返事をした。
分かっていたとはいえ、別れの時が来たのはすぐだった。でも、最後にこうして話せて良かった。シカマルはそう思った。
「じゃあな、サスケ」
別れは辛い。誰だってそうだろう。けれど、シカマル以上にサスケの方がそれは大きいのだろう。今まで一緒に過ごしてきた仲間達と別れなければならない。サスケ一人と別れるだけのシカマルより、沢山の人と別れなければならないサスケの方が余程辛い。
だから、自分はちゃんと笑顔で送ろう。辛いのは同じでも、きっと目の前の彼の方が辛いはずだから。そう思って送り出そうとしたのだが。
「……シカマル! 頼みがある!」
別れ際、唐突にそう言ったサスケにシカマルは「何だ?」と聞き返す。だが、それから暫しの間。僅かに視線が逸らされたことから、おそらく言おうかどうか迷っている部分があるのだろう。
けれど、言うのなら今しかない。時間はもうないのだ。サスケは真っ直ぐにシカマルを見て口を開いた。
「もし、迷惑じゃなかったら。またオレと会って欲しいんだ」
これで最後にしたくない。離れていても自分達が友達であることに変わりはないけれど、このまま離れて終わりにはなりたくない。またいつか、シカマルに会いたい。それがサスケの頼みだった。
予想外のその言葉にシカマルはきょとんとする。サスケにそんなことを言われるとは思わなかった。けれど、その頼みを断る理由は何一つない。
「オレは構わねぇよ。けど、どうやって会うんだ?」
今からサスケが引っ越す場所は決して近いとはいえない距離だ。会えないことはないとはいえ、簡単に会えるわけでもない。家族揃って引っ越すというのなら、正月などの節目にこっちに戻ってくるということも考え辛い。
そんなことはサスケも分かっている。それでも二度と会えない距離でもないのだ。だから。
「五年後の今日、必ずこの町に来る。だから、いつもの場所に来てくれないか……?」
いつもの場所というのは、二人がよく行く場所のことだ。それはナルト達も知らない、二人だけの場所。見つけたのは偶然だったけれど、休みの日に二人でそこで過ごしていたこともあった。二人にとっては特別な場所だ。
「分かった。約束する」
「……ありがとう」
五年。これはまた随分と長い月日だ。二人が一緒に過ごしてきた時間よりも長い。五年後、この約束を二人が覚えていられるかも分からない。けれど、二人はこの場所でしっかりと約束を交わす。必ず、五年後にまた会うことを心に誓って。
「じゃあな」
その言葉を最後に、サスケは遠い地へと行ってしまった。
しかし、もう会えないわけではない。次に会うまでの暫しの別れ。
□ □ □
「約束って、どんな約束だってばよ」
新たな疑問を思ったままに尋ねるナルト。コイツは全部話さないと納得しないんだろう。人の用事をそこまで気にする必要はないと思うのだが、こういう流れになってしまった以上は諦めるしかなさそうだ。いい加減、その用事のためにも帰りたいから。
「人と会う約束をしてるんだよ」
「やっぱ彼女じゃねぇか!」
「ちげーって言ってんだろ。会うのはサスケだ」
答えると突然の沈黙。だが、それも束の間。あっという間に二人の声が教室中に響く。
「はあ!? シカマル、それ本当かってばよ!?」
「マジで言ってんのか!? つーか、どうやって会うんだよ!?」
二人して同時に似たような問いが投げられる。それはそうだろう。サスケは五年も前に引っ越したのだ。四人の共通の友人とはいえ、いきなり会うと言われても訳が分からない。会うということはこっちに戻ってきているとでもいうのか。疑問が溢れるように出てくる。
だが、シカマルもこれ以上付き合うつもりはない。もう彼等の質問には答えたのだ。これ以上付き合ってやるつもりはない。何より、これ以上相手を待たせるわけにもいかないから。
「ま、そういうことだからオレは行くぜ」
それだけを言い残して、シカマルはさっさと教室を後にした。その後、教室が大騒ぎになっていたのは言うまでもないだろう。
□ □ □
教室を抜け出したシカマルは真っ直ぐに目的地へと走った。そこは昔彼等が通っていた小学校の近く。それほど人も来ないこの場所は、森というほどの場所でもないけれど豊かな自然に囲まれている場所だ。
「悪ィ、遅れた」
そう声を掛けて振り向いた相手は、こちらの姿を見て「シカマル」と小さくその名を呼んだ。
この場所に来るのは五年振りになるだろうか。目の前の相手と会うのも五年振り。この五年という月日でお互いに成長はしたけれど、どこか昔の面影も残っていた。
「久し振りだな」
「……ああ、そうだな」
離れていても連絡を取り合うことくらいは出来る。けれど、二人はお互いに連絡を取り合うようなことはしなかった。それも五年後、また会うという約束をしていたから。あの日以来の再会、何もかもがあの日以来だ。
「来ないかもしれないと思った」
「お前との約束はちゃんと守るっつーの。オレってそんなに信用なかったか?」
「いや、ちゃんと信用してる」
信用されていないかと思えば、そんなことはなかったようだ。やはり相変わらずだなとシカマルは思う。性格は変わるものだが、そう簡単に変わるものでもない。相手が昔と変わっていないようでどこか安心する。きっとそれはお互い様だろう。五年もあれば変わるのも当然だが、それでも変わらないでいて欲しいと思っていたから。
変わってないみたいだなと言葉にすれば、お前もなと同じように返される。五年振りだというのに、こうして話しているとその月日を感じない。まるで五年の歳月などなかったかのようだ。そう見えるほど二人はごく自然に話していた。
「ああ、そうだ。アイツ等も変わってないぜ。今日だってアイツ等のせいで遅れたしな」
「そうか。相変わらずみたいで安心した」
やはり仲間……友達には変わらないでいて欲しいものだ。シカマルだけではなく、あの頃よく一緒にいたナルト達も。だからそれを聞いてサスケはまた安心した。
ナルト達のせいで遅れたといのなら納得だ。早く帰ろうとしたところで何かあるのかとでも聞かれたのだろう。実際その通りなのだから、本当に変わっていない友人である。
「なあ、いつまでこっちに居るんだ?」
今日、ここに来たのは五年前に約束をしていたから。出来るならゆっくり話したりしたいけれど、サスケにも都合があるだろう。だから先にそれを尋ねることにしたのだ。やっぱり、一緒に過ごせる時間を大切にしたいから。
「当ててみるか?」
「当てるってな……流石にこれは予想もつかねぇんだけどよ……」
考えたところで分かるものではない。忙しいのならすぐに帰ってしまうかもしれないし、せっかく戻って北のだからと少しくらいは居られるのかもしれないし。考えられる可能性は幾つかあるけれど、その中で答えを絞れるだけの判断材料がないのだ。当てずっぽうでしか答えようがない。
だが、普通に考えればそう長くこちらにいるわけではないのだろう。長くても数日が限度か。これから春休みに入るとはいえ、課題などやることは色々とありそうだ。
「お前はいつまでいて欲しいんだ?」
「そりゃあ、出来るならずっといて欲しいけど……」
どこか楽しげに尋ねてくるサスケにシカマルは素直に答えた。長い間離れているのは辛いから。
それでも家の都合なら仕方がないが、いつまでと聞かれたらいつまでもと答える。出来る限り一緒にいたいと願うのだ。あの時のように。
そんなシカマルの返答に、サスケは小さく笑みを浮かべる。そして言ったのだ。
「ならその願い、叶えてやるよ」
そう言ったサスケの言葉の真意が分からなかった。叶えるなんて言っても、そう簡単に出来るようなことでないのはシカマルだって分かっている。自分がどんなに願っても仕方がないことはあるのだと、五年前に理解している。
でも、サスケは笑っているのだ。シカマルの言葉を叶えるのだと。家の都合なら仕方がない、あの時は確かにサスケもそう思っていた。けれど、時は既にあれから五年も経っているのだ。
「言っておくが、嘘じゃねぇからな」
嘘ではない。それは遠回しに真実だと言っているようなものだ。
いや、サスケは本当にそう言っているのだ。嘘や冗談ではなく、シカマルの願いを叶えることが出来るのだと。
「サスケ……それって…………」
まさかと思った。だけど、考えられる可能性はそれだけだった。サスケがこんな嘘を吐くような人間でないことも知っている。
そこから導かれる答えは一つ。漸くそれに気付いたらしい目の前の友に、サスケははっきりと言葉にして伝える。
「これからは、また一緒だ」
あの頃はまだ小学生で、親と離れて暮らすなんて許してもらえるわけがなかった。だが、そんなサスケも来月からは高校生になる。両親にあっちに戻って暮らしたいと話したところ、了承を得ることが出来た。だから、春からはまたこの地で暮らしていくことになったのだ。これが、サスケの言葉の真意。
信じられなかった。だが、それと同時に嬉しさがこみあげてくる。適当に一人でもここまで来られるような年齢になるから五年後を指定したのだと思っていたけれど、サスケが五年という時間を指定した理由はここにあったのだろう。また、この地に戻ってくるための時間。それがこの五年だったのだ。
「またよろしくな、シカマル」
あの時からずっと。サスケはこの繋がりを大切にしてくれていた。そして、それを実現出来るように努力していたのだろう。今日、会った時にシカマルにそれを伝えられるように。
そんなサスケの思いがシカマルの胸をいっぱいにする。本当に、この友は。
「オレの方こそよろしく頼むぜ、サスケ」
そう言い合って二人で笑う。この先はまた、この時間を共有していけるのだ。
自分達にとって大切な、この時間を。
一度は五年もの間、離れることになった。小さな子供にはどうにもならない仕方のないことだった。
けれど、そこで終わりにしたくなかった。もう一度会いたかった。また一緒に過ごしたかった。だから約束をしたんだ。五年後、いつもの場所で再び会おうと。
その約束が果たされた日、二人はまた一緒に過ごせる未来を見つけた。あの約束があったから、この未来を掴みとることが出来た。
約束。それは、ある一つのおまじない。
fin