昔から良く面倒を見てくれた人。小さい頃は一緒になって遊んでくれたりもした。年の離れたお兄さん、といった感じだ。
 そんな関係は今も変わらず。両親は仕事の都合で転勤し今は別の場所で暮らしている。それからは兄弟で暮らしていたけれど、高校を出るのと同時に兄も家を出た。何年も一人暮らしをしていれば自然と慣れるし、寂しいとも思わない。だが、そんな今でも近所のお兄さんは人の面倒を見てくれる。






 大学から帰宅して、いつものように夕食の支度をする。その合間に洗濯物を片付けたり、日常生活は手慣れたものだ。両親と別に暮らすことになり、兄弟二人で暮らしていた時に家事の殆どは身についた。というのも、分担をしたりはしたものの基本的に自分が家事をすることが多かったからだ。学校の終わる時間も違うのだから仕方がないことだが。
 ――ピンポーン。
 家のチャイム音が鳴り響く。誰が来たのかなんて確認する間でもない。あまり人が訪ねて来ることはないし、頻繁に来る人物は一人しか知らない。


「今日は何の用だ」

「サスケ君が一人じゃ寂しいかなと思ってね」

「用がないなら帰れ」


 言い切って扉を閉めようとすれば「酷いな」なんて呑気に笑う声が聞こえる。それに溜め息を零すと、閉めかけていた手を放す。するとカカシはお邪魔しますと言って家に上がる。昔からの付き合いなだけあって勝手知ったるところだ。カカシは居間に移動し、サスケは全く気にせずに夕食の準備を再開する。これもよくある光景だ。


「それで結局何の用だよ、カカシ」


 何の用があって来たのかを聞いていないと尋ねれば、案の定特に用という用はないという返事が飛んでくる。どうせそんなことだろうとは思っていた。大抵はただ何となくだけで訪ねて来るのだから。


「昔はちゃんとお兄ちゃんって呼んでくれたのにね。お兄さん悲しいな」

「誰がいつそんな呼び方したんだよ」


 ちなみにこの話題も初めてのことではない。一番最初にこの話題が出た時は、確か兄――イタチがこの家に居た頃だろう。小さい頃は兄さんと呼び、それから兄貴と呼ぶようになって、極偶にではあるものの呼び捨てにすることもあった。
 成長していくうちに呼び方が変わるなんて誰でもあることだというのに、あの時は二人してそのことを何かと言ってきたのだ。あることないこと挙げられて、最終的に適当に話を終わらせたのだった。実の兄とこの兄のような人物には振り回されることがしばしばだ。


「とりあえず、飯は食っていくのか?」

「いつも悪いね」

「そう思うなら飯時を避けて来い」


 この時間にわざわざ来る辺り、それが目的なのではないかとも思う。カカシだって一人暮らしなのだから自炊ぐらい出来るのだ。訪ねて来る度に二人分の夕飯を作ってしまうのが悪いのかもしれないけれど。そうはいっても一人分作るのも二人分作るのも大して変わらないし、世話になることもあるからと二人分作るようになった。


「後で見て欲しいモンがあるんだけど」


 言えばすぐに了承の返事が来る。こんな風に見て貰うことがあるから特に文句を言わずにカカシを迎え入れている。学生であるサスケは色々と勉強があるのだが、成績優秀といえど分からないことだって当然あるのだ。それを分かりやすく教えてくれるのがカカシという訳だ。
 夕飯を作り終えると、二人で他愛のない会話をしながら夕食を済ませる。一人で食べるよりも二人の方が美味しいから、というのも二人で食事をする理由の一つに挙げられていた気がする。言い出したのは勿論カカシである。
 食器も片付け終えたところで、サスケは学校鞄からノート等を取り出すと机の上に広げた。


「サスケはオレが教えなくても、大体理解出来てるよね」


 これなんだが、と出されたものに一通り目を通してから説明を始める。それを聞きながら纏めていく様子を見ながら、カカシはそんな風に話す。成績優秀というだけあって飲み込みは早いのだ。元々基礎は問題なく、少し説明を受ければ大抵理解出来る。


「基本は大丈夫だが、応用になってくると分からないところもある」

「でもすぐ覚えるから教える方も楽だよ」


 何も分からないとなると、いくら教える側に知識があっても一筋縄ではいかないこともある。だが、大体が理解できている状態からのスタートというのはカカシからしても教えやすい。
 同時に、サスケの方からしてもカカシの説明は分かり易いからすんなりと勉強を進められる。こういうのは教える側の力というのも大いに関係してくるものなのだ。イタチが家を出てからというもの、何か分からないことや相談したいことがあればカカシに尋ねるようになっている。


「アンタがこんなに教えるのが上手いとは思っていなかったがな」

「酷いね。オレだって昔は学生だったんだよ?」


 誰だって学生という道を通って大人になっていくのだ。カカシだってサスケのように学生だった頃は当然ある。何年か前には制服を着ている姿も見たことがある訳だが、その時には勉強がどれくらい出来るのかという話にはならなかったから知る機会がなかった。
 勉強の話がない訳ではなかったが、やはりそれは一番年下のサスケのことになりがちでカカシのことを聞くことがなかったのだ。それも年齢的にも仕方がないこと。サスケとイタチの兄弟は五歳差、そしてイタチとカカシの年齢差もそれと同じなのだから。


「もう何年も前の話だろ」

「そんな前でもないと思うんだけどな。それを言ったらイタチだって似たようなもんでしょ」

「兄貴はオレが中学の時に高校生だからな。アンタほど思わない」

「なんだかオレには冷たくない?」


 尋ねてもそんなことはないと返されるだけ。こんなやりとりはいつものことだ。いちいち気にしていたら埒が明かない。そもそもカカシも別に本気で捉えている訳ではないし、サスケのこの態度も性格からであることくらいは分かっている。


「ところで、この間福引で温泉旅行とか当たっちゃったんだけどさ。一緒に行かない?」

「温泉旅行?」


 出てきた単語を繰り返すと「そう」と頷く声が聞こえる。たまたま福引が出来て、偶然にも一等賞が当たったのだ。商店街で行われていた小さな福引で、こういう場合の例に漏れずにペア旅行という名の商品だった。
 カカシは今一人暮らしで、せっかくペアと付いているのであれば一人で行くのは勿体ない。だからサスケに声を掛けた。勿論、理由はそれだけではないけれど。


「別に構わないが、オレで良いのか?」

「サスケと行きたいから誘ってるんだよ」


 そんな風に話すとふいと顔を逸らしては「いつ行くんだよ」と乱暴な言葉が返ってくる。サスケらしい反応にカカシは微笑みを浮かべると、その温泉旅行の計画を進める。


「二人きりで出掛けるなんて久し振りだね」


 途中、そのようなことを言い出した時には「馬鹿じゃねぇの」という呟きが零れた。わざわざ二人きりという部分を強調しているのがわざとらしい。
 こちらばかり振り回されているのはあまり納得がいかない。年下である時点でそんな経験は一度や二度のことではないけれど、それでも何かしてやりたいと考える。それから目が合うと、思い付いたままに頬に唇を押し当ててやった。


「用も済んだだろ。さっさと帰れよ」


 驚いたままの様子を見ながら、口元に笑みを浮かべるとそれだけ告げて立ち上がる。何をしに来たのかは結局聞けていないが、この話題が出てきた時点でそれが目的だったのだろうことは分かっていた。
 サスケが部屋を出ていくのに気付くと、カカシは慌てて追いかける。家の中なのだからすぐに追いついて、二人で玄関まで歩いて行く。それから靴を履くと、玄関に手を掛ける手前で後ろを振り返る。


「夕飯ありがとうね」

「あぁ」

「それじゃぁ、またね」


 言ってそのまま帰るのだと思っていたところに、不意打ちで唇と唇が触れ合う。唇が離れるとばっと反射的に腕で口元を覆う。頬はほんのりと赤に染まっている。それをカカシは嬉しそうに笑いながら見ている。何かを言おうとするサスケよりも早く玄関の扉を開けて、もう一度「じゃぁね」と繰り返して今度こそ帰って行った。
 誰も居なくなった場所で、閉じられたばかりの扉に視線を向ける。今回はどうやらカカシの勝ちで終わりのようだ。


「アイツ……覚えてろよ……」


 次に会った時には。サスケはそう頭の中で考える。
 家までの数分の距離をゆっくりと歩きながら、カカシは空の星を見上げる。次はまた明日にでも訪ねてみようか、と微笑みを浮かべながら勝手に決める。

 近所のお兄さん、まるで兄弟ような二人の関係。心を許せる相手であり、大切な人。
 いつからか好きになっていた。それから気持ちを伝えあって、今を過ごしている。

 二人が次に会う日はきっとすぐ。
 また同じようなやり取りを繰りかえりながら、笑い合って幸せな時を過ごすのだろう。










fin