「なあサスケ、今日祭りがあるのは知ってるよな?」
「知っているが、それがどうかした」
サスケの返答を聞いたナルトは、それなら話が早いと一歩前にまで後ろを振り返る。
「じゃあ、一緒に行くってばよ!」
浴衣姿
唐突なナルトの提案に、サスケは呆れたような表情を見せる。唐突なのは今に始まったことではないが、何を言い出すかと思えばお祭りに行きたいと言い出した。
行きたいなら一人で行けと軽くあしらおうとするサスケだが、すぐに「サスケと行きたいんだってばよ」と言われる。別に誰と言っても同じだろうとサスケは思うのだが、ナルトにとってはそうでもないらしい。
「だって、オレ達付き合ってるじゃん!」
だからお祭りのようなイベントには二人で参加したい。というより、恋人らしく二人でお祭りを楽しもうとかそういう考え方はないのか。
そう主張するナルトだが、生憎その気持ちはサスケには分からなかった。確かに自分達は恋人ではあるのだが、それとこれとは別だと思うのだ。そもそも、サスケはああいう騒がしくて人の多い場所が好きではない。
「だからって、別にオレが行かなくても良いだろ」
「サスケと行くのが重要なんだってばよ!」
そんなナルトの発言に、一体何が重要なんだと思わず溜め息が零れる。それほどまでに恋人と行く夏祭りというイベントは重要なのだろうか。サスケにはさっぱり分からない。
「たまにはこういうのもいいだろ?」
「たまにはって言うけどな、お前は何かある度に誘ってくるだろうが」
そう言われるとナルトも言葉に詰まる。お祭り自体は一年のうちに何度もあることではないが、何かあればサスケを誘っているのは事実だ。やはり、どうせなら好きな一緒にイベントを楽しみたい。そう思うのは誰だって同じだろう。
しかし、それならそれでナルトにも言い分はある。これまでにも幾度となくサスケを誘ったことはある。あるけれども。
「そんなこと言ったってさ、サスケが付き合ってくれたことなんてあんまねぇだろ!?」
今回のように行きたければ一人で行けば良いだろうと、そんな風に断られたことは何度あっただろうか。自分達は恋人だというのに――というのもナルトの意見だが、たまにくらい付き合ってくれても良いと思うのだ。恋人なのだから。
けれど、恋人だろうと何だろうと自分から人混みに行きたいとは思えないのだ。そうやって二人でイベントを楽しむだけが恋人でもないだろうとはサスケの意見。根本的なところから食い違っているのだ。正反対の性格をしているのだから、これもある意味当然だが。
「別に一回もない訳じゃねぇだろ」
「でも大抵断るだろ。オレはサスケと一緒に行きたいんだってばよ」
「……いつもお前はそう言ってるな」
呆れたサスケに本当のことだとナルトははっきり主張する。それともオレと一緒なのは嫌なのかと聞けば、サスケも「そういう訳じゃないが……」と否定はしてくれる。
それはそうだろう。ナルトのことが嫌なら付き合ってすらいない。サスケもナルトのことが好きではあるのだ。そういうイベントの類に興味がないだけである。だからこそ、そのイベントに付き合ってもらえないかとナルトは諦めずに食い下がっている。
「それなら良いじゃん。なあ、サスケ」
「…………分かった、行ってやる」
あまりのしつこさに今回はサスケが折れた。その返事を聞いた途端、ナルトは「マジで!?」と嬉しそうな笑みを浮かべる。本当に何でも表情に出る分かりやすい奴だ。
「じゃぁさ、一時間後にまた此処に集合な!」
頷けば、お互い一度家に向かうべく足を進めた――のだが、一歩踏み出そうとしたその時に「あ、そうだ」と声が聞こえて立ち止まる。
「夏祭りなんだし、浴衣で来いよな!」
「は? 浴衣ってお前……」
「じゃあ、また後でな!」
おい、と呼び止める間もなくナルトは走り去ってしまった。なんて勝手な奴だろうか。ある意味ナルトらしいが、一方的すぎるそれをどうしたものか。浴衣なら家を探せば出てきそうなものではあるが、言った本人が着てくる気がしないのだ。
あんな面倒なものをわざわざ着なければならないのかと思うと、やはり行くのを止めようかとさえ思う。別に着なければいけない訳でもないけれど。
(……とりあえず帰るか)
はあ、と溜め息を吐きながらサスケも家路に着く。約束の時間まであと一時間。
□ □ □
「悪ィ! 遅れたってばよ」
「別に。オレもさっききたところだ」
約束の場所に走って表れたナルトは、意外なことに浴衣を着ていた。サスケにああ言っておいて自分が着なかったら何を言われるか、と思ったことは言わないでおくが。前にイルカに着方を教わっていたまでは良かったのだけれど、一度しか聞いたことがなかったために時間が掛かってしまったのだ。
その点、サスケは着慣れているとはいわないものの着るまでにそう時間は掛からなかった。それでも面倒ではあったが、要は慣れの問題だろう。
「サスケってば、思ったよりもすっげぇ綺麗だな」
「綺麗って言われてもな」
「やっぱりサスケは浴衣も似合うってばよ!」
人の話を聞いているんだかいないんだか。ナルトは本当に浴衣姿の恋人が綺麗だと思っているが、男が綺麗と言われても嬉しくもなんともない。逆にお前は言われて嬉しいのかと聞きたくなったが、答えは予想出来たのでやめておいた。
「でもなんか新鮮だな」
「それはお前もだろ」
いつもの忍服とは違う姿。忍服以外にも家でのラフな格好なども見たことがあるは、浴衣なんてものはこういう機会でもなければ着ない。だからこそ、ナルトは浴衣を着て欲しいと言ったのだ。普段は見たいと思っても見れるものでもない。
「それより、行くんならさっさとしろ」
今日のお祭りは里の中でも比較的大きなものだったはずだ。それだけ人も集まる。こうしてのんびりしていると、どんどん人が多くなってくるだろう。
行くと決めたのだから途中で帰る気はないが、それでもこうして集まったのなら早めに行くに越したことはないだろう。その方が色々見て回れるだろうし、というのは心の内だけに留めた。どうせ行ったらあれもこれも見たいと隣の男は言い出すのだろうから。
「分かってるってばよ」
「なら行くぞ」
そう言って先を歩くサスケをナルトは追う。隣同士に並びながら、二人でお祭りを一緒に見て回るのだ。食べ物の屋台を買い歩き、射的や金魚すくいといったゲームを楽しみ。最後には何連発と続けられる打ち上げ花火を、人の少ないところでひっそりと見上げた。
「なあ、サスケ」
「何だよ」
「またいつか、浴衣着てくれってばよ」
何を言い出すかと思えば。そんなことを言われたって好き好んで着ようと思うような服ではない。こういう機会でもなければ着ないだろうが、だからといってお祭りにも好き好んで行きたいとは思わないが。
「だって、浴衣姿のサスケって綺麗だし」
「そんな理由かよ」
くだらないとサスケは吐き捨てるが、くだらなくなんてないとナルトは言う。ナルトにとってはそれほどのことなのだ。
「今日だけじゃなくてまた見たいってばよ」
自分の好きな人の普段とは違う姿。だからこそまた見たいと思うのだ。いつもの忍服も良いけれど、たまには他の服だって見たい。それだけ相手のことが好きだから。
「…………また、いつか」
気が向いたらな、と続けたサスケにもナルトの気持ちが通じたのだろうか。
思わず「それって着てくれるってことだよな!?」と聞き返すと、暫しの間を置いてから肯定が返された。それがいつになるかは分からないにしても、こうして約束して貰えたことが嬉しい。
「約束だってばよ!」
「分かったよ」
繰り返して言うと、呆れたように笑われた。
そんなお祭りの思い出。
いつかまた、二人で一緒にお祭りに行こう。
fin