一つ、そしてまた一つ。空から舞い落ちてくる白い粉。
窓の外を眺めれば、そこには小さな氷の粒が里を白色に染めていた。
雪
「ねぇサスケ君、雪が降ってるよ!」
「……見れば分かる」
サクラは先程からずっと、窓の外を見つめている。今、木ノ葉隠れの里には雪が降っている。これが今年初めての雪になる。あまり雪の降らない火の国で雪は珍しい。といっても、全く降らないわけでもないから二人ともこれまでに何度も見たことがあるけれど、それでも見慣れない天気はどこか新鮮だ。
「わぁ……綺麗……」
しんしんと降り積もる小さな白に彼女は見惚れている。少し前に振り始めたそれはまだゆっくりで、大振りになるとしたらこれから徐々にだろうか。
窓に釘付けになっているサクラとは正反対に、サスケは雪に全く興味を示さない。いくら火の国では珍しいといっても、雪なんていうのはただの自然現象だ。そのどこが良いのか、サスケにはさっぱり分からなかった。
「サスケ君も一緒に見ようよ」
こんなに綺麗な雪が降っているんだから、と言ってサクラは振り返る。けれどサスケはちらっと外を見ただけで遠慮すると断った。彼女はせっかくだからと言いたいのだろうが、やはりサスケはたかが雪にどうしてそんなに興味を持てるのかという疑問の方が勝ってしまう。わざわざ見る必要などないだろうと。
「見ないと損するよ?」
「だったら、お前は見れば良いだろ」
どうにか彼と一緒に見れないかと誘ってみるが、サスケの答えは変わらない。別に見るなと言っているわけではないのだ。自分は興味がないから見たいのなら一人で見れば良い。サクラが雪を見たくて見る分には自由にすれば良いと思うから。
確かにサスケの言うことは正論だろう。けれど、サクラとしてはやはりサスケと見たいのだ。だから諦めずに彼をこちらに誘う。
「一人で見るより、二人の方がきっと良いよ」
同じ景色でも一人で見るのと誰かと一緒に見るのとでは違って見えたりするものだ。相手が誰かによっても変わるだろう。
今ここにはサスケとサクラの二人がいて、それなら二人でこの景色を楽しみたい。この気持ちを分かり合いたいのだ。それがサクラの気持ち。彼女らしいとは思うけど、それに付き合うかどうかはまた別の話だ。
「オレは別に……」
「そうだ! どうせなら外に行って見ようよ!」
「は? おい!」
断るよりも先にサクラは外に行くことを決める。突然のサクラの提案に驚きと、雪が降っているのに外に行くなんておかしいだろと止めようとするが彼女の行動は早かった。言い終わるなり彼女はサスケの手を引いて部屋を飛び出した。
とにかく二人でこの雪を見たい。ただそれだけをサクラは考えているのだろう。サスケの答えも聞かないまま、二人は雪の降る外へと出た。
□ □ □
「こうして外に出て見ると、窓から見るのとは違うね」
くるりと振り返って彼女は笑う。ちょっとばかり強引になってしまったけれど、これで漸く一緒に見たかった人とこの景色を見ることが出来る。こうでもしなければ、彼はきっと雪を見てくれなかっただろう。他に方法が思いつかなかったのだからしょうがない。
「サスケ君は雪、嫌い?」
尋ねれば、暫しの間を空けてから「嫌いじゃない」とだけ返ってきた。そんな彼も今は空を見上げていた。ここまで来たら諦めたのだろう。サクラの気持ちをサスケは分かっていたのだから。こうまでされたら一緒に見ないで室内に戻るという気にもなれない。
強引に連れ出してしまったが、それなら良かったとサクラも空を見る。ゆっくりと降り続ける雪を見つめ、それから隣の彼へと視線を向ける。整った顔立ちをしていて色素の薄い肌をしている彼が、なんだかいつも以上に綺麗に見えた。そのままつい、雪ではなく隣の彼に見惚れてしまった。
「どうかしたか?」
視線を感じたサスケが問う。そこで初めて、サクラはサスケに見惚れてしまっていたことに気が付いた。
けれど、まさかそれを本人に言えるわけがない。雪を見たいからと一緒に外に出たというのに、気付いたらサスケに見惚れていました、なんてそんなこと。
「ううん、何でもない」
適当にそう答えて雪を見る。そして話を逸らすように続ける。
「やっぱり、雪って綺麗だよね」
こんなことで誤魔化せたりはしないだろう。でも、サスケはサクラへと向けていた視線を彼女と同じ方に向けて。
「…………ああ」
短いけれど、静かにそう返したのだった。
さっきの言葉が追及されなかったことにほっとしながら、そう返事が来たことがなんだか嬉しかった。この気持ちを分かち合いたい、それが叶ったのだ。
大好きな人と同じものを見て、同じ時間を過ごして。そして、幸せを分け合うことが出来た。二人で一緒にこの雪を見て。胸が喜びでいっぱいになる。
「サスケ君と一緒に見れて良かった。やっぱり、一人より二人の方が良いもの」
「……そうだな」
その言葉がまた嬉しかった。同じ気持ちでいられること。同じように思ってくれること。それが嬉しくて仕方ない。
けど、そんな風に思っているのはサクラだけではない。サクラに付き合って雪を眺めるサスケもまた、彼女と同じように思っているのだ。こうして一緒に過ごせること、同じ気持ちを分かち合えること。彼女が彼を想っているように、彼もまた彼女を想っているのだから。
「だが、そろそろ戻るぞ。いつまでも外にいたら風邪を引く」
特に厚着をするわけでもなく、そのままの格好で外に出てきてしまった。こんな恰好でいつまでも雪の中にいたら風邪を引いてもおかしくない。
忍である自分達が体調管理を厳かにするのはよろしくない。雪を見るのも良いかもしれないが、それ以上に体を大切にするべきだろう。それはくノ一であるサクラも分かっていた。だから「うん」と素直に頷いた。
「雪、積もるかな?」
「さあな。まあ、この調子で降れば少しは積もるかもな」
まだ目の前の景色は白に染まりきってはいない。けれど、このまま降り続ければあっという間に里は雪で溢れることだろう。
「どうせなら積もらないかな」
「積もったら色々と大変だろ」
自分の家の除雪作業もやらなければいけないだろうが、おそらく多くの依頼が入ってくることだろう。ランクはDになるのだろうから、そうしたら下忍である自分達が駆り出される。ひたすら雪かきをするだけの任務何て出来るなら避けたい。サクラもそこは同意見だけれど。
「でも、積もったら楽しいこともあると思うよ」
雪遊びをしようと言うわけではないけれど。積もったら積もったで、あまり見ることの出来ない雪の世界を楽しむことが出来る。
そんな彼女らしい意見に、サスケは小さく口元に笑みを浮かべる。
「…………そうだな」
一つ、また一つ。白い妖精は里の中にやってくる。
空からの贈り物。幸せな時を贈る白い光。
それがこの景色を変えるまであと……。
fin