書類、書類、書類。
どこを見ても書類が山積み。机上のこれを全て数えたならどれくらいの枚数なのだろうか。それはこの机を使っている本人にも分からない。あまりにも多過ぎる書類を前に仕事への意欲が低下する。
窓の外には青空。忍者学校生達の賑やかな声が窓の外から風に乗って聞こえてくる。
揺らめく風に呼ばれて
コンコンとノックをするものの返事がない。こういう時の中の状況は、寝ているか居ないかのどちらかだ。それが自宅等であれば誰も文句は言わない。しかし、此処は木ノ葉隠れの里長が居る部屋なのだ。この状況が既に何度目か分からないという事実に、火影がこれで良いのかと上層部は悩みを抱いている。
「アイツは今日までの書類があることを分かっているんだろうな……」
主の居ない部屋に入ると、机の書類の一つを手に取って一言。どうやら今回は後者の方だったらしい。全く火影様には困ったものだ。デスクワークが苦手なのは知っているが、それでもこなしてもらわなければ里が回らなくなる。
辺りをぐるりと見渡して、空きっぱなしの窓で視線が止まる。おそらく此処から外に出たのだろう。見つけた馴染みの気配を辿って、火影補佐官は同じ窓から飛び出した。
「意外と早かったな」
見慣れた金髪の後ろまでやってくると、向こうから声を掛けてきた。こちらは居なくなった長を探しに来たというのに、本人は呑気に里を見下ろしている。
「早かったな、じゃないだろ。飽きたら抜け出すのを辞めろ」
「んなこと言ってもさ。息抜きは大事だと思うってばよ」
根を詰めて仕事をしていたなら、息抜きの提案さえしているだろう。しかし、ナルトの場合はデスクワークが苦手で長続きしないの間違いだ。息抜きは大事とはいえ、それとこれとでは話は別。
だが本人からしてみれば、それまで仕事を頑張っていたから休憩をするのも良いだろうという意見らしい。言っていることは正しいのだけれど、休息が多すぎるのも如何なものか。こうやって何も言わずに休憩をしに外に出る火影様を探すのは何度目だっただろうか。
「息抜きするほど仕事をしていないだろ」
「いや、大分減ったってばよ。書類の山一つ分は終わらせたし」
「それはご苦労様です。また新しい書類がありますので、それ以上の仕事をやって貰わなければなりませんが」
言えばあからさまに嫌そうな表情を見せた。けれど仕事をやらなければ、その分だけ仕事が増えていくのは当たり前のことだ。火影にもなればその仕事量はかなりのものになる。書類の山を一つ片付けた所で、新しい書類の山が今日も火影室に届けられている。
「オレの仕事多すぎじゃねぇ?」
「それはお前がやらないだけだろ」
そんなことはないとナルトは主張するけれど傍から見ていれば休憩が多いのは明らか。火影補佐であるサスケもご意見番であるサクラやシカマルも、火影様の仕事振りに何度口を出したことか。
ナルトが頑張っていることも傍で見ているサスケは分かっている。けれど仕事を捌く量より新しい仕事が多く書類が溜まりがちになってしまうだけなのだ。だからといってそれをそのままにしておく訳にはいかないのが現状だ。
「慣れないのは分かるが、やらないと増える一方だぞ」
「……それくらい分かってるってばよ」
六代目が就任して早数ヶ月。里も新たな火影や彼と一緒に就任した上層部の体制が大分落ち着いてきた。漸く皆が慣れてきて、ナルトと同じく新しい所に身を置いて苦労をしている仲間達のことも分かっている。サスケの言うことは分かっているのだけれど、苦手なものは苦手なのだ。
「あと少しだけ、な?」
まだ此処に来てそれ程時間は経っていない。もう少しだけ休憩したら仕事に戻るからと言われ、サスケは諦めて了承した。
それを確認して、ナルトは再び里の方を見た。サスケも隣に並ぶように足を進めると、ナルトが見ているだろう方向に視線を向けた。
「オレ等も昔はあそこから始まったんだよな」
元気な声は忍者学校生のもの。手裏剣を丸太に向かって投げている姿を見ながら、かつての自分達の姿を重ねる。忍であれば誰しもが通る道。忍者学校で忍の基礎を教わり、下忍で三人一組の班で任務をこなし、その仲間と中忍試験に挑んで中忍に昇格し。
「火影になるって言ってた奴が、本当に火影になったな」
「当たり前だってばよ。火影はオレの夢だったんだからな!」
忍者学校時代からずっと言っていた言葉。まさかそれが現実になる日が来るとはな、と同期のメンバー達が話したのは記憶に新しい。だが、あれだけ真っ直ぐに進んでいればこの未来も当然の結果だろうとサスケは心の内で思っていた。
「だが、火影なら火影らしくなって欲しいものだな」
デスクワーク面でも、という意味で言えば苦い顔を見せた。しかしこんなやり取りはもう何度もしてきたのだ。いつも通りの返答を繰り返す。
「オレだって精一杯やってるってばよ」
言えばサスケは小さく微笑んだ。珍しい反応にナルトの方がきょとんとする。いつもなら結果を出せや仕事を溜めるな等と文句を言われるというのに。何か変なことでも言っただろうかと振り返ってみても、普段と同じようなやり取りだった筈だ。
「何百面相してるんだよ」
「いや、だってさ。いつもなら文句言ったりするのに」
「休憩中なんだろ?」
休んでいる時にまでは言わないということだろう。そうは言っても、先程そんな話を振ったのはサスケの方であるがそれは気にしないことにしておく。誰だってわざわざ文句を言われたくはない。
偶々今日はそういう気分だったのだろう。要するに気まぐれな訳だが、偶にはそういう日があっても良いかもしれない。
「その恰好も様になってきたな」
六代目の羽織を着た姿も今では見慣れてきた。デスクワークは苦手とはいえ、実力等の他の点では立派に火影として活躍している。
「今日仕事終わったら、一楽にでも行くか?」
最近は全然行っていなかったことを知っていて、そんな誘いを持ち掛けてみる。すると、予想以上に早く「行く!!」と即答が返ってきた。久し振りに行く一楽が相当楽しみなのか、何にしようかとメニューをあれこれ挙げている。
そんな様子を見ながら小さく笑みを零すと、足を進め始める。
「そろそろ戻るぞ、火影様」
先に歩き出したサスケを追うように、ナルトもくるりと向きを変えて小走りをする。
「おう!」
隣に並びながら二人は火影室へと戻る。沢山積まれた書類の山も、後にやってくる時間を思えば手が進んで行く。次々に減っていく書類を纏め、この調子なら今日中の書類もしっかり捌ききれそうだ。
楽しみなのは一楽に行くことか。それとも、彼と一緒に行くことか。
それは本人達のみが知る秘密。
fin