あの事件があってからずっと探し続けていた。大好きだった兄。そんな兄、一族を滅ぼすなんて思えない。思えなかった。
 だけど、それが現実であり事実。信じたくなかった。それでも信じて受け入れなければならなかった。だから、兄に言われたように復讐者になった。








 あの事件があった後、オレ達が再会したのはある宿場町でのことだった。ナルトと三忍の自来也という男がその場にいた。復讐者として、己の最大の技である千鳥を向けた。だがそれは簡単に封じられてしまい、瞳術にかけられて終わってしまった。
 その後、オレは里を抜けた。力を求めて里を抜け、三年が経った。大蛇丸やカブトには言わずに勝手に外に出る。今に始まったことではないからか、それほど気にもしていないだろう。気にされて探される方が面倒であるというのが本当のところだったりする。
 たまにこうして出掛ける。といっても、森の中に一人で出歩いているだけのようなものだ。簡単にいえば、気分転換みたいなものだろうか。修行をするわけでもなく、ただ外に出て一人になりたい。


「もう、八年か…………」


 ふと空を見ながら呟く。八年という数字が何の数字なのか。そんなことは知り合いが考えてみればすぐに分かることかもしれない。八年前、うちは一族が滅ぼされたのだ。優秀で優しい兄が、たった一人で一族を滅ぼした。
 同じ一族の人、自分の両親に何も感じずに殺したのだろうか。ただ、己の器をはかる為だけに殺したのだろうか。本当にあの“うちはイタチ”がやったことだったのだろうか。
 やったのは兄であるイタチだと分かっている。オレ自身、その時にアイツに会っている。直接話もした。だけど、どうしても信じられなかった。

 復習者としてイタチを追い続けた。それはイタチを殺す為。その反面で事件の真実を知りたかった。真実も何も、あの時にはっきりしているといえばそれで終わってしまう。
 でも、どうしてもそれだけでは終わらせられなかった。だから復讐としてイタチを追い、殺すと言いながらも本当のことを知りたいと思いながら探し求めていた。


「父さん……母さん…………」


 本当は、どうしたらいいのか分からなかった。イタチがそんなことをするわけないと思っていた。だからかもしれない。父さんや母さん、一族の皆が殺されたというのにどうしたらいいのか分からなかったのは。
 殺すべきなのか、殺さなければいけないのか。答えを求めて頭の中を回る。結局、残ったのはオレだけで答えを差し出してくれる人もいない。だから答えも自分自身で見つけるしかなかった。

 ――――ザワッ。

 木々の揺れる音、草が靡く音。葉っぱが動き囁きあう音。そして、風の音。
 聞こえてくる音に耳を傾ける。風によって起こされる自然の音たち。その中で一つだけ別の音が聞こえてくる。その音は、少しずつ近くに迫ってきているようだった。気配は消しているのか、どこにいるのかや誰なのかは分からない。ただ、相手は相当実力のある忍だということだけが分かっている。
 背中を預けていた木を降りて、その陰に隠れる。一歩ずつ近づいてくる音。油断をせずに、その時を待つ。時は、少しずつ近づいてきて音は静まる。静かになったところで、声が聞こえてきた。


「久し振りだな、サスケ……」


 一瞬。聞こえてきた声に耳を疑った。声だけでない、言葉にもだ。
 その声を聞いたとき、ドクンと心臓が鳴ったのが分かった。普段なら一定に保っていてあまり気にもならないけれど、今はなぜかよく分かる。それだけオレは驚いているということなのだろうか。


「兄貴…………」


 声のした方を見ると、そこには兄――うちはイタチの姿があった。暁という組織の独特な模様の描かれた衣装を身にまとい、額には一本の線が入った木ノ葉の額当て。瞳に映る写輪眼は赤く、十三歳の時に会った時と変わっていない姿。
 どうしてこんなところに居るのかは分からない。だけど、目の前にいるのは紛れもなく兄だ。あの日からずっと探し求めていた兄。その兄が今、オレの目の前にいる。


「こんなところで何をしている? 任務、ってわけでもないだろ。お前は木ノ葉を抜けたようだからな」


 何で知っているんだ、と言ってしまいそうになったが考えてみれば分からないことではない。暁という組織に入っていて、その上組織はSランク級の犯罪者ばかりだと聞く。そんな組織なのだからどこからか情報を手に入れてもおかしくないということだろう。
 そう考えると、兄貴はオレが里を抜けた時にもうこのことを知っていたのかもしれない。ただ知っているわけではなく、大蛇丸のところへ行ったことだって知っているだろう。


「そういうアンタは何をしてるんだ?」


 オレがここにいるのが不思議に思うように、オレも兄貴がこんなところに居ることが不思議だ。大蛇丸から聞いた話によれば、暁はいつも二人一組で行動しているらしい。けれど、今ある気配は目の前に居る人のものだけだ。どこかに隠れているようにも感じられない。
 そうなれば、兄貴は一人で行動していることになる。大した理由などないのかもしれないとは思いつつも返される答えを待つ。


「気晴らしのようなものだ」


 気晴らし。アンタもそんなことしたくなるんだな、とつい思ってしまった。言葉には出さなかったが、そう思ったのは事実だ。
 そういえば、昔も一人で出歩いてた時があった。小さい頃のオレは兄貴のことが好きで、兄貴が出掛けるならついていくような感じだった。任務の時は当然無理だが、他の時は大体一緒に行ってくれた。けれど、たまに一緒につれていってくれない時もあった。どうしてかと聞いたてもはっきりとした答えは返ってこなかった。まだオレが小さかったから分からなかったのかもしれないが、はっきりとした答えではなかったと思う。兄貴はそういう人だ。

 目の前に兄貴が居る。だけど、十三歳の時のようにすぐに復讐をしようとは思わない。少し成長したからなのか、元から復習の為だけに兄貴を探していたわけではなかったからなのかは分からない。
 でも今、此処に探し求めていた兄が居るのなら。ずっと言いたかったこと、聞きたかったことを話してもいいのだろうか。


「兄貴……アンタは、八年前。たった一人で一族を滅ぼした」


 あの時からずっと探し求めている答え。この場に居るのが二人だけだと分かっているからこそ問う。今問わなければ、次はいつ会うことが出来るのかも分からない。会えたとしても話せるかどうかも分からない。聞けるのは、今しかないのかもしれない。そう思って言葉を発した。
 その言葉を、兄貴は何も言わずに聞いている。次の言葉を待っているようで、オレは言葉を続けた。


「けど、オレだけを生かした。それは、オレを復讐者にする為だ。一族を滅ぼして里を抜け、アンタは暁という組織に入った」


 うちは一族を滅ぼした、といってもオレを除いての話だ。兄貴はオレを復讐者にする為にたった一人生かした。兄貴からその話を聞いた後、次に見たものは病院の天井だった。おそらく、話し終わった後に幻術をかけられたからだ。そのまま兄貴は姿を消した。
 それも里を抜けたのだから当然といえば当然だった。暁という組織に入ったということは、それから随分経った頃に知った。これは全て事実だ。事実だけど、分からないことはたくさんある。それは数えきれないほどに。


「アンタの言った通り、オレは復讐者になった。けど、オレがアンタを探していたのは復讐をする為だけじゃない。アンタに聞きたいこと、確かめたいことがたくさんあったからだ」

「オレに聞きたいこと……?」


 聞き返された言葉に頷く。兄貴には、オレが聞きたいことや確かめたいことが何なのか分からないようだ。だけど、全部が分からないという風にも見えない。聞きたいことが予想出来ているようだ。そう感じるものの、表情からは何を考えているのかあまり分からない。ただ、この身で感じるものがどう思っているのかを伝えている。


「何で、一族を滅ぼしたのか。どうしてオレを生かしたのか……」


 一夜にして一族を滅ぼしたのは事実だけど、兄貴がそんなことをするようにはどうしても思えない。どうしてあんなにも優しかった兄貴が一族を滅ぼし、里を抜けることまでしたのか。それは、ずっと疑問に思っていた。
 あの時、優しい姿は演じていたものだと言われた。だけど、その姿は演じているものにはとても思えなかった。偽りの表情や温かさは、いくらオレが小さかったとしても少なからず分かるはずだ。それはオレだけでなく、誰でも偽ったものには違和感を感じる。けど、兄貴からはそんなものは感じなかった。それはつまり、あの優しさは偽りではないことを表している。


「どちらも、あの時お前に話した通りだ」

「嘘を吐くな。そんな嘘、すぐに分かる」

「一族を滅ぼしたのは、己の器をはかる為。お前を生かしたのは、さっきお前が言ったように復讐者に選んだだけのこと……」


 言葉を聞き終わると「違う」とすぐにさっきの言葉を否定する。これも、その前の言葉も。両方とも嘘だ。真実でないことは、言葉を聞いてすぐに分かる。表情から深く読み取ることが出来なくても、このくらいのことは分かるんだ。
 オレ達は、兄弟だから。兄貴とは、血の繋がった兄弟で唯一のうちは一族の生き残り。実の兄が言うことの嘘か本当かぐらい、分からないわけがない。


「違う。アンタはそんな理由で一族を滅ぼしたり、オレを生かしたわけじゃない。もっと別の理由があるんだ」


 そう、これとは別の理由があるはずだ。そんな理由で兄貴が一族を滅ぼしたわけじゃない。オレを生かしたのも、復讐者に選んだわけじゃない。己の器をはかる為、というだけで本当に自分の両親を殺せるものなのか。復讐者にする為にわざわざオレを選んだというのか。
 それは、考え出された都合のいい言葉の数々。本当の、兄貴がこんなことをした本当の理由はこの言葉の中にはない。確かなこととは言えないけれど、そんな気がする。兄貴をずっと見ていて、追い続けてきたから。


「それなら、サスケ。お前はどういう理由だと言うんだ?」

「アンタが……兄貴が、一族を滅ぼしたのは……任務だ。誰かに、うちは一族を滅ぼすように言われたからだ。アンタの実力を知っていて」


 どこの誰が、なんてことは分からない。分からないけど、誰かが兄貴に依頼した。または命令した。それが依頼だったとしたら、断わることも出来るだろうからおそらく後者。実力のある者が兄貴に命令したんだろう。里の人間がわざわざやることでもない。うちは一族は木ノ葉で優秀な一族として動いていた。うちはだから、と一族の名が通ってもその一族を滅ぼそうなどと考える者はいないだろう。
 そうすると、誰かというのは他国の者か抜け忍。抜け忍といえば、暁という組織もSランク級の犯罪者である抜け忍の集まりだ。もしかしたら、暁と関係があるのかもしれない。そう思うと、その考えはそのまま言葉になっていた。


「暁という組織との関わり……。それが全ての始まり、だろ?」


 思いついた考えを口に出してみれば、それは当たっているようだった。どうしてそういえるかといえば、兄貴の表情を見れば一目瞭然だ。オレの言葉に兄貴は目を大きく見開いた。
 けどそれは一瞬のことで、すぐにいつもの表情に戻った。そして少し間をあけてから、今度は本当の言葉が返される。


「…………全く、いつからそんなことを考えていたんだ?」

「あの事件があってから、ずっとな」

「そうか……。本当のことを言うと、お前の言った通りだ。一族を滅ぼしたのは、暁との関わりがあったからだ。一族を滅ぼすように言われて、一族を滅ぼした」


 兄貴の口から言われる真実。これは偽りではない。紛れもない事実だ。
 どうして一族を滅ぼしたのかという答えがやっとみつかった。八年間、ずっと探し続けていた答えがここにある。
 今更だけど分かった、という気持ちはない。本当のことをやっと知ることが出来たという気持ちがある。本当のことが分からないまま、ただ兄貴がそんなことをするとは思えなかったのとは違う。今は、本当のことが分かって兄貴が変わってないことを知る。


「やっぱり、兄貴は兄貴なんだな」


 ふと呟いた言葉だったが、静かなこの場所ではしっかりと聞き取れるものだった。その言葉を聞いた兄貴が、微笑んだのを見てオレもつられてしまう。
 ずっとずっと追い続けてきて、やっと真実が分かった。八年間という時が流れて、あの出来事の本当のことを知った。そして、あの時の。八年前の幸せだった日々を思い出せた。ついこの間までは、あの事件のことしか頭になかったのにこんなにも簡単に思い出せたのは自分でも意外なこと。


「オレは、ずっと信じてた。兄貴が一族を殺したのには理由があるんだって」

「八年間の間、信じつづけていたのか?」

「あぁ」


 一日でも兄貴を疑ったことはない。いつも考えた時に思うことは決まっていた。兄貴がそんなことをするはずがない、信じられない。本当のことが知りたい。そう思い続けてきて、一度でも疑ったことはない。それは、絶対と言い切れるほど。
 それを知った兄貴は呆れているかもしれない。だけど、オレはただ自分の思ったことを信じただけ。オレの思っていることは間違いではないと思っていた。兄貴がそんなことをするはずがないと思っていたからこそ、兄貴をずっと信じていたんだ。


「一族の仇を憎んでしまえばよかったのに、お前はそれをしなかった」

「しなかったわけじゃない。出来なかったんだ。兄貴を憎むことも、恨むことも、疑うことも」


 もしかしたら、こんなことを考えなければ楽なのかもしれない。それは、一度だけ考えたことがあった。一度だけであり、一瞬だけの考え。
 すぐに否定したオレは、それだけ兄貴を信じてたということだろうか。ただ答えを、真実を知るために追い続けて。何も気付かなかったわけじゃない。この八年という時間は決して短くはなかった。長い時間は、それだけ考える時間もたくさんあった。


「そして、ある時気付いたんだ。オレは、兄貴が好きなんだって」


 気付かなかったその自分の気持ちに気付いたのは偶然のことだった。もしかしたら、ずっと好きだったのかもしれない。だけど、自覚したのは偶然の出来事。
 オレは、兄貴が好きだから兄貴のことを信じてきたのかもしれない。疑ったり出来なかったのかもしれないと気が付いた。いつからかは分からないけど、今のオレの本当の気持ちは“兄貴が好き”ってことだ。


「また兄貴は、オレの目の前から居なる。だけど、オレの気持ちは変わらない」


 もし、この先。兄貴に裏切られることがあっても、オレは兄貴が好きなんだと思う。どんなことがあってもオレの気持ちは変わらないと思う。一度自覚してしまった気持ちは、もう変わったりはしない。自覚してしまったから、兄貴を嫌いになったり出来ない。
 オレの気持ちを知って、兄貴は何を思ってるんだろうか。何か戸惑っているような、悩んでいるような感じでオレには分からない。一度外された視線がまた向き直ると、その瞳には強い意志が感じられた。


「サスケ」


 名前を呼ばれた、と認識してすぐ。今、どんな状況なのかが理解できなかった。何が起こったのか、全くといっていいほど分からなかった。
 気付けば、目の前には兄貴の姿があった。そして、さっき何が起きたのかをやっと理解した。理解した瞬間、顔が熱くなるのを感じた。まさかと思ったけど、口に残る感覚は本物でこれが事実だと伝えていた。オレは、兄貴にキスをされたんだと。


「今はまだ、オレもお前も一緒に居ることは出来ない。お互い、今やってることを終わらせなければいけないからだ」


 それが兄貴の本心からの言葉だとすぐに理解した。瞳から伝わる強い意志は、言葉だけでは伝えきれないものを伝えているようだ。伝わってくるものは、とても大きくて温かい。
 兄貴の言いたいことは間違っていない。オレは大蛇丸と関わっていて、兄貴は暁との関わりがある。そこに終止符をつけなければいけないだろうことは分かっている。自分達が進んだ道なのだから、それもやらなければいけないことだ。


「けど、全てが終わってもお前がオレのことを変わらずに思っていたら、また一緒になろう」


 兄貴の言葉にオレは驚いた。全てが終わったら、ということはオレも兄貴も今関わっていることに終止符をつけたらということだ。そしたら、また一緒になれるというのだろうか。八年前、幸せだったあの日々のように兄貴と一緒に過ごせるということだろうか。
 浮かんだ疑問はすぐに消えた。兄貴の言葉が本心からなのは分かっているのだから、これも本心から言っているということ。兄貴は、本当にそう思ってくれていると知って嬉しくなった。


「オレも、お前が好きだ。サスケ」


 今まで、ずっと信じてきた。自分の気持ちに気付いてから、ずっと思い続けてきた。あの事件の真実を知るため、ずっと探し求めてきた。
 兄貴から言われたその一言が心の奥底までに響き、体中に伝わる。嬉しいという気持ちが、体中から溢れてくる。すれ違ってばかりいるわけじゃない。
 今やっと、八年間の思いが交わったのだと感じる。それがとても温かく優しい。此処に兄貴がいること。兄貴の存在はオレにとってとても大きい。もう、この温かさを手放したくない。手放すことはないんだと知る。

 また、少しの間。別れていなければいけない。だけど、今度は今までとは違う。この別れは、新たな始まりの別れ。これから大変な日々が始まっていくだろう。けれどこれが終わればまた一緒に居られる。温かい日々に戻ることが出来る。その為に進んでいく道は怖いものではない。
 八年間という長い間、ずっと信じ続けていた。これからもオレは兄貴を信じ続ける。兄貴は、オレにとってこの世で一番大切な人だから。そしてこの想いはオレだけのものでなく兄貴のものでもあると知っているから。信じて、信じ続けて。これから一つの道を歩んでいく。










fin




「Jack in the Box」のぽかち様へ差し上げたものです。リクエストは「サスケが攻めになろうと頑張るけど結局はイタサス」でした。
ずっとすれ違っていたけれど二人は思い合っていました。それはこれからも続いていくようです。