自分の受け持つクラスの生徒。彼等とは十四歳ほど年が離れており、活発なその様子を眺めながら若いななどと年寄りくさいことを思ったりすることもある。学年主席の優秀な生徒もいれば学年最下位という問題児も居るというクラスで今日も騒がしいHRの時間が過ぎた。
十四歳差。生徒と教師。加えて自分も相手も男だったりと挙げればキリがないくらいに色々と出てくるのだが、一体どこをどう間違ったのか。オレもアイツも。そんな風に思ったのは果たしてどちらだったか。
準備室の戯れ
委員長は昼休みに理科準備室まで来るように言ったのはこのクラスの理科担当であり担任教師。あちこちに広がる書類を眺めながら少しは整理しろよと思うが、生徒がわざわざ口に出すようなことでもないだろう。だが、わざわざ呼んでおいて本人は仕事をサボっている――もとい、寝ているというのは如何なものか。
「おい」
一応声を掛けてみるが反応はない。それはそうだろう。どこからどうみても寝ているのだから。本当に教師がこんなんで良いのかと疑いたくなる。しかしこれで教師が務まっているのだから不思議なものだ。
さて、どうしたものか。このまま放っておいても良いが後で何か言われるのも面倒だ。アンタが寝ていたのが悪いと言えば良い気もするけれど、これで授業に遅刻までしたらどうなるのだろうか。誰がどう見ても自業自得なのだから知ったことではないのだが見て見ぬ振りをするのも戸惑われ、結局この担任を起こすという結論を出した。
「さっさと起きろ、カカシ」
ただし、優しく起こすとは言っていないけれども。
呼び掛けながらガンッと勢いよくソファを蹴る。これが普段なら体を揺すって起こすくらいの優しさを見せたかもしれないが、自分で呼び出しておきながら寝ている担任に苛立った結果である。準備室を完全に私物化して良いのだろうかという疑問は今更だ。
蹴られた衝撃でソファが揺れ、同時に夢の中にいた教師も意識を現実へと戻したらしい。ゆっくりと開かれた瞳はまだ夢と現実の狭間を映しているようにも思える様子にサスケは溜め息を一つ零す。
「人を呼び出しておいて寝てるんじゃねぇよ」
「ああ、サスケ。来てたんだ」
来てたんだじゃないだろとは思ったが、もはや突っ込む気すら起こらなかった。かろうじてアンタが呼んだんだろうとだけ返せば、そうだったねと呑気なことを言ってくれる。やはりこのまま放っておくべきだっただろうか。
そう思いもしたが、ここまできて何もせずに教室に戻るのも馬鹿らしい。どうせ用件は授業のプリントを配っておけとかそういうものだと思ったが、何の用で呼んだのかと尋ねれば案の定。そこのプリントを配っておいて欲しいとのこと。
「それくらい自分でやれよ」
「これでも先生は色々と忙しいのよ」
忙しいというのならこんな場所で寝るなと言いたい。だが、用がそれだけだというのならここは早いところ教室に戻るとしようか。このクラスの理科は六時間目だというのに昼休みに呼び出された理由など特にはないのだろうから。
「…………おい」
僅かに低くなった声が聞こえても気にせずに「ん?」と適当に返されるだけ。
授業前の十分休みに取りに来いと言えば良いものをそうしなかった理由など特にないと思っていた。あるとすれば十分休みは次の授業の準備等で忙しいかもしれないからといった程度のもの。それくらいだと思おうとしていたのだが。
「アンタ、ここが学校だって分かってるのか」
「どうせ誰も来ないよ」
そういう問題ではないのだが、とりあえず回された腕を振り解いて銀髪を振り返る。公私混同するな、場所を弁えろといったことはこれまでに何度口にしたことがあっただろうか。覚えていないくらいには言っているということだろうが、本当に教師がこれで良いのだろうかと改めて疑問に思う。教師としてはどう考えても色々駄目だと思うけれど。
「誰が来るとも分からない場所で変なことすんじゃねぇよ、この変態教師」
ばっさりと言い放つが「酷いね」と受け流すだけで大して気にしていないらしい。正直なところ、このやり取りも数えきれないほどしているのだ。サスケからしてみればいい加減にしろと言いたいし実際に言っているのだが、悲しいことに全く改善されていないのが現状である。
カカシからしてみれば、この理科準備室を使っているのは自分だけなのだ。他の教師が来ることは殆どないし、生徒だって提出物があるかこちらから呼び出さない限りは滅多に尋ねてこない。人の心配なんてしなくて良いのにと思うところであるのだが、ここは学校という公共の場だというサスケの意見の方が正論だろう。
「そんなに嫌なの?」
「そう言ってるだろ」
何度も、とは声に出さなかったがその目が訴えていた。はあと溜め息を吐きながら真面目だなと思うが、カカシだってサスケの言い分が分からない訳ではない。気にすることではないと思っているけれど。それでも、あまりにしつこくして嫌われたくもないから「分かったよ」と引けば、少々驚いたような表情をされた。
「どうかした?」
「……アンタがこんなにあっさり引くなんて珍しいと思っただけだ」
「オレだって無理強いをするつもりはないからね」
そんなことをしたらただの犯罪者だろう。十四歳差の教え子に対して。世間一般的に考えれば、無理強いをしなくても犯罪と捉われかねないような気もするがそこは気にしないでおく。
これでもカカシはサスケを、サスケもまたカカシのことを好いている。一方的な関係ではないのだ。勿論、この関係を他の誰にもバレないように隠れながら続けている。バレたら問題になるのは間違いないのだから外では特に気を付けている。
それなのにカカシがこんな態度だからサスケは怒るのだ。もしも学校にバレたら自分も休学なり退学なりの処分は受けるかもしれないが、何よりカカシがこの学校にいられなくなる。または教師という職を続けられなくなるかもしれない。
そう、サスケが気にしているのは自分のことではなくカカシのこと。そのことはカカシも分かっていて、大丈夫だと話してももしもの可能性を自分の為に考えてくれているから、まだ幼さの残る恋人の言葉を受け入れた。こちらのことばかりでなく自分自身のことも気にして欲しいと思いながら。
「じゃあ、そのプリントはお願いね」
本来ここに呼んだ目的であるプリントを指して言えば、サスケは少しばかりの間を置いた後に「ああ」と頷いた。そのまま机の上にあるプリントの束を持ち上げると。
「よろしくね、委員長」
触れるだけのキスが落とされる。何もしないんじゃなかったのかよ、とは言うだけ無駄だろう。ほんのりと頬を朱に染めた生徒に笑みを浮かべる教師。
その態度が、余裕を感じさせてなんだか納得いかなくて。プリントを左手で抱えると、空いた右手で目の前の男の胸元を掴んではそのまま勢いに任せて唇を重ねてやった。
「授業には遅刻するなよ、先生」
まるで売り言葉に買い言葉のようだ。ぽかんとこちらを見る教師の表情に少年は口角を持ち上げるようにして笑った。やられっぱなしは性に合わない、ということらしい。
今度こそ準備室を後にした生徒の後ろ姿を見送って、カカシは一人溜め息を吐く。
「全く、難しいヤツだよな」
こちらがそう思っている頃、向こうは何を思っているのか。どうせあの変態教師がとかそんなところだろうが、こういうことをしてくるぐらいには好きということなのだろう。
十四歳差の恋人。
教師と生徒で男同士で、ぶつかる壁は高すぎるけれどそれでもお互いに自分が選んだ相手。表に出していようとそうでなかろうとその気持ちは通じ合っている。
『毎回アンタは何のために人を呼び出してるんだよ』
『そりゃあお前と二人で過ごすためでしょ』
『授業のためだろうが!』
また別の日も同じやり取りを繰り返しながら、けれどそんなやり取りも嫌だとは感じない。だからこそ何度も繰り返して行われているのだろう。
理科担当の担任教師と過ごす秘密の場所。それは二人だけの秘密。
fin