「ずっと前から好きでした! 付き合ってください!!」
告白の台詞としては定番。それでもこの手の告白は少なくない。シンプルに気持ちを伝えようとしたらこうなるのは必然だ。だからその告白が悪いなんて思っていない。
けれど、これはどういう状況だと言いたくなる気持ちも分かって欲しい。夜、練習の終わった野球部の学生寮。今日も共に練習をしていた後輩が部屋を訪ねてきたかと思えばいきなり冒頭の台詞だ。正直に言えば意味が分からない。
「えっと……一応聞くけど、それって告白なの?」
「他に何があるんですか!」
がばっと頭を上げた後輩は当たり前のように言うけれど色々とおかしいだろう。そもそも俺もお前も男だし、つーかお前俺のこと好きだったのと聞きたい。好きか嫌いかなら嫌いと言われそうな気がしてたんだけど。
この後輩の言動がおかしいのは今に始まったことじゃないとはいえ、流石にこれは予想出来ない。同じ部活の後輩に告白されるなんて普通は思わないだろう。
「それで、返事はどうなんですか!?」
しかも何故か返事を急かされる。俺に考える時間はないのかよ。あと夜なんだからあまり大声は出すな。これについては声に出して注意をしたのだが、沢村は分かったから答えを教えてくださいと迫る。
(何かおかしいんだよな……)
何かというか全部おかしいけれど沢村がおかしいのはまあいつものことだし。そういうことじゃなくてもっと別の、告白をして返事を急かすところとか。
普通、告白ってこんなさっさと終わらせようとするものではないだろう。俺もそんな経験があるわけじゃないからイメージみたいなものだけど、沢村の場合はむしろ早く終わらせたがっているというのが伝わってくる。これは当たって砕けろという気持ちで告白してきたからというよりも。
(罰ゲームで告白をする羽目にでもなったのか)
つーかこの状況ではそれしか考えられない。でも何で相手が俺なのか。一年連中がゲームをやって罰ゲームに告白をすることになったとしても先輩相手にさせるとは考え難い。あって同学年の誰かだろう。
だとするとこの罰ゲームを決めたのは倉持あたりか。五号室で時々ゲーム大会みたいなこともしてるし。ゲーム大会は自由だけどそこに俺を巻き込むなよと思いつつ、罰ゲームってことは振られる前提だから返事を急かされているのかと漸く全てが繋がる。振られる前提の告白だから沢村も早く終わらせたいわけだ。
(ならもしOKされたら?)
こいつはどうするんだろうと、なんとなく気になった。どうするも何も罰ゲームなら沢村にその気はないんだろうけど。
「良いよ」
こっちは知らぬ間に巻き込まれた側だ。ちょっとした好奇心でこんな返事をしてみるくらい許されるだろう。
そう思った俺は目の前の後輩が期待しているだろう言葉とは反対のことを口にした。すると沢村は目をまん丸くさせる。
「えっ!? アンタ、意味ちゃんと分かってます……?」
「あのな、先に告白してきたのはそっちだろ」
本気なのかと言いたげな後輩に平然を装いながら質問に答えてやれば「それはそうですけど……」と戸惑いの表情を見せた。どうやら沢村は俺の言葉を素直に信じたらしい。自分が嘘の告白をしているのだから俺のこれも嘘だとは思わないのか。
……思わないんだろうな、馬鹿だし。
「それで、どうすんの」
付き合うのか付き合わないのか、ではなく。嘘だったと告白するのかしないのか。
正直な話、普通はここで罰ゲームでしたと告白しない理由などない。返事を急かされることといい沢村は本気ではないだろうし、それなら付き合う理由も当然ないわけだ。
しかし、この後輩は俺の思っていた以上に馬鹿だったらしい。
「……分かりました、お付き合いしましょう」
どうしてそうなるんだ。思わず突っ込みそうになったけれどなんとか飲み込んだ。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、まさかここまでの馬鹿だったとは。何でここで嘘だったと告白しないのか。何考えてんだこいつと思ったけど、もしかして嘘だと言えば良いだけの話だと気付いていないのか。そんな馬鹿な話、と思ったものの沢村なら有り得ると思えてしまったのだからどうしようもない。
「念の為に確認するけど、お前意味分かって言ってるんだよな?」
「男沢村栄純に二言はありません!」
いやそうじゃないだろうと言いたいけれど、これは罰ゲームだと分かっていて乗った俺も悪いのか。だけど元はといえば罰ゲームで告白してきた方が悪いんじゃないのか。
もしかして、だからこそ嘘だと言えなくなったのだろうか。罰ゲームとはいえ嘘で告白をしてOKされてしまって、逆に引き下がれなくなってしまったとこの後輩は考えたのかもしれない。でも沢村にその気がないのなら嘘で告白をしてしまったからという理由で付き合うよりも嘘でしたと告白するべきだとは思うけど。
(まさか本気ってことはねーよな……)
念のためにもう一度沢村の発言を思い返してみるがやっぱりそれはないと思う。嘘だと告白するのなら早いうちの方が良いのだから言うなら今だ。後から罰ゲームでしたなんて言い出し辛いだろう。
どうするんだよこれとは思ったが、沢村が告白しないならこっちが冗談だと言ってやるべきなのか。けどそれもどうなんだと思う。ここまできたら沢村がどうするのか付き合ってみるのも面白いかと思ってしまったのは、仮に付き合ったとしても自分達が恋愛より野球第一であることに変わりはないと分かっているから。あと単純にこの後輩の反応が気になるからっていう俺も大概なのかもしれない。
「じゃあ晴れて恋人同士ってわけか」
「恋人って……!」
「だってそういうことだろ?」
言えば少々言葉に詰まりながらも「そうっすね」と頷いた沢村は一体いつまでこの関係を続けるのか。撤回するなら早いに越したことはないけれど、今撤回しないのなら暫くは本気で俺と付き合うつもりなんだろう。さて、これからどうなっていくのか。
付き合うといっても特に何かが変わるような気はしないけど、それとも沢村は恋人になったからと何かを変えたりするのだろうか。でもあんま想像は出来ねーよなと思いながら今日のところはここで沢村も自室へと戻った。
こうして、俺達の不思議な恋人関係が始まるのだった。
罰ゲームから始まる恋
それはたった一言から始まったとある二人の物語