「黒羽君」
馴染みのある声に呼ばれて快斗は足を止める。そのまま声のした方を見れば、そこには高校時代からよく知る友人の一人が立っていた。
「白馬? お前何でこんなとこにいるんだよ」
「もちろん君を待っていたからだよ。ちょっと付き合って欲しいことがあってね」
「お前が俺に?」
疑念を隠さずに聞き返した快斗に「ええ」と白馬はあっさり頷いた。
珍しいこともあるものだなと思いながらも「何だよ」と尋ねると「とりあえず歩きませんか」と促され、少し考えながらも快斗は止めていた足を動かした。
「で、一体何の用だよ」
「言っただろう。付き合って欲しいことがあるんだ」
「だから何にって聞いてるんだろ」
「それはすぐに分かるさ」
何故か曖昧な言葉でかわそうとする白馬に快斗は眉を顰める。何をそんなに隠す必要があるのだろうか。
最初こそその理由を考えようとした快斗だったが、すぐに考えるのを止めた。こういうのは自分の専門分野ではない。謎を解き明かすのは隣を歩いている友人たちの方だ。
どうせすぐに分かるのなら付いていけばいいだろう、と向かったその場所にその友人たちがいたのは予想外――いや、ある意味予想通りだった。
「やっときたか」
「よう、遅かったやんけ」
「教室からここまでの時間を考えれば誤差の範囲でしょう」
どうやら快斗に用があったのは白馬ではなく、白馬を含めた探偵たちだったらしい。自分たちが向かっているのがミステリー研究会の部室であることを察したあたりから彼らがいることは予想できたが、三人が自分を待っていた理由は未だに分からない。だから揃ってこちらを見る三人の意図が読めなかった。
ただ、何かを怪しまれてここへ連れてこられたわけではないことだけはその目を見れば分かった。快斗に集まる視線はどれもあたたかく、彼らの口元には笑みが浮かんでいた。そのことにますます快斗の頭上の疑問符が増える。
「工藤に服部まで、急に呼び出してどうしたんだよ」
「何や自分、覚えてへんのか?」
「覚えてないって、何が?」
約束はしていなかったはずだと記憶を手繰った快斗を見て服部が呆れる。だから何が、と思ったところへ「意外ですね」と零したのは白馬だ。
完全に快斗一人が置いていかれているが、主語がないそれを理解しろというのは些か横暴ではないだろうか。だが“覚えていない”ということは何かがあるのだろう。それも今日。
「あ」
「漸く気づいたか」
もしかしてと思ったそれを口にするより早く工藤が呟く。今日、六月二十一日が何の日か――思い至った快斗だったが、いや待てと自分を呼び出した三人を見た。
「分かるわけねーだろ!? オメーらと誕生日の話なんてした覚えねえってのに……」
「先月、そう言ったオレに細かいことは気にするなって言ったのはどこのどいつだよ」
あれは服部が、と言い掛けた快斗だったがすかさず「最初に言い出したのは黒羽やろ」と本人に言い返されてしまった。
どうして誕生日の話もしていないのに出会ってひと月ほどの快斗が工藤の誕生日を知っていたのか。工藤に問われた快斗は確かに細かいことは気にするなと答えた覚えがある。一応、女の子たちが話しているのをたまたま聞いただけだという理由はつけておいたのだがとても信じていない様子だったことも。
「あー……つまり、どこかでオレの誕生日の噂を聞いたってことね」
「いや、知ってたのは白馬だ」
絶対に違うだろうと思いつつ口にしたそれを否定された快斗は僅かに目を開く。そしていくら高校時代からの友人といえど、やはり誕生日の話などした覚えのない白馬へと視線を向けた。
「間違っていないだろう?」
「…………ああ、そうだな」
間違ってはいない。もはやこれ以上突っ込む気にはならなかった快斗は白馬の言葉にただ頷いた。何を言ったところで探偵三人を相手にするには分が悪い。
それに――。
「ほんなら主役もきたことやしはじめよか」
ちゃんとケーキもあると持ち上げられた箱には、ひと月ほど前にオープンしたという噂のケーキ屋のロゴが入っていた。
他にも幾つかのお菓子が用意されているのは快斗が甘党だと知っているからだろう。さり気なくコンビニのチョコの中に海外のチョコが混ざっているのを認めた快斗は思わず笑みを零す。
「いいのか? ミス研の部室を私用で使って」
「この時間は誰もこないので問題ないでしょう」
「オレらは部員やしな」
「まあいらねーならオレたちで食べるぜ」
「オレのために用意してくれたんだろ?」
それならありがたく頂くと答えた快斗に最初からそう言えばいいんだよと工藤が笑う。まずはロウソクだと服部が取り出したケーキの火を白馬がつけて、ささやかな誕生日パーティがはじまるのだった。
六月二十一日
(彼らと過ごす誕生日も悪くない)